異世界放浪記   作:isai

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魔法

そこにはゴブリンの死体を貪っている人間がいた。

俺は咄嵯に剣を抜き、フェイナを庇う様に前に出る。

「シロ……あれは……」

「分かってるよ。」

フェイナの声が震えている。無理もない。

あんな光景を見れば誰だって恐怖を感じるだろう。

すると、その人間は俺に気付いたのか顔をこちらに向ける。

眼球が抜け落ちた穴からは、得体のしれない虫が這い出してきている。

ゴブリンを食っていた口からは臓物がはみ出し、異様に鋭い歯を覗かせていた。

「あ……あぁ……」

フェイナが言葉にならない声を上げる。

俺も恐らく同じ表情をしている事だろう。

そいつが近づいてくる。

フェイナが悲鳴を上げ、意識を失う。

逃げろ、という思考すら浮かんでこない。

四つん這いだったそいつの体は何かに弾かれたように俺に飛び掛かってきた。

右手でフェイナを押し倒し、左手で迎撃しようとする。

動かない。左手は地面に縫い付けられたかのようにピクリとも動かなかった。

そのまま俺はそいつに押し倒される。

首筋に噛みつかれる。

激痛と共に血が流れ出る。

「ああああ!!!」

絶叫が響く。

咄嗟に右腕で剣を抜き、そいつの肩に剣を突き立てる。

痛みを感じないのか、そいつは首筋から右腕と標的を変え噛み切らんとする。

「このぉ!」

声が聞こえ、そいつは俺の上から蹴り出される。薄れゆく視界の中でフェイナが足を上げているのが見える。

そいつは、フェイナに標的を変えたのだろうか、ゆっくりと顔をフェイナに向ける。フェイナの顔から完全に感情が消え失せていた。

終わった…。

結局守ることが出来なかった。白に染まる意識の中で、俺は…

 

属性と言っても火、水、木などではなく人それぞれで違い、水属性だったり氷属性だったり、水分自体を操るといった属性もある。

そう教えてくれたのは随分と会っていない。俺に魔力を与えてくれたババァだ。

「でも、俺が使えるのは雷に似た魔法なんですよね。」

「そうさね、似た魔法だ。」

似た、の部分を強調してくるババァに少し苛立ちを覚える。

「使ってみるまでは分からないって事ですか。」

「使えても最後まで詳細が分からない魔法だってあるさ。」

ほら、奥深いだろう?魔法というのは。

 

もし、

もし、仮に俺の使える魔法が雷を飛ばす魔法じゃなかったら?

初めて魔法を使用した時、詠唱をしていなかった為か腕に強烈な刺激を覚えた。

今回だってそうだ。魔法を打ち切る前にゴブリンに叩き付けた拳は不可解な挙動をしていた。

仮定の話だ。仮に俺の魔法が体内に流れる電流を増幅させる魔法だとしたら。

 

魔力自体に属性は無く、使用者が魔力を消費し魔法を唱える際に属性が付与される。

 

つまり、俺は体内で増幅させた電流を詠唱という形で射出のトリガーにした。

辻褄が合う、気がする。あくまでも仮定の話だが。

 

俺の体は血で塗れている。

体が濡れている時、人体の電気抵抗は大幅に下がり乾燥している時よりも大幅に死に至る危険性が高くなる。

いかに俺が雷に似た魔法を使えるといっても、最初に魔法を使った時の様に耐性はあるものの感電はする。

 

仮定の話だ。だがやってみる価値はある。

己の魔法で死に至る可能性もある。

でも、ここでフェイナを見殺しにするくらいだったら死んだほうがマシだ。

死んだとしてもフェイナの最後を見届けることはないのだから。

覚悟を決めろ。

落雷や音楽を奏でる動画にも出てきた電気の軌跡が全身を巡るイメージをする。

立ちあがれ!勇者になんてならなくても良い!強大な魔力なんていらない!チート?くそくらえ!

今はフェイナを助ける。その一心だった。

 

体に衝撃が走る。

かつて目にした救急措置の研修で、AEDを使用された対象者が体を跳ね上げる映像があった。

今俺の体には同じ事が起こっているだろう。厳密には違うだろうが、少なくともそれくらいの衝撃があった。

 

全身から煙を昇らせながら立ち上がる。

フェイナは俺を見て目をこれでもかと眼を開く。

興味を失くした人間が立ち上がることに驚いているのかそいつは俺に顔を向け、中身の入っていない眼光をを俺にぶつける。

 

走る。

 

「がぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」

全身から血を滴らせ突進する。

目標を絶命するべくそいつの顔面に拳を叩き付ける。

『イカヅチ』

絶叫し右腕を振り抜くと、俺の拳から尋常ではない光量のスパークが発生する。

耳元で銃声を鳴らされたかと勘違いする程の破裂音が鳴り響く。

同時にそいつの首から上は原型を留めることが出来なくなり、やがて支えを失ったかのように引き千切れる。

勢いを伴った肉塊は近くの木にぶつかり、残された胴体は成す術もなく崩れ落ちた。

右腕が焼けるように熱い。

まるで、熱せられた鉄の棒を押し付けられているかのような感覚に襲われる。

耐えられない程ではないが、痛みには慣れていない。

痛みを感じるということは生きているという事だ。

その事実が俺に生きる希望を与える。

フェイナを見る。彼女はただ呆然としながら俺の腕を見ていた。

彼女には俺の体から発せられる光がどう見えているのだろうか。

発光が収まる。

俺の右手は焼け爛れたかのように赤くなり、皮膚の薄い箇所からは血が滲み出ていた。

地面に膝をつく。

限界だった。

体の至る所で血管が浮き出ている。

脳からの指令を無視して筋肉が痙攣を起こしている。

視界がぼやけていく。

両腕を壊された俺はそのまま地面に倒れる。

だがここで意識を手放すわけにはいかない。

まだ村に着いていない。フェイナを村まで送り届けていない。

「シロ!」

フェイナが心配そうに駆け寄ってくる。

「大丈夫……ちょっと疲れただけ。」

そう言って笑おうとするが、顔の筋肉が言うことを聞かない。

フェイナが泣き始める。

涙を流すフェイナを慰めてあげたいが、俺はピクリとも体を動かすことが出来ない。

「ごめんね……フェイナ……泣かせたかった訳じゃないんだ……本当に……ごめ……ん」

すると先程の轟音を聞きつけたのだろうか。

茂みを掻き分ける音が聞こえる。

助けだろうか。それとも魔物だろうか。それもすぐに答えが出た。

「シロォ!」

ガリルだった。

駆け寄ってきたガリルは俺の体を見て顔を歪める。

「よくやったな。」

その言葉を聞き、遂に意識を手放した。

 


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