ギルドに着いたのはお天道様が頭上に君臨している頃だった。ちなみに港へ着いたのはまだ空が完全に明るくなっていない時間帯だ。
理由はもちろん迷ったから。恥を忍んでそこらじゅうの人に話しかけまくってようやくたどり着いた。
両開きの扉を開ける。
既にクエストに向かったのであろう。目に見える冒険者はまばらだった。ちらちらと目線を感じる。
あ、ども。と会釈をしながら受付へと向かう。
カウンターに着くと、くっっっっっそ不愛想な受付嬢が居た。
髪色はやや青みがかっているだろうか、ショートカットの髪にやや吊り上がった目。見た目は良いが人を寄せ付けないようなオーラを感じる。
「何か、ご用でしょうか。」
不愛想に訊ねられる。
「あ、ちょっ、ステータスゥー…、更新したいんスけど…」
港に着いた時の高揚感はどこへ行ったのか。度重なる試練に心は押しつぶされてかけていた。
その言葉を聞いた途端、彼女は顔をしかめる。チッ……と舌打ちをした後面倒くさそうに、少々お待ちを、と言ってカウンターの奥へ消えていく。
いや、態度悪すぎじゃない?
そう思いながらもカウンターで大人しく待つ。
暫くするとプレートを持った彼女が奥から出てくる。
「手をお乗せください。」
ほう、まだ敬語を使えるだけの商売根性は持っているようだな。と感心しながら差し出されたプレートの上に手を乗せる。
魔力を込める。
名前:主人公
種族:亜人
耐久力:140/142
魔力量:48/48
筋力:29
強靭力:42
敏捷性:22
精神力:86
知力:27
思ったより能力の向上が見られる。精神力の高さにおぉっと声が出る。高いのかどうかわからんけど。
つーか耐久力削れてるの絶対この受付嬢の所為でしょ…。間違いなく心に2ダメージ負ってるくらいにショックを受けていた。
だが俺は攻撃を仕掛ける。ただでさえ態度の悪い不届き者に業務を追加してやろう。
「すみません。名前って変更できますか?」
「出来ません。」
俺のターン終了。これから俺は殺される。そう思っていると横から慌てたように別の受付嬢が身を乗り出してくる。
「出来ますよ!冒険者さん!」
突如現れた女神によって俺のターンは再開される。鼻で笑い勝ち誇った目を元の受付嬢に向けると、舌打ちをして苦虫を嚙み潰したような顔をした。
俺の勝ちだ。
そう言って彼女に向き直り、じゃあお願いします。と頼む。
はい。分かりました!と笑顔で答える彼女。
最初に5シルバー渡した後は突っ立ってるだけで更新が終わる。
渡されたギルドカードにはステータスの他にシロという名前が刻まれていた。
これから依頼を受けますか?と聞かれたので素直に答える。
「ちょっと街見たら直ぐに出ますよ。」
えっ?と担当してくれてる受付嬢さんが言葉を放つ。
態度の悪い受付嬢も、何言ってんだこいつ?みたいな顔を向けてくる。
一瞬、時間が止まった後に、受付嬢さんが申し訳なさそうに口を開く。
「お言葉ですが、このステータスで外に出るのはちょっと…」
聞くところによると人類が生活している街は平和そのものだが一歩でも外へ出ると俺のステータスでは厳しいらしい。
じゃあ俺の受けれる依頼は無いって事ですか?と聞くと受付嬢さんは丁寧に説明してくれた。
あくまで危険なのはたった一人で外へ出る事。
3等級以上の冒険者ではない限り単独で外に出るのは自殺行為です。
終わった。
ただでさえ異世界に来てからコミュ症が災いして、よっぽど優しい人じゃない限り関わることが無かった。
そのうえ知り合い一人居ない新天地だ。
眼から光がどんどん失われていくのが自分でも分かった。
そんな俺の心情を読み取ったのか受付嬢さんは手をパンと叩き提案してくる。
「折角、いらしゃったのですからパーティーを組んでみてはいかがでしょうかっ!」
名提案だ。俺がコミュ症じゃなければ。
だが新米なら既にパーティーを組み終わっている頃だろう。そこに異物が一つでも入れば今までの戦術が崩壊する。
一人で活動出来る3等級以上の冒険者など持っての他だろう。
その旨を伝えると、
「確かに…」
否定しろや。それでも、パーティーを組むメリットもちゃんとあるんですよ!と受付嬢さんは熱弁する。
まずは戦術の幅が広がります!これは大きいですよ!
そして精神的に拠り所となる存在!これこそ大事!
最後に仲間が居る安心感!これも大事なんです!
なるほど、
「それで僕が入る隙間はあるんですか?」
再び口を閉ざす。すみません、こんな面倒くさい奴で。
受付嬢さんは気まずい空気を変えようとしたのか話題をガラッと変える。
「それはそうと、シロさん!先程ステータスを拝見させていただいたのですが、10等級から9等級へ昇格が可能ですよ!」
露骨な話題の変え方に俺は文句など言う筈もない。俺だってそうして欲しかった。
「等級が上がると、どんなメリットがあるんですかね?」
「はい、まず受けられる依頼の幅が広がりますね!」
話に乗ってきた俺に安堵したのか、受付嬢さんはホっと一息を吐いて説明をしてくれる。
「勿論、等級は上がれば上がるほど報酬の高い依頼が受注できるようになりますが、同時に危険度も高くなります。」
「中には、等級によってパーティーで受注される事を要求して…あっ。」
沈黙。
もう何も言うまい。俺が黙っていると、
あー、いや、あのですね!と慌て始める。
これ以上迷惑をかけるわけにもいかないしそろそろ行くか、宿屋はどうしようかなぁ。前は駆け出しだからという理由で宿屋を無償で提供してくれたのだが、一等級上がるとなるとそういう訳にもいかないだろう。
「とりあえず、なんとなく分かりました。多分。ありがとうございます。」
「えぇっ!?」
急にそそくさと立ち去る俺に驚愕するもそれを尻目に俺は扉へ向かう。
「ちょっと待ってください!!」
そのまま驚いていればいいものを…流石に呼び止められれば従う他ないだろう。
「…なんでしょうか。」
「いや……でもそれは…でも…」
一人で誰かと相談をしている。気持ちは分かる。俺もたまにやるから。それよりも、
自分の世界に入っている今がチャンス!可能な限り足音を無くし、気付かれないようにゆっくりと受付嬢さんの視界から出ればミッションクリア。晴れて俺は自由の身だ。
少しづつ後ずさるも結論に達したのか、受付嬢さんは顔を上げ、
「一人空いている方がいます。」
テーブルに案内され十数分経過しただろうか。件の冒険者を呼びに行っているのだろう。それは正直ありがたいのだが、心は不安で染まっていた。
まず、この時点でパーティーに入っていない冒険者など何らかの欠点を抱えてパーティーから追い出されているのだろう。
もしソロを好む冒険者だったとしても受付嬢さんはわざわざ無駄なお節介を焼くはずがない。それにある程度の実力があれば9等級に上がったばかりの俺と組ませる筈がない。
断ろう。
どうせ面倒事を押し付けられるだけに決まっている。なぜ憧れの異世界に来て寿命が差し迫っているのに人に気を使わなければいけないんだ。
それがどんなに美少女でも。めっちゃ好みに刺さる人種だったとしても。俺を引き連れて依頼をこなせるような人でも。それが超美少女でモフモフの尻尾を持った可愛い獣人だったとしても。
断らなければいけない。ミレーバルに行く手段は決して徒歩だけではないだろう。
それがモフモフの獣耳を持っていて超絶美少女で俺を養ってくれて一瞬でミレーバルに連れて行ってくれる人でも。
断…る。
「断るぞぉ…!」
そうしている間にギルドの扉が開く。
受付嬢さんの後ろにぴったりとくっつく一人の冒険者が居た。
やけにサラサラしてそうなロングヘアーはまるで輝くような黄金色を放っていた。
服装は、正に駆け出しそのものを体現したかのような防具を付けている。
全体的に青を基調とする布を纏い、上半身には全面を覆うように銅色のプレートが付いている。
下半身はやや黒味がかったズボンを履いており、膝には上半身にもあった銅色のプロテクターを着用している。
”装備に”思わず見とれていると、受付嬢さん御一行は俺のテーブルに向かってくる。
俺の前の席に座った途端に冒険者が席を立つ。
「わ、わたくしはミラ・ヴァーリアル・フェー…フェイデルと申しますわ!」
間違いない。
地雷だ。