キヴォトス今日のご飯事情   作:羽化したミカゼミ

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第3話「ミルクティータピオカと茶会の少女達」

 

 

 百合園セイアの勘は良く当たる。

 いや、正確には良く当たるように()()()、というのが正しいか。

 以前までのセイアは、勘などという生易しいものでは無く、予知夢という形でそっくりそのまま「未来」を予知することが出来た。

 明日の天気から他者との会話の内容、トリニティ総合学園内で行われた新しい試みが成功するのかどうかから、将来自分たちを待つ辛い現実やキヴォトスの終焉を示す未来まで。

 未来を()る、というよりは未来を()()()()()に近い、個人が持つにはあまりにも強大過ぎたその(しんぴ)について、今のセイアは良くも悪くも思っていない。

 エデン条約についての騒動が解決する以前の彼女ならば、定められた破滅やそれに付随する数多の悲劇を見ることしか出来ない自分の力と世界に絶望し、予知夢などいらなかったと言うはずだが──。

 キヴォトスの外からやって来た「大人」であり、周囲の人間を信じるということの尊さと大切さを教えてくれた先生と出会い導かれた今、セイアは強大な力を持っていたが故に背負っていた苦しみさえも受け入れ、未来ではなく「現在(いま)」を生きることを選んでいた。

 ──たしかに辛いことや苦しい事もたくさんあったし、力に振り回され窮地に立たされることも少なくは無かった。しかし、私は予知夢という力を持って生まれたことをもう後悔しない。

 疑心暗鬼と虚飾、そして憎悪渦巻くエデン条約事件の中でそのような考え方を身に着け、諸事情により予知夢の力と引き換えに鋭くなった第6感を手に入れたセイアなのだが。

 

「──駄目だ。猛烈に予知夢に帰ってきてほしい」

 

 ペットとして可愛がっているシマエナガのさえずりが響く清々しい朝。

 遠い目をしたセイアは自室のベッドの上で、カーテンの隙間から差し込む朝日に目を瞬かせながらそんなことを呟くのであった。

 

 

 嫌な予感がする。

 その日、目覚めた時から放課後に至るまでセイアを包んでいたのは、そんな漠然とした悪寒だった。

 ひょっとすると風邪を引いたのかもしれないと、トリニティ総合学園で生徒たちの体調管理や治療を受け持つ救護騎士団の本部を訪ねたセイアだったが、健診の結果は「至って健康」というもの。

 長い間昏睡状態だったことや、目覚めてからも「色彩」に触れてしまったせいで存在が崩壊しかけたことから、セイアの体はキヴォトスの世間一般における健康体からは一歩遠いところにいる。

 それを加味しても体調が悪くなったという訳ではないそうなので──体調不良による悪寒が否定されたセイアの不安は自然と、これから自分が巻き込まれるだろう()()()()に向けられた。

 

「まったく、避けようがない不幸を見せられるのも精神的に辛いが、こうして()()()()()()()()()と内容の曖昧な予告だけされるのは常に気を張ってしまってより疲れるな……」

「ご安心ください、セイア様。何があろうと、私がセイア様の身をお守り致しますので」

 

 憂鬱そうに溜め息を吐くセイアの3歩後ろで励ますように声を掛けるのは、救護騎士団の団長でありヨハネ分派というトリニティの一派閥の首長も務める蒼森ミネ。

 以前とある人物がセイアの持つ予言の力を疎み、彼女の命を狙った凶行の際に襲撃を受けたセイアと共に姿をくらましてその命を守った経歴から、今でも時折セイアの護衛役として周辺の警護を買って出ている。

 基本的にキヴォトスでは生徒が銃火器を携帯している都合上、生徒同士の揉め事も規模が大きくなりがちだ。それはここトリニティ総合学園でも同じで、銃弾の飛び交うさながら戦場とでも呼ぶべき中を駆け回り、渦中の生徒たちを制圧──もとい「救護」していくミネの戦闘能力はキヴォトスの中でも上位に入るのだが、そんなトリニティ最上級の護衛ともいえる彼女の言葉を受けて、セイアは逆に気疲れしたように首を横に振る。

 

「いや、今回は君の出番は無いと思うよ、ミネ。私の勘が今回も当たると仮定した場合、私が巻き込まれる騒動というのはそのような暴力的で悲惨な代物ではなく……そうだな、分かりやすく言うのであれば、いわゆるコメディチックな日常の一騒動、とでもいうべきか。武力が必要のない場面で君の力は分不相応、過剰戦力という奴だ。そして君の性格から今回の件に対してほぼ間違いなく君は無力だ。予知夢で詳細な内容を識る事が出来ない今、どのような騒動が私を待っているのかは分からないが……とにかく、今回君は大人しくしていてくれ」

 

 セイアが予知夢の代わりに手に入れた第6感は、自分や所属する団体に起こる出来事を予知夢のように正確なものではないが大まかに知ることが出来る。

 識ろうとする内容によっては、榴弾砲による砲撃の座標指定などの詳細な指示が可能なレベルで勘を働かせることが出来るが……今回のような場合は、漠然とした内容しか教えてくれないのだ。

 それでも幼い頃から予知夢と付き合ってきたセイアには分かるものがあり、今回は誰かが血を流すような方向の災難ではないとは理解している。そうはいっても災難な事には変わりないので、巻き込まれたくないというのが本音だが。

 そういう訳で、荒事に対する適正は十分なものの何かにつけては「救護」を最優先するその性格から、日常のトラブルに対する適正は無いに等しいミネには大人しくしていてほしいセイアの発言だったのだが……そんな言葉に「はいそうですか」と素直に頷くようなミネではなく。

 

「それは出来ません、セイア様。例え貴女の言う通り日常的なトラブルで終わるとしても、些細なことから私の救護が必要な事態に発展する可能性はゼロではありません。それにもし再びセイア様の身に何かが起こってしまえば、取り乱したミカ様を始めとした方々による騒動が拡大し、キヴォトス全土に救護が必要となりかねませんので」

「だから、そういった事態は起こらないと言っているのだが……っと、そうこうしているうちに到着だ。願うならばこの茶会で、あまり心が波立たないようなささやかな騒動のうちに終わって欲しいが……まあ、()()ミカがいるんだ、そう簡単に終わる訳がないか」

 

 トリニティの校舎内だというのに特製のライオットシールドとショットガンで武装したミネの意気込みを受けて、思わず遠い目をしてしまうセイア。そんな彼女の呟きが聞こえているのかいないのか周囲の警戒を怠らないミネと共に歩いていたセイアは、とうとう目的地であり嫌な予感がはっきりと騒動の存在を示す場所へと到着した。

 そんな2人が向かっていたのは、セイアが所属しているティーパーティー、その会合兼お茶会が常日頃から開かれている校舎のテラスだ。

 そのテラスの入り口であるガラス張りの扉。その両脇に立つ警備の生徒から扉を開けてもらったセイアがテラスへと入ると、そこには既に到着していた先客たちがなにやら言い争っている様子が見える。

 それを見た瞬間に、セイアは回れ右をしてこの場から立ち去ってしまいたい気分に駆られたが、そうしてしまえばこの嫌な予感が示す騒動がどんな形で降りかかることになるか分からない。

 ある程度自分でも対応できる形で嫌な予感を収めるためにも、セイアはティーパーティー全体の護衛役としてテラスの入り口に控えたミネを置いて言い争う2人の下へと歩み寄った。

 

「……やあ、2人とも。夕食の時間にはまだ遠いというのに元気なことだね。授業後の小腹をそこにある茶菓子で満たしたからかい?」

「いきなり不躾ですね、セイアさん。私とミカさんは曲がりなりにも『ティーパーティー』の名を冠する団体に所属する者として、真剣に紅茶に対する姿勢を話し合っていただけです。決して無駄な口喧嘩をしていた訳ではありません」

 

 これから起こる騒動の種とでもいうべき2人が相手だからだろう、少し棘のある物言いで登場したセイアに対して毅然とした態度で言い返したのは、現在ティーパーティーのホストを務め、トリニティ総合学園の3大派閥のうちの1つ、フィリウス分派の首長として日々学内の勢力バランスの調整に勤しんでいる桐藤ナギサ。

 紅茶の注がれたティーカップを持つ手捌きは優雅の一言であり、洗練された立ち居振る舞いや制服の着こなしはトリニティ総合学園に対する世間一般の評価である「お嬢様の通う学校」を体現したかのような姿だ。

 そんなお嬢様然としたナギサの近くにいたもう1人の少女もセイアの言葉を受けて、こちらはナギサとは反対のややお転婆な印象を受ける動きでセイアに抗議した。

 

「そうだよセイアちゃん! 私とナギちゃんは今真剣に紅茶についての議論を交わしてたんだから! 聞いてよセイアちゃん、ナギちゃんてばせっかく私が今日のお茶会のために自分のお金で買ってきたのに、すごい怒って紅茶に入れさせてくれないんだよ!? 酷くない!?」

「当たり前です! そんな……そんなものを紅茶の中に入れるなど、ジャムや砂糖とは訳が違うのですよ!? それに、ミカさんもまだ食べたことが無いというではありませんか! きちんと自分で毒見を済ませてから持ってきてください!」

「あー! ナギちゃん今私が持って来たものを毒って言ったー! ひどいよナギちゃん、それじゃあまるで私がナギちゃんを殺そうとしてるみたいじゃん!!」

「貴女、自分に前科があることをお忘れですか!?」

 

 段々とヒートアップしていく口論に、ナギサは普段己に課している「いついかなる時も、落ち着いて優雅に対応するように」という自律を破っていた。

 お嬢様然とした振る舞いを忘れ、武器の代わりかロールケーキ片手にミカと激しく口論をするナギサはティーパーティーのホストとして日々政治的交渉に明け暮れる生徒会長ではなく、1人の少女としての姿を見せている。

 もちろん、それは幼少の頃からの幼馴染であるミカと話しているからという事もあるだろうが──それ以上に、トリニティのトップとして君臨するうちに年頃の少女たちが身に着けてしまった、互いに対する遠慮というものをシャーレの先生が取り払ってくれたからだろう。

 そのことが、避けられない悲劇に耐え切れずに夢の世界へ逃げ続けていたセイアとしては我が事のように誇らしく。

 ……そして、セイアと2人の間には無い確かな絆を垣間見た気がして少しの寂しさを覚える。

 

「……まったく。ナギサ、ロールケーキを下ろしたまえ。そしてミカ、私はこの場に来たばかりで君の持ってきたものを目にしていないから、まだ君が何を持ってきたのか分からない。つまりナギサの言い分しか正しいと判断できる証拠がない訳だが、これは私にも毒だと判断されても仕方ないと思わないかい?」

「もー、私セイアちゃんのそういう所キライ! 見せてほしいならちゃんと見せてって言うべきだよ!」

 

 使い方によってはトリニティを救うことも、滅ぼすことも出来る強大な予言の力を持つ巫女として、これまでセイアは迂闊な事を喋ることは許されない立場にいた。

 だからこそこういった遠回りで言葉足らずな喋り方をする癖がついてしまったのだが、ティーパーティーとして共に過ごした時間があるからだろう、ミカとナギサは──特に本能的に動くところのあるミカはセイアの言葉が意図するところをちゃんと理解してくれる。

 まあ、互いの理解が足りていなかったエデン条約事件以前はこの喋り方が原因で喧嘩に発展したり、すれ違いを生み続けたりしていたのだが……今となっては些細なことだ。

 そんなセイアの言葉を受けて、彼女の小難しい喋り方が気に食わないとぶつくさ文句を垂れながらも、ミカはテーブルの下から今日のお茶会に持ってきたという代物を取り出した。

 ドサッと重たそうな音を立てて置かれたそのビニール袋の中に入っていたのは、

 

「……ミカ、それは毒だ。いや、君が私たちに害を与えようとはもう考えていないだろうから実のところ毒ではないのかもしれないが、その量と見た目は間違っても紅茶に入れてはいけない類のものだ」

「ちょっと! セイアちゃんまで見ただけで毒認定しないでよ! 最近キヴォトスで流行ってるって、この前シャーレに行ったときに聞いたんだから!」

「いいえ! もっと言ってやってくださいセイアさん! こんな、こんなっ……キャビアのようなものを紅茶の中に入れるなど、それは紅茶への冒涜といっても過言ではありません!!」

「だから、これはキャビアじゃなくて『タピオカ』なんだってばー! 先生だって美味しそうに飲んでたんだからー!」

 

 1つ1つの大きさはキャビアよりも大きめなものの、黒い色味や粒状になっている形など、ぱっと見た際に乾燥したキャビアと呼ばれても致し方ない見た目をした大量の粒々だった。

 トリニティのトップとして何回か高級食材であるキャビアを口にする機会のあったセイアだが、こうも大量のキャビアもどきを見せられると少々──いや、かなり気味が悪い。

 ドン引きした様子のセイアと、ロールケーキは下ろしたものの未だ憤慨した様子のナギサにうんざりした様子で叫ぶミカ。

 最終的に、ミカがモモトークで先生を呼び出してタピオカについての説明を頼むことでこの事態を収めることになるのであった。

 

 

「……なるほど、それで私が呼び出された、と」

「ごめんね、先生。ナギちゃんとセイアちゃんの思い込みが激しいばっかりに」

「貴女にだけは言われたくないのですが?」

「君にだけは言われたくないな」

 

 数十分後。

 ようやく落ち着きを取り戻した茶会の席には、5人の姿があった。

 ティーパーティーの3人に、彼女たちにタピオカについて教えるためシャーレからはるばるやって来た先生。そして、揉め事の気配を察知して3人を『救護』しようとしたミネだ。

 過去の大暴走を棚に上げたミカの発言に青筋を立てるナギサとセイアの様子に、あはは……と乾いた笑みを浮かべる先生。そんな彼の言葉にトラウマ(ファウスト)を刺激されたナギサの顔色が若干悪くなったが、それは置いておくとして。

 

「それで、先生。私もよく理解できていないのですが……ミカ様の持つ()()が、本当に今キヴォトスの生徒たちの間で流行していると? 失礼ながら、私にはその……間違っても紅茶に入れて一緒に飲むようなものには見えないのですが」

「ははは。そうだね、私も最初見たときはそう思ったよ。でもミカの持ってきたこれはタピオカといって、しっかりと紅茶……そうだね、ミルクティーなんかに入れて一緒に飲むものらしいんだ」

 

 恐れ知らずにもティーパーティーに殴りかかろうとした狂戦士(ミネ)からの問いかけに、先生は微笑みと共に首肯した。

 ミカが持ってきた黒い粒々の正体は、先程ミカ自身が叫んだ通りタピオカ──より正確に言うと、タピオカを球状に加工した「タピオカパール」と呼ばれる食品だ。

 今は乾燥している()()を煮込んで戻し、ミルクティーなどに入れて飲む「タピオカティー」という飲み物が、最近キヴォトスの女子高生たちの間で流行しているのだ。

 流行の元となったのは、SNSの投稿から推測すると山海経(せんがいきょう)高級中学校自治区内のカフェらしく、現在流通しているタピオカの大半も山海経に住まう商人たちの連合、玄武商会が卸しているという。

 かくいうミカの持つタピオカも玄武商会謹製の品で、ティーパーティーとしての権限を失ったミカが今日のためにシャーレ経由で取り寄せた中々に良い値段のするものだったりする。

 という一通りの説明を先生から受けた4人は、未だに信じられないといった面持ちでまじまじとタピオカの入った袋を見つめた。

 

「なるほど。よく見れば、キャビアというよりは干したヤマモモの果実に似ていますね」

「煮戻してから使う……というと、春雨のようなものか。……いや、そうだとしてもわざわざ紅茶に入れる必要はあるのかい?」

「んー、その春雨だって山海経が主に作ってる食材だし、あそこがそういう食べ方をする文化なんじゃないかな? その中でもタピオカミルクティーが自治区を飛び出して流行ったっていうだけで」

 

 ミネは漢方薬などの薬剤方面で触れたことがあったのだろう、乾燥したタピオカパールを改めて見るとヤマモモを連想したらしく、その隣ではタピオカがどういう食材かを理解したセイアが、紅茶に入れて一緒に飲むというタピオカミルクティーの在り方について疑問を呈していた。

 その考えについてはミカも同様で、初めてタピオカミルクティーを見た際には「ティー」の名を冠する飲み物とは思えないその見た目にぶつくさと文句を言ったものだが、今では難しく考えずそういうものだとして受け入れていた。

 感覚派のミカの言葉は、時として物事の本質を捉えていることがある。

 彼女の言葉に納得しかけたミネとセイアに待ったの声を掛けたのは、やはりと言うべきか常日頃から趣味と実益を兼ねて数多くの紅茶を嗜んできたナギサだ。

 もちろんナギサとて、紅茶の淹れ方に自分なりの拘りこそあるものの、あくまでもエゴであるそれを他人に押し付けようなどとは思わない。

 しかし、ミルクティーやスパイスティーが紅茶(ティー)の名を冠するのにはまだ納得がいくとはいえ、タピオカというれっきとした「食べ物」が入ったタピオカミルクティーはもはやスープと呼んだ方が良いとナギサは思ったのだ。

 

「私はまだ受け入れることが出来ませんね。やはり、飲み物として嗜むための紅茶にこのような無粋なものを入れるなど、先人たちの積み上げてきた紅茶という文化への冒涜──」

「補習授業部の子たちも飲んだことあるんだっけ? 先生」

「うん。トリニティの郊外にタピオカミルクティー専門のカフェが出来たらしくて、先週あたりに私も誘われてみんなで飲みに行ったかな」

「──と、言いたいところですが。やはり保守的に伝統を守るばかりでは時代に乗り遅れ、周囲から取り残されていくもの。特に保守的な()()()のあるトリニティではトップである私たちがこうした新しい文化を認め、広めていく事も大事なのでしょう」

「ナギサ、君という人はまったく……」

 

 タピオカミルクティー万歳。

 ナギサの紅茶への愛は、彼女が偏愛を向ける補習授業部の生徒、阿慈谷ヒフミへの愛に成す術もなく敗れた。

 一瞬前までタピオカミルクティーへのヘイトスピーチを行っていた口でスラスラと自分を納得させるための言い訳を述べ始めるナギサに、セイアは呆れた表情を向けるのであった。

 

 

「では、ミカさんの持ってきたこちらを使ってタピオカミルクティーの実食と参りましょうか。折角ですから先生も一緒にどうですか? ミカさんが買って来たものですからタピオカの味がどうなのかは保証しかねますが、ミルクティー自体の味は私が保証いたします」

「もう、ナギちゃんってば疑いすぎ! ちゃんと美味しいって評判のタピオカを買ってきたんだってば!」

 

 さて、そんなこんなでタピオカへの誤解や偏見がとけた少女たちを見て、先生は今回の自分の役目が終わったことを悟る。いつもであればナギサの誘いに乗って彼女たちと一緒にタピオカミルクティーを楽しむのだろうが……この場にはミカがいた。

 彼女自身の性格もあるのだろうが、エデン条約事件やその後の学校生活でトリニティの生徒たちから受けた仕打ちやミカを含めた生徒の救済に奔走した先生との関わりから、ミカは少なからず先生に依存している節がある。

 その事を彼女自身が自覚しているのかどうかは分からないが、生徒たちが自立し、かつ穏やかに日常を享受することを願う先生としてはミカが自分に依存しきり世界を閉ざしてしまうのは避けたい事態だった。

 では、ミカの世界を広げるにはどうすればいいのか。

 簡単な事だ。先生以外にも信頼し、軽口を言い合えるほど仲の良い友人の輪を広げればよい。

 そういう訳で、今回は身を引き、自分のいないところでミカとナギサたちが触れ合う時間をもっと増やしてほしいと考えた先生は、ナギサからの誘いに申し訳ないという表情を浮かべ首を横に振る。

 

「いいや。ご相伴にあずかりたいのは山々だけど、残念ながらまだ書類仕事が終わっていなくて。帰って仕事を終わらせないと、色々と怒られちゃうから」

「あら、そうですか。残念です」

「──えっ、先生、まだ仕事があったの……?」

 

 社交辞令というわけではないが、先生のミカに対する態度(スタンス)を薄々察しているのだろう。ナギサは大したショックを受けた様子も無く軽く頷き、納得してみせる。

 それに対して、しまったという表情を浮かべたのはミカだ。

 なにせ、ナギサとセイアの剣幕に押されたとはいえ先生をこの場に呼んだのはミカ自身。ただでさえ先生が忙しい身であることはシャーレの当番などで知っているのに、仕事の残っているという先生に負担を掛けてしまった事でミカの脳内にぐるぐると自己嫌悪の濁流が溢れ出す。

 仕事を中断してまでも自分の所に来てくれたことを喜ぶ自分と、己の所業を棚上げするそんな感情を「醜い」を切って捨てようとする自分。

 そんなぐちゃぐちゃの感情に飲み込まれようとするミカに気付いた先生は、彼女を安心させようと微笑んで見せた。

 

「大丈夫。キリの良い所でミカのメッセージに気が付いたから、休憩がてら寄っただけだよ。今度シャーレの当番で来た時に、みんなで飲んだタピオカミルクティーの感想を聞かせてほしいな」

「う、うん……。でも、先生、ごめんね」

 

 先生のとりなしを受けて、一応の納得を見せるミカ。

 しかし、まだまだ不安定な所がある彼女を見て、セイアは内心大きな溜め息を吐きたい気分だった。

 無垢で純真そのものだったミカの心に刻まれてしまった大きな傷。その最たる原因は、他ならぬセイアなのだ。

 1度目は必要に迫られ、自らの死を完璧に偽装したせいでミカに要らぬ十字架を背負わせ。

 2度目は色彩に触れ、その狂気に飲まれかけていたとはいえ彼女を不必要に糾弾した上に目の前で血を吐き倒れてしまった。

 この2つの出来事がミカの心に決定的な楔を打ち込んだのは、エデン条約事件終息後に先生の口から語られた顛末から明らかだ。

 その責任と罪悪感を感じているセイアからすれば、先生に尻拭いをさせるというのは非常に避けたいことだったのだ。

 

「それじゃあ先生、ミカのレポートを楽しみにしていてくれたまえ。きっちり原稿用紙10枚以上の感想を書かせたうえで、先生の下へ持っていかせよう」

「あら、良いですわね。それならばミカさんの持ってきたタピオカが美味しくなかった場合にはミカさんへの罰となりますし……それに、一学生として出来の良いレポートの提出は身につけておいて損はありませんから」

 

 とはいえ、先生の配慮を無に帰すわけにはいかない。何でもない様子を装いながら、セイアは慣れない軽口を叩いてみせた。

 セイアの心情を理解したのかナギサからの援護射撃もあり、ミカの表情は幾分か柔らかくなる。

 

「……もう、2人ともひどすぎるよ。いくら私がバカだからって、そんな事しなくても感想くらいちゃんと伝えられるんだから」

「うん、そうだね。楽しみにしてる。……それじゃあ、後はよろしく」

 

 ミカの表情の変化を見て大丈夫と判断したのだろう、先生はミカ以外の3人にそう言い残してシャーレへと帰っていった。

 さて、突然の訪問だった先生の対応を終え、いざタピオカミルクティーの実食に臨むこととなったナギサは、少し湿っぽくなった空気を変えるように手を鳴らし、笑顔を浮かべる。

 

「それでは、調理実習室へと向かいましょう。今の時間であればどこの団体も使用していないでしょうし、私たちの自室で行うよりもしっかりとした設備で調理を行えますから」

「いちおう念のために聞いておくが……ミカ、君はまさか自分で持ってきたタピオカの詳しい調理法を知らない、なんてことはないだろうね? 私たちはタピオカミルクティーなるものに対して全くの素人だ。更に付け加えると、私とミネに至っては普段から料理を嗜まないから、こうした料理に関して力になることは出来ないだろう」

「セイア様、流石に私も自炊程度なら出来るのですが……」

 

 幼い頃から他者に(かしず)かれ、自分の手で料理をするという経験の少ないまま成長した自分はともかく、ナチュラルにミネを同類の料理が出来ない人間だとしたセイア。

 そんな彼女の失礼千万な言葉に、流石のミネも不満そうな表情を隠すことなく反論した。確かに救護騎士団の団長として日々「救護」に明け暮れる日々を送っているミネだが、野外での救護活動中に栄養補給として食事を摂ることもあるため、必要最低限の料理スキルは持ち合わせているのだ。

 確かに、タピオカに対する議論の際にはあまり口を挟まなかったが、それはあくまで護衛役としての役割を全うする為であり、決して料理に対する知識があまり無くて口出しすることが出来なかったから……などではない。

 などと、どこか言い訳のような考えを内心で巡らせるミネを他所に、セイアからの問いかけを受けたミカは笑顔で可愛らしく小首を傾げる。

 

「──え? これを煮込んでミルクティーの中に入れれば完成! ってことじゃないの?」

「「「……あっ」」」

 

 聖園ミカ(コイツ)、タピオカについてなにも理解していない。

 ミカの笑顔を見て即座にそう悟った3人は、先生からもっと詳しくタピオカについて──その調理法について詳しく聞いておくべきだったと後悔した。

 だが、後悔とは「後に悔やむ」からこそ後悔と書くのであって。

 こうして、タピオカ素人4人によるタピオカミルクティー作りが始まったのであった。

 

 

 インターネット。

 それは人類の英知の結晶とも呼べる代物であり、ここキヴォトスに暮らす生徒たちの生活を支えるインフラの一種でもある。

 多種多様なコンピュータをネットワークで繋ぎ、そのデータを通信・共有することで得られる恩恵は計り知れず。

 

「これで完成……だと、思うのですけれど……」

 

 インターネットの集合知の中には、当然というべきか「タピオカの調理方法」もあるのだ。

 火にかかり、ぐつぐつと煮えたぎる鍋を見ながら不安そうに呟くナギサ。

 無理もない。彼女の目の前で煮える鍋の中には、初めてタピオカを目にしたときに言った「キャビアのような」見た目の真っ黒な粒々がぎっしりと詰まっているのだから。

 いちおう自分の端末でタピオカの調理法を検索し、分かりやすく一連の流れを載せていた動画でも確認をした後なのだが、それでもやはり実際に目の当たりにしてみると、これが本当に正しい方法なのか自信がなくなってくる絵面だった。

 ナギサたちがいるのは、トリニティの校舎に設けられた調理実習室。

 お嬢様学校として名を馳せるトリニティとはいえ、そこに通う生徒たちは寮生を除きそのほとんどが自炊を必要とする一人暮らしだ。最低限の生活スキルは身につけられるようにと、教育カリキュラムの中に家庭科が組み込まれている。

 その中の1つ、調理実習で用いるのがこの部屋なのだが……。

 

「ナギちゃーん、私のタピオカミルクティーまだー?」

「ナギサ、慣れない食材を調理し、他者に振舞う不安は分かるが今はそれを忘れる時だ。君はしっかりとインターネットで情報収集を行い、そうして立派にタピオカを煮戻してみせたのだから、後はそれをミルクティーに投入し件のタピオカミルクティーを完成させて私たちと共にいただくだけ。違うかい?」

「初めてのタピオカにも関わらず見事な手腕です、ナギサ様。試食ならお任せください」

「貴女たち……他人任せで良いご身分ですね……!」

 

 ミカ、セイア、ミネの3人はこれ幸いと試食用に設置されたテーブルに陣取って傍観の構え。

 不服ながらも、料理スキルの低い3人に任せればタピオカがどんな暗黒物質(ダークマター)に化けるか分からなかったため、ナギサが1人でタピオカミルクティーを作る羽目になった。

 他人事だと思って好き勝手な言葉を言い放つ3人に青筋を立てながら、ミカの持ってきたタピオカパールを煮戻していくナギサ。

 ぐつぐつと煮えたぎる鍋の熱で少し汗ばみながらも、振る舞いだけは優雅にあろうと努力していた彼女が違和感を覚えたのは、ミカが持ってきたタピオカパールを半分ほど煮戻した時だった。

 ──何か、少し量が多いような……? 

 ふと、暑さからではなく眉をひそめるナギサ。

 ミカが用意したのだから、と疑いもせずに用意された分をそのまま使おうとしていたナギサだが、今もぐつぐつと煮える鍋の横にこんもりと作られたタピオカの山を見て少し疑問を抱いたのだ。

 ここに先生がいれば、間違いなくナギサが煮戻しすぎる前にストップをかけたのだろうが、時すでに遅し。

 ティーパーティーとミネの4人で消費するには少し……いや、尋常じゃなく多すぎる量のタピオカパールが煮戻されて艶やかな黒色を取り戻していた。

 例えミルクティーに入れなかったとして、4人でこの量のタピオカを食べきれるのか? という考えが頭を過り、自分の間違いを薄々悟ったナギサだが、

 

「……ま、まあ、これはそういう物だとミカさんも言っていましたし……」

 

 そのまま押し通すことにした。

 そうして、煮戻したタピオカを用意した大きめのコップに()()、ミルクティーを()()()

 

「……ミルクティーが全く入りませんね」

 

 そうして完成したタピオカミルクティー()()が、ミカ達の待つ試食スペースに爆誕したのである。

 

「……」

「……」

 

 出来上がったタピオカミルクティーを前に調理実習室に生まれたのは、歓声ではなく沈黙。

 ……いや、もう誤魔化すのは終わりにした方が良いだろう。

 ミカ達の前にお出しされたのは、申し訳程度にミルクティーの茶色が滲む、コップ一杯の()()()()だった。

 

「ナギちゃん」

「……こ、これが、現在キヴォトスで流行しているというタピオカミルクティーですか! やはり紅茶として見ることは出来ませんが、こういった形の飲み物もあるのです──」

「ナギちゃん、こっち見て」

「……はい」

 

 それを見たミカはというと……笑顔だった。

 ただし、目は笑っていない感じの笑顔だ。

 どうにか勢いで誤魔化せないかと踏んだナギサだったが、静かに問い詰めるミカの雰囲気に観念し、がくりと肩を落とす。

 

「インターネットで調べたんだよね?」

「調べはしたのですけど、写真では気付けない発見もあったと言いますか……」

「私の買ってきたタピオカパール、きちんと袋に『業務用』って書いてあったはずだけど?」

「どうりでおかしいと思いました! 煮戻しても煮戻しても量が減らないと思って」

「ナギちゃん?」

「ごめんなさい」

 

 認めよう。

 ナギサは萎れていたタピオカパールが、黒く艶めくタピオカとなっていく過程を見るのが少し楽しくなっていた。

 つい調子に乗ってコップ4杯では足りない量のタピオカを煮戻してしまったのは事実だが、これについては言い出しっぺのミカの監督不行き届きとも言えるのではないか。

 そのような反論が浮かんだナギサだったが、今のミカには何も言い返せそうにない。

 粛々とミカの怒りを受け止めるナギサを横に、セイアは目の前のタピオカを見て確信を抱き頷いていた。

 

「──なるほど。今日の嫌な予感はこれだったか」

「セイア様、この量のデンプン──炭水化物を一度に摂取するのは健康の上でも非常によろしくないです。今からでも小分けにして、数回に分けて消費するべきかと……」

 

 生徒たちの健康を守る救護騎士団としてタピオカミルクティー改め炭水化物の塊を見過ごせないミネの言葉を、セイアは諦観を滲ませた表情で否定する。

 

「いや。先生も言っていたが、タピオカを含め一般的に煮戻した食品は長期間の保存が出来ない。出来れば今日中に消費しきるのが望ましいだろうね」

「であれば、今からでも注ぎ直して一般生徒たちに配布するなど」

「こんな馬鹿馬鹿しい失敗を喧伝する行為、エデン条約事件の影響でトリニティにおけるティーパーティーの権威が失墜している今では自殺行為だと思うが?」

「もはや体裁とかは関係ないと思いますが……。では、まさかとは思いますが、ここにいる私達で……?」

 

 健康とかそういったものの前に、人間として大事なものがごっそりと削られていきそうな未来を予感して、ヒクリ、とミネの表情筋が思わず引き攣る。

 テーブルに着いた全員の前に置かれたタピオカ(+ちょっとミルクティー)と、その中央にまるで祀るかのように置かれた5つ目のそれ。

 全員から等しく距離を置かれたそのコップを見つめながら、セイアは苦渋の決断を下した。

 

「……サクラコだ」

「はい?」

「ミネ、今からシスターフッドの本部へ行って、サクラコをここに呼んできてくれ。……せっかくコップが5つあるのだから、彼女も生贄に捧げて(まきこんで)しまおう」

「……了解です」

 

 こうして、トリニティの幹部たちによるタピオカとの連合作戦が幕を開けた。

 哀れサクラコ。頑張れサクラコ。君の覚悟が少女たちの血糖値やら体重やらを救うだろう。

 

 

 後日「もうタピオカはこりごりだよ~!」と先生に泣きつくミカの姿があったとか、無かったとか。

 

 






※煮戻したタピオカはトリニティ幹部陣とマリーが美味しくいただきました。

6話以降のおしながき(アンケ投票順に書く予定)

  • セミナー×パウンドケーキ
  • 救護騎士団×うどん
  • 便利屋68×七草粥
  • 放課後スイーツ部×例の丸い饅頭
  • ヴェリタス×ピザトースト
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