俺はただ、勇者を拾っただけなのに 作:シャイニング沼地マン
「なん、だと……」
前提として。
リスタにとって幻獣なる存在は湊人にとって「この世に動物がいます」と同義だったのだろう。
幻獣もいない、魔王もいない。
そんな世界であることに一瞬こそたじろいだリスタだが、間も無くして落ち着いたのか元の落ち着き払った様子に戻った。
『そういうもの』として受け入れられたのか、それとも考えるのをやめたのか。それを知る術はない。
「一体何がいるんだ」
まるで幻獣がいないことでこの世の終わりみたいな解釈をしてしまったのかややげっそりとした顔でリスタが問いかける。
「人間と動物」
などと湊人はしれっと答えるとリスタはずいと身を乗り出して詰め寄った。
「平和も良いところじゃあないか!」
「や、全然」
「全然ッ!?」
この国ならまだしも現在進行形でどっかで戦争紛争盛り沢山だ。
それくらいリスタの世界にもあるだろうかやはり幻獣と魔王不在のショックは大きかったのか完全に抜け落ちているようだった。
「それはそれとして、だ。何となく察しはついてる訳だけど、リスタ君の所のいた世界の周辺ってどう言う感じなわけ? そもそも幻獣とやらもフワッとしてるけど」
さて、軌道修正。
湊人の問いにどうしたものか、とリスタが考え込む。実際常識が異なる者同士が片方の常識を説明するとなるとそこそこ至難の業だろう。
幸い湊人自身はその手のコンテンツには多少なりとて触れてはいるので全くわからない察せられないなんてことはないが。
「……ウォークラウス国はそれなりに歴史の長い国家だ。歴史は数百年にも渡り、数多くの勇者を輩出。それ故に勇者の国と呼ばれていた」
「待った!」
湊人が手を上げる。するとリスタが「はいっ!」と上擦った声で返す。
その反応が少しばかり面白かったが、今は真面目に話を続けた。
「勇者の定義を教えて欲しい。勇者はリスタ君一人だけではない、って感じ?」
「そう。但し数は多くはない。何せ勇者と呼ばれるには複数条件が存在する。ややこしいので一言で伝えるなら、魔王を倒すため天の使いが作ったという装備を一式纏うことができる存在のみに限る」
この時点でもそこそこややこしい気もしなくもないが、天の使いが作ったと言う装備が一式。
リスタが今持っているようには到底見えなかった。
「……勿論、一部だけ纏うことができる者もいるが、ガントレットが大丈夫でも鎧が纏えない者は勇者とは呼ばれない。失格者と、そう呼ばれる」
思ったよりシビアな世界観だ。
だからといって失格者とまで言うことはないだろと言いかけたが、別にリスタに言ったところでどうにもならないのだ。
その言葉は飲み込み仕舞い込んだ、
「勇者は何をするんだ?」
「人ならざる者による脅威から民を守る。故に幻獣と魔王の殲滅は悲願だ。幻獣は生態系こそ持っているが、野生動物の比にならないほどの攻撃力を持ち、魔王はその元締めだ」
ここまでならオーソドックス……というかパブリックイメージで塗り固められたようなRPGの世界観と言ってもいいだろう。
「魔王は?」
「幻獣を操り、大昔から人々を苦しめ続けていた。悪の権化に等しい存在
どこか引っ掛かりを覚えるような言い方に湊人は待ったをかけようとする。それよりも先にリスタが言葉を続けた。
「とは言っても、まだこうしてあれこれいざこざは終わらず今に至るのだけれども」
背景はなんとなくわかった。
勇者の装備がどれだけ凄まじいものなのかは分からないが、貴重品であることもなんとなく理解はできた。
もう少し掘り下げようと思ったが、リスタの顔に疲れが見える。
実際問題直近まで戦闘らしきことをしていたと思えばあまり無茶はさせられないだろう。
「そっか、イメージは大体掴めた」
あくまで大体、だが。
一旦話を切り上げた湊人はふと時計を見る。時計は既に11時を回っていた。
もう時間なので来客用の布団を敷いて取り敢えずそこにリスタを寝かせることとした。
湊人はいつも通りベッドの上で寝ることとする。
「もう寝るけど何かあったら起こして」
「礼を言うよ、ありがとう」
「うい」
支度を済ませ消灯間際、リスタはさわやかな笑顔を見せる。
女だったら恐らくころっと落ちていたに違いないその笑顔、だがしかし、だがしかしながら。湊人は男である。
それはそうと、他人をまともに泊める真似をしたのは湊人には初めてだった。
これまで友達と飲んで潰れて床で眠るか、オールでゲーム大会をして、クソみたいな当たり判定であったまり部屋中猿*1だらけになった後、死んだように床で眠るぐらいしかやっていないのもあり。
これから先のことを考えてみる。
元の世界に返すなんて方法は思いつかない。
だからといって家の中にずっと置いておくとなるといずれ破綻する。
戸籍もない、一般常識に相当するものも怪しい、言葉は通じても読み書き出来るか怪しい。
社会の構築が十全ではない異世界ならまだしも、ここはある程度構築が済んでいる世界だ。住所不特定の人間には優しくはない。
寝たふりをしながら、ベッドの上から見下ろすように布団で横になっているぶかぶかの服で布団に入ったリスタを見てみる。
取り敢えず行くところは無いと言っても良いだろう。
さてここで思いついた手段は以下の通りである。
①他の誰かに任せる。
論外だ。余計な混乱を招いてどうする。
無から炎をだすわ、水を凍り付かせるわ、下手したら家を吹っ飛ばせるかもしれない存在を他人に預けられるか。爆弾を押し付けるようなものじゃないか。
②国に突き出す
これも余計な混乱を招きかねない。
本当に最悪オブ最悪の状況になってやっと出せるだろう手段だ。
かと言って国が何とかできるかと言われたらまた別の話だ。リスタを他国とのいざこざに巻き込めばそれこそもっと厄介なことになる。
内密に終わらせられるならさっさと内密に終わらせてこの出来事は墓まで持っていってサヨナラだ。と内なる湊人が厭々吐き捨てていた。
③二人だけで何とかする
ほぼ現状維持に近い。
もしかしたらワンチャン解決……なんて甘い考えは捨てた方がいい。けれども一番丸く収まる選択肢ではある。現実的ではあまりないが。
なお湊人は彼を元の世界に返す手段は現状持っていないとする。
現実は非情である。
一旦③を選ぼう。
まだ情報は出揃っていない上、問題はそこからだ。湊は目を閉じる。
明日は作戦会議なり何なりでもしよう。スマホのアラームを一応7:00にセットし湊人は意識を睡魔に投げ込んだ。
◆◆◆◆◆
眠ったのか?
……眠ったらしい。
湊人が寝息を立てながら眠ってしまったのに気づいたリスタは目を開け、天井と睨めっこしながら思索に耽る。
彼の行動は概ね善意から来ているのであろうことは分かる。ラーメンなる食べ物も味はやたら濃い気がしたが、真っ当に美味しかった上毒らしきものも無かった。
これ以上彼の厚意に甘えるわけにもいかないが、この国において下手な行動は出来ないと言われたからには慎重になった方がいいだろう。
これまでの魔王討伐の旅において様々な国や町、村があり、それぞれ違った風習やルールがあった。きっとそれと同じだ。
それを知ってからでも遅くはないはずだ。
魔王討伐の旅、あの頃は辛いことが沢山あった。
けれどもその時は仲間がいた。だから辛いことも乗り越えられた。
でも、その時は何も知らなかった。
魔王と呼ばれた存在が脅威となることで世界の均衡を作っていたことを。
魔王討伐の旅が半ば茶番だったことを。
魔王は確かに脅威だった。幻獣を撒き散らし世界中の無辜の民を苦しめていた。
けれども魔王討伐の先にあるものは、ウォークラウス国の暴威だった。
今となっては魔王という抑止力が、邪魔もなくなったウォークラウス国は覇道を唱えてありとあらゆる世界に喧嘩を売り勇者の力を行使している。
それに反発した結果このザマだ。慌てて右側の手甲と剣こそ持ち出せたが、他の箇所が悉くあちら側のものとなっている。
ガントレットや、力の根幹である剣はこちらが奪ったので、かなりのパワーダウンにはなっているはずだが。
リスタは身体をんの字にして、うずくまるようにして拳を固める。
帰る場所はない。
ウォークラウス国は今となっては敵に等しい存在なのだから。
家族もとっくにこの世にはいない。
家族を失いウォークラウス国に保護されて魔王を倒す勇者という偶像として育ち生きてきたリスタには。
もう仲間はいない。
皆、死んでいったか、ウォークラウス国の尖兵となってリスタの装備を付け狙うかのどちらかと成り果てたから。
今いる場所に幻獣がいないのだとしたら、おそらく魔王が守っていたとされる『向こう側』なのだろう。
思いを馳せると、心が朽ちた枕木のように軋みを上げる。
だが泣いてはならないと体に刻みつけられた勇者の掟が邪魔をする。
そんな泣けないリスタに、布団の温もりが慰めているようなそんな気がした。
「ぐぅぅう……せっかく海に来たんだから海に行こうよ……バスケットボールが勿体無いだろ……」
──何言ってるんだろう、この人。
支離滅裂な謎の寝言を言っているのはさておいて、この青年に会えたのは僥倖と言ってもいいかもしれない。
ずっと厚意に甘えるわけにはいかないが、今はただ。
「……ありがとう」
協力を申し出てくれた彼に感謝した。
◆◆◆◆◆
「はっ」
相当浅い眠りだったらしい。
海に行ったのに何故か砂浜でバスケをしている友人たちの夢を見ていた所起きてしまった。
夢というものは得てして不条理かつ理不尽なものである。
砂浜で何故バスケをしようと思ったのかよく分からない。
海だーッ! と野郎5名ほどはしゃぎながら砂浜でドリブルをしていた。湊人本人も何故かツッコミながらもドリブルしていた。
──思い返してる側も訳がわからなくなってきた
これまでの人生で授業以外でバスケはやったことはない。
何故バスケなんだ……と答えの出ない疑問と延々と戦い続けながら、ベッドの上からリスタのいる方を見る。
寝顔を晒しているが、その表情は苦悶に満ちている。口元が動いており湊人は耳をそばだててみる。
「ごめんね……メリッサ……」
まるで縋り付くような、知らない誰かに向けられた懺悔の言葉に聞くんじゃなかった。湊人は後悔した。
仲間の名前か、それとも家族の名前か、それとも。
お陰で手を抜けなくなったじゃないか。
どういう事情があれど、帰る方法を見つけ出してやりたい。
そう思うのはただの情に流されやすい馬鹿なお人好しか。
けれども同時に彼がぼそりと呟いた言葉が妙に引っ掛かりを覚えるのだ。
もう僕には居場所がない、と。その辺を自分から喋ろうとはしなかったこともあり、訳ありなのはなんとなく察しはつく。
今は考えても仕方がないか、と湊人は思考を切り上げる。
まだ4時頃、もう一度眠れそうだ。
「……気合、入れるか」
死なない程度に。自分に出来ることを。
もうどんな異常事態が起きてももう怯むまい。そんな自信が今の湊にはあった。
なお、タカを括っていた。とも言う。
勇者の掟:その3
魔王はこの世の均衡を乱す最低最悪の存在である。
これをいかなる手段を用いてでも、魔王を討伐しなくてはならない。