ユジン・マックアマクスは、目の前に腰かける青年をじっと見つめる。
「……詳しく聞かせて貰えるか。首都で、何が起きたのか。」
「ええ、その報告もまた、私の目的のひとつでしたからね。」
秘匿してきたその目的をまずはひとつ、開示して、ジーノ・ジェンティリスはこの国で起きたクーデターの物語をユジン・マックアマクスに言って聞かせた。
「単刀直入に言いましょう、残虐皇帝は死にました。」
「オイオイ、莫迦を言うもんじゃねぇ。俺がセルヴスの名を冠する以前から圧政を布いてたってのに、誰一人暗殺できなかったじゃねぇか! いったい誰が……。」
「八番目の王子、現鷹王様そのひとにあらせられます。」
「……ハハ、
複雑な感情から生じる、引きつった笑顔を見せるユジン・マックアマクスに対し、ジーノ・ジェンティリスは静かに次の事実を述べ上げる。
「『いつまでたっても譲位しない父帝に業を煮やして、権力欲しさに殺した』――もっぱら、事実だけを知る民衆の間では、そういった考察が主流です。」
「まぁな、あの父親からそんな聖人君子が産まれてくるなんざ、誰も思わねぇだろ。」
「……真実は、まさしくマックアマクスさんの仰る通り……いえ、無論、鷹王が完全なる聖人君子だとは、直属の臣下たる私でも思ってはおりませんが。」
「おぉ? 随分不敬なクチ聞くじゃねぇか。」
「事実、ですので。……鷹王は『王』にして『民』。そう宣ったのです。民失くして王は無く。王失くして民の平穏も在り得ない。故に、鷹王は再び、民の心をこの国の旗の下にひとつにしようと、お考えなのです。」
「……へぇ、具体的な案を聞こうじゃねぇの、国土視察官サマとやら。先代皇帝の過度な徴税と度重なる理不尽な法改正、危険な罰まで正当化する処罰リスト。そんなのが当たり前みたいに蔓延ってたこの国の人々が、うっかりうなじ見せて跪いちまうような統一案、あるんだろ?」
ユジン・マックアマクスの皮肉に、ジーノ・ジェンティリスはゆっくりと頷いて見せた。そして。
「――鉄道を開通させます。」
ぽかんと、ユジン・マックアマクスはその場で硬直してしまっていた。
「てつ、」
「鉄道です。エラーフィーコルンとその周辺村落にも小規模ながら整備されているでしょう? 鉄道。」
あんぐりと開いたユジン・マックアマクスの口が、さらに広がる。
「て、鉄の道一本敷けば、バラバラになっちまった国民の心が、またひとつにくっつくって?」
「はい。この数十年で、国家内の氏族と種族、都市と都市は完全に隔絶され、互いに互いの文化、思想、社会体系が把握できない状態に陥ってしまっています。国民が共栄するために必要なことはまず、互いの事を知っておくこと。そのために、鉄道で都市間の往来を簡略化するのです。」
「……おちょくってる目じゃねぇな。」
「はい。至って真剣です。」
真に迫るジーノ・ジェンティリスの言葉に、ユジン・マックアマクスは床の木目に目を落とし、その眉間を指で押さえながら乾いた笑い声を漏らしてしまう。
「いいや……悪い。あんまりにも……ハハッ。なんだよ、そりゃ。五歳になる俺の息子の方がもっとマシな案を出すと思うぜ?」
「夢物語だと思いますか? ありえない、不可能、と?」
「当たり前だろ!? ……けど、うん。そんぐらい荒唐無稽なバカ話を大真面目に達成しようとするヤツ、俺は好きだぜ。そんなことを思いつくようなバカな男が当代の皇帝になったってんなら、その鷹王って奴に俺は会ってみてぇ。……いいぜ、エラーフィーコルン周辺地域を治める氏族長として、俺は首都・エラーフィーコルン間を繫げる鉄道路線の開通を許可してやるよ!」
あぁそうだ、とユジン・マックアマクスが何かを思いついたように追加の条件をジーノ・ジェンティリスへ提示する。
「首都ならあんだろ? ――治安維持専門の組織がよ。どうだい首都のお偉いさん。ドー・フィーナの壊滅……頼まれてくれんだろ? 駅と鉄路の敷設は前賃にしてやるよ。」
「良いように厄介事押し付けられてんじゃん、ウケる!」
「……体の良い、小間使いにされちゃったね。」
「そこはガツンと言ってやれよ、俺たちこれでも一応、首都のお役人って名目なんだぜ?」
「でも、気前の良い氏族長で助かったネ。少なくとも、駅と鉄道網の敷設っていうタスクはクリアできたわけダシ。」
「いや、そうは言っても荒くれ者の多いエラーフィー・セルヴスが、長期にわたって尻尾を掴めずにおる組織なんじゃろ、ドー・フィーナち言うのは。」
「大丈夫ですよ、皆様ならば、達せられぬ課題ではないでしょう。」
他氏族、他都市からの侵攻・侵略からエラーフィーコルンを防護するための、エラーフィーコルン外周を取り囲む巨大防壁。その西端外側に、黒と金を基調とした鋼の列車が停車している。
その車内で、複数の男女がこれまでの事態の報告と今後の指針について会議を行っていた。
「それでぇ? ドー・フィーナを踏み潰すまでの期日はぁ?」
身長はその場にいる人間の中で二番目に低い物の、世の健全な男性男児であれば本能的に視線を落としてしまうほどに豊満なバストとヒップを持つ女性――コードネーム『ネロ』。
「あちらさんはそこまでは指定してねぇみたいだな。契約書類にも、『本当にヤベーなら無論エラーフィー・セルヴスも手を貸すから、プライドとか気にしてないで頼れよ!』って旨の一文が添えられてるし。」
その場にいる全員の中で最も身長が高く、顔に特徴的な刺青を彫り込んでいる男性――コードネーム『ジン』。
「本当に気前がいいんだね。最初にエラーフィーコルンを選んだの、やっぱり最善の選択だったんじゃないかな。」
ネロより少し背が高く、口調は柔らかいがその表情は氷や金属のように無機質かつ無感動なまま言葉を発する女性――コードネーム『スー』。
「荒事は任せるヨォ。僕とマリーは駅舎と鉄路の設計・建設に専念するからサ。君らが帰ってくる頃には、最初の橋頭保に相応しい立派な駅を見せてあげるヨ!」
スーよりも高い身長を持っているだろうことは推察できるが、猫のように丸まった背中のせいで実質的に身長はスーと然程変わらなくなっている、眼鏡をかけた男性――コードネーム『ペタ』。
「はい、マリーにできることならば、なんでも致しますよ! いざとなったら、エラーフィー・セルヴスの構成員の皆様にもお手伝いして頂きますが!」
スーやペタよりも身長が高く、肩部や腰部にプレートアーマーを装着した侍女服を身に纏う淑やかな佇まいの女性――コードネーム『マリー』。
「……それで、ドー・フィーナの本拠点に目星は付いておるのか? 先日の盗掘班の生き残りに行った尋問で、複数の遠征拠点がある事は把握できておるが……。」
その場にいる誰よりも身長が低く、その外見は年齢も一桁の幼児に見えるものの、その態度と口調は古めかしく、頭部からは鹿にも似た角が生えた女性――コードネーム『チャナ』。
「無論だ。遠征拠点の位置情報さえ掴めれば、逆算を繰り返して本拠点の大まかな位置も特定できる。戦闘各員は今のうちに準備をしておけよ。ジェンティリス号のメンテナンスが完了し次第の出発だぞ。」
そして、数時間前にジーノ・ジェンティリスとしてエラーフィー・セルヴスの長との直接交渉を完了した黒髪の青年――コードネーム『ゼノ』。
彼らこそ、この帝国を再びひとつに繋げる『再統一宣言』を遂行するために召集された、皇帝直属の特殊部隊であった。『
鷹翼部隊が移動拠点としている鋼鉄の直列魔力機関車、ジェンティリス号の個室車両。部隊長として他の六人の統率を任されている身であるゼノは、自身の私室でエラーフィー・セルヴスとの間に交わした政府公式の契約書に再度目を通していた。
「ゼノ、入るよ。」
そこへ、無機質にも感じるほど淡々とした声がかかる。ゼノが了承すると、個室の自動ドアが開き、声の主が姿を現す。
「……ほんとに、大役を任されちゃったね。」
スー、というコードネームを持つその小柄な少女は、ゼノの座る執務机まで歩み寄ると、そこに山と積まれた公文書や公式な書類の数々に目を落としながら、半ば呆れ気味にそう呟く。
「そうだな。……だが、俺たちに拒否権は無いさ。元より鷹王の慈悲で生かされてるようなものだしな。」
「お、なに。やけに不敬な事言うじゃん。確かにそりゃ、事実だけど。」
「俺が鷹王に対して不敬なのは今に始まった事じゃないだろ。」
「言えてるね。」
「……一方的に恩を売りつけて、実質的に『死んで来い』って言うような男だぞ? 毒も吐きたくなるだろ。」
「そうかな。ボクは喜んでこの任務に就いてるけど。」
「ばーか、お前らには鷹王に対する畏敬の念のひとつもあるだろうが、俺には無いんだよ。」
「だろうね。」
決して朗らかとは形容できないが、穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見下ろしてくるスーに対して、ゼノは大きく溜息を吐く。
「……恨みとか、無いのか?」
「無いよ。……なんだっけ、東方のことわざ。チャナお婆ちゃんが教えてくれたんだ。……そう、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』、か。先代皇帝の事は、この手で殺したかったくらい憎いけど。その子供だからって鷹王まで憎むとか……そんなの、可哀そうじゃん。鷹王は望んで残虐皇帝の嫡子に産まれたわけじゃないしね。」
「……おれは、」
ゼノは何かを主張しようと口を開くが、その言葉はぐっと嚙み殺されて消える。そんなゼノへ、スーは隣へ椅子を一脚持ち寄せてそこへ腰かけ、目線の高さをより近くした。
「わかんないかなぁ。ボクらはゼノに感謝してるんだよ? 少なくとも、ボクはそう。『使い捨て』だとか、『消耗品』だとか、おおよそ『命』として扱われてこなかったからね。それは『我ラ』の総意。あの日、あの時――ゼノが鶴の一声を出してくれたからこそ、我ラは、ボクは……ゼノについていこうと思えたんだよ。」
いつしか、鷹王の話題はゼノに対する話題へとすり替わっていた。しかし、そこにはれっきとした根拠があり。
「名も無き影霊族の女王は、帝国でも鷹翼部隊でもない――ゼノに付き従うって、決めたんだから。ボクの意志は影霊総人口五千体の総意。気にすることは無いんだよ。」
「でもよ――。」
瞬間、スーの周囲に複数の影が沸き立つ。陰影は概容と形状を得て立ち上がり、それはやがて数人の人間と同じカタチへと変化していく。すると、そのうちの女性のようなシルエットの影が、目も鼻も口もない頭部をゆらゆらと動かしながら、ゼノへ語り掛けた。
『陛下ノ、仰ル通リ、デスヨ!』
『エエ、陛下ガ仰ルカラ、我ラモ同調シテイル、訳デハ、アリマセン!』
男性体の影もそれに賛同する。
『……斯様ニ、我ラニモ、個性ハ存在、シマス。個性ヲ持チ、思考ヲ有スル我ラガ、満場一致デ、貴方様ヘ跪ク事ヲ、選択シテ、イルノデス。』
『ドウカ、自信ヲオ持チニ、ナラレヨ。デナケレバ、付キ従ウ我ラガ、莫迦ノ様、デショウ! ソレハ、我ラノ、女王陛下ヘノ、冒涜ニモ、ナリ得マス、ゾ!』
にこにこと微笑むスーの周囲で、屈強な影や細身の影、様々なシルエットの影が、ゼノに対してまくしたてる。
「――だってさ、ゼノ。」
「……面倒な奴を部下にしたもんだな、鷹王も。」
「ははは、言ってくれるね。五千七百二十二体の頂点に君臨する女王を部下にしておいて、今更ってものじゃない?」
白目の存在しない眼球が嵌め込まれた眼を細めて、スーは笑顔を崩さないままゼノの名を歌うように呼ぶ。
「もっと背筋伸ばしなよゼノ――ううん、鷹王閣下。」