青木side
翌朝。吹雪さんから全てを聞いた私は、陽花戸中の階段を上っていた。吹雪さんには本当に申し訳ないと思っている。自身の嫌な記憶を
でも、これだけはやらなければならない。円堂さんの心を救うことだ。今彼があのままでは、エイリアに勝てない。エイリアと戦うには、彼という柱が必要なのだ。雷門のみんなの心の支え。私が、必ず救ってみせる。
既に、下で練習しているみんなとは打ち合わせは出来ている。円堂さんを立ち直らせるために。
古びた屋上のドアを開け、フェンスに寄りかかったまま俯いている彼の姿が目に入る。私は静かに円堂さんの前までゆっくり歩いた。
「……円堂さん。お久しぶりです」
「……」
ここまで反応を示さない彼を見たのは初めてだ。いつもなら、あの大きな声を上げて私を見て笑ってくれるのに。こういう時、どんな言葉をかければいいのか、よくわからない。でも、ここで引き下がってはいけない。私は円堂さんを見下ろして、言葉を続けた。
「……あの、円堂さん。アレを見て下さい」
私は指を指して、方向を促す。円堂さんはゆっくりと体を動かしながら、私が指差した方向ーー陽花戸中のグラウンドを見た。
「っ……はぁっ、はぁっ……お願いします!」
「「ツインブースト‼︎」」
「うぉおおおっ……! マジン・ザ・ハンド‼︎」
そこには、立向居さんがマジン・ザ・ハンドを完成させようと、奮起している姿だった。これまで何回シュートを受け止めようとしてきたのか、傷だらけになっている。形は出来つつあるものの、なかなか必殺技としてのオーラは出てこない。立向居さんは立ち上がり、叫んだ。
「っ……もう一度、お願いします‼︎」
そうして、立向居さんは再び挑んでいく。必殺技を完成させるために。
私は、円堂さんに何も言わなかった。何かを言えるような立場ではなかったからだ。でも、行動は出来る。私はまだ、みんなの中では大した存在ではないと思う。でも、助けたかった。私の手で。何も出来ない、無力な私の手で。
円堂さんの指が、フェンスにかかる。じっと、立向居さんを見ていた。
「諦めない……! 絶対に、絶対に……諦めない! 諦めるもんかっ‼︎」
「……!」
「「ツインブースト‼︎」」
「マジン・ザ・ハンド‼︎ うぉおおおおおおおっ‼︎」
今までぼんやりとしていた魔神が、鮮やかな青色をして現れた。その大きな手でシュートを止める、いつか見た守護神。それが、新たに生まれ変わった。
「あっ……⁉︎」
「……止め、た……」
円堂さんと私が、小さく声を上げる。マジン・ザ・ハンドが完成したのだ。当の本人の立向居さんは、ポカンとして両手の中にあるボールを見た。
「出来、た……? う、わぁ……やったああああああ‼︎ 出来ましたよっ円堂さーん‼︎ 青木さーん‼︎」
屋上にいる私たちに大声で叫ぶ。とても嬉しいのか、ぴょんぴょんと跳ねて、全身で喜びを表現していた。円堂さんが両手でフェンスを掴んでいたのを、私は見逃さなかった。そして、
「世宇子戦の前……どんなに特訓しても出来なかった、マジン・ザ・ハンド……でも、今の立向居のように、諦めなかった……。だから、完成した……そうだ。大切なのは、諦めない心だ。……ありがとう。俺、諦めない。エイリア学園と戦って、大好きなサッカーを取り戻す……!」
円堂さんの目に、ようやく光が宿った。円堂さんは私を振り仰ぎ、立ち上がる。
「いつか、風丸や栗松たちが戻ってくるのを信じて!」
私は小さく頷き、ホッと息を吐く。それが疑問だったのか、円堂さんは私に問いかけた。
「? どうしたんだ? 青木」
「いえ……私なんかで貴方を救えるのか不安で……でも、良かった」
フッと表情が緩む。こんなに安堵するなんて、よほど緊張していたのね、私は……。
「さて、行きますか」
「え? 行くってどこに……」
「グラウンドですよ」
「あっ、そうだな! よし、行こう!」
そう言って、ドアへ駆け出す円堂さんの腕を私の手が掴んで、阻止する。
「どこへ行くつもりですか」
「え? だって階段降りなきゃ下に行けねーだろ」
「ここから降りればいいではありませんか」
「……えっ?」
ぼやぼやしている円堂さんの脇と膝裏に腕を差し込み、両手で抱きかかえる。少しフェンスから遠ざかった。
「え? え? ま、まさか……」
「しっかり掴まって下さい」
「うわああああああああああっ⁉︎」
助走をつけてフェンスの上に飛び乗り、そこからフェンスを蹴って飛び降りた。円堂さんは泣き叫びながらも私の首にちゃんと手をまわしている。防衛本能が働いて良かったですね。下からみんなの声が響いてるけど、そんなの問題ない。私は左足を伸ばし、右足を折って地面からの衝撃を殺しながら着地した。
ゆっくりと円堂さんを降ろし、私は数歩後ろに下がる。ここからは、彼がみんなに言うところだ。
「……みんな、迷惑かけてすまなかった。俺、もう迷わない!」
「……雷門のキャプテンは、お前しかいない」
鬼道さんが安堵した表情で言うと、みんなが嬉しそうに円堂さんの名前を呼ぶ。良かった。また、みんなが笑ってくれて……。
「すみませんでした、監督! これからもよろしくお願いします!」
「……これから先も、チームに必要ないと思ったら、容赦なくメンバーから外すわ」
「わかりました‼︎」
「俺も一緒に戦わせて下さい‼︎」
円堂さんの元に駆け寄ってきた立向居さんが、瞳子監督に言った。
「えっ……?」
「マジン・ザ・ハンドが出来るようになったら、言おうと思ってたんです!」
驚いてる円堂さんに、立向居さんは両手を拳にして言う。円堂さんは彼を見て、嬉しそうに両肩を掴んだ。
「立向居……! いいですよね、監督!」
「ええ」
「ありがとうございます! 皆さん! よろしくお願いします‼︎」
新たなメンバーが増えたところで、ふと、円堂さんが思い出したように私を振り返った。
「ありがとな、青木! お前が見せてくれたから、俺はまた立ち直れたんだ」
「……いえ、私は何も……」
フイ、と視線を逸らす。私は、円堂さんに感謝されるようなことは一度もしていない。それでも、円堂さんは話した。
「そんなことない! お前は俺たちを何度も救ってくれたじゃねーか! 俺たちに忠告してくれたり、励ましてくれたり! 少なくとも俺、お前にすっげー感謝してるんだぜ!」
「私に……?」
「お前はたまにそうやって自分を卑下してるけど、ホントはすっげー奴だって俺は知ってる。さっきまで落ち込んでた俺が言うことじゃないかもしれないけど……もっと自分に自信を持て! な?」
ニカっと私に笑いかける円堂さん。彼の後ろで、雷門のみんなが笑みを浮かべて私を見ていた。何かが私の中で込み上げてきて、胸の奥がジンと温かくなる。
「……ありがとうございます。私は、その……皆さんに何も打ち明けてもいないのに……皆さんは、こんなわけのわからない女と、一緒にいてくれて……。感謝するのは
意を決して、私は俯かせていた顔を上げた。
「皆さんは、私が今まで生きてきた中でとても居心地のいい方々です。……私は、貴方方に何も出来ず……でも、それでも皆さんは、私の近くにいて下さって……。本当に感謝しております。そんな皆さんを……信じて……その……いつか、皆さんに私のことをお話ししていいですか? そして……これからも、ここにいさせて下さいませんか?」
「何言ってんだ、当たり前だろ?」
間髪入れずにそう言ったのは、やはり円堂さんだった。
「俺たちは、仲間じゃねーか!」
その一言を聞いた途端、私の中で何かが弾けた。
「えっ……あ、青木⁉︎ どうしたんだ⁉︎」
「あーっ! キャプテンが泣かしたー!」
「お、俺か⁉︎」
「何やってんだよ円堂〜‼︎」
思わず顔を両手で覆い、流れてくる涙をなんとか抑えようとするが、止まらない。こんなに嬉しいとは思わなかった。
「ありがとうございます……とても、嬉しいです……」
私はおそらく涙でぐしゃぐしゃであろう顔を上げ、頬を緩ませた。
「あっ……」
みんながポカンとした表情で私を見つめる。どうしたのかしら……?
「あの……どうなさいましたか……?」
「青木が……」
「私が……?」
「「「「笑ったーーーー‼︎」」」」
この時のみんなの顔が、とても明るかったのを、私は一生忘れることはないだろう。
青木さんの初笑顔、やっと出せました。