リ「はあ?」
ミ「選り取りの駄目男を集めるのに苦労したのよ?」
リ「ぶち殺すわよ」
始まります。
+サイド???+
ふむ、ここはどこかの海辺のようだ。青い空に青い海、骨休めには最高の場所だな。
砂浜を歩きながら風景を楽しんでいると前方に体育座りして海を眺めるシンジ君を発見した。第一心人発見という奴か。
わしはあまり言う事を聞かない足を無理やり動かしてシンジ君の方に向かった。すると、足音に気づいたのか、シンジ君が視線をこちらに向けて驚いた表情を浮かべた。
「だ、誰ですか」
それに応えず、ゆっくりとした足取りでシンジ君の隣に立つと、これまたゆっくりとした動作で座ろうとする。その時、シンジ君が支えてくれたおかげで難なく座ることが出来た。優しい子だ。
わしはシンジ君に笑いかけ、口を開いた。
「ここは良いところだ。ずっといたいと思ってしまうな」
シンジ君はわしから視線を海に変えて頷いた。
「しかし、旅行には打ってつけの場所だが他に誰もいないのは少し寂しい」
わしも習って海に視線を合わせた。
「でも、心静かにいられる場所だと僕は思います」
「そうか、今は休みたいのかい」
「少し……結局僕は何も出来なかったから」
「なるほど、ならば次、出来るようになるといいね」
「………」
「なんだ、自信がないのかい?」
シンジ君がコクリと頷いた。
そうか、自信喪失によってこの場所に閉じこもってしまったのだな。ここは一つ、わしの昔話でもしてやろう。ふむ、そうだ、あれが良い。
「少し、わしの昔話に付き合ってもらおうか。そうさな、わしが大切な人に結婚を申し込んだ時の話だ」
わしは語り出した。
その日は酷い雨でな、電車が止まって待ち合わせの喫茶店に一時間も遅れてしまったんだ。喫茶店に着いた頃にはめかし込んだ服もずぶ濡れで中に入ったら店員に驚かれてタオルを貸してもらったほどだよ。
「それで、どうなったんですか?」
うん、それで拭きながら待ち合わせの席に行ったんだが、彼女は既にいなかった。わしは呆然として誰もいない席に座ったよ。彼女は怒ってしまったのか、どうしてもう少し早く家を出なかったのか、色々と自己嫌悪に走っていると店員が暖かい紅茶と一枚の紙を渡してきたんだ。そこには彼女の字で次の機会に取っておくと、そう書かれていたんだ。
「良かったじゃないですか」
「ふふ、そう思うだろう。わしもあの時はそう思ったよ。しかしな、話はそこで終わらないんだ」
「え?」
「その後、彼女に八回も結婚の申し込みをしたのに、それらすべてが失敗に終わっているんだよ」
「八回も!?」
「ああ、二回目はわしの妹が産気づいて病院に着いていき、そのせいで帰られてしまい。三回目は父親が急に倒れて失敗、四回目は彼女側の問題でわしは待ちぼうけ。五回、六回と失敗が続き、七回目が待ち合わせの場所の勘違いと来たもんだ。そして最後の八回目、例えどんなことが起きようとも行ってやろうと、場所も確認して家の外を出た瞬間、車に跳ねられてしまったんだ」
「泣きたくなるくらい災難!?」
「いや、実際わしは運び込まれる車の中で泣いたよ。ああ、年甲斐もなく泣き崩れたよ。常駐していた看護師に痛みで泣いているのかと思われて大人のくせにと引かれてしまったよ。それはそうさ、検査の結果ただの捻挫だもの」
「踏んだり蹴ったり!!」
「わしの顔が今にも死にそうに見えたのだろう、すぐに退院できたのにも関わらず、検査入院という名目のもと強制的に入院させられ、鎮静剤を打たれて寝かされてしまったんだが……まあ、遠からず、医者の診断は当たっていたかもしれん。あの時、わしは酷く高いところに行きたい気分だった」
「ナイスお医者さん!!」
「それで次に目覚めた時、わしは考えてしまったんだ。ここまでしてさせてもらえない結婚なら、いっその事止めてしまった方が良いのではないかとね」
その当時を思い出して俯きながらわしが自嘲的に呟けばシンジ君も一緒になって俯いた。きっと、今自分の決めた事を振り返り、同じように止めてしまおうかと思っているのだろう。
シメシメという奴だ、彼の心が手に取るように分かるぞ。ここでその後の顛末を話せばきっと、シンジ君は自信を取り戻すはずだ。
わしは内心で自分を自賛しながら口を開こうとすれば、シンジ君は勢いよく立ち上がった。そしてわしを見て。
「そうですよね!! たった一度や二度の失敗が何だって言うんですか。僕はまだ死にたいと思ったことはありません。なら、まだ頑張れる自分がいるはずです。いや、いました。おじいさんの話を聞いたら哀れすぎて自分がまだまだだと痛感しましたよ。ありがとうございます!!」
そう告げてきた。そうか、わしは哀れなのか……あれ、涙が出そうだ。
「いや、うん……参考になったのなら良かった……どうだろう、わしが哀れではない続きの話を…」
「早速、帰りたいと思います。きっと、皆が待っている筈ですから。おじいさんもゆっくりしたらちゃんとあるべき場所に帰って下さいね? また、会いたいですから」
シンジ君は先ほどまでとは違った清々しい笑顔を浮かべて海とは反対方向に走りだした。そしてその姿は跡形もなく消えていった。
残されたわしは消えた場所を眺めながらこう呟くことにした。
「シンジ君……君の心は繊細とは無縁になってしまったね。きっと彼ならそう言うだろう……立派になって」
成長した姿に感動してなのか、己の心が痛いからなのか、分からないが鼻を啜りながら立ち上がるとわしの傍に元妻とシンジ君やレイちゃんに似た女性が佇んでいた。
「あの子、気づいちゃったみたいね。せっかくばれないよう私が懐かしい老人の姿で会わせてあげたのに」
「おかげでわしは座るにも一苦労だったぞ」
「あら、あの子に手伝ってもらったじゃない。ホント、いい子よね。あなたも鼻が高いんじゃないかしら?」
元妻は女性の方に向けて語りかけた。女性は淡い笑みを浮かべて頷く。
「でもね、いくら息子を守るためとはいえ、ずっとこの場所に居続けるのはよろしくないわ。記憶になくともあなたはあの子の母親なのだから」
子や孫を持つ元妻だからこその言葉に女性は悲しそうな、それでも苦笑と呼べるものを浮かべた。
「子にとってどんなに駄目な父親でも、記憶に無い母親でも、親は親なのよ。あなたは幸いにも肉体ごと取り込まれた。私たちからすればそれは死ではない、眠っているだけ。なら目覚めるものよ。今は無理でも何時かはサルベージさせてやりなさいな」
そう言って元妻が指を鳴らすと女性は砂粒のように消えていった。
「ホント、あの母親は頑なでね、あの子には会わないって聞かなかったのよ。ここに連れてくるのに苦労したわ。まあ、あの模造品が覚醒したからコンタクトも取れたのだけど」
元妻はやれやれと首を横に振りながらため息を吐いた。どうやら相当説得に苦労したようだ。
「でも、一方的とはいえ、再開できたからよしとしますか」
「そうだな」
「うふふ、あなたがプロポーズの話を持ち出したときはどうしてそれをチョイスしたのか疑問に思ったわよ?」
「最後はわしとお前が結婚した。初志貫徹、わしは結局お前しか考えられなかったし、お前もそうだっただろう?」
一度決めた事は貫いて見せるのが男というものだ。まあ、そういう女性もいるが。
シンジ君にはそれを分かって欲しかった。
「ええそうね、でも、プロポーズの場所は病室、プロポーズの言葉は、もう嫌だ、何者にも邪魔されたくないから今すぐ結婚しようだったわね、あれはどうなのかしら?」
「わしらにとって最高の言葉じゃないか」
「神にさえ邪魔はさせないという意味だったかしら」
「あれは神がかり的な出来事だった」
「確かに、私という存在がいたのだからそれもありえるのかもしれないわね。何しろ、あなたがそれを私に告げた直後からそういった邪魔がパタリと無くなったのだから」
まったくだ、今だから思うがあれは宇宙の意思的なものが関わっていた気がする。
元妻はくすりと笑いながら手を差し出してきた。わしはその手を握り締め、ゆっくりと歩き出す。老人のわしと見た目は二十代の元妻、これでは祖父と孫のような関係に見えてしまうだろうな。
「もう少し歩きましょう、あなた」
「ああ、そうだな。一時の夢、もう少し楽しんでも罰は当たるまい」
そう言ってわしは元妻と共に心行くまで景色を楽しむことにした。
浜辺を一歩、一歩踏みしめて歩けば足と腰に響く。この姿だと生前の年と共に悪くなった場所を思い出して何だか考え深げに過去を思い出してしまう。そう言えば、元妻とは最後まで海に行くことはなかった。元妻は日焼けするのが大嫌いだったのだ。
「ここなら、その白い肌が焼ける事はないな」
「ふふ、そうね。ここは夢と精神の世界、本来生きる人がその意識を保ったまま来ることの構わない場所。ここであった事は意識が目覚めれば夢と散る定め。それを愛おしいと思うか儚いと思うかはその人次第」
「わしは愛おしいぞ」
「私は、リリスとしてなら儚いと感じて、あなたの妻としてなら愛おしいと感じるわ」
「なるほど、お前らしい」
「もっとも、これもすべてあなたの世界に生まれ育ち、あなたの妻となって感情を育んだからこそ、感じられる想いなのよ。もしも、それすらなかったら私は多分、この情景も唯過ぎ行く事象の一つとしか認識しなかった」
長い時を生きるものは本能に忠実でそこに至る感情を認識したりはしない。そんな事をすれば、きっと時に置き去りにされ、寂しさで壊れてしまう、元妻は歌うように述べた。
「お前は寂しいのか?」
ふと、疑問を投げかければ、元妻は優しい笑みを浮かべながらも首を傾げた。
「あなたと言う存在がいなければ、寂しいと思っていたかもしれない」
「では、寂しくはないか?」
「それもまた、どうなのかしら。私はあなたも愛しているけれど、自分が産んだ子供たちも愛しているのよ。リリスとしてこの世界に生きていく数多の子供たち、元妻としてあなたとの間に生まれた子供たち、同じ子供たちには二度と会えない。私に比べたらこの世界の子は瞬きの間で死に逝き、あの子たちは世界が違うのだから会うことはもう無い。まあ、向こうでも私が死んでしまったから言葉を交わすことは無かったけれど見守る事は出来たから」
そう言えば、わしも自身のことで精一杯だったからか、自分の子供たちを思い出すこともなかった。あの子たちは、そして孫たちは元気にしているだろうか。
「あなたも、私たちの子に会いたい?」
どうだろうか、既に所帯を持っているあの子らに会ったところで邪魔に思われるかもしれない。まあ、孫には会いたいと思うぞ。
「ふふ、薄情なお父さんだこと」
馬鹿言え、お前と共にいたいという男心を理解しないか。
「あら、それは失礼しました。私は女なもので」
元妻は嬉しそうな表情を浮かべて笑った。それにつられ、わしも笑う。
どのくらいの時を歩いたか、浜辺の風景は変わらないのに何故か心が落ち着いてきた。まるで、帰る場所に帰れたという安堵がわしの中に現れたのだ。訳も分からず、首を傾げていると元妻は言った。
「どうやら、私たちの機体の方まで歩いてきてしまったみたいね。やっぱり、自分の場所だと落ち着くわ。あなたもそう感じない?」
なるほど、わしらは何時の間にか零戦に戻ってきたのか。それはつまり、わしにとって零戦は帰るべき場所と言うわけだ。それならもう、前の世界に未練が残っていない証拠ではないか。わしがそう言えば、元妻もゆっくりと頷いて海のほうに視線を向けた。わしもそれに習う。
「ねえ、あなたはこれからも、あなたらしくありたいと思うのでしょう?」
海を見ながら元妻がそう問いかけてきた。
「ああ、わしがわしであるために、お前に誇れるわしであるためにこの老骨に鞭打って子供たちの未来を目指そうと思うよ」
わしも海を見ながらそう答えた。
「そうよね、あなたはそういう人だわ。なら、私も覚悟を決めないといけない。あなたも薄々気づいているのでしょう、この場所に至極簡単にこられた理由を、それも他人の心とも言える初号機のコアに入り込めた理由を」
「確かに、何となくだがお前の力だけではないような気がしていた。わしのこの姿も本当はお前が理由ではないのだろう?」
わしの皺くちゃの手を元妻は優しく撫でてくれた。それがとても愛おしい。
「先に待つのが終わりであってもわしは動き続けるよ、それこそ、愛するお前が死んだ時も、わしは生きることを止めなかったのだから」
粒子のようにわしの細い足が消えていく。どうやら時間切れのようだ。わしの魂が体に戻るのだろう。元妻が泣きそうな顔でわしを見つめてくる。
「あなた、無理だけはしないでね」
「ああ、無理をしない程度に頑張るよ」
「絶対よ、私が迎えに来るまでがんばりなさい」
心配性な元妻の泣きそうな顔を見ながら、わしの意識は闇に飲み込まれた。その寸前わしはシミジミと思い返した。
やはり一人で行く散歩よりも愛するものと一緒にする散歩は格別だ。
次回タイトル 惣流再来日
次回もサービス、サービス……ふふ、ストックが終わりに近づいてきたよ。