始まります。
そこらかしこからザフト軍と思われる兵士の声を耳に取り込みながら気配を消してやり過ごす。今は格納庫のコンテナがある場所の背後で動向を伺っている状態だ。オーブでの戦闘訓練及び、ネルフ時代の訓練が役にたったようで、彼らは自分達に気づいていない。
残念な事に彼らの目的が五機のガンダムなのですっかり囲まれてしまったのはある程度予想していた自分の失態とも言える。
彼らは着々と作業を進め既に三基のガンダムを強奪、格納庫から飛び出して行く。それを歯がゆい思いを抱きながらも一般人を連れた自分では幾らなんでも対処できないとしてやり過ごすしかなかった。そして今、兵士の数は二人、その内の自分たちと同い年くらいの一人が四機目のガンダムに乗り込んだところでもう一人の見た目が少し年上に見える兵士が言葉を発した。
「早くしろ、アスラン。隊長たちが相手しているとは言え、敵は歴戦の部隊だ」
「分かっている。お前も急げよ、ラスティー」
アスランという名称を聞いてあたしの後ろで息を殺していた少年が動き出した。あたし自身もアスランとやらの声が恋人の声に似ていて動揺してしまい少年の動きに気づけず、気づいた時には留めようとする自身の気配を漏らしてしまった。
そんな僅かな気配でも流石コーディネーターと言うべきか、ラスティーと呼ばれたザフト兵が銃を構えて振り向いてくる。
「誰だ!!」
「アスラン!!」
「この馬鹿!!」
三者三様の叫び声の中から幼馴染らしきアスランと呼ばれる少年はコックピットの中からちゃんと聞き分けられたようだ。
「…キラ、どうして」
少年――キラは向けられた銃など気にも留めないで悲しみに満ちた表情を浮かべてアスランを見つめる。
アスランもまた驚きに満ちた表情でキラを見つめていた。コンマの沈黙を破ったのはラスティーだった。
「何をやってる、アスラン!! 早く命令を遂行しろ!!」
「だが、そいつは俺達と同じ――」
「俺達ザフトの目的を忘れたのか!!」
躊躇して機体を動かさないアスランに対してラスティーが叱咤の声を上げればコックピットが閉まる。その一瞬、彼はキラを見つめ確かに苦悶の表情を浮かべていた。それが少し先に待つ自分達の末路を予想させる。
そして互いに動けない自分達から離れ、四機目のガンダムはバーニアを噴かすと飛び立っていった。
あたし達から視線を逸らさずそれを見送ったラスティーは銃をキラの方に構えた。
「さて、俺にも目的がある。悪いがここで死んでもらう」
アスランとやらのあの表情からもこれは当然の選択、ここでようやく自分の立場を思い出したのかキラが顔面蒼白で怯え始めた。けれど全てはもう遅い、いくらキラがコーディネーターでも隙の無い相手が放つ弾丸を避けられるほどの俊敏性は無く、それはあたしも同じで、如何に馬鹿力を自負しても弾丸を食らえば致命傷になりかねない。よって、ここでキラの盾になる案も却下される。一般人のキラに隙を突いて立ち向かえと言うのも無理な話で最後は結局、同胞の手によって殺される…が、もしかしたらこれは使えるかもしれない。
「待ってくれ」
あたしの制止に、しかし彼は無視してトリガーに指を置く。けれど僅かな隙を作り出すためにあたしは声を張り上げる。
「そいつはコーディネーターだぞ!!」
ちらりと視線があたしに向いたことで隙は出来た…出来たのだがこれでは駄目だ。仮に銃を突きつけられたのがあたしだった場合はその隙を付いて動けるが銃はキラに向いたまま、これでは動いた途端キラが弾丸に倒れてしまう。
「だから何だ、ヘリオポリスはオーブの所有するコロニーでコーディネーターがいるのも把握済みだ」
まったく持ってその通りの言葉を頂いて完全に作戦は失敗。だが、僅かに時間稼ぎになれると踏んだあたしは必死な表情を作って言葉を紡ぐ。
「あんたは同胞の、それも一般人を殺せるのか?」
「事情があれば仕方が無い」
「けど、こいつはただの学生なんだ。無抵抗な人間を殺すのがザフトのやり方か!?」
「黙れよ!!」
イラついた声色で叫び、銃の照準があたしの方向に動き始めた。その隙を逃すあたしではない。背後に回していた腕の中、コンテナから失敬した置忘れのスパナを銃に向けて素早く投げつけた。銃弾が放たれた衝撃音と共に銃が地面に転がり落ちる。既にあたしは驚きを見せるラスティーに肉薄、渾身の拳を叩き込む。ところが、そこは軍の厳しい訓練を受けた兵士、あの一瞬のやり取りで即座に腕を重ね守りの体勢に入ったことから鳩尾に届くことは無かった。それでも馬鹿力は伊達ではないのか、衝撃で背後にたたらを踏む。
あたしは視線をそのままに叫ぶ。
「キラ!! この隙に五機目に乗り込め!!」
「え!?」
「どうせシェルターはもう一杯だ。なら、少なくともモビルスーツの方が安全だ。コックピットを占めてロックすれば時間稼ぎになる!」
彼が工業系カレッジの学生だということ、五機目は四機があったこの格納庫の隣にあることも視野に入れた提案だ。
「させるかよぉ!!」
サバイバルナイフを取り出して応戦する構えを取った相手にあたしも気合を入れる。
「素人がいると邪魔だ、早く行けぇぇ!!」
キラを促す言葉を含めた気合の怒声を上げながらナイフを迎え撃つ。背後から聞こえる駆け音に軽い安堵を抱き、即座に思考を戦闘モードに切り替える。
振りぬかれたナイフの軌道を読みながら避け、決して地面の銃に近づけさせまいと誘導すれば頭に血の上った相手は見事に引っ掛かった。それでも丸腰の自分は避けるだけで手一杯の状態、何時までも対峙しているのは難しい。
言葉ない命のやり取りを数分続けているとこれまでにない建物の揺れを感じてお互い倒れないよう地面にしがみ付く。すると天井を支える鉄板やライトが落ちてきた。次に聞こえたのは五機目であろうモビルスーツのバーニアを吹かせる音。
相手も聞いていたようで途方に暮れた表情を浮かべていた。
「おい、どうしてくれんだよ……確実に任務を遂行する為に皆二人乗りで着たんだぞ」
つまり潜入する為に乗ってきた五機のモビルスーツは既に無く、こいつは置き去りにされたということ。いい気味だと言えないのはあたしも同様だからだ。
「こっちだって既にシェルターは一杯で同じようなもんだ。それにさっきの揺れで地上に上がる部屋が潰されたようだぞ」
視線を僅かに逸らし促せば戦闘態勢を解いたラスティーも習い部屋の出入り口に目を向ける。完全に瓦礫で塞がれた二箇所の出入り口を認識して絶望した表情を浮かべた。
「地下のここがこれだけやられたとなると地上はもっと酷いかもしれない」
あたしが独り言のように呟けば聞いていたのだろう相手からの返事が返ってきた。
「お互い笑えない状況だな……唯一残っているのはモビルスーツ搬入のエレベーターだが、非常電源だけで果たして動くかどうか」
落ちなかったライトの一部が正常に稼動していることから電源自体止まったわけではない。だが、殆どの機器が正常なのにも関わらず稼動されていないところを見ると主電源は落ちたと見るのが妥当だろう。
「くそ、これからだって時に俺の人生終わりかよ」
「まったくだ、恋人の意見は聞いて置くべきだったな。あいつがあたしの死を悲観して人類を抹殺しないか心配だ」
「…おい、こんな状況でよく冗談が言えるな」
「これが冗談なら良かったんだが、あたしの恋人は本気と書いてマジと読むぐらいやりそうなんだよ」
「たかだかナチュラルの男に何が出来るってんだ……まあ、コーディネーターでも無理だけどよ」
「普通はそうだよな……けど、あたしの恋人は人間じゃないから…な」
あたしの言葉にネタでは致命的に為りかねない間が開く。
「え、それ冗談だよな? 冗談は俺の顔だけにしてくれって、俺の顔のどこが冗談なんだよ!!」
この男、出来ると思わせる鋭いツッコミを行いながら、ちゃんとあたしの真剣な言葉に対して律儀に問いを投げかけてきた。
それにあたしは乾いた笑みを浮かべて首を横に振りながらも内心では目の前のザフト兵に戦慄する。
多分あたしだげ感じる戦慄だろうが。
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金髪の少女の助言通り、扉から一つ向かいの格納庫に鎮座するモビルスーツの元へ駆け寄る。するとそこにはザフトとは違う軍服を身に纏った女性が、そのモビルスーツに乗り込もうとしていた。軍服から連邦軍だと当たりを付けたキラはその背に声を掛けるため近づく。直後、大規模な地響きが聞こえ、自分の通ってきた扉の前には天井から落ちた瓦礫が積み重なっていた。
コックピットに乗り込もうとしていた女性は揺れに耐えきれず、ロープを手放してしまい重力に従って落ちてくる。それをキラは全身を使って女性を支えるも、コーディネーターとは言え普段鍛えていない学生に抱きとめるのは難しく、共に尻もちをついてしまった。
背後からの接触に女性は一瞬身を固めたが、すぐさま懐から銃を取り出すと支えてくれたキラにその銃口を向けた。二度に渡り、銃口を向けられ、キラは既に半泣きである。
けれど、その涙目姿が功を奏したのか、女性はキラを一般人と判断、モビルスーツに乗って脱出するよう勧められ、金髪の少女からの要望は叶えられた。だが、あの揺れでは彼女もまた脱出を困難にさせているかもしれないと思い浮かべたキラは女性の提案に二の足を踏む。
女性は乗り込もうとしないキラを見て怪訝な表情を浮かべるも内心で怯えているからだろうと判断して無理やりコックピットに乗せ、言うも言わせず発進させた。
地下に残った金髪の少女やザフトの兵士を途方に暮れさせたバーニアを奏でて、地上までのシャフトに何度も機体をぶつけながらも脱出に成功すると、そこでは既にザフト軍の保有するモビルスーツが三機、赤い新型のガンダムが一機、何時でも攻撃が出来る体制で待ち構えていた。どうやら定期連絡が為されないまま地上に出てきた新型を捉え、強奪の失敗と判断したようである。
その中の一機、赤い新型から通信が入るも操縦しているのは女性でそれに応えることはなかった。キラの心情としては通信を返したいと思っていたが、それを行えるほど女性の操縦に余裕は無いようである。何度目かの通信を最後にキラの親友―――アスランが操縦する赤い新型は本来の目的を思い出したかのようにヘリオポリスから離脱していった。
離脱を確認した三機のザフト軍モビルスーツ―――ジン残りの新型――ストライクに向けて一斉に攻撃を開始する。重斬刀を構えバーニアを吹かすと多方面から斬撃を繰り出した。コックピットに乗る女性は短い悲鳴を上げながら回避行動に移るも未完成のOSでは碌な動きも出来ず、的のような状態で何度もその斬撃を装甲に届かせる。
だが、この新型は特殊な装甲を持ち合わせていた。一定のエネルギーの消費で物理的衝撃を受け流す相転移装甲―――俗に言うフェイズシフト装甲である。従来のモビルスーツよりも動力消費は大きいが、日本が誇る特機などから紙装甲と言われ続けたモビルスーツの欠点の改善に成功したストライクはジン如きの斬撃を何度浴びようともその装甲に傷は一切つかない。
ただ、機体自体被弾しなくともコックピット内の衝撃は凄まじく―――如何に衝撃吸収装置が備わっていても、そう何度も攻撃されれば衝撃は伝わる―――結果、操縦桿を握っていた女性は白目を剥いて失神してしまった。
衝撃に耐えていたキラはこのままでは自身の死を明確に感じて身震いすると一転して行動に出る。渾身の力でその女性を退かして操縦席に座ると常人とは思えない早さで端末を操作していく。
「くっ、こんな状態で碌な操作も出来るはずないじゃないか」
自身の得意とするパソコン技能、またの名をハッキングでストライクのOSにアクセスすると思う存分変更―――別名、僕の考えた最強のOS(笑)にしていった。
黙々と作業を行い最後の端末を弾くとキラは安堵の笑みを浮かべた。
「これで僕の思うように動かせる!」
コックピット内に重低音が響き渡る。しかし、それはキラが望む音ではなかった。
「あれ……」
端末上部にある画面にエマージェンシーという単語とエネルギー系統のダウンを報せるものが点滅していた。その直後、フェイズシフトダウンという単語が画面に描かれるとストライクは機能を半停止してしまう。何度も物理攻撃を食らえば辿る当然の岐路であった。
「うそーん」
普段このような言葉を口にしないキラが茫然と吐き出した心の底からの想いを残念ながら聞いていた者はいない。女性は未だに白目を剥いているのだから。
鮮やかな彩りだったストライクの装甲はキラの心情を表わすかのような灰色に変わっている、次の攻撃を回避するのも物理衝撃を受け流すのも不可能というこの緊急事態はキラにとって死を意味していた。
モニターに映し出された振り上げられる三つの重斬刀、キラはそれでも必死に全方位の通信を送る。
――助けて――誰か――僕は――死にたくない。
この際目の前の敵でもいい、捕虜になって理不尽な扱いをされても構わない、死にたくない、そんな思いで通信を送るも敵の三機は動きを止める訳もなく、三つの刃は無情に落とされた……自分の機体を庇うようにいきなり現れた漆黒の機体に。
「え?」
そんな間抜けな声を上げるのも無理はない。いきなり現れた機体に驚くのは当然としてその漆黒の―――死神のような機体は長い棒状のようなもので難なく刀身を受け止め、その棒から高出力のビーム刃を発生させ一瞬して一機のジンを切り刻んだ。
「まずは一体ってな、次!!」
どこかで聞いた覚えのある声がスピーカーから流れた直後、漆黒の機体がぶれる様にその姿を消すと二機目のジンの胴体と足が離れていく。
第三者の参戦に勝機を欠いた残り一機のジンはバーニアを吹かせながら後退するもその場所には既に死神とは正反対にあるような白銀の翼を羽ばたかせた天使のような機体が佇んでいた。神々しい見た目の天使はその手にビームサーベルを持って死神に負けない無慈悲な動作で切り裂くと、スピーカーからこれまた聞き覚えのある声が響き渡った。
「任務完了」
数分も掛らずザフト軍を蹴散らした二機は悠然とキラ達の前までやって来る。
そして映像通信が送られ、それを開けば自身を火消しの風と称する昨晩出会った少年達の姿が映し出されていた。
キラは助けてくれた礼よりも先に自身の口からとある願いを声に出すのだった。
瓦礫で閉鎖された空間、互いに脱出路を失ったカガリとザフトの少年兵は己の死を感じながらも言葉を交わしあう。
それによって変わる未来とは。
次回 ラスティーさんの前座
次回も欲望に負けるな、カガリ!!