異世界放浪記   作:isai

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襲撃

うるせぇな…と思いつつ体を起こしてみると外は未だ闇に包まれていた。まだ夜中なのかよ……。

惰眠を貪るべく布団を被ると慌ただしく足音がする。ノック無しにドアを開く音と共にガリルが入ってきた。

「起きろシロ!襲撃だ!」

何言ってんだこいつ。

寝ぼけ眼を擦るといつものだらけた表情ではなく額に大粒の汗を掻いたガリルが立っていた。

一瞬で目が覚める。

「ゴブリンの群れだ!疲れてるとこ悪ぃが、今は一人でも戦力が惜しい!」

慌てていつもの服装に着替えているとガリルは余程急いでるのだろうか、準備出来たら門に来い。とだけ言い部屋から出ていく。

 

服を着替え、剣を装備し外に出ようと扉を開ける。すると目の前にはフェイナがいた。

驚いた顔をしていたが、すぐに真剣な顔になり口を開いた。

フェイナ曰く、今朝方から村周辺の森が騒がしかったらしい。

念の為に、と夜の見張りを増員したおかげで弓での迎撃が出来ているものの如何せん数が多い。

たまたま村に立ち寄っていた冒険者もかき集め応戦しているとの事だった。

「わかった。危ないからフェイナは家に入ってて!」

そうフェイナに伝え門へと走り出す。

 

幸い村の門が突破されてはいなかった。だが村の外は怒号や悲鳴が交じり合う狂気が繰り広げられていた。

少し離れていた所でガリルが図体がやたらとデカいゴブリンと戦闘していた。

ゴブリンも武装しているようでかなり手こずっているようだった。

応戦に向かうとガリルがこちらに気付き、命令を飛ばした。

「シロっ!デケぇ奴は他にっ!任せろっ!お前はとりあえず数を減らせぇ!!」

余程余裕がないのか途切れ途切れの口調で怒声を上げる。

俺は言われた通り、比較的図体が小さいゴブリンを殺すべく剣を抜く。

「ふぅっ!」

ガリルと大ゴブリンの戦闘に目を奪われていたのか立ち尽くしているゴブリンの首元に剣を振るう。

ゴブリンは俺の存在に気付いたのだろうか。慌てて振り向こうとするが時既に遅し。

刀身がゴブリンの首と接触し、すうっと胴体と頭部を切り離すべく肉に食い込む。頸椎にぶつかったのだろうか、やや硬い感触がするものの振り抜いた刀身はそれを通過しやがて空を切る。

時間にして一秒も経過していないだろう。鮮血を撒き散らし支えを失った頭部が宙に舞う。

「まずは1」

そう言って次の標的を探す。

俺は弱い。だから弱いなりに出来る事を探す。俺に出来る事、それは…

「シロ!?助かるっ!」

既に戦闘を繰り広げているゴブリンに不意打ちを仕掛ける。

そうすれば俺は安全にゴブリンを殺せるし、仮に仕留め損なったとしても注意が俺に向いたゴブリンは元々戦っていた者が殺す。

一石二鳥だ。

ゴブリンは他の種族に比べ弱い事で知られているが、それでも生き物だ。人間には遠く及ばないものの知能がある。防衛本能がある。

人間はそれぞれ違う考え方をもったゴブリンどもと戦うことになる。だがこのやり方はそれらを全て無視する。

時間をかける戦闘を一瞬で終わらせる最強の戦術。

そうして暫くゴブリンを屠り続ける。最初こそ不快感のあった肉を両断する感触にも慣れてきた。

すると不意に背後から空を切る音が聞こえた。今、振り向いてはいけない。振り向く時間で死ぬかもしれないからだ。

全力で前方に体重を掛けながら踏み切る。殆ど体が宙に浮いた感覚がした後に体を丸め一回転した後に着地する。ゲームでいう所のローリングをした。

躱し切った事を確認し振り向く。

背丈は俺と同じか、やや高い。刃の背が大きく湾曲した剣を俺が元々いた場所に振り切っている。所々が赤錆びた金属製の鎧を纏ったゴブリンがそこにいた。

「ちょっとお前ヤバそうじゃね?」

この状況から不意打ちはまず不可能。それに俺が殺してきたゴブリンよりも装備が良い。

【GRHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!】

背筋が凍る感覚がした。

こいつは強者だと直感的に感じ取った。

だが逃げれば背中から斬られる。そんな気がする。

ならば戦うしかあるまい。

俺は両手で剣を握り正眼の構えをとる。

今からてめぇを切り殺す。そう目で語るようにゴブリンを睨みつける。

そんな思いを知ってか知らずか口を歪ませ気味の悪い笑い声をあげ始めた。

「行くぞっ!!」

そう言って剣から左手を離す。虚を突かれたかの様にゴブリンは笑い声を止めた。

『イカヅチ』

魔法を唱えると左手から射出された閃光は一瞬でゴブリンに吸い込まれていく。

体を震わせる。全身から煙が立ち上るもののその体は一向に倒れない。

「マジ…かよ…」

【GRRRRRHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!】

怒りが籠った雄たけびを上げこちらに距離を詰めてくる。

ここで下手に避けると反撃の機会を失う。

殺意が乗った斬撃を受け流す。

決して軽くはない衝撃が、治りきっていない左腕に重くのしかかる。

痛みに悶える隙も与えさせずに次の斬撃が来る。

下からの斬撃。剣の腹で受け止め自身の体ごと受け流す。

するとゴブリンの持つ剣は頭上に高く打ち上げられ胴体が隙だらけになる。

体を翻し胴体を切断すべく横薙ぎに剣を振るう。

「死ねぇぇぇぇえええええ!!!!!!!」

文字通り全身全霊の一撃。

鎧を引き裂く不快な音が聞こえる。その奥から間違いなくゴブリンの体に傷をつける感覚がした。

だが決して浅くは無いものの致命傷に至らせるまでのダメージでは無かった。

次は完全に剣を振り抜いた俺の体が隙だらけになる。受け流した剣が頭上から勢いを伴って振り下ろされる。

「クソがぁ!!」

咄嗟に斬撃を受け流すも不安定な体勢だった為、大きく体が仰け反る。

拳が飛んでくる。俺は避けきれずに脇腹へモロに食らう。俺の体ぐらいの腕から繰り出されるフックは元々瘦せ型だった俺を吹っ飛ばせるには十分の威力があった。

俺の体はそのまま吹き飛ばされ地面に激しく衝突する。

「かっ…はっ……はっ!」

息が出来ない。視界がぼやける。

立ち上がるどころか起き上がる事すらままならない。

やばいやばいっ! そう思っても体が動かない。

必死に肺に空気を送り込もうとするも上手くいかない。

ゴブリンが俺の横に来る。

とどめを刺そうと剣を高々に上げる。

そして、喉元に剣が振り下ろされる。

「ぎぃぃっっ!」

寝返りをうち間一髪で避ける、耳に尋常ではない痛みが走りつつも一矢報いようと足に剣を振るう。

またもや切断までは至らないものの、ゴブリンは悲鳴を上げ俺の側から飛び退いた。

アドレナリンが分泌されたのだろうか、痛みは気持ち程度にしか感じる事が出来ない。

おぼつかない足に鞭を打つようにして無理やり立ち上がる。

ゴブリンは俺を休ませないかの様に間髪入れずに距離を詰めてくる。

斬撃、斬撃、斬撃、殴打、斬撃。

全てを完璧に受け流す事は出来ない。致命傷には至らないものの半端な状態で受け流した斬撃は、体の肉を少しづつ削ぎ落していく。

だが俺が攻撃に転じれる程余裕がある訳でもない。

防戦一方のまま時間が過ぎていく。

「はぁっ……はあっ……はっ」

既に呼吸は荒くなり立っているだけでやっとの状態だ。

対してゴブリンはと言うとまだ余力を残しているのか、動きに衰えが見えない。

肉を切らせて骨を断つ

唐突にこの言葉がよぎった。

次の斬撃で勝負に出る。どちらにせよこの状態が十秒でも続けば確実に俺は死ぬ。

剣が斜めから振り下ろされる。僅かに上体をずらし躱す。その際に肩の肉がゴッソリと持っていかれる感覚がする。

狙うは首元から上。頭は兜が装着されており剣が弾かれる可能性がある。

首だ。

首に剣先を突き立てる。驚くほどあっさりと刺さる。

ゴブリンは先程まで激しく動かしていた身体を止める。俺は両手で剣を握り、刺さったままの剣に全体重を掛けてねじ切らんとする。

ゆっくりと回っていく剣からはブチブチと不快な音が鳴り響き、やがて剣が抵抗から解放される。

そのまま地面に倒れた俺はゴブリンに目を向ける。

立ったままのゴブリンの首は不自然な方を向いており目や鼻、口からは血が流れている。

やがてゴブリンは支えを失ったかのように地面に倒れる。

勝った。

殺してやった。

「はっ…はははははははははは!」

笑いが止まらない。それは多分勝利の喜びじゃない。自分が生きていることによる歓喜なのだろう。

「やだああああああああ!!!!!!」

唐突に聞こえた女性の悲鳴に時が止まる。

悲鳴がした方向に目を向ける。

「フェ…イナ…?」

数匹のゴブリンがフェイナの足を持ち、引き摺りながらどこかへ行こうとしている。

「誰かっ…誰かぁ!フェイナがぁ!」

こんな状態でゴブリンに追いつけるとは到底思っていない。

だからと言って見過ごすことも出来ない。そうなったら誰か手隙の冒険者や村の護衛に助けを求めるしかない。

「誰かっ!ゴブリンがっ!フェイナが…!」

 

なんでたすけてくれなかったの?

 

既に声の届かないくらい遠い位置にいるのにフェイナの声が聞こえた気がした。


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