異世界放浪記   作:isai

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断るという勇気

その後も、9等級に上がったパーティーは日々、依頼に精を出した。

比較的弱い魔物の討伐依頼や、採集依頼など安全を重視した依頼をこなしつつ満ち足りた生活を送る事早二週間。

ある日、不愛想な受付嬢は珍しく話題を持ち出してきた。

 

「お二人は迷宮というものをご存じでしょうか。」

また始まったよ、講釈が。こういう事を言ってきた最後には必ず不敵な笑みを浮かべてマウントを取ってくるのだ。

だが迷宮というものは度々ギルド内で話題に上がってはいたものの詳しくは知らなかった。

「なんすか?それ。金にでもなるんだったら興味は出るんすけどねぇ?」

「最近、アルゼータに強く出る様になりましたわね。シロさん。」

 

呆れ口調のミラ。そりゃそうだろ。笑顔の似合うマルデさんは他の冒険者に取られるんだからコイツとばかりやり取りしてるんだ。

そういうミラも不愛想受付嬢の事を名前で呼んでいるではないか。

「それは、わたくし達の面倒を見てくださっている方にいつまでも役職名で呼んでいる方が失礼という物ではないですか?」

「らしいっすよ?アルゼータ」

「…すぐに魔物にでも殺されるのかと思っていましたが、しぶといのですねシロ様は。」

キッッッッッッツ!

何故か百倍返しくらいの攻撃を受けた俺は話題を元に戻す。

 

「…それで迷宮ってのはなんですか。」

アルゼータもやり合うつもりはないのか素直に話題を戻す。

「迷宮は日々内部が更新され続けていく稼ぎ場というのが冒険者の間での知識です。」

 

迷宮

それはいくつもの階層に連なっており未だに最深部まで到着したパーティーは居ない。

基本的に迷宮は5等級以上のパーティーで攻略していくのだが、変わり続ける迷宮内部では既に探索の終わった階層から価値のあるアイテムが出てくることは珍しくないという。

迷宮入り口の第一階層から第五階層までは強力な敵が出てくることは殆どなく、新米冒険者の間でも一攫千金を目標に迷宮に潜り続けるパーティーが居るのだとか。

だが安全性を考慮する冒険者は、ギルドから出される正確な情報を得て依頼をこなし続け、安定した日々を送っているのだという。

以前に見かけた最強っぽいパーティーも迷宮の最深部を目指し攻略を続けているのだという。

「行きたいのは山々だけど…」

この街に来たのは俺に掛かっている呪いを解ける可能性があるミレーバルに到着する為だ。

その為にステータスの向上と資金作りを行っている俺からしてみれば迷宮というのは心躍らせる単語だがそんな暇はないだろう。

 

「ミラは行ってみたい?」

「そうですわね…迷宮攻略は冒険者の憧れとも聞きますから。」

「そうだよなぁ……」

だがミラも少し乗り気だ。

「ま、そのうち行くかぁ……」

そう言いながら俺たちは今日も依頼を受けに行くのであった。

 

迷宮の話を聞いてから3日後、マルデさんから声がかかる。

「シロさん!ちょっとお時間頂けますか?」

なんで名指しなんだろう。ミラが横にいるのに。

嫌な予感を持ちつつも話を聞いてみる。

「…な、なんでしょう?」

「実は…会って欲しい方が居るんです。」

 

全部分かった。ぜぇ~~~んぶ分かった。

また俺に厄介事、厄介人を押し付けるつもりだろう。ミラを話に加えなかったのは俺が押しに弱いと踏んでの事だろう。

「あー、すみません。今日ちょっとアレがあって…ソレしてたら今日は終わっちゃうかなって。だから今日の所は…」

「ありがとうございます!」

「…」

もう何も言うまい。いや、何も言わないからこうなっているのだろうが。

「いや、ちょっとね?ほらミラさんに何も言わないでっていうのはちょっと…ね?」

「ミラ様~!パーティーに入りたい方が居られるのですが!」

「え!?本当ですか!?今すぐ連れてきてくださいませ!」

「分かりました!少々お待ちください!」

そう言ってマルデさんはギルドから出ていく。

パーティー、入りたい、人。この三つの文字があればミラは尻尾を振って飛び込んでいくだろう。それを見越したマルデさんは重要な部分を伝えずに走り去った。

こうなってしまうともう遅い。実際に目の前に来られると断り辛い雰囲気になり結局は負けてしまう。その前にマルデさんに予め伝えておいたら例の冒険者と鉢合わせなくて済むのだが…

「ミラ…絶対に断ろう。」

「何故ですの?わたくし達のパーティーに入りたい方が居るんでしょう!?」

「いや…詳しい事は長くなるから話さないんだけど、絶対にヤバい欠陥抱えた人来るから…マジで…」

「まだ来ていないのにそんな事分からないでしょう?シロさんは少し心配性なだけですのよ!」

「いやぁ…マジで。マジでヤバいから。絶対にマジでヤバいから…」

だってマルデさん推薦の人だもの。ヤバいに決まっている。

「…そこまでシロさんが言うのでしたら、最終決定権はシロさんに託しましょう!」

「えぇ…」

まぁ、まだマシだろう。ミラが話すとトントン拍子で話が進みいつの間にかパーティーメンバーは、

やる気のない雑魚

いつもテンション高めの貴族

マジでヤバい奴

サーカスかな?押しに弱い俺だが今回ばかりは折れるわけにはいかない。

依頼をこなす時よりも気をグッと引き締めているとやがてギルドの扉が開き、マルデさんが入ってくる。

その後ろには、

 

怖っっっっっっっっっっっっっっっわ。

マルデさんの後ろからドス黒いマントを被った何者かが付いてきている。ぱっと見、邪悪な背後霊だ。俺は恐怖のあまり目を逸らす。

「こちらの方がパーティーに入りたいと仰っている方です!それでは!」

そう言って諸悪の根源は自分の持ち場へ戻っていく。

背後霊は憑りついていた人間が居なくなったことにより俺達の前の席に座る。

暫くの沈黙の後耐え切れなくなったのかミラが切り出す。

「あ、あの、貴方のお名前は?」

「……」

何かボソボソ言っているが聞こえない。ってか怖い。

「も、申し訳ございません。もう一度お願いしても?」

「…………エル…ダー……」

「エルダー様?」

「…………はい…」

「…シロさん。わたくしお腹の調子が悪くなってきましたの。よろしくお願いしますわ…。」

そう言って立ち去るミラを止めることが出来なかった。怖すぎて言葉が発せないのである。

「…シロです。さっきトイレ行ったのがミラです。」

「……はい……」

「パーティー…入りたい感じです?」

「……はい……」

「…ちなみにご職業は…?」

「…冒険者」

「いや、あの、立ち回りっていうか…」

「…魔法使い」

死霊術師の間違いでは?

口から零れそうになったが慌てて堰き止める。だがパーティーに攻撃力が無いのは事実だった。俺とミラが前衛を張り、エルダーさんが殲滅。理想だ。理想なのだが…

「………ダメ?」

「駄目っていうか…。ねぇ?ちょっと…」

そこまで言うと死霊術師は椅子を引き立ち上がろうとする。

 

突如、背筋にゾッとする感覚が襲う。体の底から冷えるような感覚。

だが目の前の人物から発生しているものではない。発生源を突き止めようと視線向けると、そこには笑顔を張り付けたマルデさんがこちらを見ていた。

受 け ろ

まるでそう言われているかのようだった。

「エルダーさん!」

つい大きい声で呼び止めてしまう。もう後には引けない。

「…お話をしましょう…。」

そう言って対談が再び始まってしまった。

 

「あの…等級はそれくらいでしょうか?」

「………7」

IQ200の俺は一筋の光明を見た。拒否できないのであれば拒否させれば良いのだ!

「そうなんですかぁ!実はウチ9等級二人で形成されてましてね!正直攻撃力が欲しいなぁ、なんて思ってましたがエルダさんが7等級とは!我々では足を引っ張るだけになってしまいそうだ!」

口からどんどん言葉が溢れてくる。こうなった以上俺は世界最強となる。

「………構わ…ない」

負けた。

「それじゃ……パーティー……加入……」

「おめでとうございます!それでは手続きを行ってまいりますね!」

諸悪の根源がいつの間にか俺達の側まで来ていた。

「…よろしくお願いします」

「…こ…………ろ……………す」

「ひぇっ……」

こうしてロンズデーライトは新たにエルダーという貴重な主戦力を迎える事となった。

その晩、

 

俺達はいつもの酒場に来ていた。

「それじゃっ、乾杯ですわ~」

「あ~い…」

「…………ぱい…」

エールに口を付けるもなんだか味が薄い気がする、多分横にいる人のせいだと思うけど…

そう思い横をちらりと見る。そこで初めてエルダーの顔を見る事となった。

ドス黒いマントから見えるのは顔だけではあったが別に頭蓋骨が丸見えになっているという事は無かった。

特段美人というわけでは無いが真っ黒の長い髪の奥には漆黒に染まった目が覗いており、寝不足なのだろうか目には隈が出来ている。多分死体を漁る為に夜中墓地にでも行ったのだろう。

肌はとても健康的とは言えない程白く、目の隈を引き立たせていた。死んでるんじゃないのこの人?

でも明らかなのはエルダーが女性という事だった。これでチャラチャラした男だったらミラとくっついて、パーティーから追い出される事になった筈だ。そうなったら最後ミレーバルに行くことも出来ずに依頼の途中でくたばってしまうのがオチだ。

「………なに…か?」

「いえ…すみません。」

「……おいし…」

どうやら料理には満足しているみたいだ。良かった人間の死体を要求されなくて。

 

「~~~~~ですわ!~~~~!」

「……………そう…」

暫く料理を口に運ぶのに集中していたがいつの間にかミラとは意気投合したようだった。

ん?………震えてる…

よく見てみればミラの腕が震えていた。分かる。ギルドで話している時、俺もガクブルだったもん。

でもお前逃げたよな?

エルダーの相手をミラに任せつつその日の食事会は終了した。

そのまま宿屋まで3人で戻る。

エルダー曰く俺とミラが同じ宿に宿泊しているのであれば、自分も同じ宿に宿泊したほうが効率的だとの事。

夜に遭遇したら間違いなく漏らす自信があるが、反論など以ての外だった。

「それではお休みなさいませ。また明日。」

「あ……はい、お疲れ様です……」

「……おつ……かれ……」

そう言って扉を閉めると部屋の中に静寂が訪れる。

「はぁ~~~」

今日一日を振り返ると自然と溜息が出てしまった。どうすっかなマジで。

正直、ミラは放っておいたら勝手に何かやってくれるのでまだいいのだがエルダーはそういうタイプではないだろう。

でも言ったことは素直に聞いてくれそうだし反論もしない…と思う。されたら死ぬ。

そんな事を考えている内に眠気に襲われ俺は眠りに就いた。

 

翌朝、目を覚まし外にある水飲み場に来る。ここの宿に宿泊している間は毎朝ここで歯磨きや顔を洗っている。冷たい水を顔に当て、頭の中のモヤを一気に取り払う。

モヤを取り払った筈の口からため息が漏れる。

「はぁ~…」

「……………ざいます…」

「ひょわ!?」

いきなり後ろから声を掛けられ心臓が飛び跳ねる。

振り返るとそこにはエルダーが立っていた。

「お、おはようございます……」

「……はい……」

「えっと、何してたんですか?こんな所で……」

「……見かけたから…」

昨日の食事会から全く変わらないボソボソ声で話しかけてくる。

「えっと…とりあえずミラの事待ちますか…」

「………分かった…」

そうして二人並んで宿屋の壁にもたれかかる。

「あの、エルダーさんって魔法とか使えるんですか?」

「……うん」

「へぇー凄いですね。どんなの使うんですか?」

「……色々」

「…例えば?」

「……死者を使役する…」

「えぇ…」

「……冗談」

「…」

普通に信じかけたのは言わないようにしておこう。

何を思ったのかエルダーは自分のマントの中をまさぐり始め杖を取り出した。

「……これが火……これが氷……これが闇…」

そう言って次々とマントから魔晶石を取り出している。杖は一本だけのようだが先端にある魔晶石を取り換えて様々な魔法を使うらしい。

「……これで全部ですか?」

「……これで全部」

「あっ、はい。」

なんかもう突っ込む気にすらならないわ。

「…でもエルダーさん本当に良かったんですか?昨日も言った通り俺達は9等級なんですよ?」

「問題ない……」

今までよりもやや強い口調で答える。

「多分エルダーさんにいっぱい迷惑かけますし、呆れる場面も度々ありますけど…」

「構わない……」

「あ、はい。じゃあよろしくお願いします。」

「……………し……す…」

死す?あぁ、よろしくおねがい「し」ま「す」か。

「あら?わたくしが最後でしたか?」

丁度良いタイミングでミラがやってきた。

「それではギルドに向かいましょうか!」

「はーい…。」

「………あ……ぃ」

こうして新たなメンバーを迎えたロンズデーライトはギルドへ向かった。

俺が修理に出していた防具を引き取りに行っていた為、いつも通りある程度依頼が少なくなった依頼ボードの前に立つ。

 

「なんかいつもより少なくね?」

「そうですわねぇ。」

「……少ない」

何故か高難易度の依頼ばかり残っている。低難易度であれば薬草採取の依頼が数枚張り出されているが、パーティーメンバーが増え9等級に上がった事によるギルドへの納める金額が上がった以上この依頼をこなすと

赤字になってしまう。ただでさえエルダーは7等級の冒険者だ。俺達の比にならないくらい納める金額が多いだろう。

「どうすっかなぁ…」

「これなんてどうでしょう?」

ミラがある依頼を指差す。

「メルアル討伐、報酬は銀貨8枚、確かに悪くは無いけど……」

「……どうしたの?」

「いや、流石に報酬が少なすぎるかなって。エルダさんも増えたんだしもうちょっと難易度の高い依頼でもいいかなって…」

「……構わ……ない……」

「駄目ですよ。」

きっぱりと言い放つ。金という物は非常に厄介な物だ。無ければ生きていけない癖にあったらあっただけでそれもまた災いの種となる。

ただでさえパーティーメンバーという対等な仲である以上金の偏りはあってはならない。いや、俺が許さない。

下手に貢献度で分け前を偏らせれば絶対に不和が生じるし、我慢して少なった分け前を受け続ければいつしか歪んだ形でパーティに影響を及ぼす。

本人は思っていなくても体がつい回復を偏らせてしまったり、カバーする相手が一人に対して大人数で当たったりと、とにかく悪い影響しか及ぼさないだろう。

俺はあくまで平等でありたいのだ。熟考の末辿り着いたのは、

「迷宮…行ってみない?」


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