青木side
あの後、入院したアフロディさんに呼ばれた私は、彼がいるという屋上へ向かっていた。体を動かす度に少し痛みが走るが、何度も経験しているので大したことはない。
屋上に出る扉を開けると、フェンスに背中を預けるように座っている彼がいた。
「ごめんね、わざわざ来てもらっちゃって」
「いえ」
彼とはあまり話したりしたことがないからか、言い方が固くなってしまう。どうしても柔らかく言えない。
円堂さんたちと関わって、変われたかと思ったのに、案外そうでもなかったみたいだ。
「あの、話とは何ですか」
「……あの、吹雪くんのことなんだ」
「吹雪さん?」
何故いきなり吹雪さんが出てくるのだろうか。
私が軽く首を傾げると、アフロディさんはクスリと笑った。
「カオスとの戦いで、僕が伝えたかったことを彼は感じてくれた。だけど、彼が立ち直るにはまだ足りないみたいなんだ。だから、君に頼みがある」
「頼み……とは?」
「彼のことを支えてあげてほしいんだ。彼は今、自分とその中にあるもう一つの人格とで悩んでいる。だから、何があっても、吹雪くんを……"吹雪士郎"を求めてくれる人が必要なんだと思う」
「……それを、私になれと?」
問いかければ、アフロディさんは頷いて答える。
吹雪士郎を求める。
それは、吹雪アツヤではなく、吹雪士郎の力を必要とするということなのか。
私には、愛情がどうのっていうのは分からない。
だけど、それで彼が、少しでも楽になってくれるのならば。
「……分かりました」
「青木さん……ありがとう」
「吹雪さんは私に任せて下さい」
「……頼んだよ、青木さん」
アフロディさんは、よろしくと言う代わりに、手を差し出す。
だが私はその手を握ることなく、頭を下げてその場を去ろうと歩き出した。
「……青木さん」
「すみません。私には、貴方の手は握れません。……それは握手、というものなのでしょう? 今の私には、握手をする資格がありません」
「……? 君は、一体……」
「……それでは」
彼を振り返ることなく言葉を交わした私は、そのまま屋上のドアを開き、階段を静かに降りていった。
病院の窓口付近に行くと、そこには見たことのある大人の姿があった。
「……鬼瓦さん、滝野さん……」
「一体、何のつもりだったんだ?」
棘の含まれた鬼瓦さんの声に、思わず体が固まる。それを隠すように、後ろで組んだ、腕を掴む手に力を込めた。
「何のつもり、とは?」
「とぼけても無駄だぞ。何故いきなり俺たちに連絡なく家に向かった」
「…………」
「分かってたはずだよね? 君の家は危険だったんだよ。だから、俺たちと一緒に行かなきゃ……‼︎」
「……すみませんでした」
頭を下げて、滝野さんたちに謝る。迷惑をかけたことは事実だ。それは悪かったと思うし、非は認める。
「でも何で貴方方がここにいらっしゃるのですか」
「それは、君がこのまま雷門イレブンに合流するのを止めるためだよ」
「は?」
「これから雷門中に行こうとしたでしょ」
「げっ……」
「げっじゃないから」
何故バレていた? 確かに、私は雷門イレブンと合流するつもりだったが。意外とバレるものなのだろうか?
「あのね、君は怪我をしてるの! しかも本来なら立ってることが不思議なくらいの大怪我! 分かってる⁉︎」
「……なんとなく」
「分かってないでしょ⁉︎」
呆れた滝野さんは私を無理矢理担ぎ上げ、病室に連れて行こうとした。
「待って下さい。何してるんですか」
「君は病院抜け出してるんだから。これからは絶対、ここから出て行っちゃいけないよ」
「は? 何を仰っているのですか。この程度、どうってことありませんし」
「ダメなものはダメなの‼︎ ほら、行くよ」
滝野さんが私を担いだまま病室へ連れて行こうとすると、鬼瓦さんが組んでいた腕を解いた。それに、振り返った滝野さんの腕が、少し緩む。その内に、パッと離れる。
「あっ⁉︎ ちょ、穂乃緒ちゃん‼︎」
「それでは」
「ちょっと待て」
病院を出ようとした矢先、鬼瓦さんに呼び止められ、それと同時に足を止める。私は彼を振り返らずにその声を待った。
「お前の恐怖の対象だった奴らは、既に逮捕した。それだけ言っておく」
「…………ご報告、ありがとうございます」
ただこれだけの会話を交わして、私はそのまま病院を後にした。
Side無し
青木が病院から姿を消した後、滝野は彼女を行かせた鬼瓦に詰め寄っていた。
「鬼瓦さん、本当にあの娘を行かせてよかったんですか? このまま戦い続けたら、あの娘が……」
「今、エイリアと戦えるのは、雷門だけだ。あの娘も、その一員だろう。あの娘が戦いたいと願うならば、それを尊重してあげるのが、今のあの娘にとって良いと思ってな」
「……あの娘はまだ子供ですよ⁉︎ しかも14歳だ! まだ未来があるあの娘に、そんな無茶を……‼︎」
滝野が普段尊敬する彼に強い口調で攻めるのも、無理はなかった。
夕香を救ってから、鬼瓦と滝野は青木の証言の元、捜査を続けていた。証拠の物品は見つからなかったものの、彼女の壮絶な過去が充分な証拠となり、容疑をかけるのは簡単だった。
青木は今、血の繋がりが全くない夫婦に引き取られている。しかし、彼らはストレス発散道具として、今までずっと青木を痛めつけていた。殴る蹴るはもちろん、刺すこともあった。
だが、青木が雷門イレブンに参加してから、夫婦は血眼になって彼女を探していた。というのも、青木は彼らに連絡一つ残さず、家を後にしたのだ。
それは彼女の置かれている立場からすれば、もはや当然と言っていいものであり、自然でもあった。
そして、彼らがやっと逮捕状を得て駆け付けたその時には、もう遅かった。
逮捕はしたものの、青木は意識がほとんど無い状態だった。急いで病院に搬送された青木は、意識こそなんとか回復したが、彼女が病院のベッドでゆっくりしているはずがなかった。
青木は隙を見つけて病院を抜け出し、帝国学園のグラウンドへ1人向かっていたのだ。
その体が、限界に近いことを知っていて。
彼らはそれを、止めることが出来なかった。滝野は特に、自責の念に駆られていた。
だが、鬼瓦はそんな彼に対し、諭すように口を開く。
「そうして、彼女の自由を奪うのか? 確かに、あの体で戦うのは無茶があるとは思うが……。やっと自由を、自分の居場所を手に入れたんだ。あの娘は」
「…………」
「あの娘は、大怪我を負っている。……止めなければならないことは、俺もよく分かってる」
「なら‼︎」
「だから、苦しいんだ」
鬼瓦は拳を強く握り締め、耐えるように声を絞り出した。
「自由に、行かせてやりたい。でも、本当は止めなければならない。……俺も、この判断が正しいのかどうか分からない。それを決めるのは……あの娘だけだ」
「鬼瓦さん……」
滝野にはそれ以上、何も言えなかった。
鬼瓦も滝野も、思いは同じ。
青木を救いたい。
本当に、ただそれだけだった。
鬼瓦は組んでいた腕を解き、歩き出した。
まだ、戦いは終わってない。エイリア学園と、真の決着をつけなければならない。
鬼瓦の表情にも、その色は滲んでいた。それを見た滝野も、決意の表情を浮かべて頷いた。