「後悔すんなよ?」
「こっちの台詞だよ。」
そう言って横薙ぎに放たれた斬撃を受け流…せない。
自動車に轢かれたんじゃないかと錯覚する程の衝撃が木剣から伝わる。
暫く、攻防…ではなく防戦一方を続けていると、フェイナから声がかかる。
「あー!シロ、まだ動いちゃダメだよ!」
「やべっバレた。」
そう言ったのはガリルだった。さっき待ってれば来るって自分で言ってなかったか?
ガリルが木剣を下ろすのを見て俺もそれに従う。
フェイナは俺の傍までやってくると目を吊り上げ、
「なにやってるのさ!お医者さんから動いちゃダメって言われてたでしょ!」
「誠に申し訳ございません。」
ガミガミと説教を受けつつガリルを見てみると腕を組みながら顎をしゃくり上げた。
「ねえ、聞いてる!?傷が広がったらど…」
「フェイナ。話があるんだけど。」
彼女の言葉を遮る。
すると彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。
それを見た俺は、改めて彼女に向き直る。
大きく深呼吸して気持ちを整える。
覚悟を決めよう。この呪いを解く為にミレーバルに行くことを伝えるんだ。
そうしなければ俺はこの村を離れる事は出来ないだろう。
黙って聞いていたフェイナはいつしか何を考えているか分からない無機質な表情になっていった。
「ダメ。」
「フェイ…」
「ダメ」
無表情のまま彼女は冷たく言い放つ。
「なんで?」
「危ないから。」
「大丈夫だって。」
「嘘つき。」
「それは……」
言葉に詰まる。
確かにそうだ。今まで散々心配かけた挙句、また危険な旅に出ようとしているのだ。
その事に対して反論の余地は無い。
それでも、
「もう決めたんだ。」
「ダメ」
次は目に涙を貯めて言い放つ。
「行かないで。」
「でも、」
「行っちゃヤダ。」
今度は泣き出してしまった。
これではまるで俺が悪いみたいじゃないか。
悪いんだけどさ。
困っていると、ガリルが口を開いた。
「お前が決めろ。」
「言った筈だ。お前の選択は誰にも止める権利は無ぇ。」
「ただ、」
「一つ忠告しておくぜ。」
「女を泣かすんじゃねぇ。」
それだけ言うと彼はその場を立ち去ってしまった。
一人残された俺は、泣き続ける彼女を見る。
その姿は、いつもの元気な姿からは想像できない程弱々しく見えた。
「フェイナ」
「やだ…」
「フェイナ」
「……」
「フェイナ」
「やめてよ。」
「お願い。」
「やだ。」
「フェイナ」
「やだぁ。」
「絶対帰ってくるから」
嘘だ。帰れる保証なんてない。むしろ超越者どころかミレーバルに辿り着く前に野垂れ死ぬかもしれない。
今までの人生において一番不可能な約束を取り付ける。
「ほんと…?」
「本当。絶対に帰ってくる。」
それでも彼女を安心させたかった。
俺の言葉を聞いた彼女は顔を上げてこちらを見つめる。
その瞳は潤んでいたものの先ほどまでの悲しみの色は消えていた。
決意を固めたのだろう。口を開く。「分かった。」
「私も行く。」
「え?」
「付いてく。」
「いや、それは流石に……」
「いいの。」
「フェイナよく聞いて」
そう言って俺は自分のやりたい事、そう思った経緯。全てを洗いざらい話した。
その間、彼女は真剣な眼差しで俺の話を聞いてくれていた。
「そっか。」
「うん。だから俺は一人でも大丈夫だよ。」
「じゃあさ、」
「ん?」
「全部終わったら、この村に住む?」
「え?」
「だって、帰ってくるんでしょ?その頃には私、村長になってるかも!なんて。」
そう言って照れ笑いするフェイナ。
正直、魅力的な提案だと思う。
でも、それは恐らく出来ない。
なんとなく分かる。離れてしまえばもう二度とこの村に戻っては来ない。
いや、戻って来れない。
それでも、
「分かった。その時までちゃんと俺の家用意してくれる?」
「任せてよ!シロの帰る場所ぐらい私が作っといてあげる!」
そう言って笑った彼女の笑顔は眩しかった。
「そんじゃ、ケルバさんにも伝えてくるわ。」
そう言ってその場を後にした。
俺はこれから旅に出ます。
事情を伝えると、ケルバは渋い顔をして、そうかと言った。
「どうせ、止めたってお前さんは行くんだろ?」
「はい。」
「若いのぉ。少し寂しいがお前さんの決めた事だ。もう何も言えん。」
「ありがとうございます!」
そう言って頭を下げる。
「いつ出るんだ?」
「フミツキさんと相談はしてみますが多分、明日明後日には出るかと。」
「そうかい、それまでゆっくりしていきなさい」
「わかりました。」
もう一度深く礼をして、家を出る。
フミツキの家の前まで来る。ノックをするも返事がない。いつも通りだ。
扉を開けるとやはりフミツキは椅子に座っていた。
「決まったのか?」
「はい、呪いを解いて超越者を殺します。」
彼女の問いに対し、ハッキリと答える。
「ミレーバルにすら辿り着けんかもしれんぞ。それでも行くのか?」
「行きます。」
俺の意思はもう動かない。
「ならば明日の昼じゃ。昼に港から船が出る。」
そういった彼女はどこか遠い目をしていた。
ありがとうございます、と言い残し家を後にする。
自室へ戻る途中村を見て回った。
見慣れた景色だが今日で最後だと思うと感慨深いものがある。
道すがら村人が話しかけてくれる。
傷は治ったのか、フェイナちゃんとはどこまでいったのか、などなど
しょうもない質問も飛び出すが、その全てに感謝を込めて返す。
村長の家に戻り他愛のない会話をしながら夕食を取り風呂に入る。
自室のベッドに体を放り投げる。
すると扉からコンコンとノックをする音が聞こえる。
どうぞ、と入室を促すと入ってきたのはフェイナだった。
隣座るね、とベッドに腰を掛ける。
「どしたの?」
「ねぇ…シロ、死なないでね。」
心がズキンと痛む。
「死なないよ。絶対」
それから部屋は静寂に包まれる。
不意にフェイナが手を重ねてくる。
俺はギョッとして握られる手に目を向ける。
「絶対…帰ってきてね…」
震える声でフェイナは呟く。この先の展開など分かりきった事だ。飛び上がる心を何とか地上に叩き落し、冷静に声を掛ける。
「フェイナ…?」
涙を流していた。
手をぎゅっと握ってくれなければ先程までの浮かれていた俺の脳天にイカヅチをぶちまけてやる所だった。危ない危ない。
「これ…持って行ってくれない…?」
そう言って震える手で渡されたものはネックレスだ。
白い宝石のようなものが付いている。これは何なのか聞こうとしたその時、
彼女が抱きついてきた。
急な出来事に頭が真っ白になる。
ただ一つだけ分かる事は今俺の顔は耳まで赤くなっているだろうということだ。
そんな俺の事を知ってか知らずか彼女は更に強く抱きしめてくる。
そして、ゆっくりと離れると、俺の首にネックレスをかける。
これでお守りの完成だと微笑んだ彼女の笑顔は一生忘れないだろう。
その後、一言二言交わし、彼女は帰って行った。
一人になった俺は再びベッドに倒れ込み天井を見上げる。
目を瞑れば、様々な思い出がフラッシュバックしてくる。
彼女と過ごした日々。村の皆との絆。
どれもこれも大切なものだ。
それを全て捨てて俺は旅に出る。
後悔は無いと言えば嘘になるが、それでも俺は行かなければならない。
ふぅーっと大きく息を吐く。
もう寝よう。
そう思い俺は意識を落とした。
翌日
旅立ちの日。
意気揚々と家の扉を開け、外に出る。
装備も持った。ローブも洗ってもらったし、ズボンも新調してもらった。
鞄にはケルバが長持ちするって言ってた食い物も入ってる。
おやつは忘れてきました。まるで遠足気分だ。片道切符だけど。
港に向かう途中である事に気付く。
「あ、金持ってねぇわ。」
まぁ、いいか。流石に金なら村の人が出してくれるだろう。多分。
やや気落ちした足取りで港へ向かう。
すると待ち受けていたのは大勢の村人だった。
え?なんだこの状況?と困惑していると、一人の男が前に出てきた。
ケルバだ。
「シロ、これを持っていけ。」
そう言って差し出されたのは小さな袋。
「これは?」
中を見てみると硬貨がぎっしり入っていた。
「銀貨じゃ。80枚入っとる。足りないかもしれんが文句は言うなよ?」
襲撃に対応した報酬、村の手伝いをしてくれた賃金もろもろ含めて80枚だと言う。
俺は感動していた。
「ありがとうございます!」
「うむ、必ず帰ってくるんじゃぞ!」
「もちろんです!」
そう言って俺は歩き出す。
一歩踏み出した瞬間、
「頑張れよぉ!」「負けんなよ!」「応援してるぜ!」「死ぬんじゃねぇぞぉ!」
様々な声が聞こえてくる。数える事しか話していない人も中には居る。それでも俺は知っている。この村の暖かさを。
船の近くにはフェイナ、ガリル、フミツキの三人が居た。最も関わりのある三人と言っても過言ではない。
まずはガリルが話しかけてきた。
「シロ、引き時が肝心だ。駄目だと思ったらすぐ帰って来いよ。」
わかった。と言って拳を突き合わせる。
次はフミツキか、
「シロ、事情があって妾はこの村を離れることは出来ぬ。じゃがお主の武運を祈っているぞ。」
そう言って一枚の紙を渡してきた。まるで御札のような見た目をしていた。
いいの?別れ際に御札って。縁起悪くない?思ったことを目で伝えたが顔を逸らされてしまった。
最後はフェイナだ。
「死なないでね。」
昨日の夜と同じセリフを言う彼女に対して力強く返す。
「当たり前だよ。絶対生きて帰る。約束するよ。」
すると彼女は安心したように笑う。
「うん!信じてるからね!」
そう言って彼女は距離を詰めてくる。
キス
なんてご都合的なイベントが起こるはずもなく、ただ抱きしめられただけだった。
でも嬉しかった。一生このままでいてくれないかな。と思っていると体が離れる。
頬に湿った感触がした。
村人からおぉっ!とどよめきが起こる。フェイナは照れたような顔をしながら、
「おまじない……効くといいんだけど……」
と呟いた。
「じゃあ行ってきます。」
恥ずかしい心を見透かされないように船に乗り込む。
少し間を置いてから汽笛が鳴る。
今までいた村が遠ざかる。
涙が。
不意に出てくる。
だが最後まで脳裏に焼き付けるように目を開き手を振る村人達を、やっと助けることが出来たフェイナを、
地平線に消えるまで見つめていた。
冒険が始まる。