キヴォトス今日のご飯事情 作:羽化したミカゼミ
ブルーアーカイブのご飯ものってまだ無かったよな……なら書くか!の精神で初投稿です。
もし面白かったり続きが読みたいと思ってくださったら評価や感想、お願いします。
「ちょっと、ミドリ! 私に攻撃当てないでってば! せっかくコンボを繋げようと思ったのにのけぞってキャンセルされたじゃん!」
「マルチプレイなのにのけぞり無効スキルを付けてこなかったお姉ちゃんが悪いよ。スキルスロット1つくらい余裕あるでしょ?」
「無いっ! 私の火力を極めたロマン装備にはそんな無粋なスキルを付ける余裕なんて1つたりとも無いっ!!」
「お姉ちゃん、マルチやめたら……?」
キヴォトスの中でも随一の技術力を誇り、数多く存在する学園の中では新参でありながらも、あのゲヘナ学園やトリニティ総合学園と肩を並べるほどの影響力を誇るキヴォトス屈指の学園、ミレニアムサイエンススクール。
その影響力を示すかのように広大で、キヴォトスの中でも最も先に進んでいるとされる技術力故か他の学園やキヴォトス中心地と比べても近未来的な校舎が立ち並ぶその中の1つ。
キヴォトス三大学園と呼ばれるだけあって、他の部活動たちが使っているような立派でしっかりとした部室──ではなく、ミレニアムサイエンススクールの建造物としては少し寂れた雰囲気のある場所に、その部活動は存在していた。
その名も「ゲーム開発部」。
文字通りゲーム開発やゲームで遊ぶことを生業にしている部活動であるものの、彼女たちが好んで遊び、そして作っているのは主にレトロゲーム。
キヴォトスではメジャーな
技術力に重きを置いている校風故か、なにかと「最新鋭」だの「最先端」だのと言った言葉を好むミレニアムにおいて風変わりな部活動だと目されている彼女たちだが、紆余曲折を経て作成された彼女たちのゲーム「テイルズ・サガ・クロニクル2」は先日開催されたミレニアムプライスにて特別賞を受賞するという輝かしい成果をあげている。
その成果もあって、廃部の危機を乗り越えたゲーム開発部は現在、次なる神ゲーの開発に向けて絶賛企画会議中……と、言いたいところなのだが。
「わ、罠にかかったよ、アリスちゃん!」
「はい! 魔力充填100パーセント……いきます!」
「ひどいよミドリ! この装備のロマンを理解する前に──ってああ! 私の超強力な一撃を見せる前にアリスがトドメさしちゃった! ぐぬぬぅ……!」
「ほら、悔しがってないで素材を剥ぎ取るよお姉ちゃん。前のクエストみたいに損するのは嫌でしょ?」
ご覧の通り、現在ゲーム開発部は煮詰まってしまった次のゲームに向けての企画会議を中断して、全員でゲーム用端末をつき合わせてゲームのマルチプレイを楽しんでいるのであった。
ゲーム開発部の部員であるモモイ、ミドリ、ユズ、そしてアリスの4人がプレイしているのは人間の居住地に被害をもたらすモンスター達を狩猟し、その死骸から剥ぎ取った素材を用いて装備を強化することで強くなっていく有名モンスターハンティングアクションゲームの最新作「モンスハントガールライジング:ムーンブレイク」だ。
新たなやり込み要素として追加された、繰り返すほど高難易度化していくクエストの記念すべき220回目のクリアを終えたモモイたちは、アリスの操作するキャラクターが繰り出した大剣の一撃によって脳天をかち割られたモンスターから皮やら鱗やらを剥ぎ取りながら、クエストが終了して拠点へと帰還するまでの待機時間でわいわいと会話を楽しんでいた。
「ガンソードはただでさえ必殺技がフレンドリーファイアしやすくて地雷武器って呼ばれがちなんだから、せめてマルチ向けのスキルくらいは積んどこうよ、お姉ちゃん」
「嫌だね! 火力ロマンには多少の犠牲はつきもの! たとえマルチに向いてなくたって、ロマンは追い求めることにこそ価値がある! それにそもそも、この4人以外でマルチプレイすることなんてそうそうないんだからいいじゃん!」
「アリスもモモイの言う事に賛成します! ズドンと強力な一撃を撃ち込むことに全てを捧げる、その行為には何物にも代えがたいロマンがあると思います!」
「アリスちゃんは実用性も兼ね備えた抜刀大剣だから大丈夫だけどさ。お姉ちゃんの……なんだっけ? 狂気奮闘魔力共鳴狂竜病豪鎧氷気錬成ガンソード? 流石にやり過ぎだと思うよ」
「いいじゃんかー! 最大火力のロマンを求めたってー!!」
クエストが終了してから拠点に帰るまで、このゲームはかなり余裕を持った待機時間が設けられている。基本的にこの時間を利用して、プレイヤーはフィールドに自生する植物を採取したり鉱脈から鉱石を掘ったりするのだが、アリスは双子の装備談義に参加せず画面の端で黙々と何かを行っているユズに気が付き、そちらへと近付いた。
「ユズは何をしているんですか?」
「あっ、アリスちゃん。これはね、さっき狩ったモンスターから採れた肉を使ってスタミナ回復用のこんがり焼き肉を焼いているの」
「なるほど、アリスは普段支給品のジャーキーで回復していますが、こういった方法でスタミナ回復用のアイテムを作成することも出来るんですね!」
「うん。こうやって焼いた肉は支給品に比べて効果量も多いし……私は槍使いでスタミナ管理も大事だから、こっちの方が都合が良いんだ。──よし、成功」
「なるほど、プレイスタイルに応じて様々な準備が必要なのですね……アリスは知識を得てレベルアップしました!」
ユズが行っていたのは、一定確率でモンスターから採取できる骨付き肉を携帯用の肉焼き器で焼いて、次のクエストで使うためのスタミナ回復アイテムにする作業だった。
アリスの端末からはフィールドの環境音しか聞こえてこないが、ユズの端末からは肉を焼くキャラクターの動きに合わせてやたらとポップな音楽が流れており、その音楽に合わせてタイミングよく肉焼きを止めることで回復アイテムの出来栄えが変わるシステムなのだそう。
広大で美しいフィールドのど真ん中で、モンスターに囲まれていようがお構いなしに勢いよく肉を振り上げたキャラクターに合わせて「上手に焼けましたー」とどこからともなく天の声が聞こえる様子は、とてもシュールで何とも言えない笑いを誘う。
これはモンスハントガールシリーズを通して実装されている歴史あるシステムであり、このシリーズを愛するプレイヤーの中ではシリーズを代表する要素だとも言われている。
「アリスちゃんも肉焼き、やってみる?」
「はい! アリスも勇者として、肉焼きをマスターしてみせます!」
携帯肉焼き器自体は、全プレイヤーがゲーム開始時に持っているデフォルトアイテムだ。
クエスト数回分の肉を焼き終え、待機時間にまだ肉焼き数回分の余裕があることを確認したユズは、隣でいそいそと肉焼き器を展開し始めたアリスの初肉焼きを見守ることにした。
そして、記念すべきアリスの初めての肉焼きは。
「……し、失敗しました」
「うん、まあ初めてだとそうなるよね。気を落とさないで次、頑張ろう……!」
見事、支給品と同じくらいの回復効率である生焼け肉となって終わった。
しっかりと音楽に合わせて肉を焼き上げたはずなのに、どうしてなのだろうか。不思議に思ったアリスだが、気を取り直して再び生肉を取り出し火にかける。
「おっ、なになに、お肉焼いてるの?」
「そういえばそんな機能もあったね。もう私はめんどくさくて食事屋さんの猫シェフに焼いてもらってるよ」
「うん、それも1つの手だよね。私はこうやってお肉を焼くのが楽しいから、毎回自分の手で焼いてるんだ」
装備談義という名の口喧嘩も一段落したのだろう、ユズたちの方へとやってきたモモイとミドリも、アリスの肉焼きを見守る体勢に入る。
真剣な面持ちで、端末から流れる音楽に耳を傾けるアリス。
曲も終盤へと差し掛かり、軽快なメロディを奏でていた木琴が最後の1音を奏で、肉焼きの曲が終わりを迎えた、その刹那。
「──ここですっ!」
アリスはボタンを押し、キャラクターが肉を焼いていた手を振り上げた。
寸分の狂いも無い、肉焼きの曲が終了する完璧なタイミングでの振り上げ。これは成功しただろうと確信したアリスが、結果発表の表示をじっと待ち……。
《生焼け肉 が 出来上がった!》
「な、なんでですか!?」
出来上がったのは、前回と同じ生焼け肉だった。
愕然とするアリス。すぐに生肉を取り出してリベンジしようとしたが、不幸にもそこでタイムアップ。クエスト完遂を喜ぶキャラクターのムービーが挟まり、報酬の清算画面へと移ってしまうのだった。
レアアイテムが報酬欄に出現しているにもかかわらず、会心の肉焼きを失敗したショックで呆然とするアリス。
そんな彼女の肩をポンポンと叩き、得意げな様子でモモイは口を開いた。
「実はね、アリス……肉焼きでこんがり焼き肉を作る時は、肉焼きの曲が終わる瞬間じゃなくて、曲が終わってしばらくして肉の色がほんの少し変わった瞬間に肉焼きを止めないといけないんだよ! 残念!」
「きょ、曲がある程度の目安になるのは本当なんだけど……うん」
イイ笑顔でサムズアップしてみせるモモイと、少し申し訳なさそうなユズ。
ちょっとした悪戯心でそのコツを教えなかったのだが、彼女たちもまた初めての肉焼きを失敗しているハントガールであった。
「ひ、ひどいです! 詐欺です! あまりにも無慈悲な初見殺しです! アリスは今、テイルズ・サガ・クロニクルのチュートリアルでゲームオーバーになった時のような気分です!」
「がふっ」
「」
「アリスちゃんそれはちょっと酷くないかな!?」
半泣きのアリスが放った一言が、ミドリたちの繊細な作り手心を貫く。
シャーレの先生からも「あれは流石に酷いかな」と言われ、密かに気にしていた点をクリティカルに抉られ血を吐いて倒れたモモイと、かつてのトラウマを刺激され言葉も無く白目を剥いて泡を吹くユズ。
姉の死体を抱えながらアリスに向かってそう叫ぶミドリだったが、実際自分も同じような事を思ったしそれが原因で猫シェフを頼っているところもあるので、何とも反論し辛いのであった。
ちなみに、後日改めて挑戦した肉焼きで、アリスは見事こんがり焼き肉を焼き上げたことをここに記しておく。
さて、そんなあれこれがあった日から数日後のこと。
本日もゲーム開発部は生業であるゲーム開発を他所に、各人思い思いのゲームをプレイして遊んでいるのであった。
そんな中、モンスハントガールをプレイしていたアリスの口から、ポロリと漏れ出るように一つの呟きがこぼれた。
「アリス、こんがり焼き肉を食べてみたいです」
その言葉にピクリと反応したのは、ゲーム開発でグラフィック全般を担当しているイラストレーターのミドリ。
イラストレーターとして日々様々なゲームのグラフィックを鑑賞……もとい研究している彼女は、当然モンスハントガールのこんがり焼き肉もグラフィック鑑賞をしたことがある。
というより、モンスハントガールシリーズはモンスターの狩猟に主軸を置いているわりに食事描写がやけに精巧なことで有名で、当時の新型ハードに移行したおかげでグラフィック技術の著しい向上が見られた作品では、見ているだけで涎が出てきそうなほど美味しそうな多種多様な料理を見ることが出来る。
もちろん、ただ見るだけの料理ではなく食べることで様々なバフ効果を得られるシステムなのだが、それにしたって歴代ハントガールたちの良い食べっぷりと合わさって美味しそうに見えるのだ。
年頃の女の子として、普段はあまりステーキを始めとしたガッツリめの肉料理は好まないミドリであるが、モンスハントガールの料理グラフィックを研究した日はそういう系統のご飯を食べてみようかと思うくらいには、このゲームの料理描写は凄い。
初代から連綿と受け継がれているこんがり焼き肉も、ハードが更新されていくごとにグラフィックの改良がなされており、最新作では三人称視点ゆえ画面に映るサイズこそ小指の爪程度であれど、立ち上る湯気や焼けた肉の色合いなど、見る人が食べてみたいと思うことも止む無しの外見をしていた。
などと考えているうちに、ミドリの胃袋が空腹を訴えていた。
見れば、時刻は午後3時を少し回ったところ。おやつを求めて小腹が空く時間帯だ。
「こんがり焼き肉か……まあ、あるならおやつ代わりに食べてもいいんだけど」
「アレっていわゆる『マンガ肉』だよね? ああいうお肉ってそもそも存在するのかな?」
ミドリの言葉に疑問混じりの返答をしたのは、端末でソーシャルゲームのデイリー任務を熟していたモモイ。
ミドリと同じく、こんがり焼き肉の食欲そそるグラフィックを思い出したのだろう。無意識のうちに、彼女の手は自らの胃袋のあたりをさすっていた。
「マンガニク……ですか?」
「そう。基本的にゲームや漫画なんかで出てくる、両端から骨が突き出た肉塊を指す言葉だね。いつからそう呼ばれるのかは知らないけれど……常識的に考えて、マンガ肉みたいな形の肉は存在しないんじゃないかな」
「人間の足とかは? あのユウカのふっとい太ももとか、輪切りにしたらマンガ肉っぽい見た目になるんじゃない?」
「お姉ちゃん……それ、ユウカに聞かれてたらまた廃部云々って言われちゃうよ? あと結構スプラッタなこと言ってるからね」
以前あったゲーム開発部の存続を巡る騒動のせいか、モモイたち姉妹はミレニアムの生徒会であるセミナーの会計担当である生徒、ユウカに対する当たりが強い。
もし本人に聞かれていたら間違いなく彼女の持つ2丁の
「……確かに、人の太ももみたい場所を輪切りにすればマンガ肉に近しい見た目にはなるけど。それでも骨の両端まで肉はあるし、マンガ肉に近い外見にするためには両端の肉を削ぎ落として加工する必要があるだろうね」
「つまりミドリが言っているのは、マンガ肉は実際には存在しない……ということですか?」
「まあ、簡単に言えばそうなるかな。似たようなものを作ることは出来るだろうけど、完璧なマンガ肉の外見をした肉は存在しえない。再現するとしても、あの形に整える感じになるんじゃないかな」
「確かに、こんがり焼き肉も両端の肉を削ぎ落したような見た目だ」
ミドリの言葉を裏付けるように、ゲーム端末を立ち上げてモンスハントガールをプレイしたモモイがそう言った。
マンガ肉はあくまでフィクションの産物であって、現実にはそんな見た目の肉は存在しない。
そう結論が付き、これでアリスの呟きから始まったこんがり焼き肉の話題は終わるかに思えたが。
「──それでも!」
アリスの目は諦めの光を宿していなかった。
澄み切ったその瞳が湛えるのは、ゲームで幾度となく世界を救った勇者たちと同じ不退転の覚悟。
かつてディヴィジョン:システムと相対した時にゲーム開発部の皆と分かち合った、無情な現実に対して何度だって「それでも」と言い続ける、諦めの悪い者のそれだった。
「それでもアリスは、こんがり焼き肉が食べてみたいです!」
……いや、ただ彼女の胃袋が「こんがり焼き肉モード」になっているだけなのかもしれない。
そんな彼女の食欲──訂正、気迫にあてられたのか、空腹そうな表情になってきたモモイとミドリ。
あの美味しそうな肉汁滴るこんがり焼き肉を食べてみたい気持ちは確かにある。しかし、こんがり焼き肉のあの特徴的なフォルムを再現出来るような肉が、はたしてキヴォトスに存在する精肉店やスーパーで売られているのか否か。
と、完全に肉の気分になった3人がそこまで考えた時、ゲーム開発部部室の隅に置いてあるロッカーがひとりでに開いた。
その中から出てきたのは、これまで会話に参加せず、彼女にとっての
参加せずとも、アリスたちの会話を聞いていたことで食欲を煽られたのだろう。アリスたちと同じく肉の顔をしていた彼女は、端末のブラウザで開いたあるページを彼女たちに見せる。
「こ、こんなものがあるんだって……!」
「「「……これだ!!」」」
それを見て、彼女たちゲーム開発部は行動を開始した。
「……で、シャーレの食堂を借りたいと」
「そう! 出来上がったマンガ肉は先生にも分けてあげるから、お願い!」
行動開始から小一時間ほど。
ゲーム開発部の4人はミレニアムを離れ、連邦捜査部シャーレのオフィスへとやって来ていた。
目的は居住区にある食堂。ゲヘナ学園の給食部などがたまにやって来て料理を振舞う事もあるそこで、マンガ肉を作ろうという魂胆だ。
なぜ、母校であるミレニアムに存在する調理実習室を使わないのかというと「最先端の技術を用いた最先端の料理」なるものを研究する生徒たちによって日々爆発騒ぎが起きるからである。
そうでなくても、有り余る技術力が暴走しがちな生徒たちの意味や実益の無さそうな実験によって毎日どこかで爆発騒ぎが起こっているのだ、そんな危険地帯で悠長に料理などしていられない。
苦笑い、というべきか何とも言えない表情でモモイたちを見つめるシャーレの顧問である先生に、モモイは勢いよく両手を合わせて頼み込む。
「あー……うん。シャーレの食堂は元々生徒たちの調理実習を行う名目も兼ねているし、モモイたちが使う分には問題ないよ」
「本当!? やった、先生ありがとうっ!」
「ありがとうございます、先生!」
「完成したら、アリスたちと一緒にマンガ肉を食べましょう! きっと美味しいはずです!」
「それじゃあ、しっ、失礼します……!」
とはいえ、相手は生徒の願いであれば大抵のことは(それが世間一般の倫理から外れていない限り)叶えようと動いてくれる大人だ。
モモイの頼みに快く許可を出した先生の言葉に、ゲーム開発部の4人は色めき立つ。
お礼を言うのももどかしそうにオフィスを後にしたモモイたちは、居住区にある食堂へと足早に向かった。
──なんというか、元気が良いなあ。
そんなモモイたちの後ろ姿を、孫を見守る祖父母の気持ちでほんわかとした微笑みを浮かべながら見守っていた先生だったが、直後背後から聞こえてきた大きなため息に今度こそはっきりとした苦笑いを浮かべて振り向いた。
「はぁ……。まったく、あの子たちは本当に……! マンガ肉だかなんだか知らないけど、私に気付かないまま食堂に行っちゃうなんて!」
「その言い方、まるでゲーム開発部のお母さんみたいだよ、ユウカ」
「なっ、いくら先生でも、言って良いことと悪いことがあります!!」
先生の座るデスクの向こう。
モモイたちの背丈では先生の使うPCのデュアルディスプレイの影に隠れて見えなかったその場所に座り、本日の当番として先生の業務を手伝っていたユウカが、大きなため息を吐きながら頭痛を堪えるように額に手を当てて立っていた。
先生のからかいの言葉に顔を真っ赤にして怒って見せるユウカ。そんな彼女に笑いながらごめんごめんとおざなりな謝罪を述べた先生は、ふと頭に浮かんだ疑問を彼女に投げかけてみることにした。
「そういえば、ユウカはマンガ肉に対する憧れってあったりするの?」
「はい? まあ、確かに現実に存在するならどのような味がするのか、気にならない訳じゃないですけど……そういう先生はどうなんですか?」
「それはもちろん。めちゃくちゃ気になるよね!」
「……」
ニカッ、と歯を見せて笑い、サムズアップまでしてみせる先生の言葉に「ああ、そう言えばこの人そういう子供っぽいところがあるんだった」と半ば呆れたような表情を浮かべるユウカ。
月の生活費を計算に入れず、超合金ロボットのおもちゃを購入するような人物なのだ。きっと今まで思いつかなかっただけで、放っておけばいつかマンガ肉が食べたいからとゲーム開発部に代わって試行錯誤を繰り返していただろう事は想像に難くない。
これでアリスとディヴィジョンシステムを巡る危機では立派に活躍してみせたのだから、人間とはよく分からないものであると改めて思う。
「──とにかく、今日中に先生の処理が必要な書類はこちらでまとめておきました。私の方で済ませても問題なさそうな会計処理なんかはこの報告書内で詳細をまとめていますので、後でチェックと連絡をお願いしますね」
「ああ、ありがとうユウカ。流石はセミナーの会計担当だね、ユウカが当番の日はいつもより仕事がやりやすくて助かるよ」
「……っ! え、ええ。当然です。じゃないと当番の意味がないじゃないですか!」
ユウカが手渡したバインダー、そこに収められた書類を手慣れた様子で精査しながら何でもない様子で呟かれた先生の言葉を聞いて、ユウカは心の中で「この唐変木は!」と柄にもない悪態を吐くのであった。
そう、この教師、ポツリと何でもないかの如く生徒たちの褒めてほしい部分をクリティカルに打ち抜く賛辞を贈るので質が悪い。その癖、そうやって褒められたり自分たちの抱える悩みやトラブルを共に乗り越えていく中で生徒たちが自分にどういった類の感情を向けるかに関しては演算処理の限界を迎えたCPUの如く鈍いのだ。
……いや、わざと気付かない
赤く染めた頬を見られないよう、足早に自分の席へと戻ったユウカ。高ぶる感情を落ち着けるために啜ったコーヒーはブラックのはずなのに……心なしか甘く感じる。
それが自分の誤魔化しようがない気持ちを自覚させるようで、なんとなく悔しくて歯噛みするユウカの様子に
「そうだ、ゲーム開発部の皆がマンガ肉を作り終わったら、ユウカも一緒に食べに行かない? 気にならない訳じゃないんでしょ、マンガ肉の味」
「……ええ! 行きましょうかっ!!」
「なんでそんなに語気が強いの……?」
どうにもできない歯痒さを抱えたユウカの口調は、ついついツンケンとしたものになってしまうのであった。
さて、そんな(一方的に)甘酸っぱいやり取りの繰り広げられているオフィスの下では。
厨房のテーブルにマンガ肉の材料となる薄切りの豚肉パック、そして秘密兵器である
それぞれシャーレの備品であるエプロンと三角巾を身に着けており、特別髪の毛の長いアリスはモモイとミドリの手によってお団子状に髪を纏めてしっかりと料理をするための体勢を整えている。
「そ、それじゃあ、これからマンガ肉を作っていきます……!」
「「おー!」」
「アリスはモンスハントガールで肉焼きをマスターしました! なので、今回は完璧なこんがり焼き肉を先生に食べさせてあげることが出来ると思います!」
「その意気だよ、アリス!」
やはり言い出しっぺだからだろう、4人の中でも特にアリスのやる気はすさまじく、アクションゲームで極悪な難易度のステージに挑む時のような真剣な表情を浮かべて材料たちを見つめていた。
フンスフンスと鼻息荒いアリスとそれに同調するモモイの隣で、ミドリは今でも信じられないといった様子で秘密兵器を手に取り、まじまじと見つめていた。
「それにしてもウタハ先輩、よくこんなもの作ってくれたね……。というか、こんなにもすぐに出来るようなものなんだ。
「ウタハ先輩曰く『ミレニアム謹製セラミック3Dプリンターでそれっぽい形を出力するだけだから片手間ですらない』らしいよ? まあ、その骨の形とか色とかで喧々諤々の言い争いを繰り広げていたのはエンジニア部らしいこだわりだけど……」
そう、今回モモイたちが用意した秘密兵器。それは「マンガ肉の骨」だった。
マンガを嗜む全人類が一度は憧れるマンガ肉。それを再現しようと試行錯誤したのは、どうやらゲーム開発部だけではないらしく。
骨付き肉をあれこれ加工するのではなく、もうこちら側で
安全に加熱が出来るように、また衛生的な管理が簡単に出来るようにセラミックで作られた骨は、フィクションで良く描かれるマンガ肉の骨そのままに端がハート型となっており、それでいながら食材である肉が巻き付けやすいように全体的な加工が施されている。
全てが「あのマンガ肉を再現したい!」という思いを受けて形作られたものであり、開発者らしき生徒の個人ブログには、マンガ肉に対する憧れというか狂気というか、煮えたぎるマグマにも似た
そういった訳で、マンガ肉を再現するにはこれ以上ない程に最適化された食器だったのだが……運の悪いことに、今からの郵送では早くても数日後にモモイたちの手元にやってくる。
だが、モモイたちは「今」マンガ肉を食べたいのだ。
それでは間に合わないと、モモイたちはエンジニア部に直行。エンジニア部部長であるウタハに頭を下げ、エンジニア部謹製マンガ肉の骨を手に入れたという次第だ。
予備も含めて人数分の骨を手に入れ、意気揚々とシャーレに向かうゲーム開発部の4人を尻目に「Bluetooth機能から自爆機能まで、多種多様な機能を兼ね備えた食器か……良いかもしれないね」などとウタハが呟いていたのが少し気がかりではあるが、それはまた別の話。
「作り方は? 骨にお肉を巻いていくだけ?」
「う、うん。基本的にはそれだけみたい……。お肉1枚1枚に塩コショウを振りかけると味が濃すぎて大変なことになるから、全部巻き終わってから外側だけに振りかけましょう、とは注意書きがしてあるけど」
「まあ、マンガ肉って要するに肉を焼いただけのシンプルなものだからね。あんまり難しすぎても私たちみたいな素人じゃ作れないだろうし、これくらいが丁度いいんだと思うよ」
「よーっし、じゃあ張りきって作ろー!」
「アリス、頑張ります!」
そんなこんなで、ユズが調べたマンガ肉のレシピを基にゲーム開発部の料理という名の肉巻き作業がスタート。
背の低い女生徒4人が黙々と骨の形をした陶器に肉を巻き付けていく光景は少しシュールだった。
数分後、モモイたちの手元には「ザ・マンガ肉」とでも言うべき骨付きの肉塊が6つ出来上がっていた。
流石に少女の身としてフィクションそのままの量の肉を食べる気は起きなかったのか、自分たちの手元に置いている肉塊は控えめなサイズだが、代わりに先生へと渡す予定の2つのマンガ肉はフィクションで良く描かれるマンガ肉そのまんまと言っても差し支えないほどにボリューミーなものとなった。
肉を巻き始めた当初は、自分たちで始めておきながらも「こんなものが本当にマンガ肉になるのか?」と内心疑いの目を向けていたモモイたちだったが、完成したものを見れば一目瞭然。
どこからどう見ても完璧な「マンガ肉」の肉塊が鎮座していた。
アリスはモンスハントガールで見たまんまのものが出来上がって嬉しかったのだろう、感動のあまり肉を触った手で口を覆おうとして、慌ててモモイとミドリに止められるといった一幕があったものの、おおむね順調にマンガ肉の作成は進んでいた。
「塩コショウは……あんまり掛け過ぎてもアレだし、これくらいかなあ?」
「う、うん。それくらいでいいと思う。後はお肉を焼くだけなんだけど……」
「はい! 肉焼きはアリスがやりたいです! たとえ肉焼きの曲が無くても、完璧なタイミングで肉を振り上げて見せます! こんがり焼き肉Gです!」
そんなこんなで、マンガ肉の料理は大詰めである肉焼きの過程へと突入。
一応、自分たちが料理の素人である自覚はあるのか、それとも日頃からお世話になっている人物に下手なものは食べさせられないという考えからか、控えめに塩コショウを振って味付けをしたモモイとユズがマンガ肉を見つめる中、待望の肉焼きにアリスはやる気十分と言った様子で手を挙げた。
だが、残念そうな表情を浮かべたミドリがアリスの肩を叩く。そしてアリスが振り向いたのを見ると、少し芝居がかった様子で首を横に振った。
「大変言いにくい事なんだけどね、アリスちゃん。お肉を焼くのは私達じゃなくて──」
「まあ、お腹を壊さないようにしっかり焼いてもらえばいっか!」
「うん……でも、あんまり焼けすぎてお肉が固くなってもいけないから、ミディアムくらいの焼き加減で……!」
『焼き加減:ミディアム。焼き上がりまでしばらくお待ちください』
「──オーブンが自動でやってくれるの」
「そ、そんなぁ!?」
モモイとユズがマンガ肉を手早く配置して、厨房に備え付けられたオーブンのスイッチを押す。
腐ってもミレニアムの学生と言うべきか、機械の操作はお手の物といった様子で適当な焼き加減を決めたユズ。そんな彼女の指示に従ってキヴォトス最新鋭のオーブンは火を灯し、自らの腹の中に収めたマンガ肉たちをこんがりと焼き始めるのであった。
脳裏で見事なこんがり焼き肉を振り上げる自分の姿を想像していたアリスは、憧れていたモンスハントガールのような肉焼き器ではなく、普通に文明の利器を使って調理することにショックを受けた様子で固まる。
しかし無情にも時間は進み、オーブンは焼き終わったことを示すジングルを流す。
焼きたてのマンガ肉は陶器製の骨も含めて高温になっているため、やけど防止のミトンを両手に付けたモモイとユズがオーブンを開き、中から大皿を取り出すと──。
「……おお!? これは中々美味しそうなんじゃない!?」
「う、うん。これは、完璧なマンガ肉……!」
2人の両手には、ほかほかと湯気を立てつつ同時に凶悪なまでに食欲をそそる匂いを振り撒くこんがり焼き肉の姿があった。
肉の焼ける匂いという、原始的な食欲を殴りつける匂いと共にアリスたちの視線を釘付けにするのは、
焼いている最中に漏れ出たのだろう、大皿には肉の脂が垂れて水たまりのようになっているが、今はそれすらも視覚的な作用となってミドリたちに「ぼくを食べて!」と訴えかけてくる。
食欲のあまり無言となった食べ盛りの少女たちはいそいそ大皿を厨房のテーブルに置き、そこから4人でそれぞれの取り皿にマンガ肉を取り分けた。
「じゃあ、先生に出来上がったって連絡するね……!」
「は、早く食べたいです! アリス、早く食べてスタミナゲージを満タンに回復したいです!」
「気持ちは分かるけど、アリス、ステイ! こういうのは、ちゃんと待ってからみんなで食べたらもっと美味しくなるんだから!」
「そうだよ。だから、どれだけ食べたくなっても我慢……」
ミドリの言葉が終わる前に、ぐう、と4人のお腹が同時に鳴った。
あまりにも狙いすましたタイミングに、思わず顔を見合わせて笑う少女たち。
ここに異性かつ4人が憎からず想っている先生がいたなら話は別だったが……幸いなことに、今は身内であるモモイたちしかいないので微笑ましい出来事で済んだ。
と、お腹の音が良い緩衝材となったのか、先程よりも幾分か柔らかくなった表情のモモイが悪そうな笑顔を浮かべた。
先生の分と取り分けられていた大きなマンガ肉を2つ、骨の端を持つようにして立たせるとニヤリと笑って、
「──ユウカの太もも」
「ブフッ、おねっ、それは反そ……ヒッ」
「んぐっ……!」
「……?」
渾身のギャグを言い放つ。
すぐに前の会話を思い出したのだろう、笑みを堪えるように表情を歪めたミドリは思わずといった様子で吹き出して。
しかし次の瞬間、顔を青ざめさせて後ろを向いた。
見れば、ユズは反応してはいけないとでも言うかのように必死の形相で口を押さえてプルプルと震えている。
良くギャグの真意を理解していないアリスの反応は置いておくとしても、会心のギャグだと自負していたモモイとしては少し消化不良な反応。どうかしたのか、とモモイが口を開こうとしたその時──。
「へえ……。その肉が、誰の、何、ですって?」
「アッ」
ごりっ。
モモイの後頭部に硬いナニカが押し付けられる感触とともに、この場にいるはずの無い絶対零度の声が聞こえてきた。
ギギ、ギギ、と錆びたロボットのような動作で振り返ったモモイの視界に映ったのは……セミナーの制服に身を包み、穏やかな微笑みを浮かべつつも短機関銃をモモイの頭に突きつけるユウカと、その後ろで苦笑いを浮かべている先生の姿だった。
──モモイよ、死んでしまうとはなさけない!
そんな天の声が聞こえてきたような気さえしたが、モモイはこれまでの人生でシナリオライターとして活用してきた己の全語彙力を総動員して起死回生の言い訳を探し。
「えっと、その、えっと。ゆ、ユウカに限らず人間の太ももってこれくらいだよね~って、あはは……」
「──そういう事でしたか! アリス、完全に理解しました! この前モモイが部室で言っていた『ユウカの太い太ももを輪切りにしたらマンガ肉になる』を踏まえたギャグだったのですね!」
「あ、アリスちゃん!」
「へえ……?」
「アッアッ」
悲しいかな、生き残りをかけた勇者モモリアの決死の言い訳は、無垢なる仲間アリスの絶妙なキラーパスによって潰されたのであった。
「先生。マンガ肉を食べる前に少しお時間いただきますね。外でモモイと『お話』してくるので」
「ああうん。行ってらっしゃい……その、お手柔らかにね?」
「見捨てないでよ先生!? あああぁぁぁ……!!」
悲痛なモモイの叫びが消えた少し後。
シャーレ居住区には、1人の少女の断末魔が響いたとかいないとか。
口は禍の元。これからは考え無しに変な事を言うんじゃなくてもう少し考えて喋ろうと思ったとは、先生の談。
おお モモイ!
しんでしまうとは なさけない!
6話以降のおしながき(アンケ投票順に書く予定)
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セミナー×パウンドケーキ
-
救護騎士団×うどん
-
便利屋68×七草粥
-
放課後スイーツ部×例の丸い饅頭
-
ヴェリタス×ピザトースト