Persona3 Temperance   作:人ちゅら

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養護教諭及び保健室についてはそれっぽいことを書いていますが、原則フィクションであって現実のものとは異なる場合があります。



#002 月光館学園

 西暦2008年4月1日。

 

 私立月光館(げっこうかん)学園。

 

 世界有数の財閥「桐条(きりじょう)グループ」の運営する学校法人で、東京都巌戸台(いわとだい)港区に敷地を持った小中高一貫教育校。……あなたのおぼろげな記憶では、このあたりはサラリーマンの街・新橋と呼ばれていた気がするのだが、再創世後の現在においては巌戸台と呼ばれているらしい。

 

 受験偏差値は、附属中学からのエスカレーター組が55~6、受験組が60に一歩届かない程度。国内上位とはいかないものの、地域の難関校レベルではある。

 

 校是として文武両道を掲げるものの、それぞれの強豪校と比べると格落ちは否めない。

 今年は確か、ボクシング部にプロ転向が期待される逸材が居るらしいが、あとは都大会ベスト8レベルといったところらしい。スポーツ推薦のようなことはせず、あくまで健全な青少年の育成をモットーとしている、とは面接時に聞いた話。

 

 そのためか、生徒たちの間にはのびのびと闊達な空気があり、春休みのクラブ活動も、各々が青春を謳歌している様子が窺える。

 彼らのあり方に眩しさを覚えるほど、あなたはまだ齢を重ねてはいないが。

 

 

 あなたはその、高等部の養護教諭――いわゆる()()()()()――として赴任した。

 

 

*   *   *

 

 

――初めまして。間薙(かんなぎ)シンと申します。この度、新しく養護教諭として赴任しました。皆さんと共に、生徒たちが充実した学校生活を送れるよう、精一杯努めてまいります。

 

 職員室で、居並ぶ教師たちを前に、あなたは着任の挨拶をする。

 インターンシップではファストフードの学生アルバイトのようなものだったが、幼馴染みの(たちばな)千晶(ちあき)にその話をしたら「ちゃんとしなさいよ、もう」と不機嫌にさせてしまった。

 

――私は、健康面の管理や生活習慣の改善などを通じて、生徒たちの健康づくりに尽力してまいります。また、万が一の場合には迅速かつ適切な対応を取り、生徒たちが安心して学校生活を送れるようにサポートしていきます。

 

 この職場を斡旋した氷川総司令(M字ハゲ)には「奇をてらう必要はない。着任の挨拶など『自分がすべきことを理解している』と相手に宣言するだけだ」などと言われたものの、たった二週間のインターンシップで、イレギュラー対応が主となる現場のことなどわかりはしない。

 

――何かお困りのことがあれば、遠慮なく私に相談してください。皆さんと協力して、素晴らしい学校生活を作り上げていきましょう。

 

 困り果てたあなたは結局、千晶に書いてもらった原稿(アンチョコ)を丸暗記し、現在に至っている。

 

――よろしくお願いします。

 

 最後にあなたが頭を下げれば、ほどほどの拍手で迎えられることが出来た。

 このお辞儀の角度も、千晶に散々仕込まれたものである。

 

 こうして何もかもが借り物のまま、あなたの新社会人(?)生活はスタートした。

 

 

*   *   *

 

 

 着任の挨拶が終われば、早速仕事が始まる。

 あなたは職員室での席の場所だけ確認すると、早速保健室(しごとば)へと向かった。

 

 前任者の江戸川(えどがわ)某は、桐条グループの()()……なんとかいう研究所へ異動していて、ここに居ない。

 引き継ぎは事前に書面で受け取っているので、あなたは(ひと)()ずその通りに進めていく。まずは何処に何があるのかの把握から。並行して備品の在庫確認を行おう。

 

 

 おそらく一般に想像されている以上に、保健室の備品は多岐にわたる。

 学校保健安全法に加えて文部科学省からの通達もあり、最低限揃えておくべきものは結構あるのだ。

 また養護教諭はあくまで教員であって医療従事者ではない。緊急時における応急処置を除けば、投薬や治療といった医療行為を取ることはできない。

 ()()である。

 

 ならばこの鍵のかけられた引き出しに整然と並べられたPTP包装(やくざい)シートは何なのだろうか。

 

 あるいはこの、いかにも個人が調合しましたと言わんばかりの薬包は。

 

 引き継ぎ書を確認すれば「封・禁触」の文字。

 

 ……

 ………

 …………

 ……………

 

 後で処分(なかったことに)しよう。

 

 

 あなたが危険物の廃棄処分について考えていると、ガラガラと音を立てて入口の引き戸が開く。

 

「あなたが新任の養護教員ですか」

 

 そこには長い赤毛の少女がいた。

 春休みを終えれば高等部の最終学年となる女生徒、桐条美鶴(みつる)

 その姓が示す通り、月光館学園の運営母体である桐条グループ総帥の一人娘。

 

 言わばあなたの雇い主の御令嬢。

 ぞんざいに扱う訳にはいかない相手だ。

 

――間薙シンです。よろしく。

 

「随分とお若いようだが。それに性別も。それで養護教諭は務まるとお考えか?」

 

 あなたの無難な挨拶にも応えず、面接のやり直しのようなセリフを投げかける少女。

 腕を組み、いかにも尊大に見えるが、虚勢というわけでもない。

 これが彼女にとっての自然体なのだろう。

 

――その判断をするのは学校で、私は全力を尽くすだけです。スクールカウンセラーは別に居られるそうですし、業務上、問題はないと考えますが。

 

「なるほど。江戸川氏のように個性的な人物だったらどうしようかと思っていたが、存外常識的な方のようだ。失礼した」

 

 前任者、どんだけヤバかったのか。

 

江戸川氏(ぜんにんしゃ)と同じ、エルゴ研からの紹介ということだったのでね。理事長もあそこの出身だし」

 

 実際にあなたを紹介したのはエルゴ研ではなく、エルゴ研との取引があるサイバース・コミュニケーションの氷川なのだが、手続き上どうなっているのかは分からない――面倒だったので全て氷川に任せてしまった――ので、あなたは曖昧に頷いておくにとどめる。

 

 分からない話を続けられても正直ストレスだ。

 早々に切り上げるとしよう。

 さっさと話を終わらせるべく、あなたは正直な内心を吐露する。

 

――前任がどうだったかは知りませんし、人生相談ではあまり頼りにならないかもしれませんが、外傷についてはそれなりに自信もありますので。

 

 では。と去ろうとするあなたの背に投げかけられた言葉は、あなたの予想に反したものだった。

 

「それは心強い。友人ともども世話になる。よろしく頼む」

 

 桐条(ざいばつ)のお嬢様が、頻繁に怪我をするような生活を送っていると?

 

 ここは一体どんな高校なのか。

 

 あなたが望む平穏無事な生活(スローライフ)に、黄色信号が点った気がした。




チラシの裏として登録したのに、予約投稿したら通常投稿になっていた件。

(2023/03/25) 修正
 2008年→2009年
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