Persona3 Temperance 作:人ちゅら
5月9日、土曜日。
昨夜の「鉄の川に渡し守」というメッセージが頭から離れず、あなたは朝まで鉄道について調べていた。
とはいえ、調べれば調べるほど、分かったことは少なかった。
ポートアイランドと市街地を結ぶ新都市交通「あねはづる」。敷設には桐条コーポレーションが資金を提供している。路線や駅の概要については一般にも公開されているが、それ以上の目立った情報は見つからない。
少なくとも、昨夜のメッセージに直接結びつきそうなものはなかった。
ただ、一つだけ妙なことがあった。
操作系が、某電車シミュレーションゲームにそっくりなのだ。
──ふむ。
と呟いたあなたは押し入れを開けた。
しばらく埃をかぶっていた専用コントローラを引っ張り出し、久しぶりにゲームを起動する。
最初のうちは感覚が戻らず、何度か判断を誤った。
減速が遅い。
慌ててブレーキを操作する。
プレイングミスを表す演出が表示され、車両は停止したようだ。
「……なるほど」
ゲームの中で急ブレーキをかけながら、あなたは少し考える。
“渡し守”とやらが、あねはづるの操縦室に現れたなら……
そんなことを考えながら、結局あなたは何度かプレイを続けた。
気がつけば、空が明るくなっていた。
どうやら、徹夜してしまったらしい。
*
念のため
寮の前まで来ると、ちょうど
何をしているのかと思い、後をついていく。
美鶴は路地裏までバイクを押していくと、後部に増設された装置を取り外し、慣れた手つきで分解し始めた。
──メンテナンス、ですか?
「ああ」
工具を動かしながら、美鶴が答える。
「バイクそのものなら整備を任せることもできる。だが、こちらは少々事情が違ってな」
美鶴が工具の先で示したのは、バイクの後部に取り付けられた機器だった。
「桐条の
なるほど。
「前回の襲撃から、もうすぐ一ヶ月になる。念には念を入れておきたい」
そう言って、美鶴は黙々と作業を続ける。
だが、よく見ると動きが少し鈍い。
目の下にも疲労が残っているのが分かる。
十代そこそこの顔に表れてよい色合いではなかった。
明らかに無理をしている……
あなたには、そう見えた。
昨夜のことを思い出す。
マダム・ニュクスから告げられた、「鉄の川に渡し守」の言葉。
それを伝えるべきか、正直言えば迷っていたのだ。
分かっていれば、早めに対応できることもあるだろう。
だが、今の美鶴にさらに警告を重ねる必要があるだろうか。
──……少し休んだ方がいい、ですよ。
「これを終えてからにする」
──メンテナンスも大事ですが……それは君自身についても同じでしょう。
美鶴が顔を上げた。
「養護教諭の仕事には、慣れましたか?」
──いやまあ。とはいえ、自分も徹夜したばかりなので。
「まったく」
ほんの少しだけ、美鶴の表情が緩んだ。
ああ、そうだ。
あなたは持ってきていた小さな香水瓶を取り出した。
──どうぞ。
「香水?」
──リラクゼーション効果があります。おかしな代物ではないですよ。
ほら、と言ってあなたは自分にその香水を振りかける。
中身は精神を沈静化し、状態異常を回復させる【イワクラの水】と、
「ブリリアント」
匂いが届いたらしい。
美鶴が大きく深呼吸をして、幽かな香りを吸い込んだ。
「あなたは時々、とんでもないものを持ち歩いているな」
──岳羽くんに渡すつもりで、いくつか用意していたので。
美鶴は小瓶を受け取った。
──使ってみてください。少しでも休めるなら、その方がいい。
「分かった。ありがたく使わせてもらおう」
その返事を聞いて、あなたは昨夜のことを話さないまま、その場を離れた。
* * *
寮の中も、妙に落ち着かなかった。
誰かが騒いでいるわけではない。
むしろ、いつもより静かなほどだ。
それなのに、どこかそわそわしている。
ロビーのソファでは、
──岳羽さん?
「ん……?」
眠そうに顔を上げたゆかりに、先ほどと同じ香水瓶を渡す。
──授業中に居眠りしていたそうですね。というわけで、これを。
「何これ?」
──リラクゼーション効果のあるものです。よく寝られますよ。
「へえ……」
ゆかりはスプレーをプッシュし、少しだけ手の甲につけた。
そして、香りを嗅ぐ。
「……あ」
表情が変わった。
「これ、好き」
やはり相当に疲れていたのだろう。
目元に疲労が
あなたは微笑み、無言で頷く。
「何これ。すごい落ち着く」
ゆかりはもう一度香りを確かめる。
「ありがと。なんか、今なら眠れそう」
そう言って、香水瓶を大事そうに持ったまま自室へ戻っていった。
「やっぱセンセーは大人っすねー」
茶化すような声が、横からした。
「女子に香水をプレゼント、ですか。やるじゃないっすか」
──余ったものを渡しただけだよ。
「そういうところが大人なんすよ」
順平はニヤニヤしながら言う。
だが、そのテンションの高さが、今日は妙に気になった。
──
「俺? 全然平気っすよ」
即答だった。
「今晩もタルタロス行きたいくらい」
──昨日の今日だろうに。
「だからこそっすよ。こういうときにガンガン行った方がいいって」
笑っている。
元気そうにも見える。
けれど、どこか危うい。
疲れているのに、疲れていることを認めたくない。
そんな印象だった。
──……無理はしないように。
「了解っす、センセー」
順平は軽く手を上げた。
その向こうでは、
そして
──結城は?
「あー……なんか、最近できた友達に会いに行く、とか?」
ほう。友達。
それは少々、意外な気がした。
どことなく無機質な、他人を寄せ付けない雰囲気のある少年に、友達が。
「なんか、神社で知り合ったとか」
──そうか。
S.E.E.S.の外にも、湊には湊の付き合いがある。
それは悪いことではない。
むしろ、そういう時間がある方がいいのだろう。
あなたは時計を見る。
まだ時間はある。
* * *
その日の夜。
少年少女が思い思いの時間を過ごす巌戸台分寮、その最上階。
あなたは一人、端末の画面を眺めていた。
表示されているのは、寮の入寮者に関する影時間適応データだった。
幾月理事長から閲覧権限をもらっている。
とはいえ、データそのものを読めるわけではない。
並んでいる項目はエルゴ研特有のものらしく、あなたには意味の分からない数値や記号ばかりだ。
……さっぱり分からない。
仕方がないので、映像データを眺める。
そこには、寮で暮らす少年少女たちの姿が記録されていた。
起きているところ。
食事をしているところ。
勉強しているところ。
誰かと話しているところ。
眠っているところ。
プライバシー侵害も甚だしい隠し撮りだ。
ただし、本当にマズいシーンについては画面全体にボカシが入っている。
──一応、気を使ったつもりか?
誰に言うでもなく呟く。
結局、データの専門的な意味はほとんど分からなかった。
それでも、映像を眺めているだけで、それぞれの人間がどういう生活をしているのかは少し分かった気がする。
戦う姿だけを見ているよりは、ずっとその人間らしい。
そんなことをしているうちに、時計の針が進んでいく。
23時56分。
23時57分。
そして、23時58分。
そろそろ影時間になる。
あなたは端末を閉じ、最上階を後にした。
階段を下りてロビーへ向かう。
そこには、特別課外活動部の全員が集まっていた。
桐条美鶴。
岳羽ゆかり。
伊織順平。
真田明彦。
結城湊。
そして、あなた。
さっきまでそれぞれ別々の場所で過ごしていた少年少女たちが、今は一つの場所に集まっている。
時計を見る。
23時59分。
あと少し。
誰も何も言わない。
そして――
世界から、音が消えた。
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
そろそろ序盤の見せ場のひとつです。
結構好きなんですよね、このエピソード。
等身大の少年少女って感じで。
まーヘイト集めちゃうのも分かるんですけどねェ(苦笑)