俺はただ、勇者を拾っただけなのに 作:シャイニング沼地マン
目の前で起こったことをありのまま伝えるのならば、英雄願望を持ったいわゆるドンキホーテとか、コスプレイヤーとか、夜のお店とか、トリックだとか、CGとか、そんなオチでは決してなかった。
もしコスプレイヤーなら拍手喝采だ。
一体何をどうしたら起こるのか。マッチ一本も持たず燃え上がるその手に湊人は試しにティッシュ箱から引っ張り出した紙をこよりにして近づけたその時、その髪は瞬時にチリチリと灰と成り果てて消えていく。
異世界転生、異世界転移。
創作において手垢のついた話だ。そこからどう話を作っていくのかが肝要になっているこの昨今において、その展開は幅広い。とどのつまり、どんな形で今の湊人に降り掛かってくるかは未知数である。
「え……ぁ……はい……すんません、氷とか出せたりするんです?」
何故か正座になった湊人が面白半分に聞いてみる。するとリスタはそのまま頷いた。
「無からは出せないけれど……水があれば」
掌から浮かぶ炎が瞬時にして消え、肌を嬲っていた熱気も消え失せる。
この時点でもう信じるしかない。この世に掌から炎を精製出来るような奴がそうそういてたまるか。勇者かどうかはさておいて、この世の道理が通じる存在ではないのは確かだ。
「コップでいいすか?」
湊人はおもむろにコップから汲んだ水を机の上に置くとそこにリスタはその指を突き入れた。
異物を受け入れたコップの中の水面が揺らめく。そのゆらめきは徐々に動きを鈍くさせ──その動きを止めた。
「…………凍った」
「詠唱無しならこの程度しか出せない。とはいえここでやろうなら忽ち君の家が崩壊してしまう。今は魔力がほぼ残っていないから出来ないが、万全な状態であれば幻獣1体程度ならば収束魔法を使えば一撃で討ち滅ぼせるが……拡散魔法なら2発といった所か。もし君の街の周りは幻獣に困っているのなら──」
「もういい! わかった! わかったから……」
これは嘘、全然何もかもわかっちゃいない。
分かったことはひとつだけ。
家が崩壊する程度には凄まじい力を持っていると言うことだ。
この世界の理を覆しかねないような危険人物一歩手前の存在を家にあげてしまったことに湊人は後悔しそうになる。けれどもあそこで家の前で放置していたらあらぬ疑いをかけられるのはこっちだ。
それに──粗方水分は拭き取ってヒーターもフル稼働させたとはいえ、このままでは風邪をひくこと請け合いだ。
「正直わけわからんけど、風呂と着替え貸しますから着替えようか。その装備一式取れないし脱がせられ」
「んっ!?」
脱がせられん、と言った途端にリスタが肩を跳ね上げさせた。それに驚いた湊人は目を見開き、何故か世界の終わりのような顔をしているリスタを目の当たりにしていた。
「ぬ、脱がせたのか?」
ぷるぷる、と手が震えている。
それも怒った時の杉◯右京ぐらいに震えている。湊人は少し引き気味に手をひらひらさせた。
「いや、まだ……というか野郎の肌見ても別に……」
中性的ではあるが、そんな趣味はない。
ソシャゲでかわいい男の娘キャラを引くために課金はしたがそんな趣味はない。決してない。
「そうか。それならいいんだ」
穏やかな笑みを浮かべ、ホッと胸を撫で下ろすその様に不審さを感じてはいたが、男でも見ず知らずの男に裸を見られることに引け目を感じる人間はいる。
それと同じだと、湊人は己を無理矢理納得させた。
「えっと、シャワーの使い方を教えるんだけど……」
ならば次のやることは、困らない程度に物の使い方を教えるだけだ。
湊人は立ち上がりユニットバスの場所を案内する。おそらく知らないであろうシャワーの使い方を教えようとすると、とても興味津々にリスタは覗き込むようにそれを見ていた。
「この右側の赤のひねりを上げるとお湯が出るの。温度調整は自動で40度くらいになるようやってるけど、熱かったら言って。温度落とすから」
「君がお湯を焚くのかい?」
「違う、機械がやる。俺はボタンを押すだけ」
「な……んだって? じゃあ、風呂屋は商売上がったりだ。仕事がない」
AIに仕事を奪われて失職者だらけになる。そんな風説がまことしやかに囁かれてはいるがきっと今のリスタはそんな気分なのだろう。
「案外人間ってイキモノは仕事をそこから色々作るから気にしない。それに──きっと、君のいる世界とは違うだろうし」
「……?」
まだ自覚をしていないのか首を傾げるのを見た湊人はぽつりと呟くようにして言葉を紡いだ。
「元の世界に帰れると、いいな」
たとえ便利になったとしても、彼にとっての居場所はここじゃない。
家族や仲間がいるだろう。湊人は一通り使い方を説明し終えたところで着替えを置きユニットバスから離れる。
口に合うかどうかは知らんがカップ麺の一つでも沸かしてやるか。
やかんを沸かしにゆったりとコンロまで足を運んだその時だった。
「頼みがある」
「なに?」
「僕がお湯を浴びている時誰も入らないようにしてもらえるかな? 君もそうだ。装備がない状態では……心許ない」
こんな話を聞いたことがある。
戦場帰りは銃が必要ない場所でも得物が手元にないと不安になってしまうという話だ。
当然、あちら側の世界において幻獣なるRPGでいうモンスターがいるのだとしたらいつ襲われても仕方がないのだろうが。
「わかった。そーしとく」
あれこれ茶々入れられる空気感ではないことぐらい分かる。素直に頷いた湊人は、きっと当面来ないであろう来客に思いを馳せながらコンロに火を入れた。
「……帰ったとしても」
「もう僕に居場所はないさ」
最後に聞こえた言葉に妙な引っかかりを覚えながら。
◆◆◆◆◆
ここは、何処だ。
この問いにあの男は答えてくれたけれども、聞いたことのない名前だった。
鍵の閉め方はドアについた摘みを上下にスライドさせることで開け閉めが出来るようになっているらしい。
見たことのない作りのドアや、熱を出す機械、お湯の出る装置。
こんな独特な技術体系を持つ国なんてあれば何かしらの形で話題になっていたはずだ。
やはり違う世界なのだろう。
軽装程度の鎧は流石にこの狭っ苦しい部屋の中に着てはおけず、外に置いたが右中指の指輪と腕輪は付けたままだ。
これさえあればなんとでもなる。
誰にも渡してはならないものだ。
あの男にも、そしてウォークラウス国にも。
見てくれだけなら、何処にでもいる少年に見えることだろう。
一目でわかる部分は
リスタはゆったりとした布製の服を脱ぐ前に栓を抜くように息を吐き出すと、みるみるうちにある部分が膨らんでいく。
風船に空気が入るように大きくなっていくそれは、中性的な少年の身体から一目で分かる女の身体になっていく。
下手すればその辺の街娘より大きいそれは忌々しくも思える。
こうしなければ服は脱げないようになっている。あの男は魔力に阻まれていてそうなったに違いない。
水気を含んで重くなった服を脱ぐと、たゆん、と女の象徴が揺れる。
脱いだ状態でもなんとかならんものか。と思うものの、どうにもならないのだから致し方無し。
服の置き場は
あの男は服はあのドアの向こう側に置いた籠の中に入れろと言っていた。
ドアを申し訳程度に開くが、あの男が覗き込もうとする様子は見られない。
どうやら女と悟られてはいないようだ。
リスタは安心しながら、ドアの隙間から手を出して籠の中に投げ入れる。
幸い女物は着ていないので脱いだものだけでは悟られまい。
男の教えてくれた通り空の浴槽に入り、ひねりを回すとお湯がシャワーと呼ばれるものから吐き出される。
ほどほどに暖められたお湯が肌を叩く。
「っつ……」
雨のように降り注ぐお湯は傷口にも当たり鋭い痛みがリスタを苛む。
回復魔法で致命傷になりかねない傷口は粗方塞いだが、完全ではない。
けれどもお湯に身体が慣れたのか、痛みも徐々に和らいでいく。
程よい力で叩いてくるお湯の雨はリスタにとっては心地のいいマッサージのようでもあった。
こんな風に落ち着けたのは久方ぶりだ。この狭苦しさも捉え方を変えれば隙だらけの身体が見えないようになっているので安心感にも変わる。
「はふぅ……」
いかん! いかんいかん……
気の抜けた女の声が喉奥から漏れ出たことに気づいたリスタは慌てて気を引き締め直す。
ここで気を抜いてあの男に女だとバレようなら、こうしてそれなりの協力を得られたのが水泡と帰す。
さて、お湯を浴びているうちに考えよう。
当面の課題としては3つある。
ここが何処なのかちゃんと把握すること。
彼はチキューのトウキョーと言ったが、そんな国も都市も村も聞いたことがない。
情報収集をする必要がありそうだ。
ウォークラウス国の手の者がこちらに現れても指輪と腕輪を奪われないようにすること。
奪われればあの国による暴威がもっと多くの者に向けられてしまうのだから。
そして、女であることを悟られないことだ。
勇者の掟:その1
ウォークラウス国が擁する勇者と呼ばれる存在は特殊な力を持った装備を与えられる。
なお、その力はあらゆる魔法、矢を防ぎ、城を焼き払うほどの力を持つと言い伝えられている。