胸の辺りには眼球が一つ付いており、すぐ下には人間の口が生成されていた。
「クソが…」
折角良い雰囲気だったのに全部ぶち壊しやがって…ミラの横に置いていた剣を持ち、立ち上がる。
上半身全面の防具は完全に壊れている。一度目に喰らった衝撃が次も来れば確実に死ぬ。足に装着してある防具も防御には役に立たない。
つまり奴の攻撃は全て完璧に受け流す必要がある。腕の防具は生きている為、最悪の場合前腕でガードすることも可能だが、今まで剣でしか受け流してこなかった俺には難しいテクニックだろう。剣だってそれなりに重量がある。今の俺では両手で振らなければ大したダメージも入らないだろう。
「一つしか目、無いんだろ…?今すぐそれもぶっ潰してやるよ。」
踏み出す。
奴も相当のダメージを負っているのだろう。動きは鈍くなっているが、俺もさっき至近距離で棘を浴びた身だ、体が途轍もなく重い。
「死ねッッッッ!!!!」
「ヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!」
俺は全身から血を、
怪物は開いた口から血を、
振り撒きながら衝突する。
剣が交わった際に左手は尋常ではない痛みと共に血が噴き出す。
あんなに魔力セーブしておいてこれかよっ!
あっさりと力比べは俺が負ける。後ろに重心がズレる感覚すら武器にする。態勢を崩したまま右足を振り上げ、前傾姿勢となった怪物の胸に蹴りを放つ。
運良く、蹴りは奴の眼球にクリーンヒットし怪物は悲鳴を上げながら大きく仰け反る。俺は胸を蹴った反動で立て直し、怪物を切り捨てるべく剣を振り上げる。
だが、怪物には生命体の弱点である頭部が存在しない。
それでも、
「ああああああああああああああああ!!!!!!!」
痛む左腕にも力を込め、袈裟切りを放つ。
切断まではいかなくとも切り口からは血液が勢いよく噴出する。
全身を血に染めながらも二振り目に入る。
次は奴の右脇から左肩まで眼球ごと切り上げた後、左手を傷にぶち込む。
「終わりだよっ!今度こそ!」
『イカヅチ』
そうして死闘は俺の勝利という形で幕が引いた。
「ミラ、立てる?」
「えぇ、何とか立てますわ。」
「そっか、ちなみに俺はもう無理。」
そう言って膝をつく。もう体に食い込んだ棘を取る気力すらない。
「シロさん!?ポーションは…」
そう言ってミラは鞄の中を漁り始めるが結果は知っている。
「な、何で無いの?そんなっ!」
さっき全部使ったからね。ミラに振りかけまくったからね。
鞄のあらゆる収納スペースを探していたが、床に転がる大量の空き瓶に気付く。
「これは…」
「さっきミラが危なそうだったから全部使っちゃった…」
「そ、そんな……」
ミラの顔が絶望に染まっていく。
「とりあえず出ましょ?肩貸してくれるとありがたいんだけど…」
そう言うとミラは無言のまま俺に肩を貸してくれた。
怪物の亡骸に背を向けて出口へと向かう。
外に出る頃には日が暮れかけていた。馬車が来るにはいい時間だろう。
「今日ミラが居なかったら間違いなく死んでたなぁ…」
しみじみと言う。
「いえ、わたくしも一人では何も出来なかったでしょう。」
ミラは少し俯いて答える。
「ミラの魔法無かったら即死だったよ…それに咄嗟に頭に剣、刺してしてくれたの本当に助かった…」
「あ、あれはただ、夢中だっただけで……でも、お役に立てたのなら良かったですわ!」
「はぁぁぁぁぁ…疲れたぁ。」
二人並んで座っているとどうやら馬車が来たようだ。
ふらついた足取りで荷台に乗り込む。ミラも隣に乗ってきた。
御者席には来た時と同じく無口な老人が座っている。
やっと落ち着けた所為なのか胸や腹などが痛み始める。そういえば棘刺さったまんまじゃなかったっけ?
恐る恐る防具を捲り上げてみる。
そこには想像を絶するような光景が広がっていた。
棘は胸から腹部まで無数に刺さっており、傷口は紫色に変色していた。血は既に固まっているが放置しておけば取り返しの付かない事になるのは一目瞭然である。
試しに一本抜いてみるか?
試しに棘に触れてみる。
「うっ……」
触った瞬間激痛が走る。正直意識を保てたのが奇跡だった。
「ど、どうかされましたの?」
心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
「いや、何でも気にっ…しなくても…平気っ」
痛みに耐えながら強がってみせる。
「もしかして怪我をなさってるんじゃ……見せてくださいまし!」
「あっちょ……!」
止める間もなくミラは強引に防具を剥ぎ取る。
「こ、これは……」
ミラは絶句している。そりゃそうだよな……
「大丈夫だから……このくらい。」
「そういう問題じゃないですわ!どうしてこんなになるまで黙っていたんですの!?」
「ごめん……迷惑かけたくなくてさ……つい。」
「バカ!!もう……シロさんのばか……。」
涙声で呟いている。
それからは街に戻った後、俺は治療院へ行きミラはギルドで報告をしてくれると方針が固まった。
街へ戻ると再びミラが肩を貸してくれそのまま治療院へと向かう。
治療院の先生は俺を見るなり顔を青ざめさせ、すぐさま手術が始まった。
「あんまり痛く出来ないようにできます…?」
すると医者は箱から紫色の石を取り出すと少しづつ輝き始めた。
どうやらそれは魔石晶という物らしく魔力を通すと魔石晶本体の属性に変換される。それを砕くと自分が使用することのできない魔法を使うことが出来るとの事。
冒険者の中には魔力の容量が多い者がいて、それらは杖を使うらしい。
杖には魔石晶が練りこまれていて、様々な魔法を扱う事で戦闘を有利に進める。
「じゃあ今持ってる魔石晶ってなんですか?」
「相手を昏睡状態にさせることが出来る魔法だよ。」
そう言った医者は石を砕く。その途端俺の視界は歪み始め、眠りへと誘われていった。
目が覚めるとそこは見覚えのない部屋だった。
目を覚ますと言っても医者が石を砕いた後、まばたきをする程度の暗闇を認識した後ベッドの上に寝かされていた。
治療が終わったのだろうか、自身の胸に目を移すと包帯がグルグル巻きになっており傷口の確認が出来ない。
ただ腕の傷は完治しているようだった。
「とりあえず起きるか…」
そう言ってベッドから立ち上がる。特に体の痛みは感じない。ドアノブを回し扉を開ける。
床はフローリングとなっており、やや薬の匂いが充満する廊下に出た。壁伝いに歩いていくと、ある一室から話し声が聞こえてくる。
「では、ありがとうございました。」
「いえいえ、また何かありましたらお越しください。」
やがて部屋からミラが出てくる。俺の姿に気付いたのか駆け寄ってくる。
そしていきなり抱き着いてきた。
ミラの目には大粒の涙が溜まっていた。
ミラはそのまま泣き出してしまい、俺は何も出来ずにただ立ち尽くしていた。
しばらく経ってようやく落ち着いたようで、ミラはゆっくりと話し始めた。
「わたくし、怖かったのです。シロさんが死んでしまうんじゃないかと思うと……」
「おぉ…よちよち」
「ふざけないないで下さいまし。」
場を和ませようと冗談を言ってみるも普通に怒られる。
「あ、あとこれ、今回の依頼の報酬金ですわ。」
そう言って差し出された袋を受け取る。中を確認すると銀貨と銅貨が数枚入っていた。
「依頼の成功報酬とマッピング。それからキメラの討伐報酬ですわ。」
「ミラの分はちゃんと半分にしてくれたんだよね?」
「勿論ですわ。」
「そっか、なら良かったよ。」
治療費は俺とミラの分で既に引いてあるらしい。有難い事だ。
その後、ミラと俺は昨日行った酒場に立ち寄り夕食を取る。
二人でテーブルを挟み、他愛もない会話をする。
「はぁ~…仕事終わりのエールはやっぱり美味いなぁ…」
「ふふっ、そうですわね。」
「そういえばキメラって言ってたけどあの魔物の事?」
気になっていたことを聞いてみる。
キメラという種族は遥か昔に人間が作り出した魔物である。
人間の脳を媒体とし、様々な魔物の体を繋ぎ合わせることにより黒星戦争を有利に進めようとするも、黒星から流れ出る瘴気によって制御が不可能となる。やがて暴走を始めたキメラは人間にのみならず周囲の生物を襲い始めた。
キメラは戦争を優位にする為に様々な改良を施され戦闘用に改造されている。
討伐難易度は6等級以上のパーティーが推奨されている。
「でも何とか勝てたっていう事は他よりも弱い個体だったの?」
「考えたくはない推察ですが…」
そう前置きをしてミラは語り始める。
現在、拡大されている領土にはそれぞれの特色を持った種族が統治している。
エルフやドワーフ、獣人、そして人間など。
彼らは繁栄の為、資源をその領土で採取しているがエルミナスと同様、無限に沸き続けるわけでは無い。
次第に枯渇していく資源に限界を感じ始めたのか、それぞれの種族は他の領土からそれぞれの特色を持った資源を取引し始めるが、
その地域でしか採取できない資源を高額でやり取りしていく内に互いの利益の為に武力を行使し始める。
エルフは類稀なる身軽さと長寿を、
ドワーフは他の種族を凌駕する鍛造技術を、
獣人は体に宿す恐るべき身体能力を、
それぞれ種族の長所を生かし、戦争を繰り広げるも人間は他の種族より秀でている部分が無いと言っても過言ではない。
魔力量は長寿であるエルフに劣り、鍛造技術はドワーフの足元にも届かない。獣人よりも特出した身体能力のない人間はすぐに劣勢に追い込まれていく。
そこで人間達は他の種族に対抗すべく、とある実験を開始する。
キメラを再び作り出し兵器として使用する。
「でも現代の技術じゃ、以前までの強力なキメラを作れない?」
「あくまで可能性、の話ですわ。」
ミラは静かにそう言った。
そんな話をしていると店員が注文した料理を持ってくる。
「明日は昇級試験があるって言ってたっけ?」
「えぇ、そうですわ。」
「確か試験官との模擬戦と筆記だったけ?」
「そうですわ。」
そんな他愛もない話をしながら食事を進める。
暫くして会計を済ませると俺たちは店を出て帰路につく。
今日一日の疲れを癒やすようにゆったりとした足取りで歩く。
二人の間にはその後も言葉は無かったが何故か居心地は悪くなかった。
「それじゃ、また明日。」
「はい、また明日。」
そう言って二人は別れた。