夜にカヨコと会うようになって今日で何回目だろうか。
モモトークの着信音が鳴る時間帯がだいたい定まってきたなと感じつつ、待ち合わせ場所を聞く。「前と同じカフェでお願い。店内で待ってる。」との返信を見て、CtrlキーとSキーを押しパソコンを閉じシャーレを出る。
キヴォトスに来てしばらくは夜風が心地いいなどと思ったりもしたが、 夜勤続きの身となった今は何の感慨もない。足りないのは夜風の心地よさか心の余裕かどちらだろうと益体もないことを考えているうちに着いた待ち合わせのカフェは、シャーレからそう遠くないところにある。
店内にはマスター(犬)とカヨコの2人だけ、こちらに気づいたカヨコが手を振る。
「 はい今週分ね」
「…ありがと」
会う度に腹を空かせている便利屋68を見かねて食費の援助を申し出たのが半年前、アルは拒んだがそれが見栄であることはハルカ以外はわかっていた。
社長の面子を保つため、こうして内緒でカヨコに渡すようになったが、それも今やカヨコと会う建前で、ただ会って話すことが目的となっている。
コーヒーだけで過ごす時間は1週間の話をするにはあっという間で、だいたいは自分かカヨコの愚痴に終始する。比率は4:6くらいだろうか、苦労人故実感のこもった愚痴は中間管理職のそれである。便利屋68の話でときどき見せる表情が年相応にあどけなくて、思わずこちらの頬も緩む。
「今日はこの後どこ行こうか」
話が尽きると場所を変える流れになっている。
「うーん…河川敷でいい?繁華街はちょっと…前みたいになると困るし」
前というのはゲヘナ周辺でヒナと鉢合わせた時のことだ…あの後しばらくヒナからのモモトークが増えた。
「ついでにシャーレに行っても…いいかもね」
不意打ちである。いつもはコンビニで夜食か朝食を買って適当にお開きにするので、シャーレに行くことはなかった。
「ん…?なんか変なこと言った?」
返事のない自分に怪訝そうな顔をしている。どうやら当の本人に他意はないようだ。
「いや、なんでもない。ちょっとぼーっとしてただけだよ」
「そう?ならいいけど。いやよくない、絶対疲れ溜まってるでしょ…」
たしかによくないなと思いながら会計をして店を出た。
2人の他に河川敷に人はいない。
「ほんとに行くのか?」
「他に行くとこないでしょ…何、帰った方がいいの?」
「いやそうじゃなくてね…」
「じゃあ何?なんかやましいことでもあるの?」
「その…部屋散らかってるから…」
「別にそんなの気にしない、なんなら片付け手伝うけど?」
別に部屋は散らかってはいないし、やましいものもゴミの日に出してあるはずだ。苦し紛れの嘘が優しさに流された以上、行くしかないのだろうか。そのときは頼むぞ俺の理性…
結局そのままシャーレに戻ってきてしまったので、とりあえずオフィスに腰を下ろす。
「…全然散らかってないね。なんで嘘ついたの…」
「おかしーなー散らかってたんだけどなーどうして片付いてるんだろうなー」
視線の温度が下がった、まずい。
「まあなんでもいいけど。何する?映画でも見ようか」
契約したはいいもののほぼ観ることができないでいるAmaz○nプライムビデオで映画を探し始めた。CMで気になっていた作品が目に留まる。
「ホラーとかいけるか?これとかよさげなんだが」
「いけるよ、じゃあお菓子取ってくる」
カヨコが一階に降りていったので、今のうちにと心拍数を下げていく。深呼吸しながらいっそ観ながら寝てしまおうかと考えたが、コーヒーの効き目はばっちりのようで恐らくは徹夜コースである。あれこれ考えているうちにカヨコがポップコーンと共に戻ってきた。
いけるという言葉通り、カヨコは驚きもせずに観ている。「そろそろ来そうだね」と言うや否や画面から叫び声が聞こえた。
「誰最初に死ぬかな」
「序盤に嫌味言ってたアイツは1人で死ぬと思う」
「あっ」
「お前が死ぬんかい」
おおよそ教育上良くない会話をしているうちにエンドロールに入った。汚れた大人の危惧とは裏腹に、何事もなく2時間が過ぎた。カヨコも自分も眠気とは無縁のようである。あと登場人物は全員死んだ。
「ホラー得意な2人で観るホラー映画がこんなに盛り上がらないとは…」
「でも面白かったよ…先生がホラー強いのは少し意外だった」
「そんなにビビリに見えるか」
「ビビリとかじゃなくて…なんか意外なの」
次の映画を見繕いながらたわいのない会話が続く。時計の針は朝の3時を指している。リモコンを置く手を綺麗な手が握ってきた。
「手、冷たいね…」
またもや不意打ちである。
あ、待って行くな理性さん俺たちまだ頑張れると思うんだ。
2人の視線が交わる。性愛とも親愛ともとれるその微笑みに、甘く不吉な予感がした。顔が怖いというのは本人談で、いざ間近で見ると綺麗な目と端正な顔立ちしているが、実際顔の怖さが原因で補導されかけていた以上、そんなことはないよと気安く言えるものでもない。本人が半ば諦めたような口調だったから、冗談半分にかわいいなどと伝えたときの動揺っぷりは今でも思い出せる。あれは俺がどうかしていたが。
そして今もどうかしそうである。
「ふふ、びっくりした?」
手を握られただけでこの体たらくである。大人の威厳などあったものではない。
「追加のお菓子取ってくる」
そう言って一度立ち去るカヨコの顔も赤く見えたのは気のせいではなさそうだ。鬼の居ぬ間にまた心拍数を下げる。キヴォドスに来て異性面の耐性はかなり鍛えられたと思っていたが、いざこうなってみると学生時代に逆戻りである。情けない自分のことを考えるのはやめ、カヨコについて思いを馳せる。
便利屋最年長として、アクセルをベタ踏みしがちな周りにブレーキをかける役回りが多いのだろう。年齢以上の落ち着きようにはよく驚かされる。俺が18の頃はこんなに冷静だっただろうか。多くを語らないのは彼女の美徳だと思うが、本音を喉元に留めておくのは多感な年頃には少々重荷になっているのが溜息の多さから窺える。そんな彼女が息抜きできる相手になれているだろうか、俺は…
いつだったか、便利屋とシャーレは似ていると彼女が言ったのを思い出す。ああ、そして俺とカヨコも似ているな…などとは言えるはずもなかった。
「お互い大変だな…」
あれこれ考えた挙句に口をついた独り言に返事などあるわけも————
「そうだね」
いつの間にかカヨコは戻ってきていた。聞かれていたかと苦笑いする俺にクッキーの箱を渡してくる。
「次は何観ようか」
「All you need is killとかどうよ」
「前言ってたやつ?SFだっけ」
「そうそう、ループ物で……………………………………
その後数本観て朝を迎えた。途中手が触れ合ったりなんてしなかったし、表情を見ようとしたら目が合って実はカヨコも結構こっちを見ていたなんてこともなかった。断じて。
「今日はありがとうな」
「こちらこそ。また来週ね」
去って行く背中を見送る。
いつか、ムツキからカヨコの好きな花を聞いたときのことを思い返す。
「カヨちゃんの好きな花?あ、もしかして誕生日のお祝い〜?」
「流石にベタ過ぎるか?」
「いいと思うよ〜。カヨちゃんはね〜唐菖蒲っていう花が好きなんだって〜」
唐菖蒲。別名グラジオラス、花言葉は「用心深さ」
なるほど便利屋の一員らしい。
だが果たして彼女は…もう一つの花言葉を知っているのだろうか。
次に会うとき聞いてみても、いいかもしれない。
そんなことを考えながらオフィスに戻った。