この忙しなく人が死ぬ世界で、もし死神が存在するとしたなら"彼ら"は何人居るのだろう?
悪人や善人を等しく連れ去る"彼ら"も、恐らくは人間と同じく仕事をする上で"職場の上下関係"や"職務上のトラブル"に悩まされたりするのだろうか?
――そんな事を思うくらい、この女子高生"田沢 絵梨花(たざわ えりか)"は目の前で起こっている衝撃的・・・というよりスプラッタ染みた光景に呆然としてしまっていた。
何せ、絵梨花の視界には血塗れの鎖鎌を左手に持ったまま、様々なシールが貼られた銀色のキャリーケースを引っ張る青年の姿があったからだ。
その蒼い目の青年は、茶褐色の作業帽を目深に被って鼻先までもを緑のスカーフで隠し、更には古臭いマウンテンジャケットや所々が破けたジーンズで不審者感バリバリである。
「えっ・・・な、何これ?ひ、人殺し・・・!?」
そんな青年の姿は、セミロングの黒髪を白いシュシュで後ろに束ね、黒いワンピースの上に白いパーカーを羽織った、ニーソックスに黒いハイヒールの今年流行りの春先スタイルな絵梨花とは全く対称的な、冬真っ盛りかと思うような異物感溢れる姿だ。
だが、その絵梨花の声にアーケード街の道を歩く人々は不思議そうな顔をしながら、まるで何もなかったかのように青年の隣や血塗れで倒れ伏す犬のような獣の上を通り過ぎていく。
すると、その青年は絵梨花が自分を見ていた事に気づいて振り返り、鎖鎌のチェーンを左腕に巻きながら彼女の戦慄した表情を見て大きくため息を吐いた。
「おい・・・まさか、今の見えてたのか?」
「・・・えっ?」
「やっぱり・・・ほら、たった今のだよ。俺が"未練"を切り刻んだ所、見えてたんだろ?」
絵梨花が「私?」と自らを指差した事に、青年はコクリと頷いてからアーケード街の隙間から通じる小道に早歩きしていき、そのままチョイチョイと彼女を呼ぶように手招きする。
すぐさま絵梨花も周りが自分を見てヒソヒソと話しだしているのを見て我に返り、ひとまずスマホを耳に当てて電話しているフリをしながら彼と同じ小道へと急いで歩く。
そして、絵梨花が路地裏まで追いつくなり青年は振り返って、ジィッと彼女の顔まで近づいてきた。
「な、何よ・・・?」
「その感じだと、ガッツリ俺や"未練"が見えてるようだな」
「ちょっと、さっきから見えてるだの"未練"だのって・・・貴方、何者なの?」
「ああ、まだ自己紹介してなかったか。俺は"士門 透(しもん とおる)"、訳あって死後に死神をやっている者だ」
普通の感性をしているのなら、目の前の青年が言っている事はとてもじゃないが信じられるハズが無い。しかし、あんな異様な光景を目の当たりにした絵梨花にとっては嫌でも信じる他はなかった。
――そうでもなければ、青年が鎌で獣を滅多刺しにして殺しているというのに、誰も知らんぷりしていた状況など理解のしようがない。
「はぁ・・・死神、死神ね。それなら、貴方がザクザク切り刻んでた奴が"未練"って事?」
「その通り、飲み込みが早くて助かる。俺達死神は寿命が尽きた人間の魂を導く事が本業なんだが、アレは非常に邪魔な存在でな」
「邪魔?それって、どういう事よ?」
「"未練"は、まだまだ寿命が残っている人間の魂を食べるんだ。そうやってアレに食べられてしまった人間の魂は、天国にも地獄にも行けず"虚無"となって形も残らず消えてしまう。魂を輪廻転生の道へと運ぶ俺達にとって、人の世界で言う害虫や害獣みたいなものだ」
「えっ・・・じゃあ、あの時に私の後ろで切り刻んでた奴は、まさか・・・」
「ああ、そのまさかだ。今朝お前が家を出てから、ずっと襲うタイミングを狙って着いて来てたんだ。お前の魂を担当している俺が違和感に気づいて、四六時中家を張っていなかったら、今頃アレに食われていたぞ――っだぁ!?」
その透の言葉を聞いた瞬間、絵梨花は思わず彼の頬に平手打ちを見舞ってしまっていた。
何せ年頃の女子高生が、死神とはいえ見知らぬ青年にストーカーされていたのだ・・・無理もない話である。
「何私に断りもなく家に貼り付いてんのよ!この変態!変態死神!!」
「いだっ!いだだっ!!た、叩くな叩くな!!」
そんな事をやっていると2人の所へ今度は、空からフヨフヨとビニール袋が風に煽られたように、銀色のウェーブがかった長い髪をした、つり目気味な碧い目のスクール水着姿で外国人っぽい少女が舞い降りてきた。
「やっほ〜透さ〜ん、あの"未練"片付いた〜・・・って、何やってんの?担当の子にシバかれるって新しいプレイ?」
「「プレイじゃない!!」」
「いや、まぁ別にどうでも良いんだけど。その様子だと、とりあえず危機は脱したみたいね。とはいえ絵梨花さん、私や透さんの姿が見えちゃってるのか〜・・・あのクソ人事め、そ〜いう情報は前もって知らせときなさいよ」
いきなり現れて茶化したかと思えばブツブツと文句を呟き始めたスク水の少女に、透は再び大きくため息をつきながら鎖鎌を血塗れのままキャリーケースの中へと突っ込み、絵梨花は腕を胸元で組んでジロ〜ッと変態に向ける目で透を見つつ少女に話しかけた。
「その私を知ってるような口ぶり、貴方も死神なんですか?」
「ん〜ちょっと違う、って感じかな。私は"サナ"、以前に透さんから魂の管理を担当されていて、寿命が尽きた後に"人間だった頃の記憶"を全部消して、サポートとして彼の"眷属"になっているの」
「"眷属"?」
「平たく言うなら透さんが社員で、私はバイトって所。生前ちょ〜っと"ヤバい呪い"をやらかしたから、それで汚染された魂の浄化も兼ねて働いてるという訳。ちなみに死んだのは2年くらい前だよ〜」
「あ、あはは・・・なんというか、吹っ切れてますね」
そう言って疲れた笑いが零れた絵梨花の前で、いきなり透は膝まづきながら彼女を右手を優しく取る。
「とまぁ、そういう訳だ。田沢 絵梨花、お前の寿命が尽きるまでの間、俺とサヤが"未練"から魂を守る。今後とも、よろしく頼む・・・」
そして、そのまま透は絵梨花の右手の甲へとキスを落とす。
「〜っ!!この、スケベ死神!!」
しかし、それによって顔面を真っ赤にした彼女から再び平手打ちを貰うのであった。
◇◇◇
「痛つつ・・・視える人間はチラホラ居たが、お前のようにここまで死神を殴る人間は初めてだぞ」
「あっそ!そんな事される理由、自分の胸にでも聞いてみれば良いんじゃない!」
そう言って小道から街の居酒屋通りを進む透の頬には、紅葉のように赤い平手の痕がクッキリと残っていた。それをやった本人である絵梨花は、腕を組んだままフンと鼻を鳴らして怒った顔のままだ。
「まぁまぁ、絵梨花さん。透さんも悪気があって、あんな事した訳じゃないんだろうし・・・多分」
そう宥めるサナの苦笑いに、絵梨花は大きくため息をついて項垂れる。
「むしろ、あれを天然でやられてる方がタチ悪いんですけど・・・というか、2人は今どこに向かっているの?」
「ああ、掛け持ちしている人間の所だ。ここ最近は早く寿命を迎える奴が多くてな。流石に数多い死神といえど、こうして何人かの面倒を同時に確認しないといけない状況なんだ」
「えっ、じゃあ私の家に張り込みしてたっていうのは・・・」
「半分嘘で、半分本当といった具合だ。人間界で言うスマホとやらで逐一、担当している人間の様子を冥界の窓で覗いているだけだ」
「やっぱり覗きはしてるんじゃないのよ!あ〜もう、一瞬でも謝ろうと思った私が馬鹿みたい・・・」
絵梨花が透の発言で苛立っている間にも、死神の2人は病院の前へと辿り着いていた。
ふと絵梨花が周囲を見渡すと、駐車場やら病院の入口付近やらで透が滅多刺しにしていたのと同じような獣や鳥が、まるで獲物を待っているかのように今か今かと忙しなく動いているのが見えた。
「うげ・・・ちょっと、透。"未練"って化け物、あんなに沢山いるの?」
「奴らにとって、病院は絶好の狩場でもあり生まれ故郷みたいな場所だからな。その名の通り、人間が死んだ時に抱えていた強い"想い"や"無念"同士が微生物のように集まって、その本能と化した感情に近い人間を餌として食らう。それが"未練"の正体だ」
「私的に透さんの説明を分かりやすく言うなら、死後の世界にも人間界みたいな生態系が広がっているって事だね」
そう透が言ったと同時に、サナは絵梨花に耳打ちするように今の話を掻い摘んだ。
「多少違うような気もするが、概ねその認識で良い。とにかく、"未練"そのものを根絶する事は人間界が存在する限り不可能という訳だ」
「そうなのね・・・でも、あれだけ居たら危ないんじゃない?」
「それが、案外そうでもない話でな。"未練"は死が近い人間のみを餌としていて、それ以外の人間は基本的に襲わない習性なんだ。どうにも、死を悟った人間の方が強く"想い"を抱えている為に、そいつを嗅ぎ付けているらしい」
「なるほど、それなら私が襲われたのは?」
その話を聞き、自身の事を不安に感じた絵梨花が尋ねる。すると、透は目元でイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「さぁ、知らんな。だが、俗に言うだろう。"幽霊は視える人間に取り憑こうとする"とな」
「マジですか・・・勘弁して欲しいんだけど」
そんな話をしながら病院の中へ入ると、受け付けで絵梨花が呼び止められる。
「すいません、ご用件を・・・」
「えっ?あっ・・・そっか」
うっかりしていた絵梨花だが、死神2人は普通の人には視えていないので、よくよく考えれば受け付けで呼び止められてしまうのは当たり前の事だ。
まさか「死神の仕事を見に来ました」とは言えず、何と言い訳したら良いものかと考えていると、そこへ透が小さく「ある事」を耳打ちして絵梨花に教えてくれた。
「えっと・・・私、林坂さんの遠い親戚でして。そちらのお父さんが重い病だと聞いて、お見舞いに」
「分かりました。では、こちらの面会証をお持ちください」
「あ、ありがとうございます・・・」
何とか受け付けを通り抜けられた絵梨花は、先にスタスタと進んでいく透に追いついて、無言でジロリと怒りの眼差しを向けた。
ただでさえ普通の人には視えない上、ここは病院だ。下手に騒ぎ立てれば、単純に入院している人や看護師達の迷惑となってしまうのは間違いない。
――しかし、そんな中で透の向かっている方向から突如として大きな男の悲鳴が聞こえてきた。
「くっ!奴らに先を越された!急ぐぞ、サナ!」
「分かった!1階の病室だから、もしかしてとは思ってたけど!」
「えっ、ちょちょちょ!先に行かないでよ!」
一気に進んでいく死神2人に、そう絵梨花は叫びながら後を追うべく走り出した。
そして、絵梨花が透とサナの入っていった病室へ足を踏み入れると、そこには一刻を争うような光景が広がっていた。
大きく開かれた窓の外から獣の姿をした"未練"が何匹も入り込み、その窓際に居た患者の男へと食らいつこうとしていたのだ。
怯え竦んで悲鳴を上げ続ける男に対して、他の患者は怖がったり嫌悪感を示すような顔を浮かべており、やはり"未練"が死期の近い人間以外には見えていないのだと絵梨花は察する。
「これだけの数が一気に・・・コイツら、群れを作るタイプか!ええい、面倒臭い!」
「透さん、これ少しヤバいんじゃない!?いくら私達でも、統率されて連携が取れるアイツら相手は勝ち目が無いって!」
「分かっている!だが、ここで彼を放っておく訳にはいかない!"未練"に食われるぞ!」
すると、透とサナが言い争っていた時に絵梨花は自ずと真っ先に患者の所へ走り、彼を守るべく"未練"達に向けて両手を広げた。
「絵梨花、何をしている!?お前まで奴らに食われるぞ!!」
そんな彼女の突然の行動に、透は蒼い目を見開いて驚きながら叫ぶ。しかし、それでも絵梨花は"未練"達の前から逃げようとはしない。
「そんなの分かってる!でも、この人を貴方達は助けなきゃいけないんでしょう!?それに私だって、この人を見捨てたくないのよ!!」
そう絵梨花が叫んだ事に"未練"達は一瞬だけ警戒したものの、そこで新たに獲物が飛び込んできたと理解して、再び襲いかかろうと鋭い牙を剥き出しにした。
――瞬間、その群れの先頭に立っていた"未練"の首が刎ね飛ばされ、ポーンポーンと空気の抜けたゴムボールのように病室の床へと転がる。
「・・・えっ?」
後ろで患者の男が無事だと確認した絵梨花が振り返ると、そこでは透が左手で鎌を振るいながらのチェーンで"未練"を巻き付けて引き倒し、サナが手の平から作り出した青白いカードのような物体でズタズタに切り裂いていた。
たった一瞬で統率が崩された事態に、ようやく残った"未練"達は獲物の捕食より自身が逃げ延びる事を選択したが、それは既に遅く次の瞬間には全く一様に彼らの首は透の持った鎌の刃へとぶら下がっていたのだった。
「嘘・・・あんな数を、一瞬で・・・」
――その人間離れした死神2人の戦いに、絵梨花は心なしか「美しい」と感じてしまっていた。
すると、透は敵を殲滅し終えたと同時にヒラリと翻るようにして絵梨花の後ろへ飛び、ゆっくり患者の男の前へと降り立つ。
「あ、貴方は・・・一体・・・!?」
「おっと、失礼。助けてしまって今更だが、俺は死神だ。お前の寿命が残り僅かになったので、こうして看取りに来た」
そう透が告げると、男は一気に顔を青くしていき縋るような勢いで命乞いを始めた。
「そ、そんな!死神だなんて・・・まだ私は死にたくない!頼む!」
「悪いが、それは出来ない。俺が請け負うのは、あくまで死者の魂を輪廻の輪へ導く事だけだ。そこに至るまでの善悪の裁き、そして罪の精算は管轄外だ」
「というか、貴方は人間の化学やら医療とやらで散々生き長らえてきたでしょう?お陰で私達、本来迎えるべき寿命が先送りにされまくって大変だったんだから〜」
「ひぃぃぃぃ!!お前ら、人間の魂を何だと思っているんだ!!」
「"何だ"と言われても、冥界において人間の魂は肉体という器から器に移される"中身"としか言いようがない。それに、お前は殺人や不正取引等で人間界の罪は相当に犯している」
そう透は言いながら、右手で男の胸ぐらを掴み上げて左手に持った鎌の刃先を突き付ける。
「早い話、とっとと魂を取り出してやっても良いんだが・・・どうだ?ここで罪を認めて悔い改めるなら、少しは輪廻の輪へ飛ばされる前に口添えしてやっても構わんぞ?」
その透の言葉に、男はワナワナと震えながらもキッと睨み返すような眼差しを返した。
「だが、地獄に落ちる覚悟なら既に出来ている!確かに私のやった事は悪い!どう言い訳しても許されるとは思ってすらいない!さぁ、これで胸の内は全て話したぞ!死神め、さっさとやれ!!」
「そうか・・・なら、分かった」
すると、透はヒュンと鎌を横に一閃したと同時に、男の胸から淡く光る火の玉らしき物体を刃の上に乗せて懐へと仕舞った。
「これで、お前の魂は回収された。良かったじゃないか、最期の最期に吐き出せるだけ吐き出せて」
「透、今のは・・・というか、それ死神的に良いの?」
「まぁ、"嘘も方便"と言うだろう?それに、俺の言った事は多少なりとも合っているからな。冥界条例3条に"贖罪の意志があるならば正当な裁きを受けられる権利を得られる"と、そうあるからな」
「でも、その気が相手に無かったのならバッサリ斬られてオシマイだったけれどもね〜」
「やっぱり裁いたりするんじゃん・・・」
そう疲れたように呟く絵梨花を、死神2人は急かすように病室の窓から外へと逃がした。
――無論、受け付けで彼女が貰っていた面会証を片手間に燃やしながらではあるが。
◇◇◇
「それで透さん・・・結局、絵梨花さんの事は良かったの?あのまま玄関に置いてきちゃったけれど・・・」
「それなら問題ない。"未練"は人間の所有する敷地には、許可の言葉を受けなければ玄関であろうと足1つ踏み入れる事は出来ないからな。あの病院で襲われた男は恐らく、窓の外から身内の声を真似た奴らに騙されたんだろう」
その後、無事に絵梨花を家へと送り届けた透とサナは、彼女に今日の事や自分達死神の事を忘れさせる術をかけて眠らせ、次の寿命が近づいている人間の下へと向かっていた。
「それと・・・透さん。絵梨花さんに"寿命が近い"事、最後まで伝えなかったね。どうして?」
ふとサナが疑問に思った表情で立ち止まると、透は彼女を追い越して少し歩いてから、顔を隠していたスカーフを首まで下ろしてニヤリとイタズラ染みた笑みを浮かべる。
「あぁ、その事か。あれだけ若い人間に、残りの寿命が1週間だとは伝えられんだろう?それに、絵梨花から"俺の生前"が、10年以上も前に死んだ幼馴染だと悟られると面倒だったからな」
――死んだ人間の中には時折、異常と言えるまでに自らを強く罰したいと願う者も居る。
そして、死神は"そういう人間"の魂から"幸せだった記憶"や"辛かった記憶"、それら全てを消し去られて生み出されるのだ。
透が生前どのような最期を迎えたにしろ、今の"彼"は冥界から来たる死の遣いでしかない。