「よし、着いたぞ。」
気付くとどうやら寝ていたらしい。
「ありがとうございます。」
と言い、紹介状を見せて馬車から降りる。
御社曰く、夕方日が落ちる前には迎えに来るが日が完全に落ち1時間経過したら一度引き返すとの事だった。
それじゃと言い残し馬車は去っていった。
さて、と振り向くと人一人入るのが精一杯の大きさの縦穴が俺を待ち受けていた。
「ここか。」
洞窟の中は薄暗く、壁には所々に発光する苔のような物はついているが視界を確保する用途としては心もとない物であった。
受付嬢から渡されたランタンに手を触れると十分な光量を発し始めた。
足向けて寝られなぇな。と心の中で受付嬢さんに手を合わせる。
とりあえず魔法について…あのばぁさんが言っていたことを記憶の隅から掘り起こすと、魔法発動のトリガーは魔法のイメージを強く念じるとか言ってた気がする。
確か俺の属性は雷に近いって言ってなかったっけ?雷…雷…電気?電気で音楽を流す動画みたいのあったよなぁと思い返しつつ、手の平を前に突き出しありとあらゆる電気のイメージを作る。
落雷、音楽、ライト、電気自動車、様々なイメージを作るも手の平からはうんともすんとも言わなかった。だが落雷や音楽を奏でる動画にも出てきた電気の軌跡をイメージすると腕に強烈な衝撃を受けた。
「痛っって!」
だがイメージは出来た。これをどう射出するか、前に見た魔法で強烈に記憶に残っているのはルウの魔法だった。
彼女はあの時およそ人が理解出来ないような言語を呟き、空間から半透明な矢を生成していた。
つまり雷に由来する言葉を発せば上手くいくのでは?と思いある程度の候補を出す。
サンダー:少し恥ずかしい
ライトニング:ありきたりだよなぁ
ライニングボルト:長いと色々不便になりそうだなぁ
そこでふと思いついた。
英語じゃなくても日本語でカッコいい言葉あるじゃん!?
『イカヅチ』
そう唱えた刹那、カメラのフラッシュが焚かれたような眩い光が洞窟に満ちバシン!という何かが弾ける音が聞こえる。
電撃が当たったであろう岩を見てみると、
「ちょっと岩欠けてんじゃん!しかもなんか焦げてるし!」
最強の武器を手にした俺は洞窟の先をウキウキで進んでいく。
「ゴブリンとか言うから緑色の肌をした化け物を想像してたけど……これは違うよなぁ……」
目の前には人間の子供程の身長しかない緑の皮膚の生物が3体程こちらに向かって走ってきている。
うわぁ……なんか思ったより人間の面影あるなぁ。と嫌悪感丸出しでそんな事を思っていると、
【GAHHHHHHHHH!】
と雄叫びを上げながら突っ込んできた。
手持ちで戦える武器は無い為、接近される前に魔法で撃退してしまおうと考えた俺は早速唱えてみる。手を前に突き出し
『イカヅチ』
と叫ぶと同時に先程と同様の閃光が辺りを照らし先頭の1体が一瞬、体を震わせたかと思うと倒れていた。
同族を殺された事を認識したゴブリンどもは先程よりも濃厚な殺意を持ち、自身の得物にて俺を殺そうと距離を詰めてくる。
『イカヅチ』
再び唱えると、魔法が連鎖したのであろうか残りの2体が先程と同様体を震わせたかと思うとすぐに地面に倒れていた。
「えぇ……何このチート……。」
もしかしたら俺は世界で最強の魔法を使えるのかもしれない。と一人で舞い上がっていると、
地面とキスをしていた。
え?なんで?いきなりの事で頭が真っ白になるも、すぐに後頭部から来る激しい鈍痛によって意識がはっきりする。
後ろにまだ居たのか…!
後頭部を激しく打ち付けられたことによって体が言う事を聞かずやっとの思いで視線を背後に移す。
朧げな視界の中で捉えたのは、ニタニタと醜悪な笑みを浮かべ赤い液体を付着させた棍棒を地面に擦りながら距離を縮めてくる一体のゴブリンだった。
俺死ぬ…?
この世界で命を落とすとどうなるのだろう。元居た日本に飛ばされるのか。それとも完全に一生を終えるのだろうか。
いずれにせよ死の恐怖は元々動かない肉体を震え上がらせるには十分な理由だった。
だが、日本にある諺にはこういったものがある。
窮鼠猫を噛む
愚かにも同族の命を奪い油断していた鼠を死に際まで追いやった猫は、獲物が反撃してくる事など露ほども思っていないだろう。
その諺を体現するかの様に鼠は、
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
発狂し猫の”腰”に組み付いた。
【UGH!?】
飛びつかれた猫は持っていた棍棒を落とし体勢を崩した。
無我夢中で俺はゴブリンに跨り無防備になった顔面を殴りつける。
ゴブリンは唐突に来た衝撃に対し反射で顔面を守ろうとするも、滅茶苦茶に飛んでくる拳の全てを防ぐ事は出来なかった。
…どれくらい経っただろうか。【GA…!】と呻き声を出しぐったりしたゴブリンの顔面を、憑りつかれたように転がっていた棍棒で殴り続けていた。
もはや頭部は原型を留めてはおらず、夢中で殴っていた拳はゴブリンの歯や割れた頭蓋骨によって見るも無残な様になっていた。
ふと我に返り棍棒を振り止める。元々進み続けていた通路から騒がしい音が聞こえてきた為だ。
こうしては居られない、と棍棒を手に洞窟の奥へと足を踏み入れる。今洞窟の入口へ戻ろうとしても奴らと鉢合わせるだけであろう。
アドレナリンが分泌されているのだろう、手の痛みはさして気に留めるものでは無くしっかりとした足取りで進み続けていると、
右足が本来踏みつけるであろう地面をすり抜け体が床へと倒れこむ。
『落とし穴』
原始的な罠だが、薄暗く初見で挑んだ洞窟ならば効果的であろう。
間抜けな俺は決して緩やかではない岩の滑り台に体を打ち付けながら落下していく。
「……!」
声にならない言葉が喉から出てくる。
落ちた先は少し開けた場所であった。
壁際には松明が設置されており、奥の方を見てみると木製の板があった。
とりあえず出口らしき板に向かい這いずっていると、
「いや…」
微かに聞き取れる声が背後から聞こえた。
振り返るとそこには首輪を嵌められた一糸纏わぬ格好の女がいた。
首輪の先を眼で追うと岩に打ち付けられている杭に繋がっていた。
あれでは人の手ではどうすることも出来ないであろう。異常な状況に唖然としていると再び声が聞こえる。
「たすけて…」
彼女の目には涙が浮かんでいた。
奇跡的にも灯り続けているランタンのおかげで彼女に獣の耳がついてあることが認識出来た。
「あの……大丈夫ですか?」
いや…大丈夫ではないだろ…俺も、彼女も。
こんな時でも敬語が出てしまう。
だが彼女にとって俺は救出に来てくれた冒険者なのだろう。
上から転げ落ちてきた事実も彼女からしてみれば言葉の通じる人間であれば暗い洞窟の中にもたらされた一筋の光明なのだから。
「たす、けて……」
「あ、はい。」
そう言ってボロボロの体を引き摺り首輪に触れてみる。
「外れない……」
俺の力じゃビクともしない。
「すみません……僕じゃどうする事も出来なくて」
「じゃあ…なにしにきたの…!」
双眸から貯まりに貯まった涙が零れ落ちる。
「えっと……その、」
答えられずにいると、
【GAHHHHHH!!】
先程のゴブリンどもがこちらに向かって来ているようだ。
彼女はそれを認識した途端体を震わせていた。
このままだと彼女が危ない……!
だが俺にはどうすることも出来ない。助けられるだけの力がない。
俺だって怖い。だって聞こえる足音が一匹や二匹の数では無いし乱戦になれば低級の魔物とはいえ蹂躙されるであろう。
そして俺は女性から離れ、
死んだフリをした。
「え……?」
と彼女は呟く。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。心の中で謝罪の言葉を並べ続ける。
そして、洞窟内に反響する足音はどんどん近づいていき遂には板の前までやって来た。
カチャリと金属音が鳴り
【GAHHHHHHHH!!!!!】
雄叫びと共にゴブリンどもが入ってきた。
そして足音が横を通り過ぎた。
「いやぁ!たすけてよ!おきてるんでしょ!!」
と声が上がるがすぐさま口を塞がれる音が聞こえた。
何かが外れた音がした後に、肉を打ち付けるような音が聞こえる。
声は出ていないが喉から発せられる悲鳴に耳を塞ぎたくなるも今動いてしまえば死体のフリをしている意味がなくなる。
肉を打ち付けている間もゴブリンどもからは歓喜に満ちた声が発し続けられる。
何が起こっているかなど、後ろを見ずともわかる。
「いや"ぁぁぁ!いだいぃぃ!!!やだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
今俺の背後ではひたすら人としての尊厳を、未来を、希望を踏みつける蹂躙が行われているのであろう。
そんな状況にも関わらず俺の下半身は反応していた。だが同時に恐怖を、絶望を心に宿していた。
何時間経っただろうか、ゴブリンどもは入れ替わり立ち替わりやってきて女性を犯し続ける。
女性は抵抗する気力も失ったのだろうか。声一つ出す事無くゴブリンの玩具になっている。
あらかた犯し尽くしたのだろうか。ひっきりなしにやってきたゴブリンどもは最後の一滴を流し込んだ後、満足した声を出し部屋を後にした。
しばらく待ち後続がやってこないことを確認した俺は、女性の安否を確かめるべく体を起こし振り向いた。
そこには血が滲む汚濁をこれでもかとぶちまけられた様子の女性が床に倒れていた。
そこであることに気付いた。首輪を着け忘れている。
ほんの少し希望を見出した俺は手が汚れるのも気にせず女性の肩を揺さぶった。
「すみません!何も出来なくて…でもあいつら首輪着け忘れてますよ!」
そう声を掛けるも反応がない。
「ねぇ!終わりましたよ!もう大丈夫なんですよ!」
反応がない。
胸が上下していないことに気付く。
彼女は既に事切れていた。
たった今息を引き取ったのか、行為の最中に事切れたのか定かではないが、間違いなく彼女の体は二度と動くことはないだろう。
なんでたすけてくれなかったの?
そう聞こえた気がした。