私はみんなと合流するために、雷門に戻ってきた。だが、何やらキャラバンの前で雷門イレブンが集まっていた。
(? 一体、何をしているのかしら……)
怪訝に思った私は一瞬足を止めるが、確かめる必要があるとすぐに再び足を動かした。
だが、私の耳が拾った彼らの会話により、再び私の足は止まることになる。
「そんなん、信用出来ひん……!」
浦部さんの声だった。どこか怒気を含んだ声。それに続いて、今度は彼女の隣にいた一之瀬さんが呟くように言う。
「結局、監督は……俺たちの質問には何も答えなかった」
「ダーリン……」
「俺だって……今度の戦いには疑問がいっぱいあった。それでもついてきたのは、エイリア学園の攻撃で傷付いた、みんなの思いに応えたかったからだ……」
一之瀬さんの表情が、険しい。怒りを込めるように、拳を強く握りしめた。
「今日のカオス戦だって、アフロディが倒れている……」
「一之瀬くん……」
「だけど監督には、みんなの思いは何にも届いてない……! 俺はこんな気持ちじゃ、富士山になんか行けない!」
「俺も一之瀬と同じだぜ……もう我慢の限界だ」
一之瀬さんの言葉に、土門さんも賛同する。と、ここで土門さんは鬼道さんにも意見を求める。
「鬼道はどうよ?」
「……どちらに転ぶにしても、判断材料が少なすぎる」
「……らしい答えだよ」
みんなが口々に不安を漏らす。いつも、あんなに強く見える彼らが、今日ばかりは何故か弱々しく見えた。その理由はすぐに分かった。
チームの士気が下がっているから。
……やはり、所詮こんなものか。
どんなに強く硬いものでも、必ず破壊できる場所……
彼らの
今、その
やはり、こんなものだったか。人間など、所詮一枚岩になれるはずがない。雷門崩壊は、こんなに呆気ないものだったのか。
私は呆れて、その場を去った。
そもそも、私は雷門に何を求めていたのか。
何を感じて、何に惹かれて雷門に居続けたのか。
分からない。私は……一体何故、雷門に居続けたのかしら……? これから、私は一体何をすればいいの?
「っ……エターナル、ブリザードッ‼︎」
河川敷を歩いていた足を止め、声の聞こえた方に目を向ける。
吹雪さんが、ユニフォーム姿でボールを蹴っていた。必殺シュートは途中で勢いを失い、ゴールポストに跳ね返ってしまった。そのボールは私の方に飛んで来た。
「!」
「‼︎ ……穂乃緒ちゃん」
そのボールを受け止め、吹雪さんと視線を交差させる。私は階段を降り、吹雪さんにボールを手渡した。
「穂乃緒ちゃん……アフロディくんのところに行ってたの?」
「はい」
「……雷門のみんなに、会った?」
「いえ」
「瞳子監督のことは?」
「何かあったのですか」
私の淡々とした物言いに彼は戸惑いつつも、何があったのか詳しく説明してくれた。
瞳子監督が、グランに姉さんと呼ばれ、もしかしたらエイリア学園のスパイかもしれないこと。そして、明日の朝、瞳子監督と一緒に富士山麓に行けば、エイリア学園の真実が分かるということ。
「……そんなことが」
「穂乃緒ちゃんは行く? 富士山麓へ……」
「…………私は……」
もう、ここにいない方がいいのかもしれない。ふと、そう考えてしまう自分がいた。言い淀んでいると、ポツリと雨が頭に当たった。
それに空を振り仰ぐと、黒い雲が空を覆い、雨がポツリポツリと降ってきていた。
「雨……」
「……ホントだ」
空を見上げていたが、遠くで雷が落ちたのだろう、大きな音が響いた。
ーーゴロゴロゴロッ‼︎
「……?」
「ううっ……!」
「吹雪さん……⁉︎」
隣を見てみると、吹雪さんがその場で蹲っていた。
「吹雪さん……? どうなさったのですか?」
「ぅ……ぁ、あぁ……」
「っ……」
完全に怯えきっている。このまま外にいれば、風邪を引いてしまう。そう判断した私は、彼を抱き抱えて橋の下に避難することにした。
吹雪さんを地面に下ろし、膝を抱えてガタガタ震える彼の隣に座る。
未だ怯えている彼に、なるべく優しい声音を作る。
「大丈夫ですか?」
「あ……あの音が……」
「音?」
音……? 音って……まさか、さっきの雷が? 首を傾げていると、今度は雷の音がさらに轟然と聞こえてきた。
「うわぁあぁああっ‼︎」
「⁉︎」
雷が鳴り終わらない内に、悲鳴を上げた吹雪さん。やっぱり……この人は、大きな音が苦手なんだ。北海道での、あの時みたいに……雪崩の音が、家族を奪ったから、トラウマになってるんだ……!
とにかく、今は彼を落ち着けさせなければ。私は彼の震える肩に手を置いた。
「吹雪さん、落ち着いて下さい。あれは雪崩ではありません」
「イヤだッ……みんないなくなっちゃうんだ‼︎」
「っ……私はここにいます! いなくなりません! だから、落ち着いて……」
彼の震える肩を強く掴み、こちらに向けさせる。吹雪さんの瞳は揺れていて、恐怖の色に染まっていた。私が強く訴えかけると、吹雪さんはだんだん落ち着きを取り戻していった。
吹雪さんは縋るように私の手を掴み、俯いたままボソボソと話し出した。
「……僕には、アツヤが必要だった……」
「吹雪さん……?」
「ひとりぼっちが……怖かったんだ。僕は、寂しくて寂しくて……どうにかなりそうだった。それで……強くならなきゃって思った」
雪崩は、一瞬で彼の家族を奪った。その事実は、幼い彼にとって、到底受け入れられるものではなかったはずだ。
それでも、生きていかなければならない。だから、彼は強くなることを志した。でも……それは、一人では出来なかった。彼には、どうしても自分は支えてくれる……アツヤが必要だった。
「その時……あの声が聞こえたんだよ……」
「声?」
それは、小学生の頃。サッカーチームでプレーしていた時のことだった。プレーも上手くいかず、足を止めたその時。
『兄ちゃん、全然ダメだよ‼︎』
その声は、弟の遺品であるマフラーから聞こえてきたような気がした。そのマフラーに手を触れたその瞬間、アツヤの人格が生まれたのだ。
「アツヤに委ねると……心の底から力で満たされるようで、気持ち良かった。……いつの間にか頼ってしまうようになって……」
吹雪さんは目を閉じて、再び目を開けてから、さらに続けた。
「でも、それがだんだん怖くなってきた……。アツヤでいればいるほど、本当の僕が……吹雪士郎がどこかに行ってしまいそうになる」
吹雪さんの声は、微かに震えていた。彼の元気のない姿に、私は固まる他なかった。こんな時に、何か声をかけてあげるべきなのだろう。だが、私には何も言えなかった。
(やはり、私は弱い……)
私は彼の隣に座り、雨の止まない空を見た。黒い雲に覆われ、太陽を見せる隙がない。
彼の心も、きっとそうだろう。悩んでいるのに、みんなに心配をかけたくなくて、抱え込んでしまっている。人格の問題は、吹雪さんにしか解決出来ない。
私なんかが、助けられるはずがない。
でも……それでも、私に出来ることは……吹雪さんの隣に居てあげて、彼の心を支えること。
「……! 穂乃緒、ちゃん……?」
私は吹雪さんの震えを止めるように抱きしめ、頭を撫でた。
「吹雪さん……貴方が怖いというのなら、私が貴方をこうして抱きしめます。貴方を、決して独りになんかさせません。絶対にです。貴方を必要とします。貴方を守ります。貴方を……離しません」
「穂乃緒ちゃん…………」
吹雪さんは驚いたように私を見ていたが、それからまた私の背中に手をまわして、強く私の背中を掴んだ。
少し痛かったが、これくらいどうってことない。私より痛いのは、きっと吹雪さんだから。
「穂乃緒ちゃん……独りは……独りはやだよっっ‼︎」
痛烈な叫び。ずっと、吐き出したかったのだろう。私は彼を宥めるように、黙って吹雪さんを抱きしめ続けた。