俺はただ、勇者を拾っただけなのに   作:シャイニング沼地マン

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その5:男装勇者、住宅街を歩く

 リスタの表情は酷くシリアスなものだった。

 いや元々真面目っぽいような気がしていたのは湊人の感想だが、今回は昨日のものより間違いなくシリアスなものだった。

 

「君は、嘘をついたのかな?」

 

「何の話?」

 

「今目の前の光景を見て君は何も思わないのかな?」

 

「いやだから何の話」

 

 お互いの話が噛み合わない。そして笑顔で詰め寄っていくリスタは明らかに怒っている様子だった。

 目の前の光景というと、目の前は道路だ。

 車道の方を見るとキコキコと通過する一般人のお爺さんや散発的に走り去る鉄の塊こと車。

 

 いつも通りの光景である。先日は大雨だったが、朝になればまるでそれが嘘だったかのように太陽光が雨に濡れたアスファルトを焼き、水気を飛ばし、昼になれば先日の雨の痕跡が殆ど消えてなくなっていた。

 そう、至って日常的かつ平穏な光景だ。

 自宅のアパートから100m先程度の湊人の通学路である。

 ここから徒歩20分程度で大学につくが、当然そこそこ骨が折れるので自転車かバス通学推奨である。

 

 完全に察することができない湊人に痺れを切らしたのか大きくため息をついてからリスタは腕を組みながら切り出す。

 今の彼はだぼだぼのパーカーに、だぼだぼのズボン。いわゆる、ゆるコーデ、だぼだぼコーデという奴だ。

 

「君は幻獣が居ないと言ったね?」

 

「うん、言った言った。見ての通りいないだろ」

 

 ただでさえ熊や猿が出ただけでも大騒ぎなご時世なのに幻獣なんてものが出たら前代未聞のどったんばったん大騒ぎだ。

 冗談じゃあない。

 

「え?」

 

 リスタが要領を得ない顔で疑問符を口にした。

 その事実そのものが湊人には分からなかった。これの何処におかしなものを感じたのだろう。

 

「えっ」

 

 湊人には訳がわからず反射的に疑問符を浮かべる。そしてリスタはおずおずと車道の方を指差し──

 

「いや、ここを走っている馬車モドキはなんだ!?」

 

「あっ、あ────……」

 

 当たり前の光景過ぎて忘れていた。

 リスタには非日常としか言いようがないものがすぐそばにあったことを失念していた湊人は頭を抱えた。

 

「あの名状し難い声を上げる幻獣はなんなんだ! 物質タイプの幻獣じゃあないかっ」

 

 物質タイプって何さ。

 しれっと専門用語を吐き出すのはやめてくれないか。と湊人は思うがこっちもこっちでフォローが甘かったのでおあいこだ。

 

「幻獣ですらないし生き物でもないし。……ややこしいけど馬のいらん馬車だ」

 

「それはもう馬車とは言わないんじゃないか」

 

「うん、それもそう」

 

 だから車という。

 だがしかし、自動車が現れる前は牛車や馬車、もしくは単なる車輪のことを指すのである。

 コミュニケーションって難しいね! (半ギレ)

 

「んーまー、だから幻獣はいないの。あれは人の作った道具だしね」

 

「……そっか。ごめん、取り乱した」

 

 しょんぼりと項垂れるリスタ。

 実際、この街津上町はきっとリスタの知らないものばっかりだ。

 それから街を歩いてみたものの、キョロキョロと辺りを見回しているその様は都会に初めてやってきた田舎の子供のようだ。

 

「あれはなんだ?」

 

「はいはい……それね、神社。ほら、君の世界教会とかない?」

 

「あれは?」

 

「ん? それはねぇ」

 

「あれは?」

「これは?」

「それは?」

 

 どんどん知的好奇心にエンジンが入ってきたのか、矢継ぎ早に質問を投げつけていく。質問が増えれば増えるほど湊人の顔が憔悴していく。

 何もかも見たことのないものばかりだ。ただなにぶん異世界の技術水準がどうなっているかはあずかり知らぬ所だが、これからそれなりの時間この世界で生きるのならば教えないといけないのは事実で、湊人も必死に食らいつくように疑問に答えていく。

 

「ふへぇ……」

 

 とはいっても人間体力に限界があるというものだ。湊人はついに頭が回らなくなった所でふらふらと覚束ない足取りで落ちるようにベンチに腰掛けた。

 自分にとって当然と享受してきたものが通用しないとき、どう言葉を尽くしていけばいいのか。そんなことをその辺の大学生に求めるものじゃあない。

 

「ちょっと、ちょっとタイム」

 

「あぁ、ごめんね」

 

「お前、体力底なしか……?」

 

 見てくれだけならば、華奢な美少年とそれなりにがっちりした成人になりたての男だが、先に音を上げているのは後者だった。

 華奢な少年の方はけろっとしながら周囲の建物を確認するように見ているのに対し湊人は死にかけている。それなりの距離を歩いたせいで足は棒のようになっているし、頭は先ほどまで誰にでも分かりやすくかみ砕きまくったせいで当面考えたくないとイヤイヤ期に入っている。

 

「どうよこの世界……変に見えるか?」

 

 背もたれに全体重を預け、湊人が問いかけるとリスタは困ったような笑みで返した。

 

「いや、幻獣がいないという点では理想的なんだ。理想的なんだけれども──ね。なんといえば良いんだろうか、何か理解はしているんだ、けれども何か納得できてないって頭のどこかで思ってて」

 

「つまり現実という実感がしない、とか?」

 

 湊人が言うと、リスタは深く頷いた。

 人間たかだか一日程度で納得出来やしないのだ。故にリスタも人の子なのだろう。どんな育ちをしてきたかは知らないけれども。

 

「知らない作りの家、魔法を使わず開く扉(自動ドア)、その地図を見ることが出来る不思議な板(スマートフォン)。魔法も幻獣もない。そんな世界で勇者なんてものは必要ないだろうな、って」

 

 そう、必要はない。

 少なくともこの日本という国の中においてはRPGの存在などまず必要はないだろう。

 けれども戦場をなくした兵士の行く先というものは世の中問題になったりする、少し思う事があった湊人がリスタの方を見る。だが──

 

「……それが一番いい」

 

 ぽつりと呟いたその一言が酷く耳にこびり付いた。それは諦観めいた感情の乗った言の葉は当然ながら湊人も聞き返さずにはいられない。

 

「え?」

 

「いや、なんでもない」

 

「……」

 

「……」

 

 これ以上詮索するな、とリスタの目がそういっていた。

 そこをなんとか、と湊人も目で訴えかけるが梃子でも動かないのであきらめる事にした。これ以上休んでも仕方がないと思ったので一度背もたれに全体重を乗せてジャンプするような要領で立ち上がろうとしたその時だった──

 

「うおっ──」

 

 立ち上がるより前にふわりと体が宙に浮くような感覚がした。

 腰かけていたベンチも傾き、瞬間自身の身に何が起こったのか、湊人は理解した。今この瞬間、ベンチが倒れ掛かっている。

 

 リスタの目が見開かれ、手を伸ばそうとしてくるが当然間に合うはずがない。

 バタン! と思い金属が倒れこむ音と共に鈍い痛みが背を襲った。

 

「っつう……」

 

 頭をぶつけなかっただけでもマシというべきか。

 いや、それでも久々に転んだこともあり、背中を襲う痛みで体に力が入らない。

 

 ──やば、どうやって立ち上がろっか……

 

 倒れこんだことで頭がパニックになったのだろう、身体がいう事を聞かない。そんな湊人に顔を覗き込ませるリスタに「へっ」と自嘲めいた笑みを浮かべて誤魔化すと彼の手が湊人の胸元まで伸びた。

 

「大丈夫かい?」

 

 木漏れ日が差し込む中ダークブルーの髪が風に揺られ、蒼い瞳が湊人を映す。

 リスタは男(と湊人が思い込んでいる)なので厳密にはこれには該当しないだろうが、ギャルゲーだったらきっとCG付きに光景になっているに違いない、そんなことを思ってしまうほどに絵になっていた。

 

「僕の顔に何かついてる?」

 

「ついてない、びっくりしただけ。重石はずれてんなこのベンチ。ったくもー……」

 

 誤魔化すように毒づきながらリスタの手を取る。

 ずっと剣か何かを握ってきたのだろうその手のひらは、外見に反して硬く、リスタに起こされるように立ち上がった湊人はすぐ目の前まで近づいたリスタの顔を一瞥してから、「ありがと」と礼を言うと「礼には及ばないよ」と即答で帰ってくる。

 なるほど物腰もイケメンである。

 普段ならばやっかむ相手だがこうされればどうしようもなく差のようなものを感じてしまうのだ。それが勇者として育てられた結果なのか、それとも生来のものなのかは分からないのだけれども。

 

「リスタ君さぁ、モテない?」

 

「そんなことはないよ」

 

「イケメンは皆そういう」

 

「いけ……なに?」

 

「……ごめんなんでもない」

 

 日常会話でひっかかった湊人一旦自ら始めたこのウザ絡みに近い会話を打ち切ろうとする。だがしかし、湊人の手を取りリスタは至極真剣な表情で

 

「僕に至らないことはきっと沢山ある。借りももう昨日から数えきれないほど作ってしまっているしこれからもきっと作ってしまう。けれど、これからその分も返すつもりでもある。だから、もっと、もっと教えて欲しいんだこの世界のことを。この世界の言葉も」

 

 と、詰め寄った。

 両手で湊人の手を掴み、蒼い目が湊人を逃がさないと捉えている。そんな彼に湊人は少したじろぎながら「お、おう」と返す。けれどもいい加減な返事はさせないと言わんばかりの気迫に湊人は固唾を呑む。

 もし湊人が女子だったら落ちていた所である。

 

「俺の体力が持つ限りならいくらでも」

 

 別にこれは当初から考えていたことだ。

 双方引き下がらず、まるで互いの意志に嘘がないか確かめるような沈黙が始まったその時だった。

 

 

「よー、チャンミナじゃあないの?」

 

 

「ん?」

「ひゃっ!?」

 

 聞き覚えのある声が意識を現実にまで湊人とリスタを引き戻した。同時に不意打ちだったのかリスタの喉奥から短い悲鳴が出る。

 それを他所に声の主の方を見ると長い黒髪に耳には多めのピアス。タンクトップにジーンズと世の中の全てに疲れ切ったような目をした女がへらへらと、手をヒラヒラさせながら立っていた。

 

「よっ」

 

 





 エボルトォォォォォォ!(人違い)
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