LCのマオに憑依した一般女性の話   作:(◇)

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黒づくめの【都市】

 

「はあ、はぁ…」

 

 つまらないと思えるほど退屈な人生を送って来たつもりはないし、万人に誇れるほど刺激的な生活をしていたわけでもない。いわゆるフツーの人生とやらは私はそこそこ気に入っていた。

 普通に友達がいて普通に彼氏が居て(上手くいかなくて別れちゃったけど)普通の学校を出て普通に就職して……。最近はおすすめされたゲームをやったりと自分では充実した生活していたのではないかと思っている。

 今現在やっていた【Lobotomy Corporation】と言う作品も友人からお勧めされたものだ。管理画面の中で動き回る職員たちの育成を通してどんどん愛着が湧いて、職員同士のCPも考えたりしたものだ。

 内容自体しっかり把握していたわけではないけど、ディストピアな世界観やストーリーも中々面白い。某お絵描きサイトの二次創作作品なども見たい漁りたい欲を堪えて、全クリしてから全部見ようと意気込んでいた。

 

「はぁ…はぁ…っ」

 

 まぁ49日目から先の明日に進まなくて画面の前で奇声を発していたのが私だ。ギミック的にエージェントを切り捨てるのが正解だけど、愛着を持ってしまったせいで翌日を迎えられずにいた。クリアできないー! と一人で駄々をこねる私はさぞ醜かろう、自覚はあった。

 エンディングを早く見たいから、明日やってダメなら考えようかな。そんなことを考え眠りについたことを覚えている。

 

「はぁ…はぁっ、っっ! ふざけんなよ本当にさぁ!」

 

 ああよく覚えていますとも。私がこんなクソッタレな世界に来る前の最後の記憶だったのだから。

 

 吐瀉物の臭いが辺りに充満した。ゲロのような何かを詰め込まれた人型の喉をアーミーナイフで切り裂き、頭部と胴体を切り離して頭を踏み潰したからだ。

 そいつの味方が切り離した胴体に近づき中の液体を啜り始める。まるでゴキブリの共食いじゃない、と嫌悪感を隠しきれなくなったところでそいつらの視線が私に向けられた。

 ゲームではたしか【青の白昼】と呼ばれていた奴ら、頭の中の知識がそいつらの正体が【掃除屋】であることを教えてくれた。

 

――

 

「……は? っ!? なに、これっ!?」

 

 目が覚めたとき私が見たのは黒い線にしか見えない一撃が、私の頭を寸でのところでスライスハムにしようとしたところだ。それを回避と同時に四肢で地面に着地して手にあったナイフを構えていた。

 一連の流れを私がやろうと思ってやったわけじゃない、身体が勝手に動いて反射的に行動していたのだ。だから私は今自分に危機が迫っていることも他人事で、街の裏通りで治安が悪そうな通路で私はそのヒトガタと対面した。

 肩付近に毒々しい色の血清が取り付けられ、義手やミートスライサーにしては物騒な右腕が夜の人工的な光に照らされている。

 

「【蒼白の深夜】ぁ? って危ないっ。やめろってば!」

 

 Lobotomy corporationでは【足爪】とか呼ばれていた奴だったはず。一瞬呆けかけた意識はまたこの体の無意識に救われ、その場をしゃがみバネのように膝を弾いて振るわれた爪を回避した。

 建物を盾にしろ、と頭の中から判断が降りてきた。どういことアイツの一撃は余裕で地面抉っているんだけど。建物ごと一刀両断されるんじゃないの? そんな反論はすぐ浮かんだけれど、こんな非日常で私の判断が正しいとも思えず、訳が分からないまま建物を背にナイフを構えて思わず叫んだ。

 

「何だって言うのさアンタは! あたしはそんな物騒な右腕を振るわれる謂れは無いんだけど!?」

 

 変質者相手に何言ってんだ私は、と内面で少しだけ思った。

 

「約定違反だ。お前の存在は7日以上この都市に存在する事を許しては居ない。――いや、少し待て」

 

 約定違反? 人間そっくりの機械を造ってはいけないとかそういうの? 都市の決まりごとで破ると殺される、みたいな話だったはず。ああ、建物を盾にしろって言うのはそういうことか。住居区の破壊を禁止している決まりは例え【頭】に所属する人間でも同じらしい。

 先ほどまで足爪が向けていた剣呑な雰囲気が何故か緩んだ。私は混乱しているが、相手も何処か困惑しているようにも思える。

 

「……見ているなジェナ、此方の観測結果は否定を示して……其方もか。この場合はどうなる」

 

 通信機だろうか? 左手を耳付近に当てて虚空に向かって足爪は話し始めた。

 背筋がゾワゾワするような感覚、殺気が鈍り少しだけ余裕ができる。ナイフを人に向けて持つなんて危ないな、と何となくその刀身に目を向けそこに映り込む人物が視界に入る。

 

「え、誰これ?」

 

 真っ白な髪と赤い目。まるでウサギさんみたいな可愛い子がナイフに映っていた。そして私はこの人物に見覚えがあった。

 Lobotomy CorporationではL社と提携を結んでいた会社、R社の社員でウサギチームの隊長。なにやら元【赤い霧】のゲブラーに激重感情を抱いていた女性で、確か名前は【マオ】だ。自分の名前と読み方は同じだったから特に印象に残っていた。

 そんな子が私の持っているナイフに映っていて。よくよく私自身も身体を確認してみれば、最後の記憶の快眠がウリのパジャマ姿から変わっている。さもその辺の人間から奪いましたと言わんばかりに血泥のアクセ付きの安っぽい服装だ。唯一持っているナイフだけがこの服装の中でも一番価値があると分かる高品質ではあったけど、それが気休めにならない程度には私も混乱した。

 

 まあ、こう言う状況は知ってるつもりだ。サブカルチャーにはそれなりに浸かっている人間なのだから。前から流行っている転生ものとか…いやこう言うのは成り変わりものとか憑依ものって言うんだっけ? 知らないけど。

 

 そんな現実逃避の最中に足爪に動きがあり、思わずピクンと身体を震わせる。が耳付近に当てていた手を下ろしただけだ。

 

「たった今お前の抹消処理は取り消された。お前の片割れも同じ裁定になるだろう」

 

「は、え? ……ごめんあたしアンタが言ってる意味が分からないんだけど?」

 

 今まさに殺されそうだったことすら認めたくないのに、よく分からない単語が飛び出してきた。

 

「そうか」

 

 私の疑問に特に何も言うことも無く足爪は背を向けその場を去ろうとする。何も知らない自分が今の現状に放り出されることに悪寒を感じた私は、思わずその背中に声を投げた。

 

「ちょっと待ってよ! あたしはどうすればいいの!? わけ分かんない内にこんなとこに投げ出されて……というよりもここは何処なのさ!?」

 

「この場所は『都市』で、我々は来訪者の存在を受け入れた。それ以上の事案は存在しない」

 

 酷く事務的で淡々とした口調は機械のようで、相手が人間だなんてとてもじゃないけれど思えなかった。

 

「……間も無く【裏路地の夜】を迎える。日を見るのならば今夜の安息地を探せ」

 

 口調は変わらなくて淡々としている。だけどどこかそれだけは人間的で、気まぐれに投げた純粋な助言のように思えた。

ーー

 

「早く起きて、起きてよ……」

 

 それからどうしたかと言えば、その場で膝を抱えて目を瞑って震えていた。これは夢だ、目を覚まして起きようとすればすぐに意識は覚醒するはずだって現実逃避をしていた。だけど自分の体に付いていた血泥の匂いや街灯の光は私を現実世界に戻してはくれなくて、目を開けても同じ場所に居ることに身体を震わせて目を瞑る、その繰り返し。

 頭の中では今すぐに身を隠す場所を探さなければならないと、この身体の持ち主が判断を出しているのに私はこのざまだ。だから夏休みの宿題みたいにやらなかったツケは時間ギリギリになって訪れた。

 

「634125576769344551…」

 

「ーーひっぁ」

 

 そいつらはーー【掃除屋】は地面から湧いて出てくるように現れた。ロボットのような体に黒い包帯を巻いて、赤い液体が入ったボンべを背負っている。赤い金属のフックのような武器を両手に持ったそいつらは、ガスマスク越しに私の姿を捉えた。一人がじゃなくて全員が一斉にだ。

 小さな悲鳴をあげてそのまま反対方向に走り出していて、ほんの少し走った先の通路の先から同じように【掃除】をしていた掃除屋たちが私を見た。地面に倒れていた人型の何か……死体をドロドロに溶かしてそいつを啜っていた。

 

「46789135562172…」

 

「うぁあああああ! どけ! どいて!」

 

 がむしゃらに拳やら足やらナイフやらを振るって掃除屋たちの群れを突っ切って走る。人型の何かに暴力を振るうだけでも自分の心はガリガリと削れる音が聞こえるのに、掃除屋たちは死体を燃料にしてすぐに再生した。

 青の白昼――たしかあれもオフィサーの死体を燃料にしていたから死体を全部片づけるか、回復する前に倒せばいい…? 

 

「……どうやってやれって言うのよ、死体も掃除屋も山ほど居るって言うのに!」

 

 掃除屋は仲間の死体も食える雑食性らしい。戦術も何もなくまとわりつくように接近する掃除屋たちに、私の身体は良く反応してくれた。近寄らせず頭をかち割って首を切り落とし、後ろに目でも付いているかのように振りかざすフックを回避した。

 だけど私の意識が追い付かない。本当は胃の中全部吐き出してしまいそうだ。掃除屋の数が減り、仲間たちの死体を啜ることに専念し始めた掃除屋を背に私は駆け出した。

 

 そんなことを繰り返して【裏路地の夜】の第一波が終了した。……あと二回波はあると私の身体の知識が教えてくれた。思い出したように私の口から胃液交じりの吐瀉物が漏れ、蹲るようにしてそれを吐き出した。これも掃除屋たちは啜るのかな、とゴキブリと間接キスするような嫌悪感に顔をしかめる。

 息が足りない。喉が苦しい。倦怠感の混じった体を無理やり動かして立ち上がる。さっきのように蹲って何もしなかったら、きっと自分は掃除屋にジュースにされて飲まれる羽目になってしまう。

 

「……建物の中、さっきの足爪とかいうすごい立場の奴も壊さなかった、それなら…? っ!」

 

 ひらめきが頭をよぎって私はすぐに建物の扉を叩く。どこの住居も扉は鉄のような頑丈な金属でできていて、拳を作って私はそれを何度も叩いた。

 

「すみません誰かいませんか! 少しの間だけ避難させてください!」

 

 何度も叩くが反応はない。人のいる気配はするけれど、こちらを完全に無視しているかのようだ。

 すぐに打ち切って他の建物の扉を叩いてみるも、反応は似たようなものだ。無反応で、早いところどこかに言ってくれと言わんばかりの無関心。それどころかクスクスと笑うような声まで聞こえてきた。

 

「開けて! お願いだから! ……開けろって言ってんでしょ!?」

 

 扉は壊せない。この住居区の破壊は絶対的なタブーであると、破れば死ぬと私ですら想像できる。だから誰かが気まぐれで招いてくれることを願って、扉を叩くしかない。

 

「461657651314…」

 

 意味不明な羅列の声に私は小さく悲鳴を漏らした。裏路地の夜の第二波がやってきた。

 

 そこからは無我夢中だった。住居の扉を探してうろついて、何度も扉を叩く。悲鳴のような懇願の声など誰にも聞こえていないようで、涙や鼻水で顔がぐちゃぐちゃだった。

 

 からからから

 

 近づく音が聞こえる。恐怖で視界が滲み声の出し過ぎて喉が痛かった。

 

「お願いします、助けて……死にたくないよ」

 

 からからから

 

 足音が近づいてくる。古臭い鉄の扉そこに縋りつくように膝をついた私は、接近してきた掃除屋という死を振り返るようにして視界に入れた。

 

 からからから

 

 

 

 男が居た。

 

「――へ?」

 

 のっぺらぼうのような黒い仮面を被った男が居た。

 

 からからから

 

 男が持った黒い剣が地面を引き摺るようにして傷つけ、乾いた音が響いている。草臥れたサラリーマンがだらしなく傘を地面に付けて歩いているような、ありふれた雰囲気だった。黒い髪と黒いスーツだからか、日本の何処でも見られそうな光景に思わず思考を奪われた。

 掃除屋の液体が付着した黒い剣やスーツ、それがあるにも関わらず私は目の前の人間が普通の人間に見えて……そう見えること自体に恐怖を感じた。頭の中を弄られているような感覚すらある。

 

 からからっ

 

「…………」

 

 男は何も言わずに接近する。仮面のせいで男の表情は分からないけれど、私と言う存在が視界に入っていないのは分かる。向けられていたのは後ろの扉だったようだ。

 自分が障害物になっていたこともそうだけど、男が剣を持ち直したからだ。邪魔なものが扉の前に居るから退かそうと剣を握っている。反射的に扉から私が退けば、一瞬止まった男は再度だらりと剣をさげた。

 

 からからから

 

「ね、ねぇもしかしてあんたってここの部屋の住人なの!?」

 

「……」

 

 男は何も答えず、ポケットを弄り何かを探している。先程まで持っていた剣がいつのまにか手品のように消えている。

 融通の効かない機械のように動く男が焦ったく思いつつも、手を出したら異常動作するのではないかと思って手が出ない。

 

「169469165438」

 

だけどすぐ近くに迫る蠢く気配に私は情けない悲鳴をあげた。

 

「ちょっともう掃除屋たちがきてるじゃん! 早く、鍵があるならさっさとしなよ!」

 

「……」

 

 男は何も答えない。ようやくポケットから出した鍵を鍵穴に入れようとして何度か突っかかっていた。

 

「うううああもう来る来てる早くしろってもうっ!」

 

「……」

 

 男は何も答えない。許可をもらっていないにもかかわらず、この男に便乗して部屋に入る気だった私は、疲れて億劫だと言わんばかりにもたもたする男の背中を蹴り飛ばしたくなった。

 

 ガチャ、とようやく鍵穴に入って鍵が開き、扉が前に開かれた瞬間に無礼とかそんな言葉を置き去りにして、私は目をぎゅっと瞑って扉の中へとダイブするように飛び込んだ。この時の私はスタートだけならオリンピックの競泳選手にだって負けていない気がしていた。

 

「たっつっあ!」

 

 私は扉の中で着地しようとした場所にあった何かを踏んで、意味不明な叫び声をあげて転がった。ただでさえ全力疾走もかくやと言わんばかりのスピードで飛び込んだ私は上下感覚も分からなくなりながら転がって、やがてドスンと壁にぶつかった。

 受け身も取れずにぶつかった体が痛い。無我夢中で辺りも確認できなくて、少しだけ見渡すように目を開いて……

 

「いったい……やば、玄関に靴履いたまま入っちゃった…………?」

 

 自分の頭の上から大量の本が降ってきたのが見えた。

 

「……いやフツー玄関に本棚とか置く?」

 

 どうやら自分がぶつかったのは巨大な本棚だったようで、許容量を超えた(くも)が刺激された結果雨となって本が降り注いできていたようだ。

 

 どかどかと辞書の用な分厚い本たちが体に当たって、私は本の中に埋もれていった。

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