ん?
目を覚ます。知らない天井だ…
いや、そんなこと言っている暇はない。ベッドから体を起こし周りを見渡すとそこは王都に泊まっていた宿屋に似た雰囲気を持つ狭い部屋だった。
キョロキョロしていると扉が控えめに開き老人が姿を見せる。
「おぉ、やっと起きなさったか。」
老人が安心したような笑みを浮かべながら近づいてくる。
「えっと…その…」
「安心しなされ。別に取って食ったりはせんよ。」
不安そうにまごまごしていると老人は冗談を交えながらほっほっほと笑っていた。
「えっと…何が起こってるのかいまいち分からないんですけど…」
そう尋ねると老人は逡巡した素振りを見せ口を開く。
「どこから話したものか…」
白い髭を擦りながら事情を説明してくれる。
ある日突然、村の占い師が死の星に愛される若者がこの村に訪れる。だがその者は星の寵愛を一身に受けすぎるあまりその身を自ら地獄に落としてしまう。
その結果、若者は自らの手でじわじわと世界に呪いを侵食させ厄災の星を招くだとかなんとか。
村民は普段から全く仕事をしない老婆に憤りを積もらせていたが、村を発展させる際にとても世話になった事を知っている村の長老達は村民に言い聞かせ、占いに出てきた若者を探すべく、
村の外に出向きアンデッドに取り囲まれている俺を発見。救出し現在に至る。
「はえ~、そんなことがあったんですね。あれ?もしかして僕が死の星がどうのこうの言ってた若者?」
納得しつつ老人に気になった事を聞いてみる。
「確証は持てんがの。だが村の外で見た若者はあなたぐらいしかおらんかった。」
「それで…僕はどうすれば?」
癖なのか老人は再び髭を擦りながら、
「どうするかのぉ…」
「えぇ…」
「とりあえず占い師の所まで連れていくかの」
そう言って脇に抱えていた衣服を渡してくる。
そこにあったのはエリーゼから貰ったローブとシャツ。そしてやや茶色味を帯びた無地のズボンだった。
渡された衣服を着ながら、遂に俺が日本から持ってきたものが全て無くなったな。と思っていると、
履いていたスウェットは、ボロボロだったのでこちらが預かっていると言われた。
着替え終わった俺を見た老人は早速行くかの、と言って家の外へ向かう。
目に飛び込んできたのは視界いっぱいに広がる海だった。
「ここって村なんですか?」
「ん?あぁそうじゃ。ここは海に面してる村での。ワシらは『イツワ』と呼んでおる。」
老人に付いていくとまばらに家が建ち並んでおり暫く村の説明を受けそのうちの一つに入っていった。
中に入ると簡素なテーブルと椅子が並べられており、目を引くのはテーブルの中心に鎮座してある水晶玉だった。
「まんま占いの館やんけ…」
と言っている間に椅子に座るよう促された。
着席し暫く待っていると部屋の奥から一人の獣人が出てくる。
「おぉ!遅いぞこの無礼者!」
開口一番に罵倒されムッとするもその外見から声が出てこない。
頭部の半分もあるかのような大きい獣耳に、肩を大胆に曝け出した着物。極めつけにはやけに細く縦長の瞳孔。
簡潔に言うと超かわいいです。はい。
ソレが水晶玉を挟み目の前の椅子にチョコンと座る。
「我が名はフミツキ・ココノエという。貴様の名前は何じゃ。」
「太郎、佐藤太郎です。」
「ふむ。偽名じゃな。」
そう言うと少女は俺を睨みつけるように見つめてきた。
「いや…この世界ではこれで通ってきているので…」
屁理屈じゃないよ。実際今までこれで名乗ってきてるからね。まぁ日本での本名は……まぁいいか。
「妾が聞いてるのは貴様の元の名前じゃ。日本にいる時のな。」
「は?」
「だってそうじゃろう?佐藤に太郎なんぞ日本にはありきたり過ぎる名前じゃろうて。この世界に居る奴らならまだしも、妾は欺けんぞ。」
そうじゃねぇよ。
「なんで日本って…そういや名前も日本人っぽいような…」
漢字で表すと『九重文月』探せば一人や二人居そうなものだ。
「妾の親は日本人じゃからの。」
トンデモ発言頂きましたありがとうございます。
「まぁ、そこらはどうでも良い。ケルバ、外に出ておれ。」
ケルバと呼ばれたであろう一緒に付いてきた老人は頭を下げ扉から出ていく。
「さて、と」
「本題に入ろうかの。」
「まず初めに言っておく。お主の呪いは解く事はほぼ不可能じゃ。」
言われなくても分かってるんだよそんな事。
「これから生きる分誰かが肩代わりしなきゃいけないんですよね?」
「そんな単純な事ではない。」
サキュバスはそう言っていた気がするけど厳密には違うのかな。老衰まじかの老人を大量に集めるとかじゃダメなのかな。
答えはフミツキが出してくれた。
「寿命を肩代わりした分、そやつの魂は幽世で罰を受けなければならん。」
「つまり?」
はぁ~…とため息を吐き、やれやれと言った感じで肩を竦ませる。今度はかなりイラっとした。
「本来、生命を持つものそれぞれで死期は決まっておる。運命というやつじゃ。お主が仮にあと1年しか生きられぬのであれば呪い・天寿関係なく残り1年で死ぬという運命が決まっておる。」
はぇ~と続きを促す。
「運命とは我々が決めるのではなく、生命体を超越した何者かが裁量し、人という器に流し込んでいるに過ぎない。」
「それを覆し、長生きをしたい。誰かに寿命を分け与えたいなど、超越者からすれば言語道断な話じゃ。」
故に、
「寿命を分け与えた者はそれ相応の罰が必要となる」
なんと分かりやすい説明だ。だがこちらにも反論はある。
「じゃあ、分け与えられた方にも責任はあるんじゃないですか。つまり…俺?」
「それに超越者なんて存在が確証されていない奴の言い分なんて、何かに縋りつきたい奴が勝手に造って勝手に言ってるだけでしょ。」
神なんて存在しない。と付け加える。
もし神様がいるんだったら初めて目が覚める前に会いに来てチート能力やら何やら付与してくるだろうし、こんな目に合っていない。
「妾は一言も神がいるとは言っていない。」
「ふざけんじゃねぇよ!!!!」
感情に抑えが効かない。
「じゃあ超越者ってモンがいるならここに連れて来いよ!!今すぐぶん殴って問い詰めてやる!!!」
呪いの事、魔力の事、俺の前で殺された奴隷の事、俺の後ろで嬲られて殺された冒険者の事、
握りしめる拳は力を込めるあまり青白くなり、唇から血が滲む。
聞きたい事は山程ある。そして全部吐き出させた後はこんな目に合わせた事を後悔させるように殺してやる。
俺はこんな散々な目に合ってるのに、
「なんでたすけてくれなかったんだよ!!!!」
「満足したか?」
視線を上げるとそこには、蔑むような眼を向けたフミツキが座っていた。
「あ"ぁ?」
怒気を孕ませた問いをぶつける。
「安心しろ」
「超越者は存在する。」
フミツキは不敵な笑みを浮かべこちらの反応を窺ってくる。
「殺したいか?自身を呪った奴らを、お主をそんな目に合わせた奴らを。」
どうなんだ?と首を傾げる。
「殺してやる」
フミツキは満足したようにうんうんと頷くと、
「じゃが、今のままでは無理じゃ。」
「じゃあどうすればいい?」
妾と取引せよ。とそう言ったフミツキは何かを懐かしむような表情を浮かべていた。
「その前にその呪いをどうにかしなければな。」
確かに。当たり前の事を言われて沸騰していた頭が急激に冷める。
ケルバ、とフミツキが声を張り数十秒してから老人が扉を開け入ってくる。
「話は終わりましたかな?」
「ああ、いい返事を聞けた。」
そう言ってやや上機嫌になったフミツキは、
「ガリルに稽古を就けさせてくれ。」
「呪いを解くんじゃないんですか?」
重ねる様に問う。
「お主はまだ出発点にすら立ってはおらぬ。今のままでは呪いを解いても獣に喰い尽くされるのが関の山じゃろうて。」
そう言って自身の肩を指さす。
一瞬なんの事か分からなかったが、ハっと気付き俺の肩に目を落とすとアンデッドに嚙まれた痛々しい傷が残っていた。
「分かったか?気付いたならさっさと村に粉骨砕身して体を鍛えるのじゃ。」
しっしっと手を払う動作をしてあっちへ行けとジェスチャーをしてくる。
さっきまであんなに意見が合っていたというのにもう邪魔者扱いだ。ケルバがさぁ行きましょう、と言わなければ殴り掛かっていたかもしれない。
渋々、家から出るとさて、とケルバと呼ばれた老人が声を掛けてくる。
「私の名はケルバ・イツワと申します。」
そう言われたので簡単に自己紹介を済ますと食事や風呂に入れさせて頂いた。
「ここが暫くの住処となります。」
とすっかり夜が更けた後、俺が覚醒した部屋へと戻ってきた。
「明日からは忙しくなりますぞ。早い内に休み体調を整える事をおすすめする。」
じゃあお言葉に甘えて、とケルバが出て行ったのを確認した俺はベッドに体を預ける。
目を閉じると色んな事を思い出す。
初めて異世界に来た時の事、王都の事、一見呪術師に見えるリュドの事、サキュバスと戦っていたエリーゼの事、
ルウ心配してるかなぁ。
悪いことしたなぁ。あんなに優してくれたのに全部ほっぽり出してここまで来ちゃった。
はぁ~、謝ったら許してくれるかなぁ…。
そんなことを思っている内に意識は闇へと落ちていた。