物資の搬入が終わりあたしとラスティーを搭乗させたLilinが発進する。
心情としてはラクスの返還まで見守りたかったが何時までもアークエンジェルと共にあれば要らぬ戦闘を招きかねないというリツコの苦言を聞き入れた形となった。
この宙域にはまだ多くのザフト軍が陣を構えている、機動兵器が四号機のみのLilinでその大軍と戦闘するのは得策ではない。言葉は悪いがアークエンジェルを囮にすることによって自分達の安全を確保しなければならないのだ。
高域警戒態勢のもとMAGI策敵システムをフル稼働してザフト軍の隙を縫う形で航行すれば一度の戦闘を行わずこの宙域を脱出することに成功する。
途中、ザフト軍モビルスーツ数機に目視出来る距離まで近づかれたもののLilinがデコイとして発したコロニー間専用の運送会社、その公式電波を流せばラクス奪還の作戦行動中ともあって攻撃されることは無かった。
それどころか全てのモビルスーツが即座に反転して勢いよくブーストを噴かせるのでキラたちは無事に行動を起こしたのだろう。
ザフト軍の宙域を抜け、警戒態勢を解かれるとあたしはブリッチに呼ばれた。
一緒についていたラスティーはスタッフ登録の為、カヲルに連れられ艦の中枢とも言えるMAGIが鎮座する箇所で素っ裸になっているはずだ。この戦艦で働くスタッフはチルドレンやカヲルを別にして皆、同じ手順を踏んでいる。
MAGIやこの戦艦に搭載されたコアに登録しなければならないDNAを詳細に調べ上げる為、人が入れるくらいの試験管の中に素っ裸で入るとLCLに浸かるのだ。その様はカヲル曰く、ダミープラグを作り出す工程に似ているらしい。
管制塔型のブリッチに辿り着くとリツコや数名のスタッフが落ち着いた様子で出迎えてくれた。
笑顔でお帰りなさいなんて言われるとホームに帰ってきたという安堵が沸き起こる。甲板下層の格納庫やその他施設からの通信でも帰還の喜びが伝えられた。
「皆、あたしの我侭で留守にするだけでなくこのような場所まで来てくれたこと、感謝する。ヘリオポリスでの詳細はリツコに渡した通りだ。かつてのジオンが開発した核融合とは違う形で生み出された連邦の新型ガンダム、残念ながら一部のブルーコスモス過激派が既に連邦軍中枢を掌握していると見てよいだろう」
「地球に打ち込まれたニュートロンジャマーのせいで連邦は新規の核融合式モビルスーツの開発を行えなくなった。皮肉な話ね、バルマー、封印、二度に渡る対戦での疲弊はブルーコスモスの大台に一役かった形になったわ」
そう、ニュートロンジャマーは既存のモビルスーツや戦艦に効力を発揮する事は無いが、新たな開発に関しては大打撃を与えている。月にあるアナハイムでの開発が追いつかないほどに連邦は弱体化しているのだ。
そこに現れた新たな動力で動くモビルスーツを開発したブルーコスモス――その盟主のムルタ・アズラエルはアズラエル財閥の代表という顔と戦争商人という二つの顔を使い分け連邦に影響力を隙間なく浸透させていった。
弱体化した連邦軍など豊富な資金とその手腕で一年も掛けず掌握してしまったのも頷けるというもの。
「カガリの持ってきたデータを拝見する限り流石に証拠は残していないようね。新型ガンダムの開発データだけでムルタ・アズラエルに繋がる物的証拠は無い。ゼーレからの圧力は掛けられないわ」
「少しでもアズラエルの行動を止められる材料があれば良かったんだが、調べる時間も無くて、ホント無駄足ですまない」
「いいのよ、元々は突発的な行動だったわけだし、あれば幸運だったくらいのもの、あの盟主が自分の弱みになるようなものを残しておくはずは無いわ。それに掘り下げすぎて私達の拠点であるオーブにまで火の粉が掛かってしまう恐れもある」
リツコはサハク家の事を言っているのだろう。あたし達が行った独自の調査ではアズラエルとサハク家は何らかの密約がなされていることを調べ上げた。このことでオーブが危険に晒される懸念も飛躍的に上がることになり、更なる慎重を期した調査を心がけなければならない。
「まあ、オーブに危険が迫るようなら父上はサハク家を容易に切り捨てると思うぞ」
「そこに至ることはつまりオーブにとって最悪の事態だわ。そうなるくらいならプリペンダーにリークした方がよっぽどマシよ」
「なら、報告通りあくまでサハク家個人の情報を詳細に」
「既にリークしておいたわ」
ホント、有能な艦長を持つあたしは幸せものだ。
これでサハク家が少しでも自重してくれれば良いのだが、あそこは旧世代後期、独立国となったオーブの時代から裏の武門を司っており、その流れで今は裏の軍事を司っている。歴代当主は血の気が多く、争いごとを好む性質があって現在の双子当主もその血を受け継ぎ、弟の方などはサハク家そのものを引き継いだような性格だ。他国に不干渉とする今のオーブでは酷く息苦しい想いをしている事だろう。そんな彼をリークだけで留めるのは難しいかもしれない。
「頼むからオーブを戦場にする火種は作ってくれるなよ、ロンド・ギナ・サハク」
幼少の頃、五大氏族の集いで見せた、そのギラつく目つきで父やあたしを睨みつけていた少年を思い浮かべ、そう呟かずにはいられなかった。
あたしの報告が終わると今度は不在中に関しての活動報告を告げられる。エバーズは、リツコ主導で地球の各地に蔓延る妖魔軍団の脅威に晒された一般人の救助に当たっていたようだ。
パイロット不在の戦力低下を考慮して救助活動優先を第一に考え戦闘には極力参加せずにすんだらしい。
「そう言えば、救助活動中に甲児君たちや竜馬君たちの機体整備を行うためにこの艦に招いたわ」
「リツコの判断だろ?」
「ええ、明らかに機体の過剰使用で何時止まってもおかしくない状態だったのよ」
「別に隠すようなものは無いから構わない、それよりもどうなんだ?」
「残念ながら出来たのは応急処置ぐらいね、そう遠くないうちにオーバーホールの必要があると思うわ」
地球の現状は予想以上に悪いようだ、彼らの機体が悲鳴を上げるほどの激戦など一般人にしてみれば地獄のような光景なのだろう。
その時、ブリッチの扉が開かれラスティーを伴ったカヲルが入室してきた。前までとは別の私服姿からカヲルに借りたのだろう。エバーズでは制服のようなものは配布されていない。この艦にはMAGIの職員認識システムが目を光らせている。これにより部外者の存在はいくら職員の姿を似せたとしても登録されたDNAの関係上すぐに弾き出されてしまうため必要ないのだ。
「終わらせてきたよ、これで彼もエバーズのメンバーだ」
何時もの淡い笑みで言ったカヲルの隣には疲労感を全身から醸し出すラスティーの姿があった。
「なんでこの艦の登録に公開全裸ショーをしなきゃならないんだ。すげぇ、恥ずかしかったぞ」
「仕方がないさ、通過儀礼のようなものだよ。それにうちの女性スタッフは嬉しがっていたじゃないか」
「いやいや、あれは失笑に近かったね、おもに下半身を見られて」
「そう言えばコーディネーターなのに(笑)とか言っていたかな、あれって喜んでいた訳じゃないのかい?」
「ちげぇよ! ここのスタッフはコーディネーターを何だと思って……そりゃ、奇怪な目で見られるよりマシ……いや、どっちもどっちだな」
げんなりとした表情で呟きながらもその雰囲気は決して嫌悪を発していない。あたしは内心で安堵した。ラスティーの強引さに負けて今に至るも、いざ所属するならば他のスタッフとの摩擦は少ないほうが良いだろう。
ブリッチの端末を操作していたリツコが口を開いた。
「あなたの遺伝子データは不備なく登録された様ね。それにしてもこの遺伝子配列は中々のモノだわ、主に身体的な面は素質あるナチュラルが長年の鍛錬で到達する域を生まれながらに備えている」
「おいおい、配列版を見ただけで分かるのかよ?」
「当然だろ、うちの艦長は天才だぞ」
あたしが心からの称賛を込めて言えばリツコは照れたのか、ほんのりと顔を赤く染めた。それを微笑ましそうな表情のカヲルに見られて咳払いすると言葉を続ける。
「けど、言ってしまえばそれだけなのよ、つまり遺伝子を操作されただけの人間に過ぎない。私達の観点からすればあなたも立派なナチュラル――人間よ」
「俺が…ナチュラル?」
「ええ、データを見た限り根本的なヒトゲノムは変わらないわ、それは結局人間ってことなのよ」
「……俺が人間」
初めて言われたのだろう茫然とした表情で聞くラスティー。そこに更なる爆弾が投下される。
「そうだね、魂の観点からも彼は正しく黒き月の末裔だよ」
「魂……黒き月…末裔?」
「君は僕から生まれた白き月ではないってことさ。君たちコーディネーターと呼ばれる者は等しく、その魂をリリスのガブに補完されるよ。あってはならないことだけどね」
そう、あたし達が観点にするのはガブに補完されるか否かその一点に尽きる。バルマー戦役時代、リリスが完全に覚醒してガブが開かれていれば彼らも一つになっていただろう。
バルマーから今まで、この艦に所属する者たちならばそのほとんどが知っている事実を聞かされ、ラスティーは逆にすっきりとした顔を浮かべていた。
その表情を見てリツコはわざとらしく不敵な笑みを作る。
「おめでとう、これであなたも完全にうちのメンバーになったわ」
「俺は感謝すべき立場なのかね?」
「必要ないわ、あなたがすべきことはこの艦の艦長職よ」
「何だ、そんなことか………うぇ!?」
素っ頓狂な声を上げてリツコを見る、次いであたしに視線を合わせながら真意を窺うような瞳で見つめられた。
「いや、この艦に関しての全権はリツコに一任しているから」
あたしがそう言うと、リツコが理由を語る。
「Lilin通常稼働による艦長職はMAGIを頼りながらも操舵をこなさなければならないのよ。私はどちらかと言えば研究職という立場でこの艦に携わっていたいの、常時ブリッチ勤務ではそれがままならない。だからあなたに艦長を任せ、私はサブに付くことでその時間を作ろうと思ったわけ」
「いや、ちょっと待てよ!?」
「カガリ、どうかしら?」
リツコの提案に否はない、即座に頷いて見せれば尽かさず、ラスティーの口から即答かよ!? というツッコミが吐き出された。
「待て待て……そうだ、俺は元ザフトだぞ!」
「この宇宙が終わろうとしているのに今更ザフトに寝返るつもりもないでしょう?」
そこに関してはあたしも信頼しているので理由にはならない。
「けどよ!?」
意外と足掻くラスティーにリツコから最後通達がなされた。
「四の五の言わずやりなさい。これ以上駄々を捏ねるならあんたの素っ裸動画がMAGIを介してネット上に流出させるわよ」
もちろん、ラスティーは涙交じりの笑顔でこれを承諾、さっそくLilinの次の目的地までの移動を操作訓練と称して行うようである。
腹を括ったのかラスティーはリツコ指導で移動を開始、そんな彼女らにあたしは純粋な質問を述べた。
「それで、次の目的地はどこなんだ?」
「あら、一番に報告しなければいけない案件を忘れていたようね。目的地は宇宙開発機構GGGの衛星基地―――オービットベースよ」
ゾンダリアン壊滅後、機界31原種の到来によって地球にある基地が壊滅されたのは誰もが知るところだ。けれど、宇宙に基地があることは知らなかった。あの組織にはプログラミングの天才が在籍していて、あたし達の組織でも容易に情報を手に入れられなかったのだが、よもや新基地を極秘に開発していようとは思わなかった。ちなみにデータを採取できなかった時のリツコは子供に見せられない顔を浮かべて――あたしでも少し泣きそうになるくらいだから相当だ――呪詛の言葉を口から吐き出していた。
その後、逆探知され情報を奪取されそうになった時は親の敵を目の前にしたような顔を浮かべていたが、きっちり撃退したようだ。勝ち誇ったあの高笑いは忘れられない思い出の一つである。
「場所は?」
「地球軌道上よ」
「目と鼻の先で誰にも知られず作り出すなんて凄いな」
素直に感心していると今まで黙っていたカヲルが真剣な表情で口を開いた。
「その組織が持つ力は僕ら白き月や黒き月から派生したものじゃない。力を与えた星の生き残り、確か天海護君だったかな? 彼はその魂の波形上リリスの子孫ではないよ」
何を言うかと思えば、カヲルや良子さんは始まりの生命体のはず。それ即ち全てがこの二人から派生したものじゃないのか。
「確かに僕らはまだ生命体が存在しないこの宇宙に生まれ、そこから派生していった黒き月は進化しながらその姿を変え、数多の星系で繁栄してきた。けど彼は違うよ、彼の発する緑の力は生命すらも生み出せる言わば僕らと同等の力を持ち合わせているんだ。これは予想でしかないけれど、彼の失われた故郷の惑星には僕らの後に生まれた、僕らと同じような始まりの生命体が生み出され、そこから派生したのが彼なんじゃないかな」
白き月や黒き月の祖と同じ生命体。使徒とは違う存在。
「うん、けど根本的な部分は似ていると思うよ。何せ、獅子王凱君は緑の力をその身に宿しているけれど、彼は黒き月の子孫だからね」
けれど、苦労しながらも辛うじて侵入できたGGGデータバンクによれば彼の故郷は失われたとあったはずだ。
「そうだね、今となってはそのルーツは知れないだろう。いくら僕でも派生が異なる魂のルーツは調べられないよ」
自嘲的に呟くカヲルにあたしは笑って見せた。
「良いじゃないか、彼は今この星で生きている。それに凄いとは思わないか?」
「え?」
「大概の事は知りえるお前が知ることの出来ない事実がある。それってこの世界はまだまだ未知数なことがあるってことだろう?」
「う、うん」
何が言いたいのか理解できないのか曖昧に頷くカヲルの背中を思いっきり叩いて見せれば力が入りすぎたのか前かがみに倒れた。そして顔だけ上げて恨みがましい表情を作る。
「酷いよ、カガリ」
「ごめん、ごめん。でさ、何が言いたいかというとだ、わくわくしてこないか?」
「え?」
「お前でも知らない前例が浮上してドキドキしてわくわくしてこないか? あたしなら未知のお笑いが発見されただけでそうなるぞ?」
あたしの言葉に最初ポカンとしていたカヲルだが、少しずつキラキラとした眼差しを持つ少年のような顔つきに代わる。
「そうだね、それはきっと素晴らしい出来事なんだ、アダムの僕が知れないこの高揚感は恐怖でもあるし、未知に対する探求心から来るものなのかもしれない、まさしくリリンのようだ」
実に人間らしい感情を抱けたカヲルはもの凄く嬉しそうだ。
「僕はまた人に近付ける、カガリと同じようになれるんだ」
「カヲル!!」
「カガリ!!」
お互い抱き合い喜びを噛みしめていれば二つの冷めた視線があたし達を射抜く。一人はリツコ、もう一人は操舵に余裕が出来てきたラスティーのようである。
「そこのバカップル、茶番はもう、お終いかしら?」
「何て言うか、うん、取り敢えず爆発しろよ、お前ら」
辛辣な物言いに理由は分からないが怒らせたと理解したあたしとカヲルは素直に謝った、なのに更に視線がきつくなる。
「このような状況で謝れると独り身は怒りを覚えるものよ、学んでおきなさい」
「いやホント、日本円で三百円ほどやるから、爆発してくれ」
謝罪は駄目だったらしい。
「もういいわ、報告を続けるわよ」
そもそもオービットベースに向かうのはGGGから依頼があったからだ。
内容については到着後教える旨を伝えられ、リツコはカヲルとの協議の結果、その依頼を受けることにしたらしい。それに対しては異を唱えるつもりはないが、依頼内容の詳細を知らされていないのはどこか腑に落ちないところがある。
「大丈夫なのか?」
「GGGの大河長官は信用の置ける人柄よ。けど、それとは別に最近になって木星宙域で大規模なエネルギーが確認されているの。そして時を同じくして原種と呼ばれるあれが活発化している、もしかしたらこれに関する依頼ではないか、と私は踏んでいるわ」
「下手な憶測で依頼は出してしまえば信用問題に関わるからの処置か」
聞いていた話と違えば真っ先に不審に繋がるのがこう云った他組織との共闘である。封印戦争時代、GGGとは表向き直接関わってきていない。
それは向こうも同じで信用に値するものをお互い何一つ持っていないのだ。まして裏では巧みな情報戦を行っていた事実も相まって普段の状況なら依頼したい組織として思いつかないだろう。
「ええ、それだけ状況は詰まっているのかしら、依頼内容に関してはその場で拒否する旨を伝えても良いそうよ」
そう言えばアークエンジェルからこの艦に移る時、デュオから面白い情報を貰っていたのを思い出す。
確か、ブライト艦長からの命令でアラスカ行きは一先ず中止されるというものだ。もしかしたらこの状況に通ずるものがあるのかもしれない。
「とにかくまずは行ってみないことには情報も与えられないでしょう。虎穴に入らずんば虎児を得ず、よ」
リツコはそう言って締めくくると報告会は終わりを告げた。
果たしてそれが虎児となるか、それともあたし達の組織にとって邪となるものか、不安を抱きながらもあたし達一行は地球軌道上に浮かぶオービットベースに向かう。
次回 緑の星の子共
次回も進め、カガリ。