俺はただ、勇者を拾っただけなのに 作:シャイニング沼地マン
リスタがシャワーから上がってきた。
ドアを開けて現れた所で湊人はリスタの方を見る。
が、どう見てもサイズが合っていない。
ぶかぶかの服と、紐で無理矢理締めてサイズを合わせたズボン。
風呂上がりのその姿は女性と見紛うようなしっとりとしたダークブルーの髪、白い肌。
何も知らない人間が側から見れば外国人の女を連れ込んでいる。
あの来栖湊人が、彼女いない歴=年齢のカスが外国人の女を連れ込んでいるぞ。きっと騙されているに違いない、と。
だが残念ながら目の前にいる、リスタなる人物は男である。所謂王子様系男子だ。
──と、来栖湊人は思っている。
「ラーメンは食えるか?」
湊人はちゃぶ台の上に置いたカップ麺の容器を見せながら問いかける。
「あーめん?」
「や、ラーメン。神様関係ない」
「……つまり、どういうものなんだい?」
「スープとパスタを合体したもの。苦手?」
「あー……多分食べられると、思う」
「おっけ、じゃ作る」
言い回しの難しさに湊人は内心頭を抱えながら、カップ麺の容器から半分だけ蓋を剥がして、沸かしたやかんでお湯をカップ麺の容器に注ぐ。
彼がどんな文明で生きてきたのかを知らない湊人にとっては手探りだ。
自分にとっての当たり前が、リスタにとっての非現実である。
ぽかんとする彼をよそにお湯を注ぎ切ると蓋をし直して、重石代わりにフォークを置く。そして、スマホを一瞥すると未だに圏外が直っていないことにがっくりと項垂れた。
思った以上に深刻な通信障害らしい。
「あれ……らーめんというものを作るんじゃないのかい?」
何もしていないように見えたのかリスタが呼びかける。
それに「ちょい待ち」と湊人は手で制した。
「3分間、待つのだぞ」
「?」
20世紀に生み出されたカップ麺は、概ね基本的な部分は完成しており、昨今においてはいかに美味しくするか、斬新な味を出して新たな売れ行きを出すかしのぎを削っている。
小学生だろうが誰にでも作ることができるし、ある程度おいしさは保証されているという点において最高の発明と言えよう。
そんな小難しいことはさておいて来栖湊人が言いたいことはただ一つ。
ビバ、文明の利器。
3分経ったところで、べりっ、と蓋を引っ剥がす。すると籠った湯気とカップ麺特有の醤油の香りが一気に解き放たれる。
リスタにはおそらく怠けている間に料理が出来たように見えていたこともあり、唖然としていた。
「なっ……いつの間にっ」
「お湯をぶち込むだけで出来る保存食。不味くはないはず……口に合うかは別として」
苦手ならこっちが食べて別のものを用意すればいい話だ。とは言っても手持ちはカップ麺以外残っちゃいないのでコンビニに出る必要があるが。
「君の名前はなんて言うんだっけ」
しまった。
自分で名乗ることをしていなかったことに指摘されて気付いた湊は慌てて口を開いた。
「やべっそう言えば名乗ってなかった。湊人。来栖湊人だ。湊人でいい」
初対面ではあるがファーストネームやら何やらを配慮すると面倒なことになるので一旦湊人呼びを許すこととする。
「ミナト、君は一体何者なんだ?」
リスタには湊人に対する謎が深まったことだろう。というか、RPGあるあるのなんちゃって中世程度の文明だとしたら、数百年後の技術を見せられていることとなる。
魔法使いか何かに見えてもおかしくはないが──
「一般クソザコ大学生」
所詮大学のその辺に湧いてる2回生だ。
お酒がつい最近飲めるようになったけれども下戸だと判明して落ち込み気味の。
「ざ、ザコなのか? ザコなのに、大? 君は威張っているのか卑屈になっているのかどっちなんだ?」
「ひ、引っかかるとこそこなのね」
謙遜しているのか、威張っているのか掴みかねず目を回すリスタを他所に湊人は心底申し訳なく思いながら「卑屈になってるだけ」と溢しそのまま出来上がったカップ麺をリスタに寄せる。
「そんな、食事まで……あっ」
遠慮しようとしても身体は正直なようで、ぎゅぅぅぅ……と腹を鳴らすと慌てて肩をすくめさせて誤魔化そうとする。
「いいじゃない、食べれば。疑ったお詫びだと思って」
「そっか……そうだね。お言葉に甘えよう」
リスタはフォークを手に想像通り麺に突っ込んでくるくると回す。
そして粗方巻き終えた所で息を吹きかけてちょっと覚ます。そしてそのまま頬張った。
もっきゅもっきゅと咀嚼するその様は小動物か何かだ。餌付けしている気分になる。
「……美味しい」
当然と言えば当然だが。
これまでリスタは人生においてカップ麺を食べたことがない。
目を輝かせてまたフォークで麺を巻く姿を前にした湊人は項垂れた。
人生で初めてカップ麺を食べた時美味しいと思えた自分を思い出し、カップ麺の味に飽き、うんざりしていた己を恥じた。
それと同時にカップ麺で良かったのかという申し訳なさが湊を襲うのだ。
「なんか……ごめん」
「どうして謝るんだい? こんなに美味しいもの、君が作ったんじゃないのか?」
「違うんよそれ……」
湊人が生まれるよりはるか昔から偉大なる先人が作り上げた文明の象徴、カップ麺。
カップ麺はどの世界の住民だろうが皆を笑顔にするものである。
こういう時自分で料理を作れたらそれが一番格好がつくのだが、残念ながらスーパーの閉店間際の惣菜か取り敢えず焼いて味をつけた雑な男料理が関の山である。
ゆえに褒められると申し訳なくなるのである。
いたたまれなくなった湊人が一頻り俯いてうすら笑いを浮かべてこのいたたまれなさを誤魔化し、顔を上げた時にはもうカップ麺の容器はすっからかんになっていた。
「あれ? 全部食べた?」
こくり、とリスタが頷く。
そんなに時間は経っていない、概ね10分も経っちゃいない。だというのに汁ごと全て平らげたことに湊人は言葉を失くした。
まさかこの人健啖家だったりするのか。
「……おかわり、いる?」
試しに言ってみる。とリスタは一呼吸置いてから、うん、と頷いた。
◆◆◆◆◆◆
依然としてケータイの電波障害は治らず。
自宅のWi-Fiは無線タイプのため論外である。
やーい! 俺ん家! Soft◯ank A◯Rァーッ!!*1
ただ、ケータイとWi-Fiの対応してるキャリアがそれぞれ別なので、会社が不甲斐ないからではない……と思う。
完食したリスタを尻目に片づけながら湊人は、彼の姿をちらちらと見る。
物珍しそうに机の上に雑に置かれたスマホや雑誌を見ているようだ。
こうした何気ない動きからして全部未知との遭遇なのだろう。ちょんちょん、とスマホの画面を叩くとスリープ画面が解除されて「ひゃっ」と女の子のような声を上げる。
「そう言えば俺の家の前までいたんだ?」
「んんっ。あぁ、少し朦朧としていて記憶が朧げなんだ。本当にウォークラウス国については知らないのかい? 勇者の国と呼ばれているのだけれども」
スマホの画面にビビっていたリスタはわざとらしく咳払いをしてから質問に質問で返す。
リスタ自身も今の湊人と同じように訳の分からない状態になっている彼にも知る権利があると湊人は思いながら首を横に振った。
「いや、知らん」
「そうか……ここは余程遠い場所なんだろうな」
遠い場所、というより違う場所なのだろう。
この手の創作は得てして存在している。異世界に放り込まれて行くところが無くなってしまうなどという話は。まさかそれが実際に起こるとは思いもしなかったが、この手の話のおかげでこうして冷静に話ができているのは確かだ。
「……魔王の存在も知らないのか」
リスタの問いにそれって織田信長? という言葉が口から出かける。
とはいえリスタの言いたいこととはかけ離れていることもあり、一旦知らない風を装った。創作によくある話でもあるが話が逸れる。
「知らん」
片付けを済ませた湊人はリスタに冷たい水の入ったコップを差し出してから、彼の前に腰掛ける。
「じゃあ話戻そっか。記憶のある所からでいい」
ここから訳の分からない用語やら何やらが飛んでくることを覚悟して腹を括る。
まるで警察の事情聴取か何かだと湊人は自嘲しながら、別に用意した自分の分の水を一呷りする。
「……僕は追手に追われていた」
「なんで?」
「理由は僕の装備にある。この腕輪と指輪だ」
そういうとリスタは自らの右腕を差し出すように見せる。
手首に巻き付いているのは、まるで炎を宿しているような紅色をした細い作りの腕輪。中指には金と銀の入り混じった指輪が付いている。一眼で見ただけでもその辺のアクセサリー屋に置いてあるようなチープさはなく、それもまた瞬時にその姿を変えた。
ぬるり、と表現した方が適切かもしれない。リスタの意志一つで腕輪は籠手に変わり、指輪は鞘に納められた長剣としてリスタの手に収まる。
「うおっ……剣と……籠手?」
この国において認可なしで刀剣類の保有は禁じられている。
そんなものが大学生のアパートにポップしたこともそうだが、質量保存をガン無視した装備の出現に湊人の心臓がばくばくと鳴り始める。
存在してはならないものが今目の前にある。その事実に湊人は固唾を飲む。
籠手を指でカツカツと叩いてみると鈍い音が耳朶を打つ。素人なので質は分からないが本物なことは確かだ。……剣はーー怖いのでやめておく。
「魔王を倒す為に作られたんだ。勇者の称号を得た存在にしか持つことを許されないが、この力を欲する者は後を立たない」
「まぁ、凄い力だったら狙われるか……」
「魔王を倒した後もこれを狙う者はいた。それから守る為に僕は抵抗を続けていた」
抵抗。
その単語に湊人は引っかかりを覚えた。これはパブリックイメージによる雑解釈だが、魔王というものは得てしてラスボスという枠に位置しているものだ。それを倒せばまぁ最強格の一人として君臨することになる訳だが、そこで抵抗という言葉が出るのが妙だ。
「悪い奴もいたもんだな」
動揺を悟られないよう、湊人はさらりと流す。
「あぁ、悪い奴だ。………………僕も、彼らも」
「ん?」
悪い奴だ。から先が窓の向こう側の雨音にかき消されて聞き取れず、湊人が聞き返そうとしたがリスタは首を横に振った。
妙な沈黙が二人の間を支配した途端、そうはさせんと言わんばかりにヴー、とスマホが震えた。
「ちょっとごめんね……電波、治ったのか」
圏外となり使い物にならなくなっていたスマホが復活して詰まっていたメールや通知類が一気に押し寄せる形で入ってきたのだろう。LINEからは友達のグループで「大丈夫ー?」だの、「docomo死んでた」だの、「ワイauユーザーもれなく死亡」だの電波類が死んでいたことを伝えるようなトークが捲し立てるように並び立つ。
ついでの如く、ウォークラウス国とGoogleで検索してみたものの、該当するものーー無し。
「これからどうすんだ」
「取り敢えずここの地理を知る必要がある。ここが一体どこなのか、とか」
陰りのある瞳は、やはり整えられた顔立ちとダークブルーの髪も相まって際立って見える。
リスタもリスタなりに次に取るべき行動を考えているのだろう。
「そっか。じゃあ協力していいか?」
「そこまでやる必要は……!」
流石におんぶに抱っこな状態でいることがリスタの性質が許さないのだろう。反駁しようとする彼に湊人は両腕で×を作った。
「この国はそこそこルールがキツいんで、最悪取り返しのつかんことになる。多分これまでやってきたことがもう出来ない可能性も高い」
そもそもリスタの持つ装備は法的に危険過ぎる。
加えて夜ならまだしも今の服装で白昼街を出歩こうなら、悪い意味で目立つ。SNSに晒し上げ喰らおうなりすれば忽ち終了だ。この世界において世間の目というものは遠慮がない。それにーー
「しかし、幻獣と戦う術は君にはーー」
「戦う必要はないと言うか、存在しないんだ。この世界に幻獣なる存在も、魔王なる存在も、すべて」
「なん、だと……」
勇者の掟:その2
ウォークラウス国が擁する勇者は男でなくてはならない
但し、例外は存在する