俺はただ、勇者を拾っただけなのに 作:シャイニング沼地マン
その1:勇者は拾った
あんにゃろ……
踏んだり蹴ったりとはこのことか。
青年は半ギレでバイト先を後にする。背中で重い音を立てて閉じられた鉄製のドアすら恨めしい。
その重い音昔から嫌いなんだよちきしょうめ。
バックれた同じバイトの埋め合わせとしてピンチヒッターとして呼び出されるわ、そのバックれた奴の失礼でやらかしたクレームの後始末として頭を下げたら、客にC.C.レモンをぶっかけられるわ。
何が悲しくて休日返上してここまでやらねばならんのだ。その時店長は旅行、他も親の葬式(x回目)不在ときて体よく盾にされたと気付いた時にはもう笑うしかなかった。
やめてやらぁ、こんな仕事。ばーかばーかばーか!
と、青年。来栖湊人は恨み節を心の中で溜め込みながら傘を開く。
酷い雨だった。朝の予報通りに降り注ぐ雨は重く傘にのしかかり、そして流れ落ちる。
「あとあのバイトは後でまた会ったとき覚えてろ……」
などと一人呟いてイキってみれど、多分バックれた奴は戻っては来ないだろう。
何ぶん電話番号も繋がらず、「おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません」と無機質な声が返ってくるだけ。
LINEも既読が一切つかないときた。
徒歩20分の距離に自宅が待っている。
帰ってゲームなり何なりしてふて寝だ。丁度明日は大学の講義も無ければバイトもない。万が一また呼ばれようなら知らん。
今日は厄日だわ! と喚く洋画の女を頭の中で飼いながら傘を開き歩を進める。
ぱたぱたと雨が傘を叩く音を聴きながら通り慣れた道を歩く。
夜の雨は最悪だ。前は見えないし暗いし街灯もまるでついていない。
やっとこさアパートまでたどり着いた湊人は自分の部屋前までたどり着く。
幸い1階なのもあって階段を上がる手間は掛からない。
さぁ、いつものように家のドアを開けてしまおう。自室以外のドアを通り過ぎながらポケットから鍵を取り出す。
しかし──
「……ん?」
さて、105号室のドアの前に先客がいた。
先客とは言っても湊人は一人暮らしの上に誰かを家に上げることはまずないはずなのだが。
その先客は、ドアの前で腰掛けもたれており湊人はげんなりした。
しかも、身体には明らかに洋風の。映画で見るような黄色い鎧を纏っている。映画の撮影でもやっているのかと周囲を見渡してみるもカメラらしきものはまるでない。
コスプレイヤーにしてはパッと見良くできているしこんな街中かつ安アパートにコスプレイヤーがいるのがひどくシュールだった。
ちょっと前まで雨に晒されていたのか付着した水がアパートのライトをてらてらと反射していた。
そんな先客の表情は俯いてダークブルーの短い髪に隠れたせいで横からではまるで見えない。
「……もしもし?」
試しに声を掛けてみる。
反応は……ない。
「あの……ここ俺ん家」
ちょんちょん、と二の腕をつついてみる。
反応は、ない。
肩を軽く揺らしてみる。
すると──
どさり。と音を立てて倒れた。
「ぉぁ────…………」
湊人の喉からか細い悲鳴が蛇口の壊れた水道の如く漏れ出る。
やばい、何もしてないのに倒れた。
いや待て、揺らしたわ。つついたわ。
おいおいおいおいおいおいおいおいおい!
精密機器に対するやらかし案件みたいな文言ではあるがこれは嘘だ。
ちょっと揺らした。揺らしたのがまずかったのか。揺らしたら即死するほど弱っていたのか。いやいやいやそんな馬鹿な。
スペランカー並の虚弱体質かこの西洋ファンタジーさん。
なあなあなあなあなあなあなあなあなあ!
しっかりしていただけませんか西洋ファンタジーかぶれさん!!!!
慌てて倒れた西洋ファンタジーさんを抱き起こし、しっかりせい、と言おうとした矢先だった。
ぐぅぅぅ……
腹の虫が吠えた。
湊人の、ではなく。そこにいる西洋ファンタジーさんの腹からだ。そして
「すぅ……」
そこで腹を鳴らしているそれは死んでなどおらず寝息を立てていた。
ライトに当てられたこともあって際立つ白い肌に細いペン先で描かれたように顔の輪郭は細い。切長の閉じられた目。
そんな白い肌にこびりついた黒い何かは拭ってみればただの煤だった。
身長は大体自分と同じ同い年……と言ったところか。
男女の判別は微妙につかないしつけようとも思わない。つけたらつけたで面倒なことが起こりそうで考えないことにした。
寝ているならそのまま放っておこうか。
なんて思いもしたが流石に横殴りに雨が入ってくる状況でこのまま眠らせるのも良心が咎める訳で……取り敢えず一旦引き摺り込むように部屋へと引っ張り込んだ。
鎧は軽いのか、持ち主が軽いのか。引きずるのも容易だった。
◆◆◆◆◆
結論から言おう、後悔した。
流石に濡れた服そのまま着せるのにも抵抗こそあったが、問題の鎧が邪魔をして脱がせることも着替えさせることも叶わず即諦めた。
ならば乾かすしかないと、付いた雨粒はあらかたタオルで拭き取り、ヒーターを引っ張り出して無理やり乾かさせ、床に布団を敷いて寝かせて起きるまで待つこととする。
腹を空かせているようなので、とりあえず溜め込んだカップ麺とスープを棚から引っ張り出して待つ。これは仏心だ。
これ以上奢ってやるつもりはない。
着替えも一応用意した。ぶかぶかだけど。
これ以上別に親切するつもりはない。
──べ、別に、親切でやったわけじゃないんだからねっ!
よそう、気持ち悪くなってきた。
静かな寝息だった。いびき一つなく、死んだように寝ている。余程疲れていたらしい。
よくよく見れば鎧の下の服は汚れ一部が破れていたのは見て見ぬ振りをしておく。
救急車を呼ぼうとしたが、ケータイの電波が逝っており通信エラーなる文言が画面から出てくる始末。なお、固定電話はない。Wi-Fiも何故か死んでいる*1。ファック。
それに寝ているだけならまぁ大丈夫だろう。そう思うしかない。
「……ん? んぅ……」
少し、西洋ファンタジーさんが呻くような声を喉奥から出しゆっくりと瞼が動く。
そして瞼の奥のライトが眩しく感じたのか目を細め、目を逸らして湊人の方を見る。
「ここは……」
「えっと……地球」
そうはならんやろ!
と言った側で湊人は咄嗟に出た言葉に対して内心頭を抱えた。
もっと他に適切な言葉が腐るほどあったろうになぜこんな小学生並みの言葉が出てくるのが。
理解に苦しむ、あんまりだ。
「チキュウ?」
「えっ」
何それ美味しいの?
そんなことを言いたげな言葉に湊人は素っ頓狂な声が出る。
そんな反応も不可解に思ったのか、西洋ファンタジーさんも不審げに疑問符を浮かべるのである。
「え?」
本当に申し訳ないことをした。
湊人は頭を下げて「すんません大雑把過ぎました」と謝ってから、まともな言葉で返した。
「東京都の護形市、津上町*2。知らない?」
「トウ……何です?」
「…………」
ロールプレイングもここまで来れば立派なものである。警察に突き出してやろうかと一瞬思いもしたが、深呼吸して落ち着く。
東京を知らないなんてことがあるか、と言われたらまずない。
外国人ならあるだろうが、わざわざ日本に居ておいて知らないは無いだろう。現にこうして日本語をそれなりに交わすことができている時点で首都を知らないなんてことがあるか。
それなのにこの形容し難い違和感はなんなんだ。
地球を知らないとはそんなことあるか。
「えっと……質問変えるよ。君は……ジャパニーズ?」
「何言っているか分からないけれども多分違う」
困惑し切った表情で首を横に振るが困惑したいのはこっちの方だ。
じゃあエゲレスか。それともイスパニアか。えぇ?
湊人の問いに西洋ファンタジーさんは少し間を置いてから口を開いた。
「僕は……ウォークラウス国より魔王討伐の命を授かった、リスタ。『勇者をしている男だ』」
胸に手を当てるその様は堂々としていた。
その瞳に一切の迷いは、ない。
「あ?」
ほぼ反射だった。
頭の何処かが理解を必死に拒否をしている。反射で出たガラの悪い声が全てを物語っていた。
コスプレをしておいて言うに事欠いて勇者を名乗った。そんな奴が日常生活にいてたまるか。
酔った勢いで、その手のマニアックなお店を頼んだ記憶はない。これは間違いない。
何故なら湊人は酒を飲まないからだ。
「あのー……すんません。いつまでこのプレイ続くんです?」
とは言ってもマニアックなお店にしたって家の前でボロボロでぶっ倒れてお腹を鳴らすようなプレイなぞ聞いたことがない。
そんな頭のおかしいプレイがこの世に存在していたら悪いインターネットネットのおもちゃだ。
湊人がジャブ代わりに放った言葉にきょとんとした自称勇者ことリスタは
「……ん? プレイ? いや、僕は大真面目なんだがその……」
ここまでやる徹底ぶりに感服せずにはいられないが、だがしかし、狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり。
狂人判定に身体の4分の3ほど浸かったこの自称勇者に湊人は口を開いた。
「だったら手から炎なり電撃なり出してみてくれよほんま……」
我ながら狡いと湊人は思った。
人間なら絶対に出来ないであろうそれを要求する事で相手を追い詰めている。
見た目歳下をいじめるのは良くないと自省してその言葉を取り下げようとしたその時
「そんな事で信じてくれるのか!? 魔力あれば誰でも使えるだろう!?」
信じられない、と言わんばかりに詰め寄られた。
何故こっちの方が常識を知らないみたいな扱いをされているのか甚だ遺憾である。
今の湊人が浮かべている作った笑顔は、限界まで引き攣っていた。
「…………いやぁみた事なくて。すみませんね常識無くて。一度は見てみたかったんですよ」
「……それで納得するのなら……」
と、おもむろにリスタが手を出す。
「──ッ」
介抱していた時は良くみていなかったが、その掌は華奢な顔に反してひどくごつごつとしていた。
野球や剣道をやっていた人間の手を思い起こさせるそれは、たかだか1年や2年では済まされない、長年蓄積された圧がそこにあった。
たかだか掌一つで気圧されたら、次に起こる事で確実に卒倒するに違いない。
リスタの掌からごうっ、と音を立ててオレンジ色の光と尋常ならざる熱気を感じたその時眩暈がした。
「ぉぁ──────」
こいつ、ホンモノだ。
湊人の喉からまた、か細い悲鳴のようなナニカが壊れた水道のように吐き出された。