キヴォトス今日のご飯事情   作:羽化したミカゼミ

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 作者はこってりした豚骨ラーメンが好きです。
 面白かったら感想とか高評価とかお願いします。



第4話「こってり豚骨ラーメンと債務少女たち」

 

 

 その話がアビドス対策委員会に持ち込まれたのは、秋も半ばを過ぎ、徐々に近づいて来る年の瀬に合わせて肌寒さが増してくる、とある寒空の日だった。

 

「対策委員会で『キヴォトスラーメンエキスポ』に出店?」

「そう!」

 

 ナイスアイデア、と言わんばかりの輝かしい笑みを浮かべているのは、対策委員会の定例会議にて先述の提案を自信満々に述べた黒見セリカ。

 普段のセリカであれば、グラフィックボードで仮想通貨を発掘だの再生可能石油を畑で栽培するだのと、いかがわしい商売に引き寄せられては委員会の書記である奥空アヤネに説教されているのだが……今日の彼女は一味違った。

 今日もまたどこかの怪しげな集まりで紹介された詐欺まがいの提案をするのだろうなと雑に流す姿勢を取っていたアヤネは、きちんとした商売の香りがする提案を持ってきたセリカに驚いて思わずオウム返しに聞き返す。

 いつもであれば、いつになく真面目に提案したのに面食らった反応をするアヤネに対して反論の一つでも言うセリカだったが、今は機嫌が良いのか特に反応を示さない。

 そんな彼女が通学鞄から取り出した一枚のチラシを受け取って、対策委員会の委員長を務める小鳥遊ホシノはふむ、と考え込んだ。

 

「今度、復興が終わったシラトリ区で記念に行われるらしくて、ラーメンの売り上げのほかにお客さんの投票を一番多く集めた出店には賞金も出るんだって! 私が柴関ラーメンでバイトしてるし、けっこういい所までいけるんじゃないかと思って!」

「ん、柴関ラーメンでいつもラーメンを食べてる私たちなら、いける」

「なるほど~! アイドル活動はいったんお休みして、みんなでラーメン屋さんを開こうという訳ですね☆」

「そもそも私たちアイドル活動やってないからね!?」

 

 セリカの言葉に感情の読みにくいフラットな表情で同調したのは、アビドス対策委員会で遊びに行く以外にも趣味のツーリングの合間などで柴関ラーメンに寄ることの多い砂狼シロコ。

 これまで美味しいラーメンを食べ続けて来たおかげで、ラーメンの完成形が分かっている自分たちなら優勝確実……とはいかないものの、そこらの出店には負けないだろうという心意気のようだ。

 そんな彼女たちの後ろでなにやら怪しげな設定を持ち出している十六夜ノノミは、これから自分たちがやろうとしている事を理解しているのかいないのか、ほんわかした笑顔を浮かべたままだった。

 ノノミの言う「アイドル活動」とは、アビドス対策委員会とトリニティ総合学園にもう1人いるメンバーで構成された強盗団(ノノミとホシノ曰く昼はアイドルグループ)である「覆面水着団」の事を言っているのだとは思うが……。

 セリカとしては、たとえシャーレの先生が乗り気だとしても、自分たちがアイドルグループをやるつもりもやっているつもりもさらさらなかった。

 

「あわよくば賞金を狙いつつ売り上げも借金返済に充てられるとすれば、確かにこれまで私たちが提案してきたやつよりも健全でちゃんとした案かなぁ。でも……うへえ、おじさん飲食店の切り盛りなんて出来ないよ~。ふわあ」

 

 乗り気な他のメンバーを他所にそう言うと、大きな欠伸と共に机に伏せて昼寝の姿勢を取るホシノ。

 明らかに忙しくなりそうな気配を察知した昼行燈の無言の抗議だったが、対策委員会として5人一丸となって様々な学校存続の危機を乗り越えてきた今、そんなものを気にするような遠慮をホシノに持っている者はこの場に存在しなかった。

 

「じゃあ皆からの反対意見は無いし、ラーメンエキスポには参加決定ってことで。ホシノ先輩はアヤネや私と一緒に接客担当ね。ラーメンの調理はノノミ先輩とシロコ先輩に任せるから」

「うへえ、一番大変な所じゃ~ん! セリカちゃん、おじさんは試食担当が良いなあ……なんて」

「試食役って、出店する前にお役御免じゃない! いっつもぐーたら昼寝してるんだから、たまには真面目に働いてよね!」

「……うへ~、これは逃げられないかもなあ」

 

 さり気ない抗議をスルーされた上に、繁盛すればするほど忙しさが増していく接客を任されたホシノが抗議の声をあげるも、ぴしゃりとその反論を封殺したセリカの剣幕にすごすごと引き下がるしかなかった。

 と、半ばシロコたちを置いてけぼりにしたまま決定したキヴォトスラーメンエキスポへの参加であるが、セリカはふと、ここまでの会話に一番参加してきそうだったアヤネが一切参加していないのに気が付いた。

 普段から委員会の書記として、世間一般の常識からは()()ズレているらしい自分たちを根気強く説教したり働きに出させたりしているアヤネが、降って湧いたこの儲け話に無反応なのはどうしたことかと気になったセリカが彼女の方を見ると。

 

「セリカちゃん……! こんなに、こんなに立派になって……!」

「いや、なんで泣いてるの!?」

 

 普段からネズミ講や仮想通貨、投資詐欺など怪しい商材に引っ掛かっては胡散臭い提案ばかりをしていたセリカの成長を受けて、感動の涙を流していた。

 委員長であるホシノはギャンブルで一山当てるやら埋蔵金を発掘するやら実現性の低い一発を狙うばかりで、シロコは銀行を襲うだの他学園の生徒を攫ってくるだの犯罪まがい──いや、完全に犯罪行為を提案してくる。

 一番常識人に思えるノノミは週末に皆でピクニックに行こうとか、もう完全にアビドス高等学校の借金返済など眼中にない様子で金策なんて提案しないため、近頃のアヤネは半ば諦めの境地で自分の探してきたアルバイトに委員会のメンバーを派遣する日々が続いていたのだ。

 それだって失敗しては生まれた被害を対策委員会名義で弁償する羽目になるような事態が良くあったというのに……ここにきてセリカの提案した、ラーメンエキスポへの出店。

 犯罪でもない、賭けの悪いギャンブルでもない、まともで稼ぎの良さそうな金策。

 それを、自分が教えたのでもなく()()セリカが持ってきたのだ。

 まず最初に夢かと疑っていたアヤネはまるで、自分の産んだ赤ん坊が初めて立つのを見守ったかのような感動に打ち震えていた。

 

「ようやく、ようやく、私が求人雑誌を読み漁ってそれぞれ先輩たちでも失敗しなさそうなアルバイトを見つけることも、送り出している間中、先輩たちのバイト先から怒りの電話が来ないか怯えながらアルバイトをする必要も無いんだ……!」

「……その、なんかごめん。アヤネ」

「おじさんたち、これからはもうちょっとしっかり定例会議で提案するね……」

 

 アヤネの言葉に思い当たる節がいくつもあったのだろう。

 セリカたちは罪悪感から思わず目を逸らしながら、もうすこし委員会活動を真面目に頑張ろうと心に刻むのであった。

 

 

「ん。とりあえず、このラーメンエキスポで優勝を狙おう」

「うんうん! 幸いなことに柴関ラーメンのご主人からも協力を受けられるみたいですし、この勢いのまま優勝を狙っちゃいましょう!」

 

 さて、そんな一幕がありつつもキヴォトスラーメンエキスポへの参加と、優勝への挑戦を決めたアビドス対策委員会。

 お世話になっている柴関ラーメンの主人にエキスポへの出場を伝えると、どうやら柴関ラーメンは今回の出場は見送る予定だったらしく、対策委員会への協力を申し出てくれたのだ。

 日頃から柴関ラーメンで様々なラーメンを食べており、それを通じて美味しいラーメンとは何なのかを知っているセリカたちであっても、作り方に関しては素人。

 その道に生きる職人の支援が受けられるなら、それは願っても無い幸運だった。

 そういう訳で、アビドス分校の校舎にある調理実習室を使って早速ラーメンの試作を、と意気込んだ対策委員会だったが、ここである問題が発生した。

 

「……あ~、そういえば、普段はおやつとか購買部で済ませちゃうからここは使わないんだよねえ」

「今から掃除したとしても、砂が積もっていた場所で料理をするのは衛生的にちょっと……」

「人手が少ないっていう弱点がさっそく足を引っ張ってる感じね……」

 

 分校といえ、しっかり学び舎として建てられた校舎には調理実習室がある。あるのだが、対策委員会の5人で普段使っている本棟から離れた別棟にそれは設けられていたため、掃除の手が行き届かず砂に埋もれてしまっていた。

 浪費を避けるためにシャットアウトしていたガス栓や水道の整備などもしなくてはいけないが、ここにいる5人で今から掃除をすれば一日でなんとか使えるレベルにまでは復旧できるだろう。

 しかし、ラーメンエキスポで対策委員会が狙っているのは優勝。ただでさえ素人である彼女たちにとって一日でも時間が惜しい上に、掃除したとはいえ砂の積もっていた場所で料理をするのは些か抵抗感が強い。

 どうすれば、と砂まみれの調理実習室を前に悩む4人を他所に、シロコはスカートのポケットから端末を取り出すとどこかへと連絡を取り始めた。

 

「──ん、ありがとう先生。それじゃあ、皆で今からシャーレに向かうから」

「……もしかしてシロコちゃん、今の電話の相手、先生?」

 

 少しのやり取りのあと通話を終えたシロコに、ホシノが質問する。

 ただでさえ対策委員会の顧問として迷惑をかけているのに、先生にこれ以上の負担を掛けるのは、と及び腰なホシノを他所に、シロコは何でもない様子で彼女の質問に首肯した。

 

「うん。シャーレの食堂を使わせてくれないかって聞いたら、良いって言ってくれたから」

「そういえば、シャーレには調理実習用も兼ねた食堂がありましたね~。私も何回かあそこでお昼を食べました!」

 

 シロコの連絡した相手は、他でもないシャーレの先生。

 丁度デスクワークに勤しんでいた彼は、食堂を使いたいというシロコの願いに快く許可を出したのだ。

 どうして対策委員会が総出で料理をするのか、詳しい事情の説明はまだ受けていない先生だが……生徒が困っているのを前にして、みすみす放っておくような人物ではない。

 そして生徒の抱える問題を解決することを特に手間だとか面倒だとか思うような人物でもないため、今回のようなちょっとしたお願いなど、これまでに先生が奔走してきた諸問題に比べれば可愛いものだった。

 そういう訳で、アビドス対策委員会はしばらくの間、シャーレの厨房にてエキスポに出品するためのラーメン開発に勤しむこととなったのである。

 

 

 それから数週間後。

 今日も今日とてアロナたちの力を借りつつシャーレに持ち込まれた大量のデスクワークを終えた先生は、仕事の疲れを癒すため居住区にある食堂にやってきていた。

 体を激しく動かすようなことはないものの、頭を使いながら書類やディスプレイと睨めっこし続けるデスクワークは中々に体力を消耗する。これも生徒のためということで、デスクワーク自体に拒否感は無い先生だが……それはそれとして、疲れはたまるのだ。

 このところ立て続けに起こった騒動で過労気味だった先生に対し、自主的に健康面のサポートを行ってくれている生徒の1人である鷲見セリナからは「仕事を終わらせた後はしっかりと休養を取るように」とも言われているため、先生は仕事終わりの休憩がてら対策委員会の様子を確認しようと思い立ったという事である。

 

「あ、先生! 今日も来てくれたんですね~☆」

 

 食堂に入ると、先生に気付いたノノミが笑顔で出迎えてくれた。

 そのほんわかした笑顔に癒されながら、先生が案内された席に座ると、厨房の奥からヨロヨロと干からびた何かが歩いてきて、

 

「……あ、先生だ。うへ、元気? おじさんはねえ……ガクッ」

「ほ……ホシノッ!?」

 

 席に着いた先生にへらりと笑いかけると、そのまま事切れるように食堂の床に倒れ込んだ。

 尋常ではない様子のホシノに慌てて駆け寄り、彼女の小柄な体を抱き上げた先生だったが、自身の腕の中で力尽きたように寝息をたてる横顔を確認して、安堵の息を吐く。

 

「ううん、ラーメンはもう……。おじさん、血が豚骨になっちゃうよ……うへえ……」

「いったい今まで何が……」

「ん、先生。待ってた」

 

 食堂の椅子を何個か寄せ集め、簡易的なベッドとしてホシノをそこに横たえた先生。

 だが、そこで寝ている間も時折苦しむようにうわごとを呟くホシノの様子を見て頬を引きつらせる先生の下へ、シロコがやって来た。

 ノノミやホシノも同じく服装は普段の制服から一変。アビドス高校指定の体操服に着替え「らぁめんあびどす」なる屋号のプリントされた腰巻きのエプロンと白タオルを頭に巻いたその姿は、立派なラーメン職人へと変貌している。

 そんなラーメン職人シロコの手には出来立てと思わしきラーメンの丼があり、彼女はそれを先生の前へと置くと自信たっぷりといった表情で口を開いた。

 

「今日のは自信作。さっき試食したホシノ先輩も美味しいって言ってた」

「そのホシノは今そこで魘されてるんだけど……」

「違うよ、先生。あれは余りの美味しさに夢の中でも感動しているだけ」

「そうなんだ……」

 

 ラーメンが追いかけてくるよ~、おじさんの匂いが豚骨になっちゃう~など明らかに感動の類ではない寝言がホシノの横たわる場所から聞こえてくるが、そこにツッコんではいけないのだろう。

 アビドス対策委員会の闇を垣間見て内心冷や汗を流した先生だったが、目の前に置かれたラーメンの香りに惹かれてそちらに視線が引き寄せられる。

 先生の意識がラーメンに吸い寄せられたのが分かったのか、悪夢に魘されるホシノを少し楽しそうに介抱していたノノミがラーメンの説明を始めた。

 

「そちらが、今回出品予定のアビドスラーメン(仮)(カッコカリ)です☆ 柴関ラーメンのご主人の協力の元、試食役を買って出たホシノ先輩の意見を参考に何回も試作を重ねて作り上げた、現時点で最高の一杯ですよ~! ささ、ズズッといっちゃってください!」

「ああ、うん。ホシノがなんでそうなっているか大体分かったよ……。そういえば、アヤネとセリカは?」

 

 ノノミの説明で、ホシノが魘されている理由の一端を知った先生。

 軽い気持ちで試食役を買って出たホシノの自業自得、といえばそこまでなのだが、それにしたってこのように魘されるまでラーメン漬けになるのは可哀そうな気もする。

 なんとも言い難い目をホシノに向けつつこの場にいない2人の行方を聞いた先生に、一旦休憩するのだろう、頭に巻いていたタオルを外しながらシロコが答える。

 

「ん、2人は柴関ラーメンでアルバイト。セリカだけがラーメン屋での接客を学んでいる状態だったから、アヤネにも柴関ラーメンでバイトしてもらって接客面の隙を無くす」

「その間に私たちで最高のラーメンを開発する、という分担です☆」

「なるほど、よく考えてるね」

 

 どうやら、セリカたちは一時的に柴関ラーメンでのアルバイトを増やしてもらって接客の仕方を学んでいるらしい。

 百聞は一見に如かずというように、知識を蓄えるのも大事だがセリカたちのように実地であれこれ試行錯誤するのは良い成長のカギとなる。

 トリニティで補習授業部の顧問をしている()()としても上手いと思う的確な役割分担に、思わず感嘆する先生。

 同じ接客担当であるはずのホシノは柴関ラーメンで学ばなくて良いのかという疑問が無いわけではないが……まあ、ホシノの性格を考えればこうして試食役をさせるのが良いのだろう。

 そうして出来上がったらしい香ばしい豚骨の匂いを漂わせるラーメンを前にして、先生は自らの空腹を自覚した。おやつとしてお気に入りのチョコチップクッキーを食べてはいたものの、それはあくまで小腹満たし。

 こうしてガッツリ食べられるものを目の前にお出しされると、胃袋が反応してデスクワークで忘れかけていた先生の食欲を呼び起こすのである。

 

「うん。それじゃあ、ありがたくいただこうかな」

「は~い! どうぞご賞味ください☆」

「ん、味はホシノ先輩が保証する」

 

 自覚した途端、我慢できそうにない程に湧き上がってきた己の食欲に従って、対策委員会謹製のラーメンを食べることにした先生。

 食前の合掌ももどかしく、箸を手に取ると麺を啜った。

 実験台(ホシノ)によって最低限の味の保証はされているとはいえ、やはり日頃から世話になっている先生に食べてもらうとなると緊張するのだろう。

 固唾を呑んで見守るシロコとノノミの視線の先で、しばらくの間先生の麵を啜る音だけが響く。

 麺を啜り、上に乗っていた焼豚(チャーシュー)を齧り、こってりと濃厚なスープを飲み。

 最後に両手で持ち上げていた丼をテーブルに置いた先生は、一呼吸置いた後に笑顔で呟いた。

 

「うん、とても美味しいよ」

「本当? 嬉しい」

「わあ! ホシノ先輩が頑張って試食した甲斐がありました~!」

 

 柴関ラーメンの主人からラーメンの作り方を習っているということで、ベースとなっているのはやはりあの店の目玉商品である「柴関ラーメン」だ。

 しかし細かな風味や使われている具材など、所々に先生も食べたことのある柴関ラーメンとの違いがあり、十分なオリジナリティを持ったこれは「対策委員会のラーメン」だと言える。

 提供するのに必要な時間を短縮する為だろうか、キヴォトスでは珍しい硬い麺でしっかりとした歯応えがある。

 だが時短のために味を犠牲にしたわけではなく、硬くとも麺がほど良くスープを吸っている事によって、ラーメンの本分ともいえるスープの味をしっかりと麺に寄り添わせる事に成功していた。

 焼豚も市販品のもので済ませた訳ではないらしい。

 一口齧ればはっきりと分かる、先生がいつも忙しい時に食べるカップ麺に入っているフリーズドライ焼豚では絶対に出せない柔らかい歯ごたえと、対照的にさっぱりとした味わいが豚骨スープの濃厚な旨味とのコントラストとなって、非常に印象深い味わいとなっている。

 また、長時間煮込まれた豚骨のコラーゲンがたっぷり溶け込んだ特製のスープは少しのとろみを感じさせる舌触りとなっており、本家よりも明確な豚骨の風味と濃厚な旨味を楽しむことが出来る。

 デスクワーク主体で体はあまり疲れていなかった先生には少し塩気が強いと感じたものの、キヴォトスラーメンエキスポの当日は、会場を訪れた客はみな外で食べるという。

 であれば、この塩気の強さは会場を歩き回る客にとっては良い刺激となるのではないだろうか。

 また、本家よりもスープが濃厚になったことで豚骨スープの持つ独特の匂いは強くなっており、先生のように豚骨の匂いに忌避感の無い者であれば気にすることはないだろうが、反面嗅覚の敏感な人や豚骨の匂い自体を嫌う人には好かれないだろう。

 総合的に評価すれば、確かに美味しいが()()()()()()()()()()()()、といった所か。

 しかし、万人受けしないということは、裏を返せば明確なターゲットが存在するという事。

 そしてそのターゲットは恐らく、ラーメンエキスポというラーメンが主役であるお祭りに来てまでラーメンを食べるほどのラーメン好き。

 つまり──()()()()()()()()()()だ。

 勝ちに来ている。

 アビドス対策委員会は、このキヴォトスラーメンエキスポにおいて、本気の本気で優勝を狙いに来ていた。

 

「まさか、ここまで狙いすました『ラーメン』をお出しされるとは思わなかったよ。これも柴関ラーメンのご主人から?」

「ううん、私たち──というより、アヤネとセリカが考えた。素人が最初から万人受けするラーメンを作ろうとして成功するはずがないから、最初からターゲットを絞って、多少ムラが出来ても良いからそれに合わせたラーメンを作るべきって」

「本気だね、2人とも……」

「ん、だからこうして私たちも、ホシノ先輩も頑張ってる」

 

 先生とシロコの目が、ノノミの膝枕で安らかに眠るホシノへと向けられる。

 ここ数日の集中ラーメン漬け生活で魘されているのは本当なのだろうが、そうなっても逃げだすことなくラーメンの試食を続けていたのは、やはり後輩たちが頑張っているからだろう。

 もちろん、ノノミとシロコだって慣れないラーメン作りを初めてから、たった数週間でここまで仕上がったラーメンを作れるまでに上達している。

 自分たちは素人だからと一切の妥協をせずに、寝る間も惜しんでラーメン作りの技術を磨き上げたのだ。

 

「セリカちゃんもアヤネちゃんも、すごく頑張ってるんですよ~? ラーメンの材料だって、私たちが用意できる予算の中で抑えつつ、それでも美味しい食材を卸してくれるところを探して揃えてくれてるんです」

「どうしても確保できなかったものは柴関ラーメンのご主人から伝手を紹介してもらってる所もあるけど、基本的な材料はだいたい2人が見つけてきた」

 

 そう言って、この場にはいない2人を褒め称えるシロコたちの表情はどこか誇らしげだ。

 それもそうだろう。アビドス高等学校は自然災害によって約9億もの借金を抱えており、日々生徒たちがアルバイトで日銭を稼ぐことで月々の利子や借金を返済するという苦しい生活を強いられている学校だ。

 当然、生徒たちの中にはその生活に耐え切れずに逃げ出した者も少なくなく……。そんな中でも、火の車となっているアビドスから去らずに自分たちと一丸となって借金返済を頑張ってくれている後輩が、こんなにも頼もしく金策を頑張っているのだ。

 シロコたちにとってセリカとアヤネは、もう自分たちが守り、導いてあげる必要のない立派なアビドス高等学校の学生となっていた。

 

「そっか」

 

 そんな彼女たちの様子を見て、先生も優しい微笑みを浮かべる。

 アビドス対策委員会は、先生が連邦捜査部シャーレの顧問になってから初めて本格的な活動を行った相手だ。

 セリカの誘拐やブラックマーケットでの銀行強盗、果てはゲマトリアの一員で先生と長い対立関係となる黒服との初対峙など、着任してから1年以上が経過した今でもつい昨日の事のように思い出すことが出来る。

 あの時に比べて、アビドスどころかキヴォトスを巡る様々な危機やトラブルを乗り越えた対策委員会の少女たちは、見違えるほどに成長していた。

 しかし、成長したといっても彼女たちはまだ子供。教え導く存在である先生から見ればまだまだ未熟な部分のある、大人が責任をもって守るべき生徒たちだ。

 

「うん、ラーメンについて私が言えることは無いかな。まだエキスポの開催まで時間がある今の段階でこんなにも美味しいラーメンを作れるんだ、きっと優勝だって狙えるよ」

「ん。もちろん、セリカたちやホシノ先輩の頑張りを無駄にしないためにも、狙うのは優勝」

「うんうん! みんなで頑張って、覆面水着ラーメン団の初陣を成功させましょう☆」

 

 それでも、生徒の成長を喜ばない先生はいない。

 先生の言葉を聞いて、シロコとノノミはやる気満々といった様子で好戦的な笑みを浮かべた。

 

「それに、いざとなったら秘策もある」

「秘策?」

 

 笑顔のまま首を傾げた先生に頷き、自信に満ちた表情のまま、シロコはハーフパンツのポケットから()()()()を取り出した。

 それを見た瞬間。

 先生の笑みは凍り付き、彼女の言う「秘策」の内容を完全に悟る。

 けれど悲しいかな、対策委員会の中でシロコの秘策について先回りして注意できる者は夢の世界に旅立っていて。

 

「──ん、他の店を襲うの」

 

 額に大きく「2」と刺繍されたお手製の青い目出し帽(2代目)を被ったシロコは、それが当然といった口調でそう宣言するのであった。

 

「いや駄目だよ!?」

 

 思わず大きな声でシロコに叫ぶ先生。

 その声に反応してか、ホシノが唸りながら寝返りを打ったが起きる気配は無く。

 先生の言葉に、目出し帽を脱いだシロコはどこか不服そうな表情を浮かべて反論する。

 

「でも先生、競争相手がいなくなれば必然的に私たちが1番になれる」

「そうだけど! そうだけど……色々と駄目だよ! ある意味銀行強盗より悪質だからね!?」

「そうなの……?」

 

 正にしぶしぶ、といった様子で目出し帽をしまうシロコ。秋の晄輪大祭でも徒競走のコースにロケットランチャーを撃ち込もうとした前科のある彼女は、競争相手を暗闘で勝負の舞台から引き摺り落とすことは互いに当たり前の手段として考えられている節がある。

 これで相手のラーメンに虫だの変な薬だのを入れると言い出さない辺り、キヴォトスにおいて最低限の倫理観は持ち合わせているのだから恐ろしい。

 先生はどうして止めないの、と言いたげな目でノノミを見るが、彼女は彼女でニコニコと笑顔を浮かべるだけ。

 競争相手に襲い掛かる非道さを理解してはいるものの、ノノミも必要に応じれば相手を襲う事になんの躊躇も無い──というより持ち前のノリの良さでシロコと一緒に相手を襲いだす生粋のキヴォトス人であった。

 さて、どうしてシロコに説明したものやら。先生が頭痛を堪えるように額に手を当てながらそう思い悩んでいると、

 

「シロコちゃん、それは駄目だよ」

「ホシノ先輩」

 

 いつの間にか目を覚ましていたホシノが、いつも通りの眠たげな瞳でシロコを見つめていた。

 左右で色の違う瞳に見つめられ、シロコは悪戯の見つかった悪童のように目を逸らす。

 

「せっかくセリカちゃんとアヤネちゃんが頑張ってお膳立てしてくれたんだし、ここはおじさんたちもエキスポのルールに則って、正々堂々と勝負しなきゃ」

「……分かった。先生とホシノ先輩がそこまで言うなら」

 

 静かに、ただしこれだけは譲らないという固い意志の感じられる声でそう諭され、シロコは遂に他店への襲撃計画を諦めた。

 思いのほかすんなりと説得が終わり、先生も安堵で胸を撫で下ろす。

 そんな彼を横目に、ホシノはぐぐっと背伸びをすると、うんざりした様子で大きなため息を吐いた。

 

「そう、正々堂々と勝負しなきゃなんだけど……。うへえ、まだ体の中を豚骨スープが循環してる気がするよ~。このままじゃおじさん、体の7割が豚骨スープになっちゃうかも」

「頑張ってください、ホシノ先輩。私とシロコちゃんでもっと美味しいラーメン、作りますから! 絶対優勝しましょう~!」

「ん。それじゃあ他の店を襲わなくても優勝できるくらい美味しいラーメンを作ろう。ホシノ先輩、試食と感想はお願い」

「ま、まだ食べないといけないの~? うへ、流石におじさんも飽きてきたよ~!」

 

 弱音を吐くホシノに、ニコニコ笑顔で彼女の退路を塞ぐノノミ。

 トドメにシロコから試食役の続行を告げられて情けない叫び声をあげたホシノを、先生は苦笑いと共に見守るのであった。

 

 

 キヴォトスラーメンエキスポまであと2週間。

 実地研修で接客技術を磨き、優勝するために試行錯誤を重ねて最高の豚骨ラーメンを作り上げた彼女たちは、とある強敵と相まみえるのだが……それはまだ少し先のお話。

 

 

 






 次回で初回のアンケート分は消化し終えるので、次のアンケートを取ります。
 良かったら読みたいものに投票してください。

6話以降のおしながき(アンケ投票順に書く予定)

  • セミナー×パウンドケーキ
  • 救護騎士団×うどん
  • 便利屋68×七草粥
  • 放課後スイーツ部×例の丸い饅頭
  • ヴェリタス×ピザトースト
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