Persona3 Temperance   作:人ちゅら

24 / 24
#025 一人では進めない

 モノレールの車内に足を踏み入れた直後だった。

 伊織(いおり)順平(じゅんぺい)が、先を急ぐように最初のドアへ向かった。

 

「順平!」

 

 岳羽(たけば)ゆかりが呼び止めるより早く、順平はドアを開ける。

 その向こうは、一つ前の車両だった。

 

「待てって!」

 

 結城(ゆうき)(みなと)も後を追おうとする。

 その瞬間――

 車体が、ゆっくりと揺れた。

 

 ガタン。

 

「……え?」

 

 ゆかりが目を見開く。

 もう一度、車体が揺れる。

 そして、モノレールが動き始めた。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 ゆかりが慌てて手すりを掴む。

 あなたも足元の感覚から状況を把握する。

 

 止まっていたはずの車両が、線路の上を進んでいる。

 影時間の中で。

 

『聞こえるか?』

 

 通信機から美鶴(みつる)の声が響いた。

 湊がヘッドセットに手を当て、応じる。

 

「はい」

『車両が動き始めた。おそらくシャドウが乗っ取ったんだろうが──』

 

 美鶴の声にも緊張が混じっている。

 

『このまま進めば、ポートアイランド駅まで到達する可能性がある』

「それが?」

『先ほど確認した別の車両が、その先を走っていた』

 

 あなたは窓の外を見る。

 おかしな月明かりの中、線路が続いている。

 

『このまま進めば、衝突する可能性がある』

「嘘でしょ……」

 

 ゆかりの顔が引きつった。

 

『おそらく先頭車両のシャドウ反応が原因だ。確認してくれ』

「分かりました」

 

 湊が了解し、通信を切る。

 あなたは湊とゆかりを見る。

 

──順平も追わないと。

 

「あの馬鹿!」

「そうだね」

 

 湊が頷いた。

 三人は前へ進み始めた。

 

 

*   *   *

 

 

 昨晩調べた資料によれば、“新都市交通あねはづる”は十一両編成だったはずだ。

 一両は約十五メートルだから、およそ百六十五メートルだ。

 何もなければ大した長さではない。

 

 ドアを開け、一つ前の車両へ進む。

 湊が先頭、ゆかりが中央、あなたが最後尾だ。

 狭い連結部を抜けて次の車両に出ると、シャドウが襲いかかってくる。

 

「来る!」

 

 ゆかりが弓を構えながら半歩横へ移動、射線を確保する。

 そのうちに湊が前へ出て、右手の剣を振るった。

 

 シャドウが吹き飛ぶ。

 

 その横を、別の影がすり抜けようとするも、ゆかりの矢が刺さって勢いを止める。

 思ったより冷静に対処できている。

 これなら──

 

 前方のシャドウを彼らに任せると、あなたは前を向いたままもう一つの気配に警戒する。

 背後に生まれた、微かな違和感。

 視界の端に浮かぶ、黒い淀み。

 

──……。

 

 肩越しに、指を弾く。

 

 パチン

 

 小さな音とともに、淀みが散った。

 すぐ近くに、また別の淀みが生じる。

 

 パチン。

 

 それも散らす。

 

 前では湊とゆかりが戦っている。

 後ろでは、シャドウになる前の気配が次々に生じている。

 思ったよりも忙しい。

 

 だが、二人には前方に集中させたほうが良いだろう。

 ひとたび敵に包囲されると、あっという間に精神をすり減らす。

 今は温存させるべきだ。

 

「先生!」

 

 ゆかりの声。

 前を見る。

 湊がシャドウを斬り伏せていた。

 

──大丈夫ですよ。そっちは?

 

 周囲のシャドウがあらかた片付いたことで、あなたのことを思い出したようだ。

 あなたはヒラヒラと手を振り、にこやかに応じる。

 

「大丈夫です!」

 

 ゆかりが大きな声で応え、それから少しだけ気まずげに顔を背ける。

 意識が戦闘中の連携(コールアウト)のまま、切り替えられなかったのだろう。

 あなたは小さく笑って「分かるよ」と言うように頷いておいた。

 

──では進みましょう。

 

 あなたは通信機を耳元に当てる。

 

──桐条君。車両の数は現実のまま?

 

『ああ。十一両編成のままだ。順平は二両先まで進んでいる』

 

──了解。

 

 ゆかりが息を整える。

 

「……あいつ、ほんと何してんのよ!」

『順平は私の待機指示を無視している』

「でしょうね!」

 

 ゆかりが苛立たしげに叫ぶ。

 

「何であいつ、あんなに突っ走るのよ!」

 

 湊がぽつりと言った。

 

「……死にたいのかな?」

「ちょっと!」

 

 ゆかりが湊を睨む。

 

「こんなときに冗談はやめてよね!」

「冗談じゃない」

 

 湊は淡々と答えた。

 

「本当に、そう見えるから」

「……もう!」

 

 ゆかりが頭を抱える。

 

 あなたは二人の間に入るように言った。

 

──今は合流を急ごう。

 

「そうですね」

 

 湊が頷く。

 ゆかりも渋々前を向いた。

 三人は、さらに先へ進んだ。

 

 

*   *   *

 

 

 しばらく進むが、相変わらずシャドウは車両を進む度に襲撃してくる。

 あなたが潰しているお陰で、背後からの奇襲(バックアタック)もなく安全に進めている。

 ただ、どうしても時間がかかり、先行する順平には追いつけていない。

 

 今も湊とゆかりが戦い、その間にあなたが美鶴からの通信を受ける。

 

『次の車両に入ったら、右側の座席に気をつけて──』

 

 美鶴の説明が続く。

 だが、湊もゆかりも戦闘中だ。

 返事をする余裕はない。

 

──右側ですね。

 

『そうだ。おそらく座席下に隠れている』

 

──了解。

 

 短く応えたところで、通信が切れた。

 通信状態も悪化しているようだ。

 ヘッドセットのノイズに気を取られたのか、ゆかりの動きが止まった。

 

「……え?」

 

 ほんの一瞬、集中が切れ視線が逸れる。

 その一瞬をシャドウは見逃さない。

 影がゆかりへ飛びかかる。

 

「岳羽さん!」

 

 湊が割って入った。

 刃がシャドウを弾き飛ばす。

 

「……っ!」

 

 ゆかりが我に返る。

 

「ご、ごめん!」

 

 慌てて弓を引き絞り、矢を放つ。

 シャドウが消し飛んだ。

 

「大丈夫?」

「ほんと、ごめん」

 

 だが、負傷はなさそうだ。

 運は悪かったが、疲労もまだ問題ない範囲だろう。

 

 あなたは一度、目を閉じる。

 意識を切り替える。

 

 【マッパー】。

 

 先の車両の気配を探るが、やはりどの車両にもシャドウがいる。

 これまで湊とゆかりへ向かってきたものと同じだ。

 敵意も強い。

 

 だが――

 

 三両先、順平のいる車両はどうも雰囲気が違う。

 シャドウの数が少ない。

 力も弱そうだし、攻撃性自体も低い。

 順平が暴れればすぐに距離を取っている。

 それに何より、攻撃もバラバラで規則性も計画性もない。

 

 妙だった。

 同じモノレールの中にいるというのに、明らかに反応が違う。

 

──……。

 

 あなたはもう一度、順平の周囲を探る。

 やはり同じだ。

 何かがおかしい。

 

『──先生?』

 

 美鶴の声で意識を戻す。

 

──すみません。先を確認していました。

 

『順平の位置は分かりますか? こちらからは把握しづらくなっていて』

 

 あなたは前方を見る。

 先頭から三両目。先頭車両を一号車とすれば──

 

──三号車、ですかね。

 

『状況は?』

 

──無事ではあるようです。ただ……

 

『ただ、どうしました?』

 

──その先の車両を、大量のシャドウが塞いでいます。

 

『何?』

 

 美鶴の声に驚きが混じる。

 

──先頭車両へ続くドアの前に、かなりの数のシャドウが集まっています。流石に順平一人では突破できないでしょう。

 

『そうか……』

 

 美鶴が短く息を吐く。

 

『先生』

 

──はい。

 

『先ほどのことだが』

 

 通信機越しに、少し間があった。

 

『順平は、なぜあそこまで湊をリーダーにすることに反発したのだろう?』

 

 あなたは前を見た。

 暗い車内の向こう。

 その先に、順平がいる。

 

──それは、後にしましょう。

 

『……分かった』

 

 あなたたちは、さらに前へ進んだ。

 

 

*   *   *

 

 

 そうして先頭車両のひとつ手前──二号車──まで来た。

 ドアを開けると、そこに順平がいた。

 

「……おせえよ」

 

 息を切らしながら、順平が言う。

 額には汗が浮かんでいた。

 周囲には、シャドウ。

 そして、先頭車両へ続くドアの前にも、いくつもの影が集まっている。

 

──順平。

 

「……なんすか」

 

──無茶だったでしょう。

 

「……うるせえな」

 

 順平が顔を背ける。

 その時だった。

 

 先頭車両へのドアの前にいたシャドウが、一斉に動いた。

 

「来る!」

 

 湊が剣を構える。

 これまで順平を遠巻きに包囲していたシャドウが、湊に気付くと一気に距離を詰めてきた。

 

 湊が迎え撃つ。

 その横を抜けようとする影へ、ゆかりが矢を放つ。

 

「こっちは任せて!」

 

 ゆかりが順平の周囲へ弓を向ける。

 シャドウの注意が逸れた。

 

「……!」

 

 順平が顔を上げる。

 

「なんだよ!」

「早く! こっち!」

「おう!」

 

 順平も武器を構え、シャドウを牽制しながらこちらへ合流する。

 

 湊が前に出てジャックフロストを降ろす。

 冷気系の攻撃が多い中では、ジャックフロストの耐性が彼を盾役(タンク)に仕立て上げる。

 

 ゆかりが順平の周囲のシャドウを引き剥がす。

 弓矢でうまく注意を引きながら、【ディア(小治癒)】と【ガル(疾風撃)】で牽制する。

 

 順平がその隙を突いてペルソナ能力で攻撃する。

 彼の武器は大ぶりで、狭い電車内では思うように振るえないためだ。

 

 やがて、最後のシャドウが消えた。

 車内が静かになる。

 

「おう。その……助かった」

 

 順平が小さく言った。

 だが、その声音にはまだふて腐れたような響きがある。

 

「ありがとな」

「どういたしまして」

 

 ゆかりは少し驚いた顔をしてから、頬を緩めて応えた。

 

「別に」

 

 だが湊は、特段なんとも思っていないように淡々と応える。

 

「……は?」

 

 順平が湊を見る。

 

「何だよ、それ」

「別に」

「こっちは感謝してんだから、もうちょっと何かあるだろ!」

「……仲間だから」

「そういうところだよ!」

 

 順平が声を荒らげる。

 

「そういう、何でもないみたいな顔してるところが──」

 

 その時だった。

 先頭車両へ続くドアが、ひとりでに開いた。

 

 プシュッ、と空気の抜ける音。

 暗闇の向こうから――

 

「……ハハハ」

 

 笑い声が聞こえた。

 

「ハハハハハハハ!」

 

 それは、人間のものとは思えない高笑いだった。

 四人が同時に黙る。

 

 開いたドアの向こう。

 先頭車両には、白い冷気が漂っていた。

 

 

*   *   *

 

 

 招かれるように、四人は先頭車両へ入った。

 

 寒い。

 車内に入った瞬間、肌を刺すような冷気がまとわりつく。

 床も、壁も、窓も。

 至るところが凍りついていた。

 

 そして、その奥。

 運転室へ続くドアを背にして、一体の巨大なシャドウが座り込んでいた。

 

 三メートルほどもある、人型のシャドウ。

 

 左右で色が分かれていた。

 身体の中央を境に、片側が白。

 もう片側が黒。

 

 その顔には、赤黒い仮面。

 周囲には凍った大気中の水分が、おかしな月明かりと何故か点灯している非常灯に照らされ、まるで光を纏うように煌めいていた。

 ギリシア彫刻のように写実的でありながら、それは淫靡というより神聖さ、神々しさを漂わせている。

 本来であれば日常空間である電車内に現れたそれは、あまりにチグハグで、不気味だった。

 

 巨大な女体が、車内の中央に鎮座している。

 

「……何、あれ」

 

 順平が息を呑み、ゆかりが顔をしかめる。

 

 シャドウは笑った。

 その周囲に、いくつもの影が浮かび上がる。

 

 冷気がさらに強くなる。

 細長く、紙のような髪がゆっくりと揺れた。

 それは生き物の触手のように自在に動き、四人へ向かって伸びてくる。

 

「来る!」

 

 湊が前へ出て、触手のような髪を薙ぎ払う。

 一拍遅れてゆかりが弓を構え、順平も武器を握り直した。

 

 あなたは一歩後ろへ下がり、周囲のマガツヒを探る。

 巨大なシャドウ。

 その周囲に浮かぶ、無数の影。

 

 そして――

 

「【アギ(火炎撃)】!」

 

 順平のペルソナ・ヘルメスが放った炎がシャドウを焼く。

 その瞬間。

 巨大なシャドウの動きが、わずかに止まった。

 

「……?」

 

 湊がそれを見た。

 ほんの一瞬。

 だが、確かに反応した。

 

 湊は順平を見る。

 

「順平」

「ンだよ!?」

「もう一度、【アギ】であいつを」

「……俺が?」

「ああ」

 

 湊は巨大なシャドウから目を離さない。

 

「効いてる」

 

 そして、ゆかりを見る。

 

「ゆかり。順平を援護して」

「分かった!」

 

 順平が一瞬だけ目を見開いた。

 だが、すぐに口元を上げる。

 

「……任せろ!」

 

 止まった時間の中で。

 ほんの少しだけ、何かが動き始めていた。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 特に本作では書きながら考えていたところと全然違う箇所に[ここすき]が有ったりして、やっぱ何が刺さるか分からんもんだなーと韜晦したりしています(笑)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

魔法科転生NOCTURNE SS置き場(作者:人ちゅら)(原作:魔法科転生NOCTURNE)

本作は『魔法科転生NOCTURNE』のサイドストーリーのまとめ、あるいは蛇足の隔離所です。▼※こちらに公開されたエピソードが後日、本編に組み込まれることがあります。▼※本編に掲載されたエピソードが後日、こちらに切り離されることもあります。▼HP=前世(主に再創世後)の出来事▼SS=魔法科転生のサイドストーリー▼【本編】 https://syosetu.org…


総合評価:865/評価:8.64/連載:18話/更新日時:2026年08月24日(月) 12:00 小説情報

魔法科転生NOCTURNE(作者:人ちゅら)(原作:魔法科高校の劣等生)

※本作は『魔法科高校の劣等生』と『真・女神転生Ⅲ NOCTURNE マニアクス クロニクル・エディション』のクロスオーバー作品です。(その他メガテンシリーズに属する設定も一部採用しています)▼※九校戦編の準備中です。開始できるまでステータスを「完結」にしています。▼ ボルテクス界での戦いを終え、受胎したトウキョウの未来にとある決定を下した人修羅「間薙シン」が…


総合評価:10476/評価:8.43/完結:62話/更新日時:2026年06月04日(木) 12:00 小説情報

CyberPunk: EDGE CASE(作者:エネーロ)(原作:Cyberpunk2077)

目が覚めたらそこは最悪の街だったーーー▼ふと気づくと2020年代のナイト・シティ。▼体は時代錯誤(2077)のクロームまみれ。能力はMOD基準。▼企業にバレたら実験動物よろしく解剖コース。▼生き残る道を探しながら、ジョニー達と関わっていくことになる奮闘劇。▼本作品は設定作成、本文一部にAIを利用しています。▼


総合評価:3421/評価:8.86/連載:28話/更新日時:2026年07月30日(木) 00:00 小説情報

マスター?いいえデビルサマナーです(作者:こちらメギドラオンでございます)(原作:Fate/)

怪しい機械片手に聖杯戦争を駆け巡るメガテンオタクの物語。▼なお、本人はこの世界を『真・女神転生』だと信じ切ってる模様。


総合評価:11008/評価:8.74/連載:4話/更新日時:2026年08月30日(日) 20:00 小説情報

魔法科高校の退学希望者(作者:無淵玄白)(原作:魔法科高校の劣等生)

▼『現代日本』に住む男が死んだらば、色々とあって再び人へと転生したがそこは完全に誰かの創作の世界!▼しかも分かってしまった範囲では、とにかく地獄のような世界で有名な魔法科高校の劣等生という作品世界。▼こんな世界で魔法を使える立場など御免被りたい転生者の退学を目指していくどこまで続くか分からない物語。▼なにがなんでも後ろに向かって前進する(バック・トゥ・ザ・フ…


総合評価:7604/評価:7.69/連載:34話/更新日時:2026年08月23日(日) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>