レール上のリメンバーログ   作:和泉キョーカ

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 先代皇帝には様々な蔑称が存在していた。『残虐皇帝』は最も一般的な呼称だが、人々は彼を様々な呼び方で罵倒し、恐れていた。『首狩り皇帝』『魂喰らい皇帝』『街崩し皇帝』もその一種である。


エラーフィーコルン編-1

 かつて、残虐皇帝と呼ばれた男がいた。父親が我が子に語る、追憶の寝物語。選民思想に捕り憑かれ、富国強兵を徹底して推進した。同じ国家の中にあって、その都市の多くが閉鎖的コミュニティとして国家に反旗を翻し、独立してしまった、亡霊王国の首狩り皇帝。

 裏切りと離反、血と絶望、憎しみと怒り、哀しみと諦観に彩られた数十年の歴史はしかし、たった一夜、たった一振りの刃にしてすべてが反転した。

『――聞くが良い。』

 空席となった玉座に降り立つは、一羽の赤鷹。残虐皇帝が嫡子にして、隷属と服従の半生を耐え忍び、そしてひとつの躊躇いも無く実父を殺害した若き王。

『我は鷹王(ようおう)。この国の頂点に新たに君臨する者である。が、しかし――。』

 彼はその黎明と共に、国土全域へと繋げた通信放送において、あるひとつの『約束』を告げた。

『同時に我は、この国に生きる市民のひとりに過ぎぬ。そう、諸君らと同じ民草のひとりなのだ。国民失くして国王は在らず。故に――。』

 そしてこれは、そんな若き新皇帝の『約束』を遂行しようと奔走する、少数精鋭の男女たちで構成された、皇帝直属の部隊に所属するメンバーたちが織り成す、皇国再興の物語。

『我はここに! ――国土を南北に接続する鉄道路線の敷設を宣言する! 再び……この国を、ひとつにする鉄の道を!』

 

 首都から北へ。崖と岩場に囲まれた荒野の中に、その街は存在していた。『エラーフィーコルン』と呼ばれているこの都市は、付近に多く点在している古代遺跡から出土される装飾品や副葬品、宝石やマジックアイテムの収集によって栄える、盗掘者たちの街だった。

「……ボス、面会予定の客人が。」

 そんなエラーフィーコルンを実質的に牛耳っている巨大なギャング組織、『エラーフィー・セルヴス』の組長室で、それは起きていた。

「ああ、首都の使いだろ。入れてやれ。」

「はい。」

 低い男の声に許可を受けて組長室に入って来たのは、黒地に金色の刺繡が施された外套を羽織り、目深にフードを被った、黒髪に金色の瞳を持つ青年だった。

「……初めまして、ユジン・"セルヴス"・マックアマクスさん。それとも、エラーフィーコルンの倣いに従って、セルヴス様とお呼びした方が良いでしょうか。」

「よせ、首都の連中に呼ばれるならファミリーネームの方が良いに決まってる。」

「失礼しました、マックアマクスさん。」

「取り敢えず座れよ。酒はいるか?」

 『ユジン・"セルヴス"・マックアマクス』。エラーフィー・セルヴス団とエラーフィーコルン・シティを二十年間に渡って統治する、全身に傷痕を刻んだ大柄な男の提案を無言のままジェスチャーで辞退し、黒髪の青年はソファに腰を下ろす。

 ユジン・マックアマクスは自身の分のウイスキーをショットグラスに注ぎ、氷をひとつ投げ入れたそれを右手で掴んでテーブルに戻ってくる。

「俺がエラーフィーコルンのボスになって二十と数年が経ったが、こんな日が来るとは思いもしなかったな。それで? 今度は何だよ。法外な徴税の次は、俺たちに何を強いるつもりだ? 言っておくが、紳士的に接するのは俺がこのエラーフィーコルンの王だからだ。俺の名前に何も意味が無かった頃に同じ状況でお前が目の前にいたら、俺は問答無用でお前を殺していたからな。」

「貴方の慈悲に、多大な感謝を。」

「――あん? なんかおかしいな。お前、本当にあの皇帝の使者か?」

「いえ。――恐らくは貴方が思っている『皇帝』と、私が仕えている『皇帝』は別人です。」

 そこまで言って、黒髪の青年は被っていたフードを取り払い、ユジン・マックアマクスの眼を正面から見つめて、自身の名前と従属している主人の名を高らかに告げた。

「……ご挨拶が遅れました、ユジン・"セルヴス"・マックアマクスさん。私の名は『ジーノ・ジェンティリス』。……残虐皇帝暗殺事件を経て新たに即位された新皇帝、鷹王に仕える、国土視察院の特別派遣員です。」

 

 時を同じくして、エラーフィーコルン郊外の巨大王墓遺跡。その内部で、爆発音が鳴り響く。

「オイ! 誰だ爆薬使った奴は! 出土品が吹き飛んだらどうしてくれる!」

 自動装填式のボウガンをリロードしながら、エラーフィー・セルヴスの擦り切れた紋章を腕に巻くエルフ族の男が、口調も荒く仲間たちを りつける。

「だってよぉ兄貴! あいつら止まんねぇよ! もう『皮膚の道』から『肝の道』までの連中はやられちまった! この『魂の部屋』に来るのも時間の問題だぁ!」

「だったらお前が止めてこい! いいか、てめぇの命より出土品の方が数億倍は価値があるんだからな! それを覚えておけ!」

 そう言って、エルフ族の男は自身が身を潜めている石室の扉にその長い耳を押し当てる。瞼を閉じ、石造りの扉の向こうから聞こえてくる仲間たちの悲鳴や戦闘音に耳を澄まし、彼我の距離を推し測る。

「……そう遠くねぇ。いいか、奴らがこの扉を開けた瞬間に、一斉射撃を喰らわせてやれ。」

 エルフ族の男の指示で、その場にいた盗掘者たちが一斉にボウガンや銃器を構える。やがて、彼らの仲間たちの断末魔が鮮明に聞こえ始め、それと同様に二人分の駆け足の音が、石室に向かって迫って来た。

 そして、一瞬の静寂。

「やれ――ッ!!」

 石の扉が勢いよく開け放たれた刹那、その場にいた全員が引き金に掛けた指を勢いよく押し込んだ。

 だが。

「何っ!?」

 迫ってきていた襲撃者の死体はそこには無く。代わりに、石室内部にいた盗掘者たちが放った攻撃を一身に受け、眼球をぐるぐると回しながら息絶える、二人の盗掘者の姿があった。その身体が横へと放り捨てられ、盗掘者を盾にしていた襲撃者の姿が露わになる。

 ――漆黒の生地に金色の刺繍が施された外套を羽織り、目深にフードを被った、男女二人組であった。

「なんだ――なんなんだ、テメェらぁ!!」

 驚愕も一瞬のうちに消え去り、リロードが完了した銃器使いが、その銃口を漆黒の外套の襲撃者へと向ける。だが、その凶弾が放たれる事は無い。

 突如、エルフ族の男の背後から、「ぎゃあ!」という悲鳴が聞こえ、咄嗟に男がそちらを振り向けば、そこにはもう一人、襲撃者と同じ服装を身に纏う、小柄な少女が立っていた。

「お前、どこから……!?」

「――我ラ、影ナル者共。我ラニ敷居ヤ壁扉ニ意味ハ無ク。」

「影霊!? バカな、あいつらは首狩り皇帝の使い捨てにされて……今じゃ総人口五千人といない零細種族だろう! どうしてこんなところに――!?」

「さぁね。それがわかる頃には……キミはもう、あの世にいるだろうさ。」

 小柄な少女がそう言って平手を振り上げると、出入口がひとつしか存在しない石室の壁や天井から、まるで影が肉体を得たかのような姿の、のっぺりとした人型の存在が、水が染み出るように何体も出現する。

「……っ、そうか、お前ら『皇帝陛下』の手先だな!? ってことは、今エラーフィーコルンは……!」

「オイオイ勘弁してくれよ偽物。」

 一人、また一人と盗掘者が殺されていく中、エルフ族の推察を邪魔するように、扉から侵入してきた襲撃者のうち、背の高い男の方が口を開く。

「いっちょまえにエラーフィーコルンの心配をするんなら、エラーフィー・セルヴスの採掘者のフリなんてせずに、堂々とエラーフィー・セルヴスの傘下に入って真っ当に採掘商売すりゃ良かっただろ。」

「何を……見ろ! エラーフィー・セルヴスの腕章だ! お前ら、セルヴス様の目が届く先でこんな……。どうなっても知らねぇからな!」

「わ~お、アンタもしかして『どの口が言ってんのバカなのアホなの死んどけば?』選手権の初代チャンピオンだったりしない? こ~んな不誠実なエルフ、初めて見たかも。」

 激昂するエルフ族の男に、今度はグラマラスな体型の女性襲撃者がその信用性の無さを指摘する。

「ここ最近、エラーフィーコルンの外れの遺跡を改造して根城にしている非合法盗掘集団が問題視されているのは、勿論エラーフィー・セルヴスの採掘者なら知ってるよなぁ?」

「あ……当たり前だろ! 俺たちの許可なく遺跡を掘り起こして……けしからん奴らだ!」

「スー、復唱。」

 背の高い男の襲撃者に言われ、エルフ族の男の背後にいた小柄な少女の襲撃者がスゥと息を吸い、再び声を発する。しかしそれは今までの少女の声では無く、エルフ族の男とまったく同じ声だった。

『当タリ前ダロ! 俺タチノ許可ナク遺跡ヲ堀リ起コシテ……ケシカラン奴ラダ!』

「はい、これお前の自己評価。」

「いぇ~い! お疲れ雑魚オスエルフ~!」

「じゃ、そんなけしからねぇ野郎は……。」

 瞬間、背の高い男の襲撃者の手の中に、黒曜石で造られた拳銃のような造形の武器が一丁、出現する。そのグリップ部分に埋め込まれた瑠璃色の宝珠に触れると、一般の拳銃ならば銃口に相当する部分をエルフ族の男に向け、背の高い襲撃者は冷たく言い放つと、黒曜石の拳銃の先から、宝珠と同じ色の閃光を発射した。

「『皇帝陛下』の名の下に、粛清だ。」

 

「何が、目的だ。」

 ユジン・マックアマクスの問いに、ジーノと名乗った青年は胸に手を当て、優しい声音で回答を述べる。

「それは、今は言うべき時では無いでしょう。現状、私は血啜り皇帝の配下ではないと断言できる要素が無い。交渉とは、互いの信用あってこそ。そうでしょう、マックアマクスさん。」

「……わかってるじゃねぇか。それじゃあ、ちょいとお遣いでもしてもらおうか。交渉のテーブルにお前が座る条件提示さ。どうだい?」

「受けましょう。」

「このエラーフィーコルンの郊外に見えるだろ、四角錐形の遺跡だ。アレは今、エラーフィー・セルヴス直属の採掘部署が採掘基地を建てている、解析中の遺跡なんだが――。」

 ユジン・マックアマクスがそこまで言いかけたところで、ジーノ・ジェンティリスが割って入るようにその先を言い当てた。

「――その内部で、昨今危険視されている違法盗掘組織『ドー・フィーナ』の一派が直線状に遺跡を掘り進めており、貴重な考古学物品や出土品の破壊もお構いなしに採掘を強行している。」

「……知ってるのか? それなら話が早い。そいつらを――。」

 再び、ジーノ・ジェンティリスが話を中断させ、その先を的中させて見せる。

「――ある程度で構わないから、片付けて欲しい。」

「お前、妖精(フェアリー)の生まれか? 心が読まれたかと思ったぞ。」

「いえ、そう仰るかと思いまして。」

 ニヤリ、とジーノ・ジェンティリスは口元に笑みを浮かべる。

「先に遂行しておきました。」

 

「あ、もしもしゼノ? うんうんアタシ、アンタの愛しのネロちゃん! ――あぁん待って、切らないでぇ! ……ん、任務かんりょ。ドー・フィーナの日替わり盗掘者はとりま今日の分だけだけど、全滅させといたから。捕虜どーすんの? ジェンティリスに持ち帰っとく? ――ん、ジンにも伝えとく。じゃね~♪」

 グラマラスな体型の襲撃者は遠隔で会話を終えると、耳に装着した器具から手を離す。その後、その場に転がった複数の死体に正体不明の粉末を振るい落とす作業を行っていた、他の二人の襲撃者に合図を送った。

 二人の襲撃者もそれに首肯で応えると、三人の黒衣の襲撃者たちはその場から忽然と姿を消してしまうのであった。

 

 ジーノ・ジェンティリスは、耳に装着した器具から手を下ろすと、驚愕に顔を顰めるユジン・マックアマクスに向けて、微笑みかけた。

「――ユジン・"セルヴス"・マックアマクスさん、我々は……鷹王は夢見ているのですよ。……民族と氏族、都市と都市との、再統一をね。」

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