Persona3 Temperance   作:人ちゅら

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#017 “特別”の側へ

 4月17日――金曜日・始業前。

 

 あなたは理事長室のソファへ深く腰掛け、紙コップのコーヒーを啜っていた。

 向かい側では、幾月(いくつき)修司(しゅうじ)が数枚の書類を机へ並べている。

 

伊織(いおり)君の入寮申請です」

 

 もう出してきたのか。

 

「本人の行動力は高いようですよ」

 

 そう言って差し出された書類へ目を通す。

 入寮申請書。

 生活規則同意書。

 保護者承諾書。

 必要事項は一通り埋まっていた。

 

 あなたは最後の欄へ視線を止める。

 保護者確認のチェックが入っていない。

 まだ確認を取っていないということだ。

 

「形式上は必要ですからね」

 

――面倒事を押し付ける(こういう)時だけ“形式”を重視するの、やめません?

 

「ははは」

 

 笑って誤魔化された。

 

 あなたは露骨に顔をしかめながら、書類へ記載された電話番号へ発信する。

 数回のコール音の後、女性が応答した。

 

『……はい』

 

 疲れた声だった。

 

――月光館学園の間薙(かんなぎ)と申します。伊織順平(じゅんぺい)君の入寮申請について確認を……

 

『ああ、はいはい』

 

 反応は驚くほど薄い。

 

 順平が寮へ移ることについても、特に動揺した様子はなかった。

 むしろ“手間が減って助かる”、とでも言いたげな気配すらある。

 

 必要事項を確認し終え、通話を切る。

 通話は許可の上、録音済みなのでこれで確認が取れたことになる。

 

――承諾済みで間違いないそうです。

 

「そうですか」

 

 幾月は頷き、書類を纏めた。

 

「これで正式に入寮許可ですね」

 

 あなたは小さく息を吐く。

 

 あの様子では、順平が帰宅しようがしまいが、大差ないのだろう。

 不快感はあった。

 とはいえ、それは別段珍しい話でもない。

 

「それと」

 

 幾月が続ける。

 

「伊織君には、特別課外活動部への参加も打診しました」

 

 そんなことばかり、手回しが早い。

 

「適性がありますから」

 

 【ペルソナ使い】。

 あの夜、影時間を認識し、活動していた時点で可能性は高かった。

 

 とはいえ実際にその力を振るうかどうかは本人の意志次第だ。

 

「ええ。ただ、彼の方から“やりたい”と言ってきましてね」

 

 あなたは眉を寄せる。

 幾月の勧誘は、時々……いや、普段から説明が足りない。

 

 妙に都合の良い部分だけ切り抜いて話している可能性もある。

 いつもの調子で都合よく説明していないか?

 

 ……念の為、あなたも自身で確認しておくことにする。

 

 

*   *   *

 

 

 昼休み。

 学食の隅で、順平はカツ丼を勢いよく掻き込んでいた。

 

「いやー、マジで人生変わりそうだわ!」

 

 食べながら喋るな。

 せめて呑み込んでからにしろ。

 

 あなたは味噌汁を啜りながら、向かい側を見る。

 

――で、理事長から何を聞いたんですか?

 

「え? だから、その特別課外活動部ってやつ!」

 

 順平は目を輝かせる。

 

「影時間に戦うんだろ!? なんか秘密組織っぽくて超カッケーじゃん!」

 

 予想通りだった。

 

――危険ですよ。

 

「そりゃ戦うんだから多少は?」

 

――多少どころではなく。

 

 あなたは淡々と続ける。

 

――最悪の場合、死ぬかもしれない。

 

 順平は一瞬だけ押し黙る。

 だが、その目から熱は消えなかった。

 

「……でもさ」

 

 ぽつりと呟く。

 

()()って、ちょっと憧れません?」

 

 その言葉に、あなたは小さく目を細めた。

 

 承認欲求。

 劣等感。

 居場所への飢え(アイデンティティ・クライシス)

 年相応の、未熟な願望。

 

 とはいえそれは、大なり小なり誰にでもある感情でもある。

 

――危険性は理解しておきなさい。

 

 あなたはそれだけ告げる。

 後悔しても、途中で簡単には降りられなくなるのだ。

 

 順平は少しだけ真顔になり、やがて頷いた。

 

 

*   *   *

 

 

 午後。

 

 結城(ゆうき)(みなと)の退院に合わせ、あなたは真田(さなだ)明彦(あきひこ)岳羽(たけば)ゆかりと共に病院へ向かっていた。

 

 事務手続きは既に終わっている。

 治療費についても、桐条グループ側――正確には理事長の裁量で処理された。

 

 病室前へ到着すると、丁度、中から三人が出てくるところだった。

 

 結城湊。

 岳羽ゆかり。

 そして真田明彦。

 

「お、せんせー」

 

 ゆかりが軽く手を振る。

 一方、結城は相変わらず無表情に近い。

 

 だが。

 あなたはその少年を見て、僅かに視線を細めた。

 

 静かだ。

 それなのに妙な存在感がある。

 まるでそこに重力が発生しているように。

 大きな“何か”がゆっくりと沈み込みつつあるように。

 

 数秒だけ観察し、あなたは視線を外した。

 

――帰りますよ。

 

 わざわざ病院で立ち話をすることもない。

 そう告げると、少年少女たちは連れ立って歩き出した。

 

 夕暮れの廊下に、静かな足音だけが響いていた。

 




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