雨がなんとか止み、吹雪さんを送り出してから私は家への帰路……ではなく、たい焼き屋へ急いでいた。この時間では閉まっていただろうか。久々に行くから、忘れてしまった。
あと2つ角を曲がれば着く。そういうところで、気配がした。
ふと見上げれば、急に白く光り始めた。
「くっ……⁉︎」
視界が奪われ、思わず目を伏せる。光が収まってくると、慣れた目が映した光景に身構えた。
「……貴方は…………」
「また会ったね、穂乃緒ちゃん」
目の前に、グランが立っていた。何度も私の前に姿を現した、あの私服姿で。私は驚きで言葉が出ず、しばらく黙って彼と対峙していた。
だが、すぐに睨むように彼を見据え、冷たく声を放つ。
「何故貴様がここにいる」
「何故……? そんなの決まってるじゃないか」
グランは私に手を差し出し、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「君を迎えに来たんだよ」
そう言って、グランは微笑んだ。私は睨み据えるその視線を変えず、勢いよくその手を振り払った。叩いたからか、パァンと乾いた音が響く。
グランはそれが意外だったのか、驚愕の表情を見せる。
「くだらん。私は貴様に迎えに来てほしいと頼んだ覚えはない。とっとと去れ」
「……やだよ。君は必ず俺が連れて行く」
「ならば、理由を聞かせろ。前から思っていたのだが……貴様だけではない。バーンも、ガゼルも。何故私に執着する。私にはまったく理解出来ん」
「………………」
グランは私の問いに答えず、私を見つめる。それがひたすら気に入らなくて、私の苛立ちは増すばかりだ。
「どうした。今すぐ答えろ。私は待つのが嫌いだ」
「……穂乃緒ちゃんって、意外と鈍いんだね」
「は?」
待ってやって、返ってきた答えがこれだ。私は思わずポカンとしてしまった。
鈍い? 私が? どうして? 自分でも、あまり意味が分からず、首を傾げる。それが思い通りの反応だったのか、それとも別の意味なのか。グランは私に微笑んだ。
「まあ、そういうところも可愛くて良いんだけど」
「?」
「……何も知らされないままじゃイヤなんでしょ? 教えてあげるから、俺と一緒に来てくれる?」
「内容による」
「うーん、厳しいな……」
そう言って、グランは優しい笑みを浮かべる。それが、私を理解してくれた人……了と似ていて、少し心がざわついた。
でも、こいつは敵だ。了は、別のところにいる。私には……まだ、雷門でやり残したことがある。吹雪さんに寄り添ってあげることだ。
だから、私は内容がどうであれ、奴についていくわけにはいかない。
グランが、ついに口を開いた。
「俺が、君のことを好きだからだよ」
「……?」
「君のことが好きだ。どんな時も、君のことを考えてしまうほど好きだ。君のことを考えていると、君がここにいないことに気が狂ってしまいそうになるくらい好きだ」
グランが何やらボソボソと呟き、私の手を握る手に、だんだんと力が込もる。
そして、私を引き寄せ、背中が温もりに包まれる。抱きしめられてると分かったのは、それからしばらくかからなかった。
「本当に、好きなんだよ……」
グランの目が熱を帯び、私の体を絡め取る腕に力がさらに加わる。私にはあまりよく分からなかったが、私自身が強く求められていることは分かった。だが、それと同時に恐怖を感じた。
このまま彼の腕の中にいたら……どこか別のところへ連れて行かれそうで……。
「ッ……離、せ‼︎」
「‼︎‼︎」
強引にグランの腕を外し、グランを突き飛ばした。驚いたグランの顔が、遠くなっていく。トンッと後方に飛んで、屋根の上に飛び乗った。
尻餅をついたグランが立ち上がり、私に駆け寄ろうとするが、私とグランのいる場所では、高度が違う。それでも、グランは私をジッと見つめた。
「穂乃緒ちゃん……‼︎」
私は彼の視線を無視して、別の屋根の上に飛んで逃げた。彼からとにかく離れようとして。
だって、怖かったから。あんな風に見つめられるのが初めてで、怖くて。とにかくあの視線を忘れようと、私は冷たい夜風を受け続けた。
誰もいない自分の家に着いた私は、ドアの前に背中を預けて、荒い呼吸をしていた。何とか呼吸を整えたところで、家に入ろうとドアノブを回す。だが、ここで背後からの気配を感じて、振り返った。
「……今度はお前か、バーン」
「よお。また会ったな」
背後に立っていたバーンは、いつもの挑発的な笑みを浮かべて、軽く手を挙げた。
「何故ここにいる。一体何の用だ」
「時間がねえんだ。とにかく、俺たちと一緒に来てもらうぜ」
私に理由を説明せず、放った言葉は"一緒に来てもらう"。
おかしすぎるだろ。
もちろん、それだけでついていくわけにはいかない。だが、バーンがあの余裕のある態度ではないことに、少し違和感を感じた。
「……随分と余裕がなさそうに見える。一体どうした。話せ」
「話す時間がねえんだよ。とにかく来い」
「お前の事情など知るか。話せ。話さなければ蹴るぞ」
バーンは淡々とした私の態度にイラついたらしい。噛み付くように叫ぶ。
「時間がねえっつってんだろ‼︎ とにかく、俺たちと来い!」
「俺たち……?」
「……待て、バーン」
家の塀の陰から、今度はガゼルが現れた。今日は、本当に忙しい日だ。こんな立て続けにエイリア学園マスターランクのキャプテンに出会うとは。私の日頃の行いは良い方だとは思うが。
現れたガゼルは、私に苛立つバーンを宥めるように言う。
「彼女のことだ。そう簡単についてくるわけがないだろう」
「分かっているじゃないか。なら、話せ」
「話すのは、向こうに着いてからではいけないか?」
「向こう? どこのことだ」
「我々エイリア学園の本拠地だ」
エイリア学園の本拠地。そこには、明日みんなで行く予定だ。私は溜息をつき、彼に返す。
「生憎だが、そこへは明日雷門全員で行く。既にグランから招待されている。私は彼らと共に行く。同じところへ行くのなら、今ここで話せ。私はお前らに付き合ってやれるほど、暇じゃない。やらなければならないことがあるからな」
「そんなこと言ってる場合じゃねえんだよ! お前は自分の置かれた立場っつーもんを理解しろ!」
「その台詞をそのままお前らに返す。今まで敵対していたお前らの言葉を、簡単に信じる奴がどこにいる。顔を洗うなりなんなりして出直してこい。いや、二度と来るな」
「だからな……っ‼︎」
「待て、バーン。青木穂乃緒、君もだ」
私とバーンの言い合いに割って入ったガゼルが、私の肩に手を置く。話を聞け、ということか。聞く価値もないと思うが。
「聞いてくれ。君は、このままではエイリア学園に連れ去られてしまう。我々は君を守るためにここに来た」
「エイリア学園? お前らもそうじゃないか」
「バーカ。俺たちはもう何も出来やしねぇよ。グランがお前を狙ってんだよ」
「グラン?」
彼らがグランの名を出すということは、もはや彼らにはエイリア学園の中での立場はほぼないということなのだろうか。しかし、グランなら先程既に会った。
「グランなら、先程私の前に現れたぞ」
「何⁉︎」
「何でそんな重要なこともっと早く言わねーんだよ‼︎」
「聞かれなかったからな」
こんなくだらない応酬をする私とバーンを放って、ガゼルはひとりごちる。
「まさか、こんなに早く君に近付いていたとは……。まだ、この近くにいる可能性は高い。話を続けるぞ、青木穂乃緒」
「ああ」
私が頷いたのを見て、ガゼルは続けた。
「少し話を戻そう。グランは、君を狙っている。君を守るために、私たちは来た。ここまではいいな?」
「ああ」
「私たちは君を守る。その代わり、君の力を貸してほしい」
「は?」
いきなり協力を迫られた。待て。話が繋がらない。何故彼らが私の力を欲しがるのかしら?
「お前らの地位向上のために力を貸せと? 断る」
「違う!」
冷たく言い放った私の言葉を、ガゼルが強く撥ね付ける。冷静な彼にしては、意外な行動だった。
「私たちは地位など望んでいない! 私たちは、ただ仲間を救いたいだけだ!」
「仲間……?」
「ああ。ジェミニストームとイプシロンのメンバーを、救うんだ」
「⁉︎」
もう、話が見えなくなってきた。ジェミニストームとイプシロンに、一体何があったのか。何故、彼らを救わなければならないのか。
私は怪訝な顔をして彼らを見つめる。私の疑問の意を察したのか、ガゼルは口を開く。
「実は……」
「ッ‼︎」
ガゼルが説明しようとしたところで、ゾクッと背筋に寒気が走った。
この感じ。さっきと同じ……!
察したのは2人も同じなのか、私の腕を引き、こちらへ引き寄せた。
「っ⁉︎」
「行くぞッ‼︎」
ガゼルが私を抱きしめ、それを見て取ったバーンがボールを蹴り上げる。それと同時に、光が周囲を支配した。目が眩みそうになり、私は反射的に目を強く瞑った。