暫くして重要なことに気付く。船に乗った冒険者に話しかける。
「すみません。ちょっといいですか。」
「ん?おお、シロ…だったか?ゴブリンの時は災難だったな。」
背中に高そうな盾と両刃の剣を背負った冒険者が襲撃の事を話す。
余程注目を集めたのだろうか、名前を覚えてくれていた。
「俺はロストンだ。よろしくな。」
「シロです。よろしくお願いします。」
それでなんですけど、と言葉を続ける。
「今から行くところってどこなんですかね…?」
マナ。これがこの異世界の名前だった。
今まで俺が居た大陸はエルミナス王国が支配しており大陸の中心には王都がある。
その昔、人間を含めた様々な種族が結託し突如降り注いだ黒い隕石から出現する魔物と戦争を繰り広げるも、人類はやや劣勢。
ありとあらゆる地が魔物に蹂躙されていく中で、人類は魔物が渡ってこれない海の孤島に退避する。その孤島は人類にとって傷を癒し健康的な生活を続けられるような楽園が広がっていた。
人類はその中で戦の準備を進める。いくら楽園だからと言っても資源には限りがある。大陸を我が物顔で跋扈している魔物を殺戮し我らの大陸を取り戻す為に。
そうして始まったのが第一次黒星大戦。
人類はあらゆる手で魔物の殺戮を開始する。多くの犠牲が出た。やがて英雄と呼ばれる者が幾人も戦場で命を散らして行った。
その末に、
人類は最初に渡った地を奪還する事に成功した。だが人類に多大な犠牲が出る。しかし年月を重ねる毎に再び人類は数を増していった。
その度に人類は浸食された我が大地を取り返して行った。
何度も、何度も。そんな歴史の中で一つの伝説が生まれた。
それは、あるパーティがたったの数人で国を取り返した。
人類は幾度となく多大な犠牲を払い大陸を浄化していったというのに、
彼らは勇者と呼ばれることとなる。
そして、彼らは等しく
「転生者だった。」
ロストンは長話に疲れたのかふぅ…と息をつく。
「そんで冒頭にあった楽園ってのがさっきまで居たエルミナス王国だ。」
「って事は今から行くのは、人類が最初に奪い返した国ですか?」
察しが良くて助かるな。そう言ったロストンの顔は先にネタバレをされたかのような苦笑いを浮かべていた。
「でも今は広げ過ぎた領土の奪い合いが人類で起こってるんだよ。」
「種族間でって言う事ですか?」
そうそう。とロストンは続ける。
「でもエルミナス王国は元々色んな種族が入り混じって生活してたんだ。種族間での差別はそんなに酷くは無い。」
「なんだったらお前も言ったように、今から行くのは最初に攻略した国だ。差別は少ないがエルミナスよりは結構根深いものがある。」
「その国の名前ってなんですか?」
フェーデル王国、人類が最初に魔物から奪い返した最初の地。
そこまで言ってちょっと寝てくるわ、とロストンは船室に入っていった。
俺は甲板で潮風を浴びながら、これからの冒険に胸を躍らせていた。
この世界に来て初めての街だ。
そういえば、この世界の通貨ってどんなものなんだろ。
あの村ではケルバが銀貨80枚くれたが、あれってどれくらいの価値があったのかなぁ。と耽っているとパシャンと何かが海に落ちる音が聞こえる。
なんぞや…?と思いながら身を乗り出し水面を凝視する。
何もない。
危ないぞ~と船の舵を取っている人が声を掛けてくる。
「すみませーん何か落ちたような音がしたんですけど!」
そう言って再び水面に目を落とす。
あった。何か赤いものが見える。
んー?と凝視するとどんどん赤いモノが大きくなっていき、
「っ!?」
顔を両手で捕まれる。
慌てて体を戻そうとするも勢いよく引っ張られた顔に体が付いていく。
水面が近づいてくる。やがて、
「おい!人が落ちたぞ!!」
俺は海のど真ん中に落下した。
海に投げ出された俺は必死にもがく。海面に出ようと顔を上に向ける。
すると、俺を掴んで離さない何かの正体がわかる。
人だ。
耐える事が出来ない。口に詰まった空気を吐き出すと生成された気泡はゴポポという音と共に海面に昇っていく。
開いた口に何者かが口を付け無理やり空気を流し込まれる。
やべぇっ!マジで死ぬ!
すると不意に口が離され肺に空気が取り込まれる。
は?空気?と海の中で呼吸が出来ることに疑問を持ち口づけをした人に目を向ける。
女性だ。淡い桃色のロングヘアーにエメラルドのような碧眼。
透き通るような白い肌、豊満な胸。
まるで女神のような風貌をしていた。
だが人として致命的に異なる部分があった。
女性の下半身は巨大な魚の尾ひれになっていた。
人魚!?あまりの驚愕に目を見開く。
急な事で申し訳ありません。と女性の口が開いていないのに何故か聞こえた気がした。
大丈夫ですからね。と女性は俺の頬に手を当てる。
あ、はい。ありがとうございます……。
とぎこちなく返すと彼女はニコッと笑う。
と、とりあえず船に戻してもらっても良いですかね…とジェスチャーを含め脳内で語りかける。
その前にやることがあります。と再び脳内に声が響く。
そして彼女は俺の胸に手を置いた。
えっと、何を……?
困惑する俺を尻目に彼女は俺の心臓のある位置に手を添えたまま目を瞑りブツブツと呟く。
しばらく経つと彼女は胸から手を放す。
すると体の中から何かを抜き取られる異様な感覚と共に、胸からは影のような黒いモノが抜き取られていく。
喪失感を覚えながらその影を抜き取っていく彼女の成すがままになっていた。
もう良いですよ。
そう言われ俺はやっと我に返る。
全てを無力化することは出来ませんが、少しだけ軽くすることが出来ました。
そう言って彼女は俺から抜き取った影を自身の体に収めていく。
な、なんのことですか?
呪いです。
の、呪い?
はい。
何の?
貴方にかけられた、人を不幸にする呪い。
え……?
一瞬何を言っているのか分からなかった。
だってイツワ村を飛び出したのは呪いを解呪する事だったのだから。
そんな簡単にいくわけがないと思わず声が出ないのに、口を開けていた。
フミツキから解呪の方法はある程度聞いている。
私の名はメルヴィナ・マナ・ミラエルと申します。
唐突に自己紹介され困惑した俺はとりあえず名乗っておく。
シロです。
ん?マナってこの世界の名前じゃなかったっけ。
シロ、死の星に愛されたシロさん。
必ずやこの世界を、
超越者を殺してください。
「っ!?」
彼女が言い終わるとほぼ同時に俺の体は起き上がった。
周りを見渡すと何度か見た事のある風景だった。
船室。
立ち上がり甲板へと出る。
空には月が浮かび、夜風が吹いていた。
「やっと起きてきたか!」
そう言って船の船員であるジェイルが駆け寄ってくる。
事情を聴くと突然海に落ちた俺は暫く浮き上がってこなかった為、船を出向させようとしたとした所、物凄い勢いで浮上し甲板に投げ出された。
「何があったんだ?こんな海のど真ん中で。」
「いや…僕にもよく分からないんです。」
海で起きたことは鮮明に覚えている。だが言う気にはなれなかった。理由は分からないがここで言うべきでは無いと直感がそう言っている。
次からは心臓に悪いことはやめてくれよ?と言い残しジェイルは元の位置に戻っていった。
「それはそうと、もうすぐ夜明けだ。フェーデルももうすぐ見えてくるぞ。」
確かに空はだんだんと明るみを増していく。
夜明けを見たのはいつぶりだろうか。
干渉に浸っているとなにやら大陸のような物が見えてくる。
フェーデル王国
あれがそうなのだろう。
それでも人類が最初に取り戻した国。
一体どんな場所なのか。
期待に胸を膨らませながら俺は朝日を浴びていた。
あれから数時間が経過し、俺たちを乗せた船はフェーデル王国の港に到着した。
そして今、俺は入国審査を受けていた。
ずっとコートのポケットに入っていたギルドカードを渡す。
金ならあらかじめジェイルに渡してある。
俺の対応をした入国管理者は訝しげにギルドカードを眺めていた。満足したのだろうかぶっきらぼうに返してくる。
すみませんね。何も書いてなくて。あの時は何もなかったんですよ。なんだよ名前が主人公って。心の中で呟く。
久しぶりにギルドカードを見た俺は次の目的地を決めた。
とりあえずギルドへ行こう。王都に連れてこられた時も真っ先に行ったのがギルドだ。
言い訳を自分にひたすら述べるが結局のところ目的は一つ。
「ステータスどうなってるかなぁ。」
久しく見ていない自分のステータス。
改めて思い出すもステータスが発現しただけで喜んでた俺は数値の事なんて何も考えてなかった。
正確な数値は覚えていないが一桁の数値があったのは間違いない。
どれくらい上がってるんだろうなぁ!とルンルンでギルドに向かった。