Persona3 Temperance 作:人ちゅら
モノレールの車内に足を踏み入れた直後だった。
「順平!」
その向こうは、一つ前の車両だった。
「待てって!」
その瞬間――
車体が、ゆっくりと揺れた。
ガタン。
「……え?」
ゆかりが目を見開く。
もう一度、車体が揺れる。
そして、モノレールが動き始めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
ゆかりが慌てて手すりを掴む。
あなたも足元の感覚から状況を把握する。
止まっていたはずの車両が、線路の上を進んでいる。
影時間の中で。
『聞こえるか?』
通信機から
湊がヘッドセットに手を当て、応じる。
「はい」
『車両が動き始めた。おそらくシャドウが乗っ取ったんだろうが──』
美鶴の声にも緊張が混じっている。
『このまま進めば、ポートアイランド駅まで到達する可能性がある』
「それが?」
『先ほど確認した別の車両が、その先を走っていた』
あなたは窓の外を見る。
おかしな月明かりの中、線路が続いている。
『このまま進めば、衝突する可能性がある』
「嘘でしょ……」
ゆかりの顔が引きつった。
『おそらく先頭車両のシャドウ反応が原因だ。確認してくれ』
「分かりました」
湊が了解し、通信を切る。
あなたは湊とゆかりを見る。
──順平も追わないと。
「あの馬鹿!」
「そうだね」
湊が頷いた。
三人は前へ進み始めた。
* * *
昨晩調べた資料によれば、“新都市交通あねはづる”は十一両編成だったはずだ。
一両は約十五メートルだから、およそ百六十五メートルだ。
何もなければ大した長さではない。
ドアを開け、一つ前の車両へ進む。
湊が先頭、ゆかりが中央、あなたが最後尾だ。
狭い連結部を抜けて次の車両に出ると、シャドウが襲いかかってくる。
「来る!」
ゆかりが弓を構えながら半歩横へ移動、射線を確保する。
そのうちに湊が前へ出て、右手の剣を振るった。
シャドウが吹き飛ぶ。
その横を、別の影がすり抜けようとするも、ゆかりの矢が刺さって勢いを止める。
思ったより冷静に対処できている。
これなら──
前方のシャドウを彼らに任せると、あなたは前を向いたままもう一つの気配に警戒する。
背後に生まれた、微かな違和感。
視界の端に浮かぶ、黒い淀み。
──……。
肩越しに、指を弾く。
パチン
小さな音とともに、淀みが散った。
すぐ近くに、また別の淀みが生じる。
パチン。
それも散らす。
前では湊とゆかりが戦っている。
後ろでは、シャドウになる前の気配が次々に生じている。
思ったよりも忙しい。
だが、二人には前方に集中させたほうが良いだろう。
ひとたび敵に包囲されると、あっという間に精神をすり減らす。
今は温存させるべきだ。
「先生!」
ゆかりの声。
前を見る。
湊がシャドウを斬り伏せていた。
──大丈夫ですよ。そっちは?
周囲のシャドウがあらかた片付いたことで、あなたのことを思い出したようだ。
あなたはヒラヒラと手を振り、にこやかに応じる。
「大丈夫です!」
ゆかりが大きな声で応え、それから少しだけ気まずげに顔を背ける。
意識が戦闘中の
あなたは小さく笑って「分かるよ」と言うように頷いておいた。
──では進みましょう。
あなたは通信機を耳元に当てる。
──桐条君。車両の数は現実のまま?
『ああ。十一両編成のままだ。順平は二両先まで進んでいる』
──了解。
ゆかりが息を整える。
「……あいつ、ほんと何してんのよ!」
『順平は私の待機指示を無視している』
「でしょうね!」
ゆかりが苛立たしげに叫ぶ。
「何であいつ、あんなに突っ走るのよ!」
湊がぽつりと言った。
「……死にたいのかな?」
「ちょっと!」
ゆかりが湊を睨む。
「こんなときに冗談はやめてよね!」
「冗談じゃない」
湊は淡々と答えた。
「本当に、そう見えるから」
「……もう!」
ゆかりが頭を抱える。
あなたは二人の間に入るように言った。
──今は合流を急ごう。
「そうですね」
湊が頷く。
ゆかりも渋々前を向いた。
三人は、さらに先へ進んだ。
* * *
しばらく進むが、相変わらずシャドウは車両を進む度に襲撃してくる。
あなたが潰しているお陰で、
ただ、どうしても時間がかかり、先行する順平には追いつけていない。
今も湊とゆかりが戦い、その間にあなたが美鶴からの通信を受ける。
『次の車両に入ったら、右側の座席に気をつけて──』
美鶴の説明が続く。
だが、湊もゆかりも戦闘中だ。
返事をする余裕はない。
──右側ですね。
『そうだ。おそらく座席下に隠れている』
──了解。
短く応えたところで、通信が切れた。
通信状態も悪化しているようだ。
ヘッドセットのノイズに気を取られたのか、ゆかりの動きが止まった。
「……え?」
ほんの一瞬、集中が切れ視線が逸れる。
その一瞬をシャドウは見逃さない。
影がゆかりへ飛びかかる。
「岳羽さん!」
湊が割って入った。
刃がシャドウを弾き飛ばす。
「……っ!」
ゆかりが我に返る。
「ご、ごめん!」
慌てて弓を引き絞り、矢を放つ。
シャドウが消し飛んだ。
「大丈夫?」
「ほんと、ごめん」
だが、負傷はなさそうだ。
運は悪かったが、疲労もまだ問題ない範囲だろう。
あなたは一度、目を閉じる。
意識を切り替える。
【マッパー】。
先の車両の気配を探るが、やはりどの車両にもシャドウがいる。
これまで湊とゆかりへ向かってきたものと同じだ。
敵意も強い。
だが――
三両先、順平のいる車両はどうも雰囲気が違う。
シャドウの数が少ない。
力も弱そうだし、攻撃性自体も低い。
順平が暴れればすぐに距離を取っている。
それに何より、攻撃もバラバラで規則性も計画性もない。
妙だった。
同じモノレールの中にいるというのに、明らかに反応が違う。
──……。
あなたはもう一度、順平の周囲を探る。
やはり同じだ。
何かがおかしい。
『──先生?』
美鶴の声で意識を戻す。
──すみません。先を確認していました。
『順平の位置は分かりますか? こちらからは把握しづらくなっていて』
あなたは前方を見る。
先頭から三両目。先頭車両を一号車とすれば──
──三号車、ですかね。
『状況は?』
──無事ではあるようです。ただ……
『ただ、どうしました?』
──その先の車両を、大量のシャドウが塞いでいます。
『何?』
美鶴の声に驚きが混じる。
──先頭車両へ続くドアの前に、かなりの数のシャドウが集まっています。流石に順平一人では突破できないでしょう。
『そうか……』
美鶴が短く息を吐く。
『先生』
──はい。
『先ほどのことだが』
通信機越しに、少し間があった。
『順平は、なぜあそこまで湊をリーダーにすることに反発したのだろう?』
あなたは前を見た。
暗い車内の向こう。
その先に、順平がいる。
──それは、後にしましょう。
『……分かった』
あなたたちは、さらに前へ進んだ。
* * *
そうして先頭車両のひとつ手前──二号車──まで来た。
ドアを開けると、そこに順平がいた。
「……おせえよ」
息を切らしながら、順平が言う。
額には汗が浮かんでいた。
周囲には、シャドウ。
そして、先頭車両へ続くドアの前にも、いくつもの影が集まっている。
──順平。
「……なんすか」
──無茶だったでしょう。
「……うるせえな」
順平が顔を背ける。
その時だった。
先頭車両へのドアの前にいたシャドウが、一斉に動いた。
「来る!」
湊が剣を構える。
これまで順平を遠巻きに包囲していたシャドウが、湊に気付くと一気に距離を詰めてきた。
湊が迎え撃つ。
その横を抜けようとする影へ、ゆかりが矢を放つ。
「こっちは任せて!」
ゆかりが順平の周囲へ弓を向ける。
シャドウの注意が逸れた。
「……!」
順平が顔を上げる。
「なんだよ!」
「早く! こっち!」
「おう!」
順平も武器を構え、シャドウを牽制しながらこちらへ合流する。
湊が前に出てジャックフロストを降ろす。
冷気系の攻撃が多い中では、ジャックフロストの耐性が彼を
ゆかりが順平の周囲のシャドウを引き剥がす。
弓矢でうまく注意を引きながら、【
順平がその隙を突いてペルソナ能力で攻撃する。
彼の武器は大ぶりで、狭い電車内では思うように振るえないためだ。
やがて、最後のシャドウが消えた。
車内が静かになる。
「おう。その……助かった」
順平が小さく言った。
だが、その声音にはまだふて腐れたような響きがある。
「ありがとな」
「どういたしまして」
ゆかりは少し驚いた顔をしてから、頬を緩めて応えた。
「別に」
だが湊は、特段なんとも思っていないように淡々と応える。
「……は?」
順平が湊を見る。
「何だよ、それ」
「別に」
「こっちは感謝してんだから、もうちょっと何かあるだろ!」
「……仲間だから」
「そういうところだよ!」
順平が声を荒らげる。
「そういう、何でもないみたいな顔してるところが──」
その時だった。
先頭車両へ続くドアが、ひとりでに開いた。
プシュッ、と空気の抜ける音。
暗闇の向こうから――
「……ハハハ」
笑い声が聞こえた。
「ハハハハハハハ!」
それは、人間のものとは思えない高笑いだった。
四人が同時に黙る。
開いたドアの向こう。
先頭車両には、白い冷気が漂っていた。
* * *
招かれるように、四人は先頭車両へ入った。
寒い。
車内に入った瞬間、肌を刺すような冷気がまとわりつく。
床も、壁も、窓も。
至るところが凍りついていた。
そして、その奥。
運転室へ続くドアを背にして、一体の巨大なシャドウが座り込んでいた。
三メートルほどもある、人型のシャドウ。
左右で色が分かれていた。
身体の中央を境に、片側が白。
もう片側が黒。
その顔には、赤黒い仮面。
周囲には凍った大気中の水分が、おかしな月明かりと何故か点灯している非常灯に照らされ、まるで光を纏うように煌めいていた。
ギリシア彫刻のように写実的でありながら、それは淫靡というより神聖さ、神々しさを漂わせている。
本来であれば日常空間である電車内に現れたそれは、あまりにチグハグで、不気味だった。
巨大な女体が、車内の中央に鎮座している。
「……何、あれ」
順平が息を呑み、ゆかりが顔をしかめる。
シャドウは笑った。
その周囲に、いくつもの影が浮かび上がる。
冷気がさらに強くなる。
細長く、紙のような髪がゆっくりと揺れた。
それは生き物の触手のように自在に動き、四人へ向かって伸びてくる。
「来る!」
湊が前へ出て、触手のような髪を薙ぎ払う。
一拍遅れてゆかりが弓を構え、順平も武器を握り直した。
あなたは一歩後ろへ下がり、周囲のマガツヒを探る。
巨大なシャドウ。
その周囲に浮かぶ、無数の影。
そして――
「【
順平のペルソナ・ヘルメスが放った炎がシャドウを焼く。
その瞬間。
巨大なシャドウの動きが、わずかに止まった。
「……?」
湊がそれを見た。
ほんの一瞬。
だが、確かに反応した。
湊は順平を見る。
「順平」
「ンだよ!?」
「もう一度、【アギ】であいつを」
「……俺が?」
「ああ」
湊は巨大なシャドウから目を離さない。
「効いてる」
そして、ゆかりを見る。
「ゆかり。順平を援護して」
「分かった!」
順平が一瞬だけ目を見開いた。
だが、すぐに口元を上げる。
「……任せろ!」
止まった時間の中で。
ほんの少しだけ、何かが動き始めていた。
感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。
特に本作では書きながら考えていたところと全然違う箇所に[ここすき]が有ったりして、やっぱ何が刺さるか分からんもんだなーと韜晦したりしています(笑)