眠気の泥から起き上がるように体を起こす。昨日は色々とあって疲れていたが、まだ始まったばかりだ。
身支度を整えて部屋の外に出るとそこには既にミラの姿があった。
そういえば部屋の隣なんだからギルドで待ち合わせする必要ないわ…
「おはようございます。」
「お、おはようございます。ギルドで待ってるよりここから行った方が良いよね…そういえば。」
「えぇ、その方が効率的ですわ。」
「じゃあ、早速行きますかぁ…」
そうして仕事という単語を頭に浮かび上がらせないように冒険者ギルドへ向かった。
ミラと話しながら歩いていた為か、ギルドの中に入ると依頼を我先にと騒々しい雰囲気だった。
昨日担当してくれた受付嬢さんは持ち前の気さくさを遺憾なく発揮し、様々な冒険者の対応に追われていた。
「…」
何故でしょうか。こんなにも人がごった返しているというのに列どころか数人しか対応していない受付嬢が居るのは。
マルデさんと言ったか、マルデさんはあんなにも忙しくしているというのにこいつは…。
暇そうな素振りを一切見せない受付嬢の元へ行く。
「すみません。依頼を受けたいのですけれども…」
「依頼はあちらに張り出されているので。そちらから依頼書をお持ちください。」
「エルミナスのギルドでは僕に合った依頼を出してくれていたのですが…」
「それはそれ。これはこれです。」
クッソむかつくなぁこいつ。
そうですか。と言って言われていた依頼ボードの前にミラと二人で立つ。壁に打ち付けてあったのであろう依頼書の破片は、時間に追われている冒険者そのものを体現しているかのようだった。
まばらとなった依頼書に目を向けているとあることに気付く。
「そういえばミラって等級どれくらいなの?」
「私ですの?私は10級ですわ。もうすぐ9級に上がれるステータスにはなっていると言われてはいるのですが…」
お互い10等級か…底辺であるからして依頼はそこそこ残っている。
その中で比較的簡単で報酬の高いものを探す。
「……ミラは何か良いの見つけた?」
必殺『他人任せ』を発動。俺は考えるのをやめた。
「えぇ。この辺りなんてどうでしょう?」
そう言って彼女が指差した先は、街から少し離れた場所にある廃墟と化した屋敷の調査というものだった。
「へぇ……こんなのあるんだ……」
「なんでも、昔は貴族の屋敷だったとか。」
「ほーん。まぁ、それならそんなに危ないことも無いだろうし。」
「決まりですわね。」
そう言うとミラはカウンターの方へと向かっていく。俺もそれに続き、受付嬢の元へと行く。
「すみません。こちらの依頼を受けたいのですけれども。」
「かしこまりました。では、こちらの依頼主様への連絡も致しますので、少々お時間を頂きます。」
そう言って彼女は紙に何かを書き留めていく。
「それとギルドカードの提示もお願いします。」
なんか俺の時より態度柔らかくねぇ?疑問を持ちつつも二人そろってギルドカードを差し出す。
数分後
どうぞと言って一枚の書類を手渡される。
「こちらが依頼の内容となります。それとお二人のステータスを拝見させて頂いたのですが。」
マジで物腰が柔らかい。なんだこいつ。
「お二人とも9等級に上がる条件を満たしている為、昇級試験を受けることが可能です。」
「昇級試験って言うと?」
チッと舌打ちをした後に受付嬢は続ける。
「面談と指導者との試合です。」
「とりあえず今日の所は依頼だけ終わらせますね。昇級試験はそちらの都合がつき次第お願いします。」
「別に明日でも構いませんが。」
「じゃあそれで」
一刻も早く立ち去りたい気分だった俺はそう言って立ち上がりギルドを後にする。
「馬車は北門にて待たせております。」
背後から告げられ、そこはエルミナスと一緒なんだなぁと思いつつミジンコ程度の大きさしかない感謝の念を持つ。持つだけだ。
ギルドの外に出る。
「じゃあ、行きますか。」
「えぇ。」
そのまま二人で北門前の馬車に乗り込む。
目的地へ向かう途中は主に俺達の戦力の確認をした。
ミラが使用する装備はレイピアのような先端が鋭く尖っている剣に、腕にこじんまりとした盾が付いている。
魔法は空間上に透明な固体を生成し、相手の動きを封じる・移動手段に使用する。と言った内容だ。実際に目で見たことが無いので詳細は分からないが攻撃手段には出来ないとの事。
あくまで生成された固体はその場から動く事が無く、魔力の出力によって大きさと持続力を変えることが出来る。
「じゃあ。二段ジャンプとかできたりする?」
「にだんじゃんぷ?言葉から察するに、空気中でもう一度飛び上がるというのであればその通りですわ。」
「なるほど。」
「ただ、空中で移動するという事は着地の衝撃でダメージを受けるということ。それに、発動中は常に魔力を消費し続けなければなりませんの。」
「はぇ~、でも落とし穴だったり高い所に向かうって事には長けているって感じかぁ。」
「そうですわね。その認識で間違いありませんわ。」
でも今回は館の調査だし、使い道はあまり無いかもなぁ…そうして話している間に馬車が止まる。
「着きましたよ。」
御者のおっさんに言われて外を見るとそこには立派な屋敷があった。
「ここが例の……」
「えぇ。」
エルミナスでも聞いた事のある馬車の到着時間についての説明を受け、馬車は元居た道を帰っていく。
それにしても想像より不気味だなぁ。
所々苔の生えた壁に、半身が崩れている石像など本格的なお化け屋敷に来たみたいだった。
「とりあえず入りましょう。」
「そ、そうですな。」
そうして屋敷の中へと入っていく。
「お邪魔しまーす……」
ギシギシと床板を踏み鳴らしながら進んでいく。
屋敷内は静寂に包まれていて、俺達が立てる音以外は聞こえない。
「ちなみに調査って言うとどんな事をすればいいの?」
「主にモンスターが巣を作っていないか、危険個所の特定だったり死体の有無など建物自体の価値を左右する事柄についての調査となりますわ。
つまりこの後、屋敷を引き取る人がいたとしてその人が困らないようにしておくといったところでしょうか。」
「とりあえず渡された地図を見て部屋を確認して行くってのが今回の依頼かぁ…」
ここから一番近い部屋は応接間である。まずはそこを目的地として設定する。
そんな事よりも薄暗く、長年放置されてきた屋敷の中は出てきそうな雰囲気が漂っている。何がとは言わないが。
ミラは俺の心配など露知らず、どんどんと進み始める。こういう所怖くないんかねぇ…。魔物とか出てきそうじゃん?
ミラの後ろ姿をペットの様に追いかけて行く内、やがて目的地に到達する。
「ここは扉開けるだけにしない?罠とか魔物とか出てきそうだし。」
「何を言っているんですの?それじゃあ調査になりませんわ!」
そう言って扉を勢いよく開ける。
「はぁぁぁん!」
思わず声が出る。
部屋の中央に置かれたソファやテーブル、シャンデリアなどが目に映る。
「ほら、何も無かったでしょう?」
「いや、まだ分からないよ?ほら!そこ!」
「では、次はこちらの部屋に行ってみますわね。」
応接間を一通り探索した結果、埃や蜘蛛の巣などの汚れはあったがどれも特筆すべきものは無く、順調に屋敷内を探索していった。
「なんか思ったより簡単だね。幽霊っぽい魔物とか出てきそうなもんだけど。」
「まぁ、大体こんなものでしょう。」
廊下や壁に穴が開いている箇所はいくつかあるものの、魔物の巣や死体など特に異常もなく、
「この部屋で最後?」
「はい、おそらくは。意外と時間はかかりませんでしたね。」
そう言って最後の部屋に入室するも特に異常は無かった。
「そういえば価値のあるアイテムとかあったら取ってても良いの?」
「それは構いませんが、持ち出す際は必ずギルドへ報告する事。それがルールとなっておりますのでご注意くださいませ。」
「了解。じゃあちょっと見てみるかなぁ。」
そう言って俺は机の上にあった書類を手に取り目を通していく。
「紙なんか持って行ってもなぁ」
目に映るのは実験だの試験だの、退屈そうな文字が書いてあるだけの無価値な書類の束だった。
「さて、これで終わりっと。」
俺は手に持っていた書類を机の上に投げ捨てる。
「もうよろしいのですか?他には何か見つけられなかったのですか?」
「うん、特に目ぼしい物は無かった。」
「そうですか。まだ馬車が来るまで時間がかかるでしょうし、外でお食事をして待っていましょうか。」
お食事とはもちろん彼女の料理では無く、乾燥させた肉やビスケットに食感が似た携帯食料などの味気ないものである。
「今夜はまたどこかでご飯食べるの?」
「えぇ、昨夜の酒場に行きましょうか。あそこはお値段も安くてお腹いっぱい食べられますもの!」
確かに昨日の酒場は良かった。一品毎のボリュームが多く軒並み1シルバーにも満たない食事がメニューに並んでいた。
しかも出された料理もかなり美味しかった。あの爽やかな口当たりのエールという飲み物も一日の終わりに飲むと格段に美味くなるだろう。
今夜は何にしようかなぁと考えている内に入口まで戻ってくる。
「ん?」
「どうしましたの?」
「いや、何でこの絵画こんなに立体的に見えてるのかなぁって。」
ふと目に入った絵画はやけに奥行きを感じるようだった。
「……確かに言われてみれば少し違和感を感じますわね。」
近づいて見てみると奥行きがある作画では無く、実際に裏に何かが入ってるような掛け方がしてあった。
不用心にも裏返してみる。そこには異世界の文字が認識できる俺が全く理解不能な文字が羅列してあった。
これって何語なんだろう…と思っていると驚愕に目を見開くミラが文字を凝視していた。
「ミラさん?どうなされたので?」
「これは…」
そう言ってミラは文字に触れる。
すると文字がぼんやりと光り出し壁に一本の縦線が描かれる。
「これって扉?」
「凄いですわ!シロさん!」
興奮状態のミラから聞くところによると、こういった屋敷の他にもダンジョンなどで極稀に地図に描かれていない場所を発見することがある。その場合、未到達エリアの発見という追加報酬が貰えるとの事。
さらに未到達エリアを地図上に書き加える、通称マッピングを行うとさらに報酬が得られる。もちろん今まで発見される事の無かった場所なので何が起こるか全くの未知数である。
「でも、放置されて長いこの館なら危険な事も少ないよね。」
「それは分かりませんわよ。」
「えぇ…」
縦線の横に手を触れ、押してみる。やや重かったがゆっくりと開いていく。
目に入ったのは地下へと続く階段。先は暗く最下層まで光が届いていない。そんなときに役に立つのが、昨日ミラと道具屋で買ってきたランタンだ。
早速出番が来たので明かりを灯し、先に進む。
「てか、ミラは何であの文字の事が分かったの?」
「えぇと、家系に関することで…」
きっと彼女にとって答えづらい質問だったのだろう。言葉を遮り無理に言う必要は無い。というと彼女は申し訳なさそうに謝罪した。
3分ほど降りただろうか。遂に地面が見えてくる。ミラとアイコンタクトを取り最下層まで下りる。
そこは夥しい量の鉄格子が壁となっており天井の高い部分まで伸びていた。
エルミナスでルウに連れてこられた広場の様に円の形に広くなっている。
だがこれと言って目ぼしいものは無い。床はコンクリートのような鼠色の床で何の変哲もなかった。
「えっと…これで終わり?」
「…のようですわね。」
だが殺風景の様で壮大だった。ここまで高い天井を見るのはそうそう無いのではないだろうか。薄明りが見えるということは地上まで到達しているという事だろう。
ばちゃんっ
その時、背後で音がした。
まるで、風船に貯めた水を高所から落としたような水音。振り返るとそこには血走った目でこちらを睨みつけている魔物がいた。
その魔物は一言で言い表せない容姿をしていた。
酷く変形した男性の頭部を持ち、胴体は魚の鱗のような物がビッシリと付いている。両腕は青白く何らかの粘液のような物で覆われている。
脚部は間違いなく人間の足だが、膝が逆関節となっており明らかに人間ではない事が分かる。
「キメラ…」
ミラが消え入りそうな声で呟く。