「キメラ…」
ミラが消え入りそうな声で呟く。
「えっ?」
「ア"ア"ァ"ァァァァァァァァァァ」
人語を話すことも無く、喉が潰されているような声を出しながら距離を詰めてくる。
「敵ですわ!」
『イカヅチ』
彼女の声にすぐさま反応し対象に魔法を放つ。放たれた閃光は怪物の体に吸い込まれていったものの体をブルリと震わせるだけに留まる。
敵の勢いは全く衰えない。それどころか速度を上げていく。
「嘘!?」
『エフェーロ』
彼女の言葉と共に怪物の前に半透明な壁が生成される。
馬車で彼女から詠唱の単語を聞き続けていたから分かる。例の二段ジャンプに活用できる魔法だ。
キメラは半透明な壁にぶつかりその足を止める。
「シロさん!!!」
彼女の叫びに反応し、すぐさま怪物を切り捨てるべく剣を抜き前進する。
半透明な壁に罅が入る。嫌な予感がするも動きを止めている今が最大のチャンスだ。勢いをつけ怪物に対して袈裟切りを放つべく剣を振り上げる。
パリンと壁が割れる音がする。だが奴の両腕は壁を突き破ろうと叩き付けている為、碌な防御手段は取れまい。
「う゛ぁっ」
剣を振り下ろすと同時に腹に衝撃が走る。怪物の腹からは三本目の腕が生えていた。
強い衝撃に体が浮き上がる。間髪を入れずに二発目の殴打が胸に届く。
浮遊していた体は衝撃に耐えきれず、後方へ吹き飛ばされた。
地面に叩き付けられ肺から空気を押し出される。
瞼が落ちてくる。やがて俺は意識を深い闇へと…落とすことは無い。
衝撃そのものは途轍もない物ではあったが、防具の性能が非常に良かったのだろう地面に叩きつけられた背中の方が痛みを感じていた。
吹き飛ばされ地面を転がっている間に確認したが、魔力の耐久値である水晶は戦闘前よりも濁ってはいるものの色は完全には失われていない。
「シロ…さん…?」
じゃあ、何故死んだフリをしているのかというともちろん不意打ちである。彼女には申し訳ないが怪物そっちのけで俺の元へ近づくミラに油断をしているのか、ゆっくりと怪物が近寄ってきている。
「シロさん!大丈夫ですか?シロさん?」
「……」
「そ…んな…」
ミラの瞳から光が消えると同時に怪物が立ち止まる音が聞こえる。
「ウ"ウ"ウ"ウ"ゥ"ゥ"ゥ"…」
「あ…」
そして、弾かれたように俺は立ち上がり様に怪物の体を切り上げる。
「ィィィィィィィィアアアアアアアアアアアア!!!!!」
奇怪な悲鳴を上げながら怪物は後ろに飛び退く。
「シロ……さ……」
「ごめん!とりあえずこうするしか無かった!」
彼女が再び目に光を取り戻すまで時間は掛からなかった。
だが、それは同時に戦いの始まりを告げる合図となった。
「ヴヴヴ…」
怪物は自身の身を抱えるように腕を回す。すると表面から無数の棘が出てくる。まさか…
「ミラっ!魔法!」
「はい!」
『エフェーロ』
魔法が発動すると同時に怪物の体からは棘が飛び散る。発射された棘は速度を伴い半透明な壁に突き刺さる。
「くうぅぅぅっ!」
ミラが額に脂汗を掻きながらも左手を下げることは無い。それしても発射される棘は中々収まらない。体の中で生成し続けるのだとしたらミラの体力が尽きた瞬間に全滅する。
やがて、何本かの棘が壁を通り抜ける。当然ミラの肌にも棘は無情にも食い込んでいく。
頬が。突き出した腕が、健康的な太ももが、無数の棘によって赤く染まっていく。
限界が近づいている。だが俺は、
「ミラ、信じてる。この攻撃が終わったら俺が行く。」
彼女は笑みを浮かべながら小さくうなずいた。
だが、彼女の表情には余裕など無い。
彼女の左腕はもう既に力を失っており、徐々に下がってきている。
その時、遂に壁に亀裂が入る。
ミラの顔が青ざめる。
だが、遂に棘の雨が止む。ミラの体が崩れていく。
「ごめんっ!ミラっ!」
それでも俺は走り出す。もう一度同じのが来たら今度こそ全滅だ。それにあれだけの大技を打って来たんだ。多少の隙は出来るはず!
「うぉあああああああああああ!!!」
全力で切りかかると怪物は自身の右腕を刃物に変形する。それでも構わない。
「らぁああああああああああああああ!!!!」
「ギィィィア゛ア゛ァ゛ァァァァァァァァ!!!!」
両者の得物から激しい火花が飛び散る。
鍔迫り合いになど持ち越すまい。先程の攻撃で俺の能力が足りていない事など承知済みだ。だから、
「受け流すッッッ!!!!」
怪物から放たれる斬撃を右に逸らす。
「それしか!」
右に逸らした斬撃が横薙ぎに変わり再び襲い掛かる。
「出来ないんだから!!!!」
剣を斜めにして怪物の得物を頭上に上げる。
それでも怪物は再びは腹から腕を生み出し俺の体を打つ。
「くぅっっ!!」
これは予想済みだ。下半身に力を込め体が浮くことを防ぐ。次は打撃。
「なっ…」
怪物の腕に注目していたが三本目の腕が刺々しい見た目をしていた。
打撃じゃない!?
「ィィィィィィィィアアアアアアアアアアアア!!!!!」
先程の悲鳴と同じく甲高い鳴き声を出し、三本目の腕が爆ぜた。
咄嗟に首を腕甲で守るも上半身の鎧が魔力を切らしたのか、幾本もの棘が体に突き刺さる。
だが長々と発射されるわけでは無く棘の襲撃はすぐに収まった。
「ぎぃぃぃ!!!!」
怪物と似た掛け声を出し痛みに耐えながら剣を振り抜く。
咄嗟に後ろへ飛び退かれるも、やや遅れた三本目の腕を切り落とす。
「ヴヴゥ゛ゥ゛……」
怪物は後ろに下がったまま、三本目の腕が生えてくる様子は無い。
どうやら深い傷を付けることが出来たようだ。
だが、ここで気を抜いてはいけない。奴は腕を切り落とされても尚、戦意を喪失しているように見えないからだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「ヴァァァァ!!!」
再び怪物との殺し合いが始まる。
怪物は学習能力があるのだろうか自身の得物の角度を変えながら剣撃を見舞う。何度も肌が切り裂かれる。
それでも、
「引かねぇよ!!!」
刃物に勢いを付けられる前に剣で進路を塞ぐ。そのまま右手で剣を支え、
『イカヅチ』
いつしか放った零距離からの魔法。だが今回は魔力のセーブをする。本気で打つと腕が壊れ戦闘の継続が困難になるからだ。
今回は頭部など狙う程余裕は無く切り落とした腕の断面に叩き付けると怪物は最初よりも大きく体を震わせるものの倒れる気配はしない。その時、
怪物の目から、鼻から、口から血が溢れているのが見えた。
ダメージは入ってる!
再び叩きつけようとするも抑えていた刃物が自由を取り戻し、再び受け流しのターンが戻ってくる。
そろそろか…!
怪物の斬撃を受け流すと見せかけてから剣と一緒に抱え込む。剣で腹部は守れているものの残った左腕で背中を打撃されている。
背中には防具が付いていない為モロにダメージが入る。だが、
「ミラァァァァァァァ!!!!」
俺が叫ぶと同時に背中の打撃が収まる。
刃物を抱え込みながら上を見上げると、怪物の頭部に剣を突き刺すミラがいた。
「はぁぁぁああああああ!!!」
ミラは剣を抜くとそのまま横薙ぎに怪物の首を切り落とす。
怪物は力なく崩れ落ち、動かなくなった。それを確認したミラは膝を付く。
慌てて駆け寄るもミラは力無く笑いながら答える。
「ちょっと疲れてしまいましたわ。」
ミラは力尽きたように倒れ込んだ。
「ミラ!」
こういう時どういう対処をしていいのか分からない。
幸いにもミラは息をしている。頭パンクしてしまった俺は鞄から徐にポーションを取り出しミラに掛けてみた。
するとミラの体から煙のような物が立ち上がり露わとなっていた腕の切り傷が塞がっていくように見えた。
「治ってる…。それなら!」
鞄から次々とポーションを取り出し掛け始めると、
「も、もう大丈夫ですわ!あまり無駄遣いをしないで下さいまし!」
怒られた。ミラはゆっくりと立ち上がる。
「もう、シロさんったら心配性ですね。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃいますよ?」
「はは、確かにそうだね。ごめん。」
ミラの笑顔を見たら何だか力が抜けてしまった。
「ア゛ァ゛ァ゛…」
弾かれたように振り向くと、怪物は切断された首から血を流しているのにも関わらずゆっくりと立ち上がっていた。