なんでたすけてくれなかったの?
既に声の届かないくらい遠い位置にいるのにフェイナの声が聞こえた気がした。
「シロォォォォォォォォ!!!!!!」
ガリルの声が聞こえる。
「お前しか居ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
普段、絶対に言わないようなことを口走る。
「頼むっっ!!!!!!助けてやってくれ!!!!!!」
体に電流が走った気がした。全身の痛みが俺を突き動かすだけの原動力になった気がした。
死なせない。今度こそ。でなければあの世でエリーゼに顔向けができない。
駆け出す。
全身のいたる所から血が滲み出る感覚がする。でも止まらない。止められない。
「フェイナァァァァァァァァァァ!!!!!!」
咆哮を上げる。
ゴブリンが引っ張って行った場所へ一刻も早く辿り着けるように。
洞穴の前に立つ。何かを引き摺った痕はこの奥へと続いている。
居ても立っても居られない。走りこそはしないものの駆け足で洞穴へと足を踏み入れる。
前回の洞窟とは違い洞穴の壁にはビッシリと発光する苔が生えていた。
非常に薄暗くはあるもののランタンが無くても視界を確保できる分には光量があった。
先へ進む。
曲がり角の先へ進むとゴブリンと出くわした。
俺が先程まで戦っていたゴブリンとは比じゃない程小さいゴブリンだ。
何も考えない。姿を確認した瞬間に切りつける。
不意を突けたのだろうか。抵抗する間もなくゴブリンは息絶えた。
奥にいるゴブリンが俺に気付き、先が四又になっている鋤をこちらに向けて突進してくる。
魔法で迎撃…出来なかった。
背後から何者かが飛び掛かってくる音が聞こえる。
魔法を中断させるも、重量がある剣では咄嗟に迎撃は出来ない。振り返りつつ魔力を貯めていた左腕をそのまま襲撃者の顔面に叩き込む。
パァン!!!
強烈な破裂音と共に洞穴を埋め尽くす程の閃光が発生し襲撃者は壁に叩き付けられ絶命する。
なんだ…今の…?
あっけに取られその場で立ち尽くす。その所為で鋤を突き出すゴブリンに反応が遅くなった。
左腕で咄嗟にガードする。
だが腕に防具を付けていない為、鋤の先端は左腕を貫通し目前まで迫る。
「ぐううぅぅぅ!!!!!!あああああああああああああ!!!!!!!!!」
気を手放したくなる程の痛みを堪え無理矢理押し返し、ゴブリンの頭部に剣を突き立てた。
突き刺さったままの剣を捻り上げるとゴブリンは断末魔を上げ、やがて動かなくなった。
ふと我に帰ると左腕からおびただしい量の出血をしている事に気づく。
だがここで立ち止まるわけにはいかない。
こうしている間にもフェイナは殺されてしまう可能性があるからだ。
それだけは絶対に避けなければならない。
刺さったままの鋤を腕から抜き取ろうとする。まるで肌の向こうに焼き印を押されているかの様だった。
時間を掛ければ掛けるほど痛みが増す。意を決し勢いよく抜き取った。
「ッッッッ!!!!!!」
声が出なかった。声を出すことが出来なかった。左腕に力を込めて痛みに耐える。すると堰が切れたように血が噴き出す。
ケルバに巻いてもらった包帯を少しだけずらし、止血を試みる。だが多分意味などないだろう。
とにかく進もう。
少し行った所で見たことのあるような板があった。
それは以前、俺がゴブリンに襲われている際に踏み割ってしまった物と同じものだった。
ということはこの先には……。
嫌な予感が脳裏をよぎる。
でもそんなことは関係ない。今はただフェイナを救うことだけを考えろ。
そう自分に言い聞かせ先へ進んだ。
板を外す。そこには……
フェイナがいた。
服が無残にも破り捨てられ、目隠しをされており口に布が詰め込まれていた。
ゴブリンの数は5,6匹と言ったところか。
既に俺は警戒という言葉を失っていた。
怒りと殺意が頭の中を支配していた。
ゴブリンが一斉に振り向く。
言葉を発することもゴブリンの群れに突っ込んでいく。魔法で一掃するという発想は無かった。
剣を振り上げゴブリンに向かって突進していく。
一番近くにいたゴブリンに袈裟斬りを食らわせる。そのまま返す刀で隣のゴブリンの首筋に横薙ぎを叩き込み首を跳ね飛ばす。
「死ねええええええええええええええ!!!!!!!!!!」
剣に付いた血糊を払う暇もなく次の標的へと向かう。
ゴブリンから突き出される農具が肌を引き裂く。だが痛みなど感じない。
目の前の敵を倒す。それ以外の思考は全て放棄していた。
杖を持ったゴブリンが火球を放つ。
盾なんて高尚なものは生憎持ち合わせてはいない。
左手で飛んでくる火球を握りつぶした。ジュゥゥゥゥゥゥゥと掌が焼け、辺り一帯に嫌な臭いが充満する。
肉が焦げる匂いに顔を歪める。
痛みは最高だ。自分が未だに生きていることを自覚できる。重くなった体を突き動かすことが出来る。
歪んだ顔に狂気の笑顔を張り付ける。
もう誰も止められやしない。
死体となったゴブリンの頭を踏み潰す。
「かかってこいよぉ!!!!全部ぶっ殺してやるっ!!!!!」
残ったゴブリンが後退りをする。
逃げるなら追わない。
だが逃がさない。
一匹、一匹と必要以上に死体を損壊させ蹂躙していく。
自分が今何をやってるか分からなくなっていた。
それでも目の前の醜悪な生物を殺す。殺す。
殺し続ける。
返り血で全身が真っ赤に染まっている。
そして、遂に…
動くゴブリンが居なくなった。
洞穴の奥で震える少女の姿が視界に入る。
俺が助けようとしていた少女だ。
今すぐ駆け寄りたいが、体は言う事を聞いてくれない。
一歩、また一歩とフェイナの元へ近付いて行く。
口から布を外し、目隠しを取る。虚ろな目をしたフェイナの目から涙が溢れ出す。
「シ…ロ…?」
消え入りそうな声で俺の名前を呼ぶ。
「助けにきたよ。」
俺は全身が苦痛に苛まれながらも笑って見せた。
フェイナが俺にしがみつく。
「汚いよ…?血、いっぱい付いてるから…」
笑って恥ずかしさを誤魔化そうとする。上手く笑えていただろうか。
だが、そんな事はどうだっていい。
フェイナが生きていてくれて良かった。
それだけで十分だった。
「ごめんね……シロ……私……何も出来なくて……怖くて……動けなかった……ごめんなさい……!!」
泣きながら俺に謝り続ける。
俺はそんな彼女の頭を撫で続けた。
すると、突然フェイナが何かに気付いたかのように体を強張らせた。
「左手…」
「ん……あぁ、ちょっと火傷したみたいでさ。まぁ大丈夫だよ。そのうち治るよ。」
心配かけまいと笑い飛ばす。
待ってて、と言ってフェイナは腰につけてあるポーションを手に取る。
いつぞやか、ケガをよくするからと常備してあった事を思い出す。
それよりも、ゴブリンに引き摺られてきたのだろう。フェイナの背中の傷も浅くは無いはずだ。
「フェイナ、背中痛いでしょ…?掛けてあげるから後ろ向いて。」
「何言ってるの!?シロの手の方がもっと酷いよ!」
「いやいやいやいや!女の子なんだから綺麗にしておきなって!」
「私のことより自分の手を見てよ!!」
押し問答が続く。
するとフェイナがいきなり抱きついてきて耳元で囁く。
「もう、こんなにボロボロになってまで守ってくれたのに、これ以上意地を張るのは野暮ってもんでしょうが。ほら、大人しく治療されなさい。」
その一言で、俺は何も言えなくなってしまった。
観念したようにフェイナに腕を見せる
途中から感覚が無くなっていたが、改めて見ると掌は焦げ、腕からは骨が突き出している。
目を逸らしたくなる衝動に駆られる。
「酷い…」
フェイナが呟く。
だが、すぐに気を取り直したのか俺の腕を掴み、ポーションを垂らしだす。
ひんやりとした感触が心地よい。
「村に戻ったら必ず治療すること!分かった?」
「かしこまりました。」
そう言って二人は立ち上がる。フェイナの服装がボロボロになっている事を思い出し、着ていたコートをフェイナに被せる。
フェイナは少し照れ臭そうにしながらお礼を言う。
「ありがとう。」
「おう。じゃあ帰るかぁ…」
体が崩れそうになる。フェイナが慌てて支えてくれた。カッコつかねぇ…。
「シロ!!」
「悪い、ちょっと気が抜けただけだよ。行こうぜぇ……」
そう言いながらも足取りがおぼつかない。
「もう、しょうがないなぁ。」
フェイナが俺に肩を貸した。
恥ずかしいがこうでもなければ歩くこともままならないだろう。
大人しく肩を貸されながら洞穴を進む。
出口が見えてきた。やや明るくなっている。夜明けが近い事が分かる。
「あともう少しだからね。」
フェイナが励ましてくれる。
俺は力なく笑う。
その時、嫌な気配を感じた。
まだ日の上りきっていない洞穴の外に目を向ける。
そこにはゴブリンの死体を貪っている人間がいた。