キヴォトス今日のご飯事情   作:羽化したミカゼミ

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第7話「パウンドケーキと白兎の恩返し」

 

 

「恩返しをしたい……?」

「えっと、はい」

 

 新学期の始まる季節となり、生徒を見守るシャーレの「先生」として忙しさが増してきたとある日の昼下がり。

 今日の当番としてミレニアムからやって来た黒崎コユキから持ち込まれた相談に、先生は困惑した表情を隠せないでいた。

 ヘイローを持ち、肉体的には常人を遥かに超えた力を備えているとはいえ、精神的にも経験的にもまだまだ未熟な「子供」によって運営されている学園都市キヴォトス。

 その外からやってきた「大人」として、そしてなによりシャーレの先生として、生徒たちの相談には真摯かつ誠実に向き合う事を信条としている先生だが……まさか「恩返し」などという単語がコユキの口から出てくるとは思いもしなかったのだ。

 そして、本人にもその自覚はあるのだろう。

 どことなく座りの悪い表情を浮かべながら、コユキは先生に事情を説明する。

 

「ほら、その……ユウカ先輩やノア先輩って、私のことをよく怒るじゃないですか。せっかくセミナーに入ったのに、誰にでも出来るような雑用ばっかり私に押し付けてくるし、反省部屋から出たらC&Cの先輩方を使って追いかけてくるし」

「コユキの認識と私の認識は少し違うけど……うん。コユキがそう考えているのなら、ひとまずはそうしておこうか」

 

 開口一番、自分の先輩である早瀬ユウカと生塩ノアの愚痴を漏らしたコユキに、先生は苦笑いを浮かべる。

 先程までの発言から分かる通り、黒崎コユキという生徒は他の学校に比べると問題の少ないミレニアムサイエンススクールの中でもトップクラスの問題児だ。

 常人離れした暗算能力を以てセミナーの会計を務めるユウカや、瞬間記憶能力を有し、セミナーの書記や特許関係の弁理士業務を一手に担っているノアと同じ様に、セミナーに所属しているコユキにも「あらゆるセキュリティシステムを直感的に突破する」という常人とは違う特異な才能があった。

 問題は彼女自身がその才能に対する自覚を一切持っていないということで、ユウカやノアは彼女の摩訶不思議な演算能力をあてにして仕事を割り振っていたのだが、当のコユキ本人は人の役に立ちたいというモチベーションとは裏腹に「こんな雑用しかさせてもらえない」とそれをストレスに感じていたのだ。

 そのストレスが引き金となり、ミレニアムを抜け出したコユキが起こした騒動によってセミナーは危うく破産の憂き目に遭ったのだが……それはまた別の機会に話すとしよう。

 ともかく、自分の才能に自覚がなく、それでいてその才能を行使することに何の躊躇も無いコユキは、世話焼き気質なユウカが手を焼く立派な問題児へと成長してしまった。

 風の噂によると、最近のミレニアムでは問題行動を起こしたコユキを追いかけるユウカの怒鳴り声が聞こえない日は無く。

 物理的にも機械的にもミレニアムの中で最高のセキュリティを誇る反省部屋すら鼻歌交じりに脱走できるコユキの笑い声と断末魔は、チャイムよりも聞きなれたメロディーになりつつあるとか。

 

「でも、先輩たちは時々……ほんっとうに時々なんですけど、私が早めに仕事を終わらせたときなんかに褒めてくれたり、四葉のクローバー探しを手伝ってくれたりして……」

 

 そんなコユキだが、なんとユウカやノアに対する好感度は低くない──むしろ高いようで。

 ユウカとノアの人となりを考えれば、意味も無く蛇蝎の如く嫌われるということは無いだろうが、コユキが常日頃から彼女たちに叱られているのであれば反抗的な感情を抱いていてもおかしくはないと考えていた先生にとって、コユキのその言葉は更なる驚きをもたらすものだった。

 

「その、色々やってユウカ先輩たちを怒らせたりしてますけど、私も別に先輩たちに嫌われたくてやってるわけじゃないというか……。それで、先輩たちも私の事を見捨てずに構って──い、いや、相手してくれるというか! だから、その……」

「……うん。いいんじゃないかな、恩返し。きっと2人も喜んでくれると思うよ」

 

 けれど、先生はコユキの想いに驚きこそすれ、その想いを否定したり馬鹿にしたりする気持ちは微塵も無かった。

 コユキが抱いた純真無垢な想い。

 先生はそれを肯定し、恥ずかしさからあと一歩を踏み出せないでいる彼女の背中を押してあげた。

 

「大丈夫。あの2人ならきっと、コユキの感謝の気持ちを分かってくれるよ。あとはコユキが勇気を出して、行動するだけ」

「……そう、ですかね?」

 

 普段の無邪気な明るさが鳴りを潜め、しおらしくなったコユキに先生は言葉を重ねる。

 不安げにしていた彼女も、先生からのお墨付きを得て少し前を向けたのだろう。徐々に表情も明るくなり、いつもの調子を取り戻してきた。

 

「にははっ、そうですね、そうですね! そうと決まれば善は急げです! シャーレでお手伝いする今日の仕事は終わってますし、これから私はユウカ先輩たちに日頃の恩返しをしてきたいと思います!」

「良いと思うよ、頑張って!」

 

 先生の声援をうけて、意気揚々とシャーレのオフィスを飛び出し母校へと帰っていくコユキ。

 彼女のおもちゃを買ってもらった子供のような無邪気な笑顔を思い出して微笑んだ先生は、珍しくやる気に満ち溢れた様子で自分の机に向き直り──コユキがやり残していったシャーレの業務を終わらせていくのだった。

 

 

 そして、コユキがユウカたちに「恩返し」をすると言ってから一日が経った。

 コユキの恩返しの顛末を気にしていた先生は、当のコユキ本人からの連絡によってミレニアムサイエンススクールへ呼び出され──何故かミレニアムの反省部屋に来ていた。

 

「うわあぁああああ──なんで──!」

「恩返しをしたんじゃなかったの、コユキ……!?」

 

 反省部屋に備え付けられていたクッションに顔を埋め、何があったのか所々焦げ臭い制服姿でぴーぴーと泣き喚くコユキを前にして、先生も困惑を隠せない様子。

 流石にユウカたちが理不尽に怒り、問答無用でコユキを反省部屋に入れたということは無いだろうから、先生はコユキに昨日何をしたのか、どうして反省部屋に入れられることになったのか、詳しい経緯を聞くことにした。

 

「シャーレから帰った後、さっそく『恩返し』をしようと思って連邦生徒会の予算管理システムにアクセスしたんですが……。ミレニアムに対する補助金やら予算やらを前年比の100倍まで増やしたところでユウカ先輩にその現場を見られてしまいまして」

「待って。色々と待って」

 

 が、初手から色々と単語がおかしい。

 頭痛を堪えるように額に手を当てて一旦話を中断しようとした先生だが、コユキはコユキで鬱憤が溜まっていたようで、ボスボスとクッションに怒りの拳を叩きこみながら話を続ける。

 

「前に先輩が『このままじゃセミナーが破産する~』って言ってたから予算を増やしてあげようとしたのに……! 『コユキのせいでセミナーどころかミレニアムが取り潰しになったらどうしてくれるのよ!?』って言いながらC&Cの先輩方と一緒に追いかけてきて、私を反省部屋にぶち込んできたんですよ!? 酷くないですか!?」

「それは……仕方のないことなんじゃないかな、というかちゃんと元に戻した?」

「先生もユウカ先輩たちの肩を持つんですか!?」

「いや、肩を持つとかではなく……」

 

 流石の先生でも、この所業を擁護することはできなかった。

 まさかの方法でユウカたちに恩返しをしようとしていたとは思わず、先生は苦笑いを浮かべることすら出来ない。

 だが、コユキの価値観からすれば今回のハッキングは特に問題行動だったという意識は無いらしく、どうして完全なる善意からの行動で叱られたのか本当に理解できていないらしい。

 その意識の()()が彼女を問題児たらしめている原因なのだが……。

 ──悪さをしたコユキを叱る役目はユウカとノアが果たしてくれているようだし、自分は彼女の行動をちゃんとした方向に導く形で動くとしようか。

 生まれてから今まで培ってきた価値観というのは、そうそう変えられるものでは無い。キヴォトスに来てから直面した様々な騒動を経てそう結論付けている先生は、今からでもコユキの価値観を矯正しようとは思わずに、彼女の情操教育をユウカたちに任せることにした。

 先生からきつく言い含めれば、根は善良……というよりも「純粋」なコユキは不平不満を漏らしながらも従ってくれるだろう。

 しかし、それでは意味がない。それはただの「価値観の強制」に過ぎないからだ。

 その果てにある一つの結末を見たことのある先生としては、そのような方法に訴えるのは最後の手段──それこそコユキが誰かの命を左右するような、取り返しのつかない大問題を起こした時くらいだろう。

 では、先生が今取るべき方法は何か。

 

「──コユキ」

「な、なんですか? まさか、先生も……怒ってます?」

 

 コユキからの糾弾に声を荒げるでもなく、静かに語りかけた先生。

 先生の様子にただならぬものを感じたのか、コユキはまるで怯えた子犬のような雰囲気で怒っているかどうかを彼に聞く。

 怒られること、叱られること、嫌われること。

 彼女は別に、そういうことを求めて問題行動をするわけではないのだ。

 ただ、彼女は世の中の道理や倫理、価値観といったものをまだ理解することが出来ていない「子供」で、だから自分の判断とそれに対する他人の評価とのギャップに苦しんでいるだけで。

 

「ユウカたちに恩返しをしたいって気持ち、まだ変わっていないかな?」

「にはは、恩返しはしたかったですけど……。それで散々怒られたし、私なんかは何もしない方が良いんじゃ……」

「それじゃあ、家庭科の授業をしようか」

 

 ならば、先生が取るべき手段はひとつだけ。

 

「……えっと、授業、ですか?」

 

 コユキに、自分がどういった行動を取れば「恩返し」が出来るのか、その成功体験をさせる。

 そのための計画を組み立て始めた先生の言葉に、コユキは拍子抜けした様子で呟くと、こくりと頷くのであった。

 コユキからの同意を得て、さっそく行動に移る先生。

 端末からチャット形式のトークアプリ「モモトーク」を開くと、ズラリと並ぶ生徒たちの名前からお目当ての少女のアカウントを呼び出した。

 いったい何をするのか、そわそわと先生を見つめるコユキの視線を他所に、彼はひとつのメッセージを送る。

 

『今日、もし良かったらセミナーの仕事が片付いたらシャーレの食堂に来てくれない?』

『コユキのお菓子作りを手伝ってほしいんだ』

『出来れば、ノアも一緒に来てくれないかな』

 

 先生がメッセージを送った相手のアカウント名は──早瀬ユウカ。

 ユウカともう一人、コユキの手綱を握れる数少ない相手であるノアも含めて、先生はコユキにお菓子作りをさせようと画策していた。

 

 

 それから数時間後。

 なにか問題が起きれば自分とシャーレが責任を取る、という名目でコユキを反省室から連れ出した先生は、彼女と共にシャーレオフィス1階に併設されているコンビニエンスストア「エンジェル24」で必要な材料を買い揃えた後に、居住区の食堂へとやって来た。

 

「えっと、先生。お菓子作りって……またなんでですか? 家庭科の授業っていうのもよく分かりませんし……」

「うーん、そうだなあ。なんて説明したらいいのか」

 

 エプロンに三角巾を着け、食堂の厨房へと入った2人。

 普段は訪れることのない空間が目新しいのか、興味津々といった様子で辺りを見渡すコユキからの質問に、先生はどう答えたものか悩んでいた。

 正直に恩返しのためのお菓子だ、と言うのは簡単だが、そうやって伝えたところで今の彼女ではそれが恩返しになるとは理解できない可能性がある。

 とりあえず、恩返し云々は伏せておくことにした先生は、完成したお菓子はユウカたちに渡すように、とだけ伝えることにした。

 

「どうしてですか? まあ、先生が言うなら渡しますけど……」

「うん。でも、渡す時の理由はコユキ自身で考えてみてね。私から渡すように言われたから、じゃなくて」

「ええ、それってとてもめんどくさいような」

 

 付け加えて伝えた指示にコユキは渋い表情を浮かべたものの、頑張ってみて、とだけ応援してその指示を撤回するつもりはない先生の様子に、彼女は諦めたように渋々と頷く。

 2人でそんなやり取りをしながら買ってきた材料を広げていると、にわかに食堂の入り口付近から声が聞こえてきた。

 待ち人の登場だ。

 

「言われたから来ましたけど……先生、コユキと一緒にお菓子作りだなんて一体どういう風の吹き回しですか? あとコユキ、先生に迷惑かけてないでしょうね?」

「ふふ、そんなこと言って。シャーレに向かう電車の中ではあんなに楽しそうにしてたじゃないですか、ユウカちゃん?」

「ノア!? わ、私は別に楽しそうになんてしてなかったけど!?」

「いらっしゃい、2人とも。忙しかっただろうけど、ありがとう」

 

 なにやら言い合いながら食堂に入って来たのは、先生からの要請を受けてやってきたユウカとノア。

 彼女たちの姿を見て、昨日散々叱られたことを思い出したのだろう。

 慌てて先生の影に隠れるコユキの姿に苦笑いを浮かべつつ、先生は厨房を出て2人を出迎えた。

 普段からミレニアムで起こった事件や事故の後処理で激務なセミナーではあるが、今回は本当に後処理が大変だったようだ。

 ユウカは少しくたびれた様子であり、ノアもいつもに比べるとユウカに対するからかいが控えめな気がする。

 

「コ~ユ~キ~? 先生を盾にせずに出てきなさい?」

「ひぃっ、こ……こんにちはです、ユウカ先輩、ノア先輩……」

「反省はしてくれているみたいで何よりです、コユキちゃん。それで、今回はお菓子作りを一緒にするのだとか?」

 

 笑顔で般若を背負うユウカに、思わず息を呑むコユキ。

 そんなユウカの気配にも笑顔を崩さないノアからの問いかけに、先生は頷くと共に「でも」と言葉を付け加えた。

 

「2人とも疲れてるみたいだし、あまり無理はしないで。お菓子は私とコユキで作るから、食堂で休んでていいよ」

 

 どうにも疲れを隠しきれていない2人の身を案じての言葉だったが、ユウカは腰に手を当てて大きなため息を吐くと、無言で近くに置いてあった食堂のエプロンを着け始める。

 ノアもそれに倣ってエプロンと三角巾を着けると、心配そうな表情を浮かべる先生に対して、大丈夫です、と言ってみせた。

 

「確かに疲れてはいますが、無理をしている訳じゃありませんから」

「それに先生、ちゃんと料理が出来るんですか? コユキは料理なんて言葉すら知らなさそうなのに」

「……にはは! ユウカ先輩、それは流石に私を過小評価しすぎというものですよ! 私だって手料理の1つくらいできますから!!」

 

 訝し気な表情のユウカに、何故か自信満々といった表情で薄い胸を張るコユキ。

 これまで料理をしている所なんて一度も見なかったけれど、と驚く先生を他所に、ユウカはどこか挑発的な笑みを浮かべてコユキに問いかける。

 

「ふうん、じゃあ聞くけど、得意料理は?」

「ドン・カレーです!」

「それ、レトルトカレーじゃない!?」

「え? あれも立派な料理ですよね?」

 

 自信満々にレトルトカレーのパウチを煮れると胸を張っていたコユキに、思わずツッコむユウカ。

 彼女の言葉に心底不思議そうな表情をするコユキを見て苦笑いを浮かべる先生にも、ユウカの疑惑の矛先が向いた。

 

「先生! 私、先生が料理をしてる所なんて1回も見たことありませんけど、こんな体たらくのコユキを指導するならちゃんと作れるんですよね!?」

「それはもちろん。そのために、初心者でも作れそうな簡単なレシピを選んだからね!」

「あ、怪しい……! 一体何を作るんですか、そのレシピ見せてください」

 

 だが、先生はユウカからそう問い詰められることを予測していた。

 先生が自信満々に差し出したレシピをのぞき込むユウカとノア。

 そこに載っていたのは「初心者でも安心! 簡単! しっとり食感のパウンドケーキ!」という()()()()な題名とこんがりと程よい焼き目のついたケーキの写真に、必要な材料たち。

 手順はたった数行「材料を上から順に混ぜて焼くだけ!」と書いてあるだけだった。

 

「あら、パウンドケーキですか? 確か、アレは材料を上手に乳化させるには少しコツがいるお菓子だったと思いますが……?」

「先生……パウンドケーキって材料が単純で他のケーキよりも難易度が低めなだけで、きちんと作るにはそれなりに難しい部類なんですけど」

「えっ、そうなの!?」

 

 ノアとユウカ、2人からのダメ出しに驚きの表情を浮かべる先生。

 必要な材料も少なく、手順も単純すぎるくらいのものだったため、てっきり誰でも作れるようなお菓子だとばかり思っていたのだが……。

 そんな先生の様子を見て、不安が的中したとばかりにユウカは溜め息を吐く。

 

「はぁ……今回はコユキが主役としてパウンドケーキを作るんですよね? だったら私たちでサポートするので、先生は食堂で待っていてください」

「え、いやでも、私が言い始めたことだし……」

「大丈夫ですよ、先生。キチンと私たちでコユキちゃんをサポートしますから。それに……セミナーの皆で集まってお菓子作りだなんて、中々無い機会ですから。ね、ユウカちゃん?」

「どうして私に聞くの、ノア? ……とにかく、さっさと作るわよコユキ! 料理もお菓子作りも、結局はレシピに従って作る数学みたいなものだって教えてあげるから!」

「えっ、いやちょっと待ってください! 先生! 助けてくださいせんせえぇええええ──!」

 

 とんとん拍子に決まっていき、話に割り込む隙も無くユウカとノアに両腕を掴まれ厨房へと引き摺られていくコユキ。

 生徒から戦力外通告を受けた先生は、昨日の今日で未だにユウカたちへのトラウマの拭えないコユキの断末魔を聞きながら、南無、と合掌し彼女の無事を祈るであった。

 

 

 さて、そんなやり取りから暫くして。

 厨房に備え付けられているオーブンの前では、焼き上がり膨らんでいくケーキの生地をじっと見つめるコユキと、それを背後から見守るユウカとノアの姿があった。

 そもそも、パウンドケーキの作り方自体は非常に単純だ。

 材料は名前の通り1ポンド(pound)で揃えたバター、砂糖、卵、そして薄力粉。

 これらを順に混ぜ、そして焼くだけ。

 もちろん、焼いた時に良く膨らむようにベーキングパウダーをいれたり、甘さを引き立たせるために少量の塩を混ぜたりするが、基本的には混ぜて焼くだけと言えるだろう。

 ただし、逆に言えばただそれだけの工程で味の全てが決まってしまうともいえる。

 美味しい塩むすびを作るのが難しいように、単純な工程で出来る料理というのは作り手の真の実力が現れるものだと言っても過言ではない。

 

「それにいきなり挑戦しようだなんて、まったく先生も無謀というかなんというか……」

「まあ、今回は先生もパウンドケーキの作り方をよく知らなかったからだと思いますけどね」

「それにしたってよ。普通にクッキーくらいで留めておけばいいのに」

 

 呆れた様子で首を横に振るユウカと、彼女の言葉に応えつつ笑顔でコユキを見つめるノア。

 ユウカの持ち前の計算能力……が今回のお菓子作りで役に立ったのかは分からないが、ノアの記憶していたパウンドケーキの作り方やコツ、それらを踏まえたアレンジの仕方は大いに役立っていた。

 

「それにしても、なんで先生は私たちまで呼んだのかしら。確かに、先生とコユキたちだけじゃ大惨事になっていたでしょうけど……別に、昨日から揉めていた私たちをわざわざサポート役に選ぶ必要だってないじゃない?」

「……ふふっ、さて、どうでしょう?」

 

 昨日の夜から今日にかけて散々迷惑をかけられたコユキには一言二言、いや百言くらい言いたいことはあるのだが……先生が何の考えも無しに彼女にお菓子作りをさせ、なおかつそれをユウカたちに手伝わせる訳がない。

 現に、ユウカたちの指示にコユキは珍しく素直に従い、想像していたよりもあっさりとパウンドケーキを焼く段階まで進んだのだ。

 どこか訝しむユウカの隣で、ノアは1人何かを悟った表情を浮かべて、オーブンの中でもりもりと膨らむパウンドケーキに瞳を輝かせているコユキを見つめた。

 

「わぁあ……」

 

 実のところ、ノアはユウカと共にシャーレに呼び出された時から大体の事情を推測出来ていた。

 というよりも、コユキが何故昨晩、連邦生徒会のデータベースにアクセスしてミレニアムの予算を増やそうとしていたのか、その理由も昨日の内からおおむね予測出来ていたのだ。

 ただ、恩返しだと知ると情に甘いところのあるユウカが、コユキの処罰を緩めてしまうかもしれない。

 それは今回コユキのしでかした所業に対して絶対にかけてはいけない温情であったし、なにより「恩返しとはこうすればいいのだ」とコユキが学んでしまうのはもっと駄目な事態だった。

 だからこそ、今回のコユキの行動とそれに対する処罰に関して少し複雑な思いがあったノアだったが──先生はどうやらそれを解決してくれるようで。

 

「……ケーキ、焼き上がりましたね」

「そうね。……コユキ、いつまでも眺めてないでそこから退いてちょうだい。火傷するわよ」

 

 よって、ノアは知らないふりを続けることにした。

 仕事を終えたオーブンが焼き上がったことを知らせるジングルを流し、ミトンを着けたユウカがオーブンの中からパウンドケーキを取り出す。

 しっかりと竹串を刺して火が通っていることを確認すると、型から外して食べごろの温度になるまで冷ました。

 

「にはは! これで完成です! いやあ、初めてでこんなにも上手に作れるなんて、実はお菓子作りの才能があったりして!?」

「あんまり調子に乗り過ぎないでよ。今回は私とノアが隣で見張ってたからきちんとしたものが作れたって事、忘れないでちょうだい」

「うっ……」

 

 しっかりとユウカから釘を刺され、笑顔を引きつらせるコユキ。

 そんなやり取りを挟みつつ、片付けも終わりケーキが程よく冷めた頃。

 コユキによって4等分に切り分けられたケーキは、他ならぬ彼女の手によって食堂へと運ばれるのであった。

 

 

 結局のところ、材料を買っただけでユウカたちにおんぶにだっこという形となってしまった先生は、最初完成したパウンドケーキをうけとることに消極的だったが、コユキの強い願いもあって一緒に食べることに。

 

「それじゃあ、いただきます」

 

 手を合わせた先生がフォークを手に取り生地に沈めると、しっとりとした感触の生地はほとんど抵抗なくフォークを受け入れ、簡単に切り分けることが出来た。

 美味しいケーキによくある期待の出来る感触に先生は少し眉を上げると、期待に満ちた表情でケーキをフォークで刺して口へと運ぶ。

 口の中に広がる優しい風味を楽しみ、咀嚼したときの柔らかい食感に舌鼓を打ってから一言。

 

「……うん、美味しいね! 流石はユウカとノアの監修だ」

「ちょっとー、先生、私も作るの頑張ったんですよー?」

「もちろん。コユキの頑張りもあってのパウンドケーキだよ、ありがとう」

「にははっ、うーん美味しい!」

 

 先生からの賛辞を受け、満面の笑みを浮かべてケーキを頬張るコユキ。

 一口食べると、堪らないといった様子で美味しそうにケーキをパクつく彼女の隣で、先生から手作りの味を褒められたユウカはまんざらでもなさそうな表情を浮かべていた。

 

「あら? ユウカちゃん、なんだかとっても嬉しそうですね?」

「はっ……はぁ!? いやっ、べつに、嬉しくない訳じゃないですけどっ……ああもう!」

 

 そこにすかさず飛んでくるノアのからかい。

 実はこっそりと(ノアにはバレバレだが)先生に想いを寄せているユウカにそのからかいの効果はてきめんで、瞬時に顔を真っ赤にした彼女は照れ隠しで乱暴にフォークを刺すと、そのしっとりとした触感を感じること無く口の中に放り込んだ。

 

「……あら、けっこう美味しいわね。流石は私たちで作ったパウンドケーキ、かんぺき~」

「ふふっ、記憶通りに作れてなによりです」

 

 そして、想像よりも美味しかったパウンドケーキの味に驚いた表情を見せた。

 ノアも3人で作ったケーキを美味しそうに食べており、この場の全員から好評を博した。

 

「ケーキが美味しかったのはなによりですけど、先生。どうして今日は、コユキのお菓子作りにわざわざ私たちを呼んだんですか?」

「……あれ、コユキ、まだ言ってないの?」

「うっ……」

 

 かといって、ユウカの中にあった疑問が消えるわけではない。

 コユキの家庭科の授業、もといお菓子作りに、どうして自分たちを呼んだのか。

 その言葉を受けて、先生はケーキの完成を待っている間に気が付いたコユキが言っているのではないかと思っていたため、思わず彼女にそう問いかけた。

 そして、実際のところ気が付いてはいたのだろう。ばつが悪そうな表情で先生たちから目を逸らしたコユキは、やがて観念したのか俯きながらポツリと呟いた。

 

「……です」

「え? なに、コユキ。もう一度言ってくれないと聞こえなかったんだけど──」

「恩返しですっ!!」

「ひっ、なに? え、恩返し!?」

 

 突然の大声に肩を揺らすユウカ。

 恩返しという言葉の意味を理解できていない様子のユウカの姿が見えていないのだろう、顔を真っ赤にしたコユキは捲し立てるように叫ぶ。

 

「本当は昨日ユウカ先輩が口癖みたいに『セミナーが倒産する~』とか言ってたんで、ミレニアムの予算を増やしてあげようかと思ったんですけど!! 当のユウカ先輩本人からは怒られるし、ノア先輩はめちゃくちゃ怖かったし反省部屋に入れられるしでどうすればいいのか分かんなくて!! それで、それで、先生がお菓子作りをしようって言ってくれて、その時は私、まだ気付いてなかったんですけど……ええっと、その……えっと……!!」

 

 言っているうちに、自分でも何が言いたいのか分からなくなってきたのか、目をぐるぐるとさせながら自分の言いたいことを必死に探していたコユキは。

 

「に、にははははっ!! いつもありがとうございましたああぁぁ──!」

「あっ、ちょっと! コユキ!?」

 

 そう叫ぶと脱兎のごとく駆け出して、シャーレから逃げ出したのであった。

 残されたのは、唖然とした表情でコユキの出ていった食堂の入り口を眺めるユウカと、とてもイイ笑顔を浮かべて困惑するユウカを見つめるノア。

 そんなノアの様子から、彼女は全てを知ったうえで今回のお菓子作りに協力してくれたのだと悟った先生は心の中で感謝しつつ、未だに理解の追い付いていないユウカへコユキに代わって事情を説明することにした。

 

「──という訳で、連邦生徒会の予算管理システムをハッキングしたのも、今回のお菓子作りも、全部ユウカたちへの日頃の恩返しのつもりだったんだよ」

「な、なんですかそれ……」

 

 先生からの説明を受けて、頭痛を堪えるように額に手を当てるユウカ。

 そんなユウカの隣で微笑むノアに気が付いたのだろう、彼女は恨みがましそうな視線をノアに向けた。

 

「さては全部気付いてたわね、ノア!」

「ふふっ、真実がどうかはユウカちゃんの想像にお任せしますが……仮にコユキちゃんのハッキングが恩返しだと知って、ユウカちゃんは厳しい態度を貫けますか?」

「それは……!」

 

 ノアから質問を返され、それに応えることが出来ず詰まるユウカ。

 恩返しのつもりで行った行動が()()だというのはにわかには信じられないが……しかし、あの行動が実は恩返しのつもりだったのだと聞いた状態で、自分はコユキに厳しい処罰を与えることが出来たのか? 

 分からない。

 けれど、もし温情を与えるようなことがあれば、それはコユキのためにもならない上、迷惑をかけた連邦生徒会や常日頃から政治に勤しむ他の学校に付け入る隙を与えることになってしまっただろう。

 それはセミナーの創立者であり、ミレニアムの生徒会長でもある調月リオが失踪している今、絶対に避けなければいけない事態だ。

 

「……でも、ズルいじゃない。あんな、常日頃から迷惑行動ばっかりで私の仕事を増やしてばかりの子が『恩返し』だなんて……」

「はは、ユウカは優しいね」

 

 途方に暮れた様子のユウカに、つい先生は微笑んでしまう。

 普通の「子供」なら、同じ子供相手に責任を負う必要のない子供たちなら、いくら才能があったとしてもあれだけの問題児はとっくに見放されているだろう。

 だというのに、ユウカやノアはコユキを見捨てることなく逐一その問題行動を叱り、時にはC&Cの手も借りつつ、どうにかして彼女を正しい方向へ導くことが出来ないか試行錯誤していた。

 おそらく、先生がキヴォトスの外からやってくるその前から。

 そして、往々にしてそういう気持ちや接し方というのは本人に対して伝わるものだ。

 問題児としてミレニアムで過ごしている日々の中で、コユキはユウカたちが自分に対して真摯に接してくれているのを本能的に理解していたのだろう。……その接し方に本人が納得していたかは別として。

 だからこそ、こうして「恩返し」という行動に出た。

 

「ノアも、今日はありがとう。これからもコユキのことをよろしくね」

「はい。お任せください、先生。コユキちゃんはしっかり、ユウカちゃんと一緒に育てていきますから」

「……ちょっと! 私はあの子の母親になったつもりはないんだけど!?」

 

 再び始まったユウカとノアのじゃれ合いを眺めつつ、先生は今日の一連の流れを思い返す。

 善意から始まって、途中怪しい行為こそあったものの、最後も善意で終わるこの巡りあい。

 これこそが己の目指す「生徒が幸福であれる世界」の一つの形ではないかと、先生は思う。

 先生は、まだ一口だけ残っていたパウンドケーキを頬張って。

 

「──うん、美味しい」

 

 この甘さがいつまでも続いてくれればいいのにと、願うのであった。

 

 






 後日、先生の秘密を探ろうとして普通にトラブルを起こしたコユキはユウカからこってりと絞られたのだとか。



 次回は第8話「救護の精神とうどん戦争」です。


 4/19追記
 ちょっと次の話からが難産気味で、書き上がったものも自分では投稿できるようなクオリティではないと思うのでしばらく投稿をお休みします。
 完成次第投稿を再開するのでお待ちいただけると幸いです。

6話以降のおしながき(アンケ投票順に書く予定)

  • セミナー×パウンドケーキ
  • 救護騎士団×うどん
  • 便利屋68×七草粥
  • 放課後スイーツ部×例の丸い饅頭
  • ヴェリタス×ピザトースト
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