異世界放浪記   作:isai

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命の恩人

俺がこの村に来て一週間が経つ。

村の人々とは大体顔見知りになれたし、戦闘技術だって…まぁ最初の頃よりマシにはなった。そろそろかなぁ…と思いつつガリルに提案を持ちかける。

「明日と明後日休みたいんだけど良い?」

すっかり敬語の抜けた言葉でガリルに問いかける。

「あ?別に良いけどなんでだ?」

言質を取った後、肝心の内容を話す。

「俺、この村に来る前にお世話になった人がいるんだけど、その人にお礼しに行こうかと思って。」

「王都に行くのか?こっから大分遠いぞ?」

「王都にも居るんだけど流石に今の俺じゃ厳しいから今回はパス」

そう言ってエリーゼの事を話す。

「そういやそんな所にボロ家があったなぁ。まさか人が住んでるとは普通思わねぇけどな。」

じゃあこれ持ってけ、といつもの木剣ではなくしっかりと刃が付いた得物を渡してくる。

「ありがとう」

「それとフェイナにも一言伝えとけ。弁当くらい作ってくれんだろ。」

「分かった、伝えとく。」

「おう、頑張れよ!」

そう言って背中をバシっと叩かれる。

「痛ってぇぇぇ!」

「ワリぃ、つい力が入っちまった。」

ゲラゲラ笑いながら頭をわしわしと撫でてくる。

子供じゃねぇんだぞ…そう言いつつもその手を払い除ける事はしなかった。

その日、激を入れるかのように訓練は厳しかった。

 

「えぇっ!村の外に出るの!?」

「別に危ない事するわけじゃないけどね。」

えぇ…でも…とフェイナはあまり乗り気ではないようだった。

それもそうだ。一週間前には死体どもに喰われてた男が、多少ガリルに手解きを受けただけで遠出するというのだ。

ガリルがイカれてるだけでこの反応が普通だろう。だがしかし、俺はどうしても彼女に会わなければならない。

理由は簡単。恩を返す為だ。

衣服も頂いた。食事をくれた。一晩の宿を貸してくれた。挙句の果てにはサキュバスを押し付けてここまで逃げてきたのだ。これ以上迷惑はかけられない。

それに彼女は、自分の身の危険を顧みず俺を助けてくれた。

それなのに自分だけ安全な場所でのうのうと過ごすなんて事は出来ない。

だから、彼女の為に出来ることをしたいと思った。その旨をフェイナに伝える。

真剣な表情を見て何かを悟ったのだろう。

暫く考える素振りを見せた後に、

「わかった。じゃあお弁当は明日の朝渡しに行くね。」

そう言って微笑む。

こうして俺は次の日に旅立つ事になる。

出発当日、俺は荷物をまとめて家から出る。

見送りにはケルバしか来なかった。ケルバ曰く、他の奴らは仕事があるらしい。

因みに、ケルバは俺の旅立ちに一番反対していた。どうやら俺の事をかなり心配してくれているようだ。

ケルバは俺の肩を掴み、涙目で語り出す。

内容は、魔物は危険だし、もし囲まれたらまず助からない。

お前みたいなヒョロいやつは直ぐに殺される。

等々、殆どが死の恐怖に対するものだったが、それでも俺を心配してくれているのは十分に伝わってくる。

「わかってる」

俺は一言そう言った。

分かってはいる。自分がどれだけ弱いかも、死ぬかも知れない事も。

ただ、それ以上にエリーゼに会いたいという気持ちが強かった。

その言葉を聞き、ケルバは何も言わずただ俺の手を強く握ってきた。

「行ってきます。」

そう言って、村の入り口へと向かう。

入り口に着くと、そこには既にフェイナの姿があった。

手にはバスケットを持っている。

俺が来た事に気付いたようでこちらに駆け寄ってくる。

息を整え、俺の目を真っ直ぐ見て言う。

私もついて行く。と。

突然の事で驚いたが、彼女なりに考えがあっての事だろう。

でもこれは俺の責任だ。俺なりのけじめだ。

「ありがとうフェイナ。でも一人で行くよ。一人じゃないと駄目なんだ。」

フェイナは顔を俯かせ短くない時間が経った。すると徐に顔を上げ何かを決心したように言葉を紡ぐ。

「分かった。でも信じてるからね、シロの事。絶対生きて帰ってくるって。ちゃんとお弁当箱返しに来てね。」

そう言ったフェイナの目尻には涙が浮かんでいた。

弁当箱を受け取り鞄に入れる。

「行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

こうして俺はエリーゼに会うために村を出た。

森に入る。

村を出てから早数時間、未だに人の気配は無い。

魔物も出てこない。

まだ出てきてくれない方が有難いが。

少し休憩しようと思い地面に腰を下ろす。

エリーゼの場所についてはケルバからなんとなく教えてもらっていた。

地図上には目的地付近に印が付いてある。これが無ければ今頃途方に暮れていたであろう。

地図を見ながら独り言をこぼす。

「意外と遠いな…」

かなり歩いたはずなのだが森の目印である石柱を見たのは僅か数分前の事だった。

この調子で行くなら日が落ち始めてから着くかどうかだろう。勿論、何事もなければの話だが。

「さて、行くかっ!」

勢いを付け地面から立ち上がる。休憩も程々にしなければ緊張感も霧散し周囲への警戒を怠ることとなる。

警戒を怠る、今迄何度も犯してきた過ち。さすがの俺もこれだけやらかしていたら体に刻まれている。

もう二度と同じ過ちは犯さない。

そう決意して再び歩みを進める。

それからまた数十分後、 ガサッという音と共に前方で音がする。

即座に立ち上がり戦闘態勢を取る。

徐々に近付く非常に小さい足音。

そして遂にその正体が現れる。

白い狼

村で聞いた話によるとこいつはダイアウルフというらしい。因縁の相手だ。異世界初日からこいつには世話を焼かされている。

奴はすぐには襲ってこない。一定の距離を保って睨み合いが続く。

そうしていると後方から一瞬物音が聞こえた。

ガリルから教えてもらった。考えている内容は口に出して再確認する。そうすると考えが纏まり易いのだとか。

いいか?言葉の通じる相手の目の前でやるんじゃねぇよ?眉を顰めたガリルの顔が浮かんでくる。心の中で笑みが零れる。少しは固まった緊張感が解けただろうか。

「囲んでんのか?すぐ襲ってこないのは陣形を作る為か。じゃあ…」

『イカヅチ』

先手必勝、この手に限る。

腕から解き放たれた電流は真っ直ぐと目の前のダイアウルフに吸い込まれる。

一瞬で外皮が焦げた事を視認する。

ダイアウルフが倒れたと同時に後方から大きな音が発生する。背後からの奇襲だろう。

「分かってんだよっっっっっ!!!!」

出発前に貰った剣を腰から引き抜く。

魔力の節約

必要以外では基本的に魔法は使用しない。魔法過剰使用による副作用は決して馬鹿にならない。呪術師リュドとガリルからの教えだ。

背後の標的に向かい剣を振りぬく。

ダイアウルフの首に刃が食い込む。この機を逃す手は無い。そのまま剣を振りぬき両断する。血飛沫が上がる中、素早く周囲を警戒。

三匹目の姿が見える。仲間の死を見て怯んでいるようだ。

その隙を見逃さず、もう一度『イカヅチ』を放つ。

一匹目と同様、体に吸い込まれていった電流は一瞬でダイアウルフを絶命へと至らせる。

暫く周囲を警戒する。物音はしない。ここまで来ると流石に逃げ出すか襲い掛かってくるだろう。

安全を確保し拳をグッと握る。

「よしっ!」

確実に俺は成長している。それを実感した俺は再び目的地へと歩みを進める。

あれから更に数時間が経ち、時刻は既に夕暮れ時となっていた。

太陽が地平線の向こうへ消えようとしている。

今もまだ人の気配はない。

辺りは静寂に包まれている。

そろそろ夜になる。魔物達が活発に動き出す時間帯だ。

急がないと、足を進めるスピードを上げ…

…る事が出来なかった。

少し背の高い草を掻きわけた先にあったのは一切草木が生えていない広場のような場所だった。

そこには夥しい乾ききった血液と所々不自然に抉れている地面があった。

「もしかして…」

地面が抉れている箇所で屈み、痕跡を近くで見てみる。

「溶けてる…」

忘れかけていた記憶を呼び起こす。サキュバスがエリーゼに向けて射出した魔法の行きついた先はどうなっていたか。

溶融していた。俺の目の前にある痕跡はそれと非常に似ていた。つまりエリーゼはこの近くにいる。

逸る気持ちを抑え、周囲を確認する。

エリーゼ、エリーゼ、エリーゼ、エリーゼ……。

すると視界の端の方に不自然にどこかへと続いている血の痕跡を見つけた。

その後を追う。

在った。エリーゼの家だ。

遂に目的に辿り着いた。だがそこにあったのは全く人気の無い民家だった。辺りは暗くなり始めてるのに明かりがついていない。

だが血の痕跡はその家の扉まで続いている。ソレを辿って扉の目の前まで来る。

扉にはびっしりと血液が付着していた。嫌な予感なんてもんじゃない。森に響き渡るんじゃないかと思う程の音で鼓動を続ける心臓。

たいして暑くないのに汗が流れる。

いつの間にか溜まっていた唾を飲み、扉に手を掛ける。鍵はかかっていない。

「エリーゼ…さん?」

扉に力を込める。やや重い扉が開いていく。ゆっくりと、恐る恐る中へ入る。

部屋は薄暗い。目を凝らして室内を見渡す。

俺が居た時と何も変わらない景色がそこにはあった。

机に伏して微動だにしないエリーゼを除けば。

「エリーゼさん」

そう言って肩に触れる。

「すみません。遅れちゃって。」

触れたのは布越しではあったが恐ろしく冷たかった。

「俺、やりたい事決まったんです。」

エリーゼを眠りから覚ますために揺さぶる。

「イツワ村って所に今は居るんです。そこで…」

エリーゼからは返事がない。

「いろいろ経験して…それで…」

涙が頬を伝う。

「いつかお礼をって…」

堰き止める事が出来ずに涙が溢れ出てくる。

「だから…起きてください…エリーゼさん」

もう二度とエリーゼの体が動く事は無いだろう。

そう理解してしまった。

…慟哭

そこで俺はテーブルに置いてある剣に目が行った。

剣の下に紙が挟まっている。

涙を拭いつつそれを開いてみる。

『太郎さんへ』

それだけ書かれた紙はエリーゼの血液によって赤黒く染まり、皺を作っていた。

俺はその上に涙という水滴を垂らす。

「まだっ…名前もっ…言ってないのに!」

これだけは伝えなければいけない。俺が異世界に存在するただ一つだけの痕跡。カッコつけの為だけに付けた佐藤太郎という名前ではなく。

「エリーゼさん…俺…シロって言います。嘘ついててごめんなさい。あと…今まで…ありがとうございますっ!」

そうして俺はエリーゼの死を受け入れた。

 

何はどうあれ既に外の世界は夜が侵食している。今動き回るのは自殺行為だろう。

エリーゼが遺してくれた命だ。無駄にすることは出来ない。

俺はその日エリーゼと同じ家で眠った。

 

次の日の朝。俺は家の横に穴を掘った。

冷たくなったエリーゼを抱えそこに埋めて別れを告げた。

「俺がそっちに行ったら沢山お礼させてくださいね。」

そう言ってエリーゼの遺した細身の剣を帯剣する。

「それでは、また」

エリーゼに背を向け、その場を後にした。

この剣とエリーゼから貰った命を決して無駄にはしない。

必ずこの世界で生き抜いて見せる。

「やっと見つけたぁ♡」

その言葉は俺の耳に入ることは無く森に霧散していった。

 


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