錬金術師の店の前まで来る。
入口には『くすり』と書いてあるだけの看板がぶら下がっていた。
「いらっしゃ…あれ?太郎君?」
中に入るとフェイナが駆け寄ってきた。
「どうしたの~?何か用事でもあった?」
「弁当返しに来ました。後、村長から今日はここで手伝えって…」
ぱあっと明るい笑顔になり両手で弁当箱を受け取る。
「わざわざ返しに来てくれたんだ!ありがとね!それにしても手伝いか~、何かあるかな~?」
そう言って首を捻る。
いちいち仕草が可愛…あざとい。たわわに実った胸と健康的な体を大胆に見せた服を纏っていた。
エッッッッッッッッッッ
「ちょっと、太郎君見すぎ!」
イヤーンと言って体を腕で隠す。こういったことには慣れてるのか?けしからん
そうじゃない。言い訳を考えねば。屁理屈を捏ねることに関しては右に出るものが居ない俺は胸に浸食されつつある脳をフル回転させた。
そうだ。腰に付いてあるポーション。転生を言い訳にして初めて見るおっぱいに目が奪われていた事におっぱい。
違う。ポーションに目が釘付けになってる事にすればいいのだ。
「いや…違くて…その赤い液体って体を癒す液体とかですか?」
「ん~?あぁ!これの事ね!このポーションはあくまでも傷の治りが早くなるってだけのポーション。私よくケガするから常に持ち歩いてるんだ~。」
良かった。なんとか誤魔化せたようだ。
「でも高品質なポーションはケガした所に振りかけるだけで再生するんだって。」
「へぇ~、凄いな……。」
「でもそんな高品質のポーション持ってるのは一部の人だけなんだよね。」
そう言って彼女は苦笑いをする。
「さてと、そろそろ仕事始めよっか!えーと……太郎君は何をしたい?」
「え?ちょっとどんな店かも分からないんで何をしたいとかは特に…」
あ!そうだよね!と言って恥ずかしそうに自身の頭をコツンと叩く。
「初めて後輩が出来たからこういう時どうしていいかわからなくて…」
そこまで言ってフェイナは何かに気付いた素振りを見せる。
「そうだ!昨日届いた薬草が外に出しっぱなしなんだ!太郎君、重いけど運んでくれる?」
「わかりました。」
そう言って店の外に出る。
店の周りを見渡すと山の様に積まさった木箱があった。中を見てみるとフェイナが言っていたであろう薬草がぎっしりと詰まっていた。
一個ずつ運ぶと果てしない時間がかかりそうなので一気に三箱持ってみた。
「おっっも!」
人でも抱えているのかと錯覚するくらい重量があったが、今更持っちゃたしとえっちらほっちら店に持っていく。
肩で扉を開きフェイナに声をかける。箱を置く場所を訊ねるとカウンターまで持ってきて~と声がかかる。言われた通り持っていき荷物を下ろす。
「カウンターがあるって事はお客さんとか来るんですか?」
「大体は村の人達だけどね。海の方に港があるでしょ?他の大陸から来た人がたまに買ってくるんだ~。」
確かに村長が村を案内してくれた時に港らしきものが見えたような気がする。
別の大陸か…。行ってみたいなぁ…。心踊らせる言葉に舞い上がるも、現状他の大陸に行った所でその辺の魔物に食い散らかされるのがオチだ。
舞い上がった心を落ち着け再び作業に戻る。
箱を全て店内に運び終わる頃には夕陽が村を照らしていた。汗を拭いつつフェイナに箱を全て運んだ事を伝える。
「ありがとう!助かったよ!」
「いえ、力になれたならよかったです。」
「もう日が暮れて来たから今日はおしまいだね!お疲れ様!」
そう言いつつもフェイナは椅子から立つ素振りを見せずに薬草の選別をしている。
「?フェイナさんはまだ終わらなさそうなんですか?」
「うん、まだ明日使う分が終わって無いんだ。」
そうだ!と言ってフェイナは手を合わせる。
「ちょっとお話していかない?」
説教か、説教なんだね、説教だ。
心の中で五七五を作りつつ説教を受ける心構えをした。
「分かりました。」
そう言って床の上に正座をする。
「いや!なんで正座!?」
「まだ始めたてではありますが、上司に次の業務を確認しにいかなかったのは、先の言い訳では済まされないことで…」
そこまで言ったところでフェイナからストップがかかる。
「そういうお話じゃないよ!?」
「偽名を名乗っていたことでしょうか?」
「偽名だったの!?」
いやまぁ、と曖昧な返事をしてみる。
これじゃなかったか。あと俺何かやってたかなぁ…?
「すみません…心当たりがちょっと…」
「太郎君の事についてだよ。」
「…と言いますと?」
俺の事となると異世界に来てからロクな目に遭っていないので武勇伝はおろか自慢話など一切無い。むしろ不幸話なら山程ある。
「例えば…そう!太郎君の名前とか!」
「名前ですか?」
「そう!偽名なんでしょ?本当の名前教えてくれないかな?」
そう言われましても…
折角異世界に来たのだから日本に居た時の事は綺麗さっぱり忘れてしまいたい。名前だって咄嗟に名乗ったのが日本でありきたりな名字と名前だったのだ。どうせ呼ばれるならそれっぽい名前にしてほしい。
「本名はあくまで元居た世界の物なんです。折角異世界に来たんだから心機一転、全部真っさらな状態で初めてみたいんです。」
そうだ。良い考えがある。
「フェイナさん、僕に名前付けてくれたりとか出来ます?」
我ながらナイスアイデアだと思う。
「ええっ!?私が!?」
「はい。駄目ですか?」
そう聞くと彼女は小さく首を縦に振った。
「えっと……どんな名前がいいの……?」
「なんでもいいですよ?ペット感覚で付けてもらっても大丈夫です。」
「なんでもいいって一番困る気がするよ…」
申し訳ございません。確かに母親に夕食が何が良いか訊ねられた時も同じことを言っていた。
「うーん……」
腕を組み目を瞑る。
暫くすると何か思いついたのか、パッと顔を上げこちらを見つめる。
「決めた!太郎君の名前は……」
太郎君の名前は……
「シロ!」
「はい?」
「太郎君の名前はシロにする!」
これまた日本人に居そうな名前だなぁ…
「ちなみに理由をお聞きしても?」
「さっき太郎君が、異世界に来たんだから心機一転!とか真っさらな状態で始めたいって言ってたでしょ?だからいっぱい経験して、いっぱい楽しい事して、いっぱい幸せになるの!」
そう言って彼女は笑顔で俺の顔を見つめる。
「だから、今はまだ太朗君は真っ白な紙なの。そしてこれから幸せの色でその紙を彩れるようになって欲しいなって!」
そう言う彼女の表情は夕陽に照らされて少し紅く染まっていたように見えた。
「ありがとうございます。凄く嬉しいです。」
素直に感謝を述べる。
冷たいように言い放った言葉だが、実の所凄く嬉しいのは事実だった。今迄ロクな事がなかった異世界生活だがこの村に来て、彼女に出会って、名前を付けてくれて。
他人から見れば些細な事かも知れないが、今の俺には有り余る程の幸せだった。
シロ
それが今日から俺の名だ。
俺が死ぬまでに真っ白な紙にどんな絵が描かれているのだろうか。それがどんなに汚くても、色が少なくても。名付けてくれたフェイナに誇れるような絵にしたいと決意し、拳をグっと握る。
不意に涙が出てくる。
「じゃあ、これからよろしくね。シロ!」
「よろしくお願いします。」
席を立ち出口へと向かう。急いで振り向いたから涙は見えていないだろう。見えてないよな?扉を開ける前にもう一度振り向きフェイナを見る。
「フェイナさん、ありがとうございました。」
「うん!こっちこそありがとうね!お疲れ様!」
そう言ってフェイナは微笑む。
「お疲れ様でした。」
そう言って俺は店を後にする。
外に出るとすっかり夜になっていた。
店に入る前はあんなに明るかった空も今は月明かりだけが世界を照らしている。
周りには人気が無くご機嫌に鼻唄を歌いながら自室へと向かう。村長が夕食を用意してくれていたのでありがたく食べさせて貰っていると、機嫌がいいな?とケルバが訊ねてくる。上機嫌でそうですね。と返し食べ終わった食器を流し台に置き部屋に戻る。
部屋に戻るやいなやベッドに体を預けこれからの事を考える。
午前中はガリルに戦闘の手解きを受け、午後には村の手伝いをこなす。
なんて素晴らしい日々なのだろうか。
冒険家業に精を出すよりも健康的な暮らしではないか。今までの事を考えると尚更だ。
呪いで死ぬその時まで、この村で過ごす方が良いんじゃないか?
そこまで思い至ると同時にある事を思い出す。
「そういやエリーゼに何も返していないな。」
あの時サキュバスから守ってくれた彼女を置いてきてから数日が経過している事に気付く。
「でも今行こうとしても道中で魔物の餌になるだろうし…」
もう少しガリルに鍛えてから行くとしよう。
そう考えている内に意識は闇へと落ちていった。
朝が来る。
扉の外から無邪気な少年の声が聞こえる。
やがて部屋に入ってくる音が聞こえベッドの側で立ち止まる。
「起きてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「…甘い!」
間一髪で少年のお目覚めダイブを避ける。
少年は不服そうな顔をしながら部屋を出ていく。
今日も一日が始まった。