今回も何とか追撃を退け、アークエンジェルはロンデニオンに向けて航海を再開させた。
その後ロンデニオンに付くまでザフト軍の追撃は無かったが、艦内ではちょっとした騒ぎが起きていたようで……。
食事の時間帯になり、本来ならばデュオかカトル辺りがあたしとラスティーの分の食事を持ってきてくれるのだが、今日は一向に現われず不測の事態でも起きたのかと危惧したあたし達はアークエンジェルの食堂に向かうことにした。
足早に食堂の中に入ればそこで繰り広げられる光景にラスティーが歓喜の声を上げ、あたしは己の浅はかさに嘆くことになる。
何故か連邦の戦艦にプラントの歌姫にしてプラント議員の父を持つラクス・クラインが赤髪の少女に一方的に攻められていたのだ。ラスティーがファンだということは知っていたが、それならこの状況に文句の一つでも言うのかと思えば興奮しすぎた彼は残念ながらラクスしか目に入っていなかった。キラを始め、学生仲間はオロオロしているだけの状況、残念ながら配慮の出来る古巣の連中は皆出払っているようで止めるものは皆無である。
取り敢えず役に立っていないキラを連れ出し、ラクスが居る理由を問いただせば、先の戦いでキラ自身が救命ポットを発見、南極条約に乗っ取り救助して連れて帰ればそれがラクスだったようだ。三ヶ月前、かつての農業用プラント・ユニウスセブンが連邦の核によって壊滅、二十四万人の死者を出した凄惨な事件の慰問に来ていたところをエアロゲイターとは別の異星人に襲われたらしく、慰問団は壊滅するも国の歌姫を逃がそうとラクスだけが逃がされ難を逃れたようだ。
赤髪の少女は余程コーディネーターが嫌いらしい。今度はラクスからキラに矛先を変えて差別発現ギリギリの罵声を浴びせ始めた。これにはキラの仲間達も黙っては居られなかったらしく赤髪の少女を口々に責め、場は混乱の一途を辿り始めていく。
あたしは手のひらを思いっきり叩き、自分の存在知らしめると未だ熱い眼差しでラクスを見つめているラスティーの脇腹を肘で突きながら口を開いた。
「どーも、アークエンジェル一般人代表にしてナチュラルの綾波カガリです!」
自己紹介を述べ、ラスティーに目配せすれば心得たとばかりに頷く。
「ハイパーコーディネーター、ラスティー・マッケンジーでっす!!」
その自己紹介にコーディネーターがキラ以外にもいたという事実を彼らに示し大いに驚かせた。キラやラクスなど口をポカンと開けてあたし達を凝視している。既に彼ら彼女らはあたし達の術中に嵌り始めている……多分。
エアーセンターマイクを思い浮かべラスティーの隣に位置を移動する。
「というか、ハイパーってなんだよ」
「そりゃ、スーパーより凄いコーディネーターって意味です」
酷く真面目な表情でラスティーが言った。それを見てラクスがクスリと笑う。
「いや、無駄にキリッとした顔されても意味が分からないから」
「え、分からないんですか? カガリさん、貴方中卒ですか?」
「ハイパーが分からないだけで中卒扱い!?」
あたしのツッコミに丸眼鏡を掛けた少年が噴出した。
「だってそうでしょう、あのハイパーですよ、スーパーなんて目じゃないんですよ。 ぷっ、お可哀想なカガリさん、中卒カガリさん」
「おい、それだと世間の中卒の人を馬鹿にしているぞ、取り敢えず殴られろ。……そこまで言うなら、ハイパーコーディネーターのラスティーさん、コーディネーターは生まれながらに才能を持ち合わせているらしいじゃないですか、あなたどんな能力を秘めているんですか?」
あたしがそう問いかけるとラスティーは不適に笑う。
「一時間でドミノを三万個並べられます!!」
ドヤっと勝ち誇った表情で言えば、場にパラパラと笑いが広がる。渾身…だと思うボケを笑いに変えられてラスティーは全身から喜びを見せていた。
「え…それだけ?」
「まだまだ、ハイパーは凄いですから!!」
「後は?」
「熱々のおでんを一切リアクションせずに早食いできます」
「凄さの位が分からない!?」
「服の上から女性の下着の色を見分けられます」
「おまわりさーん、ここに犯罪者予備軍がいますよー!!」
「ちなみにそちらの赤髪のお嬢さんは意外と大胆な黒の――」
「ぎゃあああ、どうして分かるのよ、この変態コーディネーター!!!」
この叫び声を上げたのは赤髪の少女だ。というか、ホントに当てやがったよ、この男、侮れないものがある。
「え、マジで当たっちゃったの!? 俺すごくねぇ!!」
ラスティーが同意を求めるようキラに視線を向ければ顔を赤くして目をキョロキョロさせていた。想像したんだな、キラ、素直な反応ありがとう。
「はいはーい、この子、ミリアリアが付けてる今日の下着はなんですか?」
「ちょっ、トール!! なに聞いてんのよ!!」
「お任せあれ! 今日の俺はハイパー冴えているぜ……ふむふむ、これはまた、あなたにピッタリ、清純そうな水色ですかな?」
「ホントに当てよったぁぁぁ、すげぇぜ、ハイパーコーディネーター!!」
何故、濃い茶髪の少年――トールは答えを知っているのか。
「いや、何で少年が答えを知ってるのかな?」
ラスティーも疑問に思ったようだが、どうしてそんなにニヤニヤしながら聞くんだ。
「そりゃあ、恋人ですから、下着の――ぐはぁっ」
「それ以上言うとお別れしないと駄目ね、トール……今生から」
「ひぃぃぃぃ、ごめんなさい!!」
薄い茶髪の少女――ミリアリアの迫力にトールが即座に土下座する。古今東西、究極の謝罪は土下座に限るようだ。父上もよく母上に土下座を行っていた。
食堂は笑いの渦、頭を何度も打ち付ける謝罪、変態、変態と叫ぶ声などが木霊してより混乱し始めた。流石にこれ以上混乱したら何事かと艦のお偉いさんが駆け込んできそうなので締めに入る。
「それで最後に聞きたんだが、あたしを『中卒』扱いしたんだ。ハイパーコーディネーターのラスティーさんはさぞかし『高学歴』なんでしょうね?」
落ちに向けてのキーワードを強調して告げればラスティーが頷いて汲み取ってくれた。
「永遠の中学二年生です」
どうやらちゃんと把握してくれたようだ。やるじゃないか、ラスティー、あたしと世界が狙えるぞ……多分。
「結局、中二病かよ!! もういいよ!!」
「どうもありがとうございました!!」
二人してお辞儀すると小さめな拍手喝采を頂いて即興漫才は終わりを告げた。その中で赤髪の子が呆れ顔ながらも拍手する姿を見てお笑いの凄さを再確認した。
「改めて、とある事情で保護されている綾波カガリだ、ここで言うならナチュラルだぞ」
「始めまして皆さん、カガリの護衛を任されているラスティー・マッケンジーです。先ほども言った通りコーディネーターですから」
そう言ってアルカイックスマイルで赤髪の少女に対して自己紹介する。頬を引き攣らせた彼女は別の意味で恐怖に感じているようで、苦笑する丸眼鏡の少年の後ろに隠れた。
「えっと、自分はサイ・アーガイルと言います。そうですね、ナチュラルです」
丸眼鏡の少年――サイの自己紹介に端を発して皆が自己紹介しながら自身の出生を明かしていく。
「お嬢さんはコーディネーターがお嫌いのようですね、理由をお聞きしても?」
安心させるようなゆっくりとした口調で赤髪の少女――フレイにズバリ切り込んだのはラスティーだ。
「……だって、コーディネーターは私達に比べて力も能力も高いから怖いわ」
「なるほど、確かにお嬢さんと比べれば強いですね。ですが、俺より強い奴は沢山いますよ。それもナチュラルに」
「え!?」
その発言にフレイを始め学生らやラクスまでもが驚きを見せる。ラスティーはこの子です、などと言ってあたしに視線を真っ直ぐ合わせた。
「女性なのに力が強すぎなんですよ、うちの雇い主は。いやはや、これがまた、護衛の意味が分からくなりそうなほどで」
当然彼らの視線も私に注がれ、そんな近場に居た事に驚愕の表情を浮かべた面々に呆れれば良いのか、人を腕力馬鹿のような扱いにしたラスティーに憤ればいいのか。
まぁ、当然憤るわけで、ラスティーに恥を搔かせる意味とその証拠を兼ねて予備動作も無く軽々とラスティーを姫抱きしてやった。
「!?」
これにはあたし以外の全員が呆気に取られたようだ。その中でフレイがいち早く立ち直り怪しむように聞いてきた。
「あなた、本当にナチュラル?」
「ああ、そうだぞ。けど、力だけは強いみたいで、ここに居る連中なら一分も掛けないで倒せると思うが……やってやろうか?」
ご期待に応えようか、そう言いながら酷く好戦的な笑みをわざとらしく浮かべてやればラクスとラスティー以外の学生組みは酷く怯えて首を横に勢いよく振る。
完全に怯えられたがラスティーにとってこの状況が望ましいはずなので敢えて放置した。
「とまぁ、こんな感じでナチュラルにもお嬢さんが言う化け物染みた奴はいます。ですから、どうか偏見だけで相手を決め付けないでください。あなたの言うように戦争を求めるコーディネーターもいますが、逆に戦争を求めるナチュラルもいるのです」
「……でも、戦争を始めたのはそっちじゃない」
「ええ、そしてその切欠を作ったのは一部の連邦、この艦が所属する地球連邦です」
「…血のバレンタイン、か」
サイがポツリと呟き、補足としてナチュラルのあたしが詳細を語ると彼らは皆沈痛な表情を浮かべた。
私は彼らに私の想いを、この世界の現状を伝えるため、口を開いた。
「お前達はあたし達の拙い漫才に笑ってくれた、その事実は出生が違おうとも悲しい時には泣いて、嬉しい時は笑う同じ人間だと言う証拠じゃないか。このご時勢、地球侵略を企む異星人や妖魔軍団だっているんだ。よっぽど、そっちの方が怖いと思うぞ。あいつらにとって人類は等しく抹殺対象だ、ナチュラルもコーディネーターも関係ない」
「……随分と詳しいんですね、綾波さん」
ミリアリアの言に皆同意するよう頷く。
「そこはコーディネーターを護衛にするような酔狂な奴だから、察してくれると助かります。これでもお忍びって奴なんでね」
「おい、ラスティー」
「はいはい、黙っていましょうね、カガリ。我が物顔で戦艦に乗っている時点で怪しさ満点なんですから多少は口止めしておかないと」
「口止めってあたしはそんな大層な者じゃないぞ?」
少なくとも今の立場は綾波カガリなのだから。
「ねえ、何時まで抱えられているの?」
小さく、それでいてはっきりとした意見に皆がその事実に今気づいたかのよう目を見開き、あたし達を――正確に言えばあたしの腕の中の人物を凝視する。
「護衛は護衛対象にお姫様だっこされるのが仕事なの?」
発言した黒髪の少年――カズイの言は顔に似合わず辛辣だ。腕の中のラスティーが顔を赤くさせて放心している。偉そうに語っていた今の今まで姫抱きされていたことに気づいて耐えられなくなったのだろう。
その場は漫才以上の笑いの渦に包まれ、騒ぎを聞きつけた副官のナタル・バジルール中尉に怒られてその場はお開きとなった。
皆が持ち場に帰るそんな中、キラが彼ら同級生達と少し距離を置いていた事に対してあたしは疑問に思い、彼に問いかければあからさまに表情を歪めた。次いで無理やり笑顔を作って話をはぐらかすものだから、この場でこれ以上追及するのを止めておく。
その後、キラとはタイミングが合わず話せないままだったが、もう一方のフレイとラクスの関係は改善されているようだ。ロンデニオンに付くまでフレイと度々自室から抜け出したラクスが拙いながらも穏やかに会話を交わすところを見かけ、あたしとラスティーその都度は静かに見守るよう心がけながら内心で安堵した。
けれど時代は戦争の一途を辿っていて、それは人類同士だけとは限らないことを彼女らに刻みつけ。それでも辿る末路は等しく争いから出る悲劇となって誰にでも降り注ぐことを彼女らは身を持って知ることになる。
束の間の平穏の中で小さな、それでも大きな絆が育まれた。そして一行は新たな戦火に向かう。
次回 急襲、復活の赤いイカ(怒)
次回も突き進め、カガリ。