古株さんが、イナズマキャラバンの修理を終え、再び走り出す。東京の雷門中に着いた頃、晴れていた空は、いつの間にか黒々とした曇天に包まれていた。
嫌な霧が、辺りそこらに蔓延している。生徒達の気配もない。その代わり……12人、こちらを見ている気配を察知した。その中の一人が、こちらへ歩み寄ってくる。円堂さんが校舎に向かって歩み出したのを、私が左手を横に伸ばして制した。
「……青木?」
「…………来る」
ポツリと呟くと、霧の中から見覚えのある男が現れた。奴は確か……吉良の秘書の……研崎、と言ったか。それにしても、何故奴が雷門中に? エイリア学園の関係者は皆、警察に連行か保護されたはずでは……?
研崎の姿に驚く私達を見て、彼は口角を上げた。
「お待ちしておりましたよ、雷門の皆さん……皆さんにはまだ、最後の戦いが残っていますからね」
「最後の、戦い……?」
その言葉の意味を反芻していると、さらに奥から黒いローブを纏った11人が現れる。その真ん中に立つ一人が、ゆっくりとフードを取った。
「⁉︎ なっ…………‼︎」
その素顔を見た私達は、呼吸が止まったかのような感覚に陥った。
だって。何故。
「っ、風丸……⁉︎」
「……⁉︎」
そこにいたのは、風丸さんだったのだ。しかし、以前と何かが違う。なんか、こう……とにかく、嫌な雰囲気のオーラを感じる……。
すると、奥にいたメンバーが、次々とフードを取っていく。
「染岡くん⁉︎」
「嘘だ……!」
「影野、半田……⁉︎」
「栗松、少林……!」
最前列でみんなを庇うように立つ私の背中で、みんなが動揺の声を上げる。途中参加の私は、元々の雷門メンバーの名前と顔を全て覚えているわけではないが、みんなの反応から彼らが仲間であることは察することができた。
風丸さんが、冷たい声で語りかける。
「……久しぶりだな、円堂」
「ど、どういうことなんだ……⁉︎」
「ようやく私の野望を実現する時が来たのですよ」
たった一人、愉快そうに笑う研崎を視界の端に捉える。私は静かに腰を落とし、円堂さん達を守るべく、戦う構えを取った。
風丸さんがローブの下から取り出したのは……なんと、黒いボール。エイリア学園が使っていた、あのボールだ。
「どうして……⁉︎ 風丸くん……!」
「……再会の挨拶代わりだ」
木野さんが震える声で呟くと、風丸さんはボールを下に落とし、蹴り飛ばした。向かう先はーー円堂さん。
「‼︎」
反射的に私は動いていた。円堂さんに向けて蹴られたそのボールを、まだ痛みを引きずる足で受け止める。
「ぅ、ぐッ‼︎」
「青木ッ‼︎」
背後に円堂さんの声を聞きながら、なんとかそれを受け止めた。しかし、元々傷ついていた足にさらに負担をかけたため、足に力が入らなくなった。思わず、片膝をつく。
「青木、何で……‼︎」
「……貴方を守るためなら、この程度……どうってことありません」
心配そうに覗き込んでくる円堂さんに、笑って応える。そうだ。この程度で倒れてはいけないのだ。大切な人達を守るために、私はこの身の全てを犠牲にすると決めた。円堂さんはすぐにやめろと言うかもしれないが……これが、私の信条だ。誰だろうと、私の決意を否定する者は許さない。
私達は、風丸さんを見やる。
「風丸……」
「……俺達と勝負しろ」
「は……? 何故、そのような……………………!!!」
言葉の意味を図りかねた私が問おうとした時、風丸さんの首元に、紫色に光る物を見つけた。
ああ、そんな。誰か嘘だと言って。私の見ている光景は、全てまやかしだと言って。
だって。だって、何で。
「エイリア、石……‼︎」
何であんな物を、風丸さんが持っているの。アレは確か、基地が破壊されたのと同時に根絶させたはずなのに……!
戦慄く私の声に、みんなが反応して、私と同じ方向を見る。
「エイリア石⁉︎」
「何だって⁉︎」
「エイリア石は、研究施設と共に破壊されたはずじゃあ……⁉︎」
「フッ、フフフ……皆さんにはお礼申し上げます」
研崎の怪しげな笑みが、静寂の中に響く。胸に手を当てて、彼は再び口を開けた。
「おかげで、あの無駄極まりないジェネシス計画に固執していた旦那様……吉良星二郎を片付けることができたのですからね」
「……! まさか、あの爆発は⁉︎」
鬼道さんの言う爆発とは、研究施設を破壊したあの爆発のことだろう。もう私は全てを理解していた。全ての諸悪の根源は、あの男だと。
恐らく研崎は、エイリア石の存在を最も歓迎していた男だろう。だが、あくまで彼は吉良の秘書。主人の決定には従わなければならない。だから、吉良の失脚を狙った。その後……エイリア石を自分のものにして、己の欲望のままに使うために。
「旦那様は、エイリア石の本当の価値をわかっていなかったのですよ……何一つね」
だから……自分が正しい、ハイソルジャー計画を遂行させる。そのための実験台として……奴はあろうことか、風丸さん達を使った‼︎
「貴様ァ!!!!」
私が激昂するには、それだけで充分だった。痛む足を無視して、研崎に飛びかかる。円堂さん達の目の前にも関わらず、奴を殴り飛ばそうとした。
しかしーー。
ザッ‼︎
「‼︎」
研崎の前に、風丸さんが庇うように立ちはだかる。私は反射的に拳を止めた。怒りからか、呼吸が荒い。今すぐにでもあの憎たらしい男を殴りつけたいのにっ……‼︎
「風丸さんッ……!」
ハッとしたのも束の間、目の前に黒いボールが飛んでくる。咄嗟に腕をクロスして防ぐが、勢いに負けて、後方へ吹っ飛ばされる。
「ぐあッ‼︎」
「青木‼︎」
背中が地面を滑り、仰向けに倒される。すぐに体を起こすと、そこに円堂さんが駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「はい……」
私の無事を確認すると、円堂さんはキッと風丸さん達ーー研崎は『ダークエンペラーズ』と名付けたーーの中央に立つ、風丸さんの元へ近寄る。木野さんが止めようとしたが、それでも円堂さんは風丸さんの肩を掴んで揺らした。
「お前達は騙されてるんだろ……? なあ、風丸……!」
信じたくない、と思っているのだろう。正直私もそうだ。こんな気持ちで、仲間と戦いたくない。
対する風丸さんは、黙って円堂さんに手を差し伸べる。まるで握手のようにもとれるそれに、円堂さんは戸惑いながらも手を差し出した。
ーーすると。
「……‼︎」
風丸さんは、その手を払い除けた。
「…………風丸……」
「……俺達は、自分の意志でここにいる!」
動揺を隠せない私達に、さらに残酷な現実が突きつけられる。風丸さんの首元に光る、あの紫色のものは……エイリア石。それを手に取ると、風丸さんは恍惚の色を含んだ声で続ける。
「このエイリア石に触れた時……力が漲るのを感じた……。求めていた力が……!」
「求めていた、力……?」
「……俺は強くなりたかった。強くなりたくても……自分の力では超えられない限界を感じていた。でも、エイリア石が……信じられない程の力を与えてくれたんだ……!」
風丸さんが、羽織っていたローブを脱ぎ捨てる。
「俺のスピードとパワーが、桁違いにアップした! この力を、思う存分使ってみたいのさ……!」
「ッッ……‼︎ こ、のッ……‼︎」
滾るような怒りが、私の中で燃え上がる。こうなったのは、紛れもなくあの男のせいだ。あいつのせいで……あいつの、せいで……!
「ちょっと待てよ……! エイリア石の力で強くなっても、意味がないだろ⁉︎」
「それは違うでヤンス。強さにこそ意味があるでヤンス」
「俺はもうこの力が気に入ったぜ。もう豪炎寺にも吹雪にも負けやしねえ」
「染岡くん……‼︎」
円堂さんの声も吹雪さんの声も、もう届かないというのか……!
「俺達は誰にも負けない強さを手に入れたんです」
「エイリア石の力がこんなに素晴らしいなんて思わなかったよ」
「いつまでも走り続けられる。どんなボールだって捌くことができる」
「全身に溢れるこの力を見せてあげますよ!」
「どうしちゃったんだよ、みんな……!」
円堂さん達の動揺が増す中、私はずっと研崎を睨んでいた。一発でいい。一発でいいから本気であの男を殴りたかった。
「円堂くん、貴方にももうじきわかりますよ……誰もが取り憑かれる魅力……それが、エイリア石……!」
「ふざけるなッ‼︎ 貴様は甘い飴で彼らを釣った、ただの詐欺師だ‼︎」
私が言い返すと、風丸さんが私達に指をさしてきた。
「雷門イレブンは、ダークエンペラーズの記念すべき最初の相手に選ばれた。さあ……サッカーやろうぜ、円堂」
その手を、差し伸べるように伸ばす風丸さん。今度は円堂さんが、その手を払い除けた。
「嫌だ……! こんな状態の……お前達と、試合なんて……‼︎」
「そうッス、嫌ッス‼︎」
「お互いに得る物は何もない‼︎」
みんな、気持ちは同じだった。私とてそうだ。こんな試合、受ける理由もなければ義務もない。さっさとあの男の潰れた顔を見られれば、私はそれで満足なのだから。
それに対し、研崎は小さく笑う。
「試合を断ればどうなるか……お教え致しましょう」
脅しか……。研崎が目配せすると、染岡さんがローブを脱ぎ、足元の黒いボールを見やる。
「まず手始めに、雷門中を壊します」
「「「⁉︎」」」
「ダメだ‼︎ やめろ、染岡‼︎」
私達の動揺を見て、研崎は再び笑みを深くした。
「お分かりですか? 貴方達に選択肢はないんですよ」
「こんの、下衆が……‼︎」
ギリッと奥歯を強く噛み締める。とことん卑怯な奴だ。殴るだけでは、私の怒りは収まらないかもしれない。それくらい腹が立った。
円堂さんがくるっと響木監督を見る。監督が頷いたのを見て、私も決意を固めた。
「……わかった! 勝負だ‼︎」
「…………やっとその気になりましたね」
「円堂。人間の努力では、限界があることを教えてやるよ」
……風丸さん達とは戦いたくない。彼らは、私がまだ人を信じきれていなかった時、手を差し伸べてくれた人達だ。私の信じた雷門イレブンの仲間なのだ。だから……何があっても助け出す。今度は私が、彼らの目を覚まさせてあげる番だ。
取り敢えず、研崎は後でめちゃくちゃに殴るか踏みつけるか。どちらにしようか考えることにした。