格納庫での一件が収束したことであたしとラスティーはアークエンジェルからLilinに戻る事になった。
しかし、何となく愛着が沸いたようで離れがたい気持ちを抱かせる。かつての仲間達もさることながらキラやフレイ、学生組と碌な挨拶もなく別れなければならないのがその気持ちに拍車をかけていた。
そんなあたしの心情が顔に出ていたようでリツコはマリューにある提案を上げた。
曰く、代表保護の御礼としてLilinが持ち合わせていた物資の提供をしたいというものだ。ヘリオポリスの避難民を抱え、物資の数が圧倒的に足りないアークエンジェルとしてはこの申し出に一もなく頷きを見せた。
話はトントン拍子に進み、パイロットについては物資搬入の時間を自由時間とする旨が伝えられた。マリューとリツコの粋な計らいにあたしは素直に感謝すると少ない時間ながら別れを告げる為既に格納庫から去った彼らを探し始めた。
スタッフなどに尋ねながら向かった場所、ソファーや給水機などが置かれた休憩室の一角、人の殆どいない時間帯なのに学生組と古参の一部、デュオやジュドーがこそこそ端っこのほうで固まりなにやら雑談とは思えない会話を行っていた。
あたしは気配を消して近づき、聞き耳を立てる。すると声を荒げたフレイを窘めるサイ、ミリアリアの会話が聞こえた。
「このままじゃ、あの子が捕虜扱いになるじゃない!!」
「落ち着いて、フレイ」
「声を抑えなさい、誰かに聞かれたらどうするの」
「ラクスが連邦に捕まっても良いって言うの!?」
どうやら会話内容はラクスの今後について語られているようだ。先ほどの戦闘でナタル少尉がザフトに告げた内容を後聞きしたフレイが、眉を潜め、加えて格納庫での人道云々の話を聞いて怒りに火がついたらしい。コーディネーター嫌いのフレイが庇うような発言を発した事でキラが嬉しそうな表情を浮かべて聞いていた。
「いくら人がいないからって連邦の戦艦でその発言は不味いぜ」
デュオが窘めるもフレイは聞き耳を立てない。それどころか、目を吊り上げラクスを逃がすよう詰め寄る始末だ。
聞き手に回っていたジュドーがフレイの変わりように疑問が生じたのか、理由を問いかける。
「ねえ、フレイさんさ、どうして彼女を助けたいの? 彼女ってフレイさんの嫌いなコーディネーターだよ?」
「……確かに今でもコーディネーターは苦手だけど……コーディネーターとしてじゃない、私のパパを助けようとしてくれたラクスという一人の少女を助けたいと思ったの」
冷静に問いかけられ幾分落ち着きを見せたフレイが顔を赤くして呟く。その言葉に彼らは言葉なく感動しているようだ。
ただ一組の対人関係が良好になっただけの出来事――それでも人は言葉を尽くせば分かり逢えるのだという証でもあった。特にコーディネーター嫌いが筋金入りとされる彼女の言葉は強く印象に残るというもの。
「それにこの戦艦ってコーディネーターより強い子が一杯いるんだもの、何だがコーディネーターだけ怖がるなんて馬鹿馬鹿しいじゃない……あの子を怖がっていた私が馬鹿だったわ、あの子、目を輝かせて『お、御友達になってくださしゃい!』なんて噛みながら叫ぶのよ? ……開けてはいけない扉を開きそうになったわ……って言うか、あざとさのない天然なんて可愛すぎるでしょう!! ……うん、決めた、開けちゃっても良いかな、いいよね!?」
鼻息荒く、そう宣言するフレイに感動していた学生組が一転して急に慌てふためいた。
若干、いや、好意から大分突き抜けたような感じで暴走するフレイを涙目で止めに掛かっているキラとサイが憐れに思えるもジュドーにとっては納得できるうえ喜ばしい言葉だったらしく、満面の笑みでフレイの言葉に賛同し始めた。
賛同を得て暴走し出すフレイをキラやサイはもう泣きながら止めるよう懇願し始めたが、もちろん、あたしや背後に控えるラスティーにとってもフレイの言葉は喜ばしいので、言葉の意味は理解できないが出来るなら賛同したい想いだ。
「やべぇ、ラクス様ファンの俺としては危機感を抱かなきゃいけないのに嬉しさが勝って何も言えない」
何てことをラスティーは呟いたので、その開けてはならない扉とやらは危ないということだけは理解した――後でカヲルに聞いてみてから改めて賛同するか検討しようと思う。
益々暴走する、何か豪華ホテルで甘い一時を過ごし、夜は強引に押し倒すギャップ性にラクスは落ちるはずと断言したフレイをまずはお友達から始まって交換日記をするという―――内容については所々分からないが、理解出来る部分もある、態の良い先送りだ―――を終着点にして落ち着かせ、話は最初の議題に戻り始めた。そして何時の間にかラクスをザフト軍に返すという軍法上拙い話になっていく。
これに学生組が賛同すると本来窘めるべきデュオやジュドーまでも異を唱えないばかりか助長する始末、あたしはその後、彼らの処遇を考えて眉を潜めた。
軍規は詳しくないものの、確か捕虜の無断解放は下手すると銃殺刑に処されてしまう可能性があったはずだ。まして彼ら学生組は先ごろ軍に志願して、マリュー艦長よりそれを受理されている。たかだが一平卒に捕虜開放などされては殺してくださいと言っているようなものだ。
「けどよ、ここの艦長は随分と甘いと思うぜ? 成りたての、それも未成年を銃殺することはねぇんじゃねぇの?」
あたしの懸念に対してラスティーが小さくそう告げてきた。
「それに古参の連中はあくまで客分でしかないからな、仮に止む終えない事情で単独行動になったら当てになるのはキラの坊主だけって訳だ。そんな戦力を見す見す消す事は出来ないって」
確かにこれで学生組が銃殺されるとキラは確実にこの戦艦を見捨てるだろう。つまり、学生組の彼らも命の保障がなされる確立が高いという事だ。
「プラントにとってラクス様は人々の心の支えでもあるわけだが、そんな彼女を連邦の上層部に巣くう奴らに渡したらそれこそ戦争は泥沼化になるほどの……言い方は悪いが爆弾でもある。でだ、多分だがデュオの奴はそれを理解しているからこそ反対しないんじゃないか? まあ、もう一人のお子ちゃまは素直に可哀想という気持ちからくる純粋なものだろうが、はっきり言えば今の状況での開放は悪くない」
他の組織に準じている古参が手を出せば国際問題になりかねないものの、自身の組織からならばいくらでも庇い立てを行えると言う単純だが、理に叶った理由だ。更には艦長の優しさを利用することも考慮されているのだから、流石プリペンダーのエージェントだとあくまで声に出さず内心でデュオを褒め讃えた。
するとそんなあたし達の背後に声が掛けられた。
「あいつはそこまで計算高くない。せいぜい、あの副艦長が気に食わないという理由だろう。ナタル少尉の通信を聞いて酷く憤りを見せていた事からも間違ってはいないはずだ」
音もなく背後に現われたヒイロはそう言ってラスティーに視線を合わせた。
「だが、お前の意見は最もと言える。俺達は人類で争っている場合ではない。その言葉とお前自身が今まで示してきた態度から本当に離反したという認識に至った。今まですまなかったな」
後半の謝罪を理解できなかったあたしにラスティーが告げる。
「あー、なんだ、カガリがどうしても俺から離れなきゃならない時とかにこいつがあからさまで尚且つ高圧的な監視を行ってたんだわ。俺、高圧的な監視なんて初めてで結構堪えたんだけど、多分その事じゃねぇ?」
あたしが目線で真意を問えばヒイロは頷いて見せた。
高圧的な監視などという器用な事が出来るヒイロに感心すればいいのか、そもそも監視は悟られないようにするのが鉄則だろうと呆れればいいのか、悩むところだ。
そんなあたしを他所にヒイロは淡々と言葉を続ける。
「もしもあいつらが銃殺になるような事があればもちろん俺達は止めるつもりだ。だからカガリは安心して見守っていて欲しい」
そう言われてしまえば頷くしかなく、あたし達は作戦を立てる彼らを視界から外して休憩室を後にする。挨拶はまた後で交わすことにした。
三人で会話を交わしながら廊下を歩いていると思い出したかのようにヒイロが口を開いた。
「それにしてもバルマー戦役時代のカガリなら率先してあの輪に参加していたことだろう。二年という月日は猪突猛進が心情のお前をここまで成長させたようだな」
「そりゃ、本音を言えばあそこに加わって手助けしてやりたいさ。けど、この世の中、道理だけで渡れるほど甘くわないってことをあの場所やヘリオポリスで学んだからな、思慮深くもなる」
あの場所――オーブでの姫という立場は考え深かった。国の中枢に携われない空しさと己の考えなさに何度苦渋を舐めた事か。
あの国の政治は五大氏族の為だけでしかなく、如何にトップの娘とは言え、発言権は無いにも等しい。ウズミの娘は短慮の性格で粗暴も悪く嘆かわしいなどと何度も陰口を叩かれた。その度に怒りを静めなければならない自分が酷くちっぽけに見えて、つくづく政治に向かない性格なのだと逆に開き直れば少し心が軽くなってそんな自分に落ち込む。その繰り返しの二年間だったように思える。
「だから少しでも落ち着けるよう、これでも我慢しているんだよ」
「そうか」
「体が動きそうになった時なんかは頭の中にいるもう一人の自分みたいなのに話しかけたりしてさ、これがまた口論になるんだ、動け、駄目だって言い合うみたいに」
「それは面白いな」
「いやいや、無表情で言われてもって……ヒイロはそれが通常だったな」
「だが、カガリ」
言って立ち止まるとヒイロはあたしを真っ直ぐ見つめる。
「お前が政治に向かないことで落ち込み元気を無くすくらいなら、俺は迷わずこう言うだろう『政治家などならなければいい』と」
「へ?」
「あの頃の生き生きとしたお前を見ると心が温かくなる。それはつまりお前に好意を持つという意味でもある」
「おいおい、それって!!」
ちなみにこの好色な声を上げたのはラスティーだ。
「俺は元気なカガリが好きだぞ」
淡い笑みを浮かべたヒイロは言い終えたとばかりに再び歩き出す。しかし、数歩進んだ先、振り返り何時もの無表情で小さく呟くように付け加えた。
「もちろん友情として、だ」
辛うじて聞き取れたあたしは歩き去っていくヒイロの背中にその言葉の真意を問うため声を上げる―――前に廊下の曲がり角から子供のような泣き声を上げたカヲルがこちらに向かって走ってくる姿を視界に捉え、ここでようやくヒイロの真意に気付いた。
ヒイロは曲がり角で聞き耳を立てるカヲルを見つけ、わざと最後の言葉を聞こえないようにしたのだ。
涙や鼻水を撒き散らしてカヲルは勢いよくあたしにダイブした。本当ならここで一緒に倒れるのだろうが、生憎と体が頑丈なものでがっしりと支えきって抱き上げるとカヲルは顔を首筋に埋めて、嫌だ、嫌だと子供の我侭みたいに言葉を繰り返す。
そんなあたし達のやり取り旗から見ていたラスティーは大声で「いや、立場が逆だろう!!」と渾身のツッコミを入れてくれたが、拗ねられると面倒……ではなくこの勘違いを早く正して安心させなければならない。
晴れて監視が解けたからなのか、はたまたこの状況に居た堪れなくなった末の行動なのかは定かでないがラスティーは一人別行動をすると告げてこの場から離れて行った。
残されたあたしは中々の締め付けで今も抱きついてくるカヲルの背を優しく撫でながら勘違いを正すことにする。
「大丈夫だ、大丈夫だぞ、どんな理由があろうともあたしはお前を嫌ったりしないから」
「…グスッ…ホント?」
「ああ、お前が嫌だって言っても離れてなんかやらないつもりだ」
「……絶対?」
「もちろんだ。絶対嫌いにも離れる事も無い。覚えておいてくれ、それくらいあたしはカヲルの事が好きなんだ。今更離れることなんで出来るわけが無い」
オーブの二年間、腐らずにやってこれたのは偏にカヲルが傍で支えてくれたからだ。コアに還る時間を除けばその全てを余すことなくあたしの為に使ってくれたカヲルを、恋人を、どうして嫌えるというのか。
「……カガリを信じる」
「そうしてくれ、あたしもお前の想いを信じ続けられるように」
嫉妬深く、時に単純な勘違いですぐに泣いてしまうような脆さがあっても全てが愛おしく、自分から別れる事など考えも付かない。
「信じるから、もっと撫でて欲しい」
「今日は一段と甘えん坊だな。オーブに留守番させたのがそんなに堪えたか?」
素直に頷かれ、あたしは笑みを深める。
だから、もしこの関係が終わるとするならば、それは――あたしからではなく、お前から離れる時なのだろう。
口には出さず心の中でそう呟いて、後はただカヲルの機嫌が治るまで背中を撫で続けた。
――口に出したら、何だかそれが本当になりそうで怖い。
そう言い訳を浮かべてしまうほどあたしも存外臆病なのだ。
機嫌が治ったカヲルや頃合を見て合流してきたラスティーを連れてラクス返還作戦の内容を話し終えた彼らの元に向かうと当初の予定通り別れの挨拶を交わす。
皆が別れを惜しんでくれている中でキラだけが驚きの表情でカヲルを見つめていた。格納庫でもカヲルの自己紹介で驚きを見せていたはずだ。どうやらカヲル自身も気になっていたようで視線をキラに合わせた。
「やあ、キラ・ヤマト君だね、先ほどから僕を凝視しているけれど何か言いたいことでもあるのかな?」
「やっぱり格納庫でも思っていたけど……アスランに声が似てる」
そう言えば、ヘリオポリスの時に少し聞いた彼の親友の会話は何処と無くカヲルの声質に似ているなと思い出す。細かく言えばカヲルの普段滅多に見せない堅い声にそっくりかもしれない。
「ふふ、そんなに僕の声は君の親友に似ているのかな?」
「え? あ、はい」
あれはきっと、親友だって言った事無いのにどうして知っているのか、という疑問を抱いているからこその曖昧な返事なのだろう。ちなみにあたしは教えていない。
「そうなんだ調べておいて良かった……ふふ、どうやら君やラスティー君より要注意人物らしい」
その言葉にキラだけでなく名前を出されたラスティーは困惑の表情を浮かべてあたしに視線を合わせてきた。目で理由を乞われても残念ながらあたしも理解不能なのでそう見つめられても困るのだが。
「君達、どうして僕のカガリをそんなに見つめているのかな…」
目が笑っていない微笑を浮かべるカヲルに指摘された二人は表情を青くする。
「この世とお別れしてガブの部屋に行くかい?」
言葉自体理解出来なくてもカヲルから湧き出る黒いオーラ、見えなくてもその雰囲気を理解できるのか、恐怖で顔を引き攣らせる二人はお互いに抱き合い小さく悲鳴を上げた。
逆にデュオやジュドーは変わらないカヲルの態度に呆れた笑みを浮かべ、フレイやミリアリアなどは目を輝かせながら「病んだイケメンキター!!」などと興奮しながら見守っていて、そんな恋人と婚約者を持つ二人はそっと流れ出る涙を拭い慰めあう。
あたしは一つ溜息を吐き出すとこのカオス状態を作り出した元凶の頭を背後から思いっきり叩いた。それだけで黒いオーラは飛散して変わりに涙交じりのカヲルが振り返る。
「痛いよ、カガリ!?」
「バカヲル、お前の言葉は洒落にならんから止めろ」
「本気と書いてマジだよ」
「尚悪いわ!! そんなくだらないことでレイや良子さんの封印を無下にするな!!」
「大丈夫、南極の方だから……若干壊れているけど」
「……放置する気満々じゃないか」
呆れるあたしにカヲルは頬を膨らませ、唇を尖らせた。成長したカヲルには実に似合わない仕草だ。
「だって、彼らリリンの中でもイケメンって部類に入るんだよ」
「つまり、お前はあたしが靡くと思っているわけか。先ほどの約束をお前は信じていない訳だな……」
「そ、そんな事ない!! カガリは信じているよ!! で、でもね、男は狼なんだ、いくらカガリが強くても薬とか使われたりしたらぱくりと食われちゃうよ!!」
「お前も男だろうが……」
「僕は男の前に紳士の使徒ですから!!」
鼻息荒く、そんな卑怯な真似は致しませんなどと言葉を続けて無駄に真面目な表情を作るカヲルに二度目の溜息を吐き出して項垂れていれば先ほどの面子の中で唯一名前を呼ばれていない少年が万を辞して口を開いた。
「おい、それは俺に対する当て付けか」
恨み嫉みを凝縮させた低い呟きに誰もが肩を震わせ、その発信元に顔を向けた。
そこにはカヲルから滲み出た数倍の黒い靄を全身に纏わせた細目の少年――カズイの姿があった。
「イケメンでもなければリア充でもない、おまけに影が薄くこの話でもオチ要因としてしか出演出来ない俺に何か言う事は無いのか、ええイケメンさんたちよぉ?」
「待てよ、MANIZAIでもオチは大切な――」
「あんっ!? ここで原作通り死んどくか、オレンジイケメン?」
「メタ発言!?」
影の薄いという言葉は撤回して欲しい。今は溢れんばかりの存在感を醸し出して、生理的な恐怖にあたしの体はガクガクと震え、それは皆も同じである。ラスティーは何故かカズイの言葉が心の涙腺に響いたのか離脱。
唯一細い目が見開かれた状態を直視したと思われるカヲルなどは口から泡を吹きそうな勢いで、負の無限力が、負の無限力がここにと呟きながら崩れ落ちた。
すぐさま全員で日本独自の作法――DOGEZAをしたのは言うまでもなく、事の発端であるカヲルなどは失神状態なのであたし達が無理やりDOGEZAの恰好をさせ、誠心誠意謝罪した。
教訓、普段目立たない奴が持つキャパは半端なく、決して逆鱗に触れてはならない。
尚、正気に戻ったカズイ様は先の発言を覚えておらず、最後に本編とは関係ないよ、あくまでオチ要因ですからと告げて爽快に去っていた。
本当にオチ要因です。誰かの憑依、転生、成り変わりの類ではありません。
次回 依頼。
次回も駆け抜けろ、カガリ。