異世界放浪記   作:isai

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迷宮初日

数時間後、俺達は迷宮第一階層の入口に居た。

フェーデル王国の南に位置する巨大な縦穴を人々は迷宮と呼んでいた。

迷宮が生成された理由は諸説ある。

例えば黒星が地表に落下した時、飛び散った破片が地表を深く削り迷宮が生成された。黒星本体から魔物が出現したこともあり、迷宮に潜む魔物はその破片から生み出されたのではないかという説。

超越者が人類を滅亡させる為に迷宮という檻で魔物を繁殖させ、一定数以上まで人類から魔物を守るために生成された養殖場。他にも様々な説があるが真相は定かではない。

何故なら迷宮がいつ生成されたのかも、最深部まで到着した人類すらも居ないからである。そんな謎に満ちた場所だからこそ冒険者達は足を踏み入れるのだった。

だが冒険者の間では、二つ目の説が有力だと噂されている。その理由はダンジョン内には特殊な装備や有用なアイテムが入っている箱があるからだ。

それらは魔物にとって天敵である冒険者を誘き寄せ、少人数でありながらも着実に殺していくための罠だという説がある。だが罠だからと理由で諦めるという選択肢は冒険者には無い。

実際、箱にはアイテムが入っているのだ。それによって地位を築いた冒険者も中には居る。そんな夢を見て今日も冒険者は迷宮に踏み入れるのだ。

だが俺達は夢を掴みに来たのではない。受ける依頼が無かったから仕方なく来たのだ。

だから宝箱が見えたら速攻で開けるとしよう。

迷宮へ続く整備された階段を降り、一階層へ踏み入れる。

そこに広がっていた光景は、まるでジャングルのような見た目をしていた。

草木が生い茂り、地面はぬかるんでいる。空気は淀んでいて、所々から何かが腐っているような臭いがする。

遠くの方からは鳥の鳴き声だろうか?甲高い声が響いている。その異様さに思わず息を飲む。これが迷宮……これが……

景色に見惚れていると後ろから声がかかる。

 

「…ここが………一階層………迷闇の森……」

「五階層までは森となっているそうですわ。わたくしも初めて来たものですから詳しくは分かりませんが…」

「とりあえず魔物のドロップアイテムと宝箱で稼ぐんだよね?」

魔物を殺せば迷宮の中に関わらず低確率でアイテムがドロップする。もちろん討伐難易度が高ければ高いほど稀少になっていくが魔物から取れるアイテムは非冒険者からすれば貴重だ。

街の外でまばらになった魔物を殺すより、密集している迷宮の方が効率は良いだろう。さらに言えば迷宮には宝箱がある。そう宝箱があるのだ。

何と言ってもエルダーという立派な先輩冒険者が居るのだ。ちょっとアレだけど多分大丈夫だろう。

「それじゃあ行きますかぁ。」

「……うん」

「えぇ!」

こうして俺達三人は初めての迷宮探索を開始した。

 

「あれは……メルアルですわね。」

「……倒す」

正面に居るのはメルアルの群れだった。数は5匹、多分問題ない。多分。

メルアルというのは泥池に生息し、体の表面に苔のような物を生やした体長50cm程の昆虫型の魔物だ。

基本的に集団で行動し、人間を見つけると体液を飛ばして攻撃してくるらしい。

この体液が厄介で、肌に触れると炎症を起こしてしまう。皮膚がただれる程度ならば治せば良いのだが、作物を育てている田園に侵入し作物を腐らせたり、家畜を啄むことから害虫のレッテルを張られている。

さらに家畜を捕手くする為、奴らは肉を食べることでも知られている。噛まれた部分に体液を注入されると最悪の場合、壊死してしまう事もあるのだとか。

「俺とミラで多分1匹ずつ殺せると思います。エルダーさんは魔力を一番消費しない魔法で、俺らの危険になりそうな奴をお願いします。」

「……わかった」

「ミラはもしエルダーさんが危なくなったら壁の魔法を使って欲しい。俺の足じゃ多分間に合わないから。」

「わかりましたわ」

非常にアバウトな作戦だが今の俺達に出来る最善策を編み出したと言ってもいいだろう。

「それじゃ、行こう!」

そう言って俺とミラは駆け出す。

ばしゃばしゃとぬかるんでいる地面を踏みながらやってきた敵襲にメルアルは戦闘状態を取る。

あ、そういえば体液って受け流させ無くね?しかも近くで見たら結構デケぇし…

そう思ったのは俺に膨らんだ腹部を突き出すメルアルを見てからだった。

腹部から射出される液体を何とか体勢をずらし避ける。

次の射出までインターバルがあるのだろうか。連続で放ってくることは無かった。

駆け出した勢いのまま体に剣を突き立てるとあっさりと剣は飲み込まれていった。

そのままメルアルごと地面に剣を突き刺し頭部?に向かって切り上げる。

切り上げた瞬間、腹を切り裂かれた痛みからなのか、ジィィィ…と断末魔を上げメルアルは絶命した。

気持ち悪い感覚に苛まれながらも、すぐさま剣を引き抜く。

「うぇぇ…」

引き抜いた後の剣に付着した奴の残骸を見て気分が悪くなる。横を見るとミラは綺麗に一刀両断していた。

さすがですお嬢様……

「あと三匹…!」

振り向くとギザギザした口から酸性の涎を撒き散らしながらメルアルが飛んでくる。

大丈夫、油断はしていない。

剣を構えて迎撃しようとするも奴が俺に辿り着くことは無かった。

 

『オーグン』

 

その言葉と共に突如飛来した炎に、メルアルは碌な反応が出来ず火達磨になる。

エルダーだ。

メルアルが地面に落ちると同時にミラと肩を並べる。

「あと二匹!」

「えぇ!」

何事もなく残った二匹を始末する。

どうやらドロップアイテムは無いようだ。まぁこんな害虫のドロップアイテムなど誰が欲しがるのだろうか。

「装備の加工に使用するとの事ですわ。」

なるほど、需要はあるのか。

「エルダーさんもありがとうございます。助かりました。」

魔法を使ってくれたエルダーにも礼は欠かさない。

こういう積み重ねが信頼に繋がっていくのだ。

「ん」

相変わらずの返事だけれど、これで良いのだ。

その後も何度か魔物と遭遇したが、特に苦戦することもなく対処していく。

 

迷宮の入口から大体一時間程経っただろうか。

「こ、これは…!」

「宝箱……ですわ……!!」

ようやく見つけた宝箱に心躍らせる。

宝箱と言ってもなんの飾りつけもないボロ臭い木箱の様に見えたがきっといい物が入っているのだろう。

「……罠かも」

「確かめる方法ってあるんですか?」

「……専門の人がいる」

「スカウト、と呼ばれる方達ですわね。」

ミラが注釈してくれる。

「えー…じゃあ開けられない感じかぁ」

「……任せて」

そう言ってエルダーは木箱に顔を近づける。

「……鍵穴……見れば何となくわかる」

「はぇ~…」

間も無くエルダーから問題ないとのお言葉を頂いたので早速開けてみる。

中に入っていたのは一本の短剣だった。

「これって……?」

「短剣…ですの?」

「……こういう時もある…」

どうやらハズレだったらしい。まぁ一階層なんてそんなもんか。

それでも貴重な収入源になるので鞄の中に入れておく。

「……行くよ」

「えぇ!」

「はーい…」

こうして俺達は更に奥へと進んでいくのだった。

 

迷宮探索を始めてから暫くの時間が経った。

「そろそろ休憩といたしませんか?」

ミラからありがたいお言葉を頂く。迷宮に入ってから歩きっぱなしなので疲れてきたのだろう。

俺自身も体が重くなってきたような気がしてきたところだ。

「そうですね、ここら辺で一旦休みましょう。」

丁度良く目の前には小川があった。

ここで体を休めることにしよう。

「ふぅ……」

靴を脱ぎ足を川に浸す。ひんやりとした冷たさが心地よい。

三人で並びながら冷たい足湯に入る。そういえば今まで気にしていなかったが迷宮内が明るかった事に気付き頭上を見上げる。

天井が見えない程の靄がかかっている。だがその靄はどこかあるかった。

「そういえば、何で迷宮の中なのに明るいの?」

「……上にある靄は魔法で出来てる。」

「魔法……ですか?」

「……うん」

エルダーによるとこの世界に存在する全ての物は魔力によって構成されているという。

そして魔力は大気中だけでなく大地の中にも存在しており、地中から魔力が溢れ出る現象を『魔力泉』と呼ぶそうだ。

また、魔力は地上の空気より軽いようなので必然的に天井に集まる。

「でも、魔力って目に見えなくないですか?」

「それが迷宮の謎の一つですわ。あの靄には地上の天気が反映される魔法が使用されていますの。」

「じゃあ、地上で雨が降れば迷宮にも降る?」

「………正解」

「へぇ~」

なかなか興味深い話を聞くことが出来た。

それにしても、とミラが口を開く。

「本当に不思議な場所ですわね。」

「…やっぱりミラやエルダーさんは最深部に行ってみたい?」

「もちろんですわ!」

「……私は別に……」

「私達が目指すのは一番深い所……つまり最下層ですわ!そこに行けばきっと……」

「……きっと……?」

「きっと……何かがあるはずですわ!」

「……なるほど」

それから持って来た携帯食料を食べたり、取り留めのない話をしたりして時間を潰した。

「さて、そろそろ行きますか。」

「そうですわね。」

「ん」

そう言って俺達は立ち上がり再び歩み始める。

そこからさらに一時間程歩いただろうか。

「なんでこんな所に扉なんてあんの?」

「………二階層」

「え?」

「……ここは二階層の入り口」

「そうなんですの!?」

「はぇ~…

「……降りる?」

「帰りの事を考えると引き返したほうがいいと思う。」

迷宮入りしてから何時間経ったか定かではないが帰路を考えると戻った方が良いだろう。

俺は度々起こる戦闘にて、大きな怪我こそ無いものの疲労や軽傷を負っていた。

ミラも所々衣服が破けている部分がある。

エルダーは無傷だった。流石だ。

「わかりましたわ、戻りましょう。」

「はい。」

踵を返し元来た道を戻ろうとすると、背後からガサリと音が聞こえた。

振り向くとそこには巨大なムカデの様な魔物が居た。

「なっ……」

「気持ち悪っっっっ!!!!!」

 

「…戦闘準備っ!」

エルダーの掛け声でパーティーの雰囲気はガラッと変わる。エルダーとの仕事は初めてだったが今までの声とは明らかに違う緊迫したような声だった。

だがムカデはすぐに飛び掛かってこない。知能があるのだろうか、一定の距離を保ったまま横ばいに移動を続けている。そして奴から目を離さず声を出す。

「ミラっ、壁!」

 

『エフェーロ』

 

「エルダーさん!」

ムカデの目の前に半透明の壁が生成されるのを確認した俺は、エルダーに声を掛けながら左手を前に出す。

 

『オーグン』

『イカヅチ』

 

エルダーは俺の意図を理解してくれたのか、炎弾を放つ。俺もそれに合わせて魔法を射出する。

突然の攻撃に反応出来ず直撃する。だが炎の中で一向に絶命する様子を見せない。

やがてムカデはミラの作り出した壁に体当たりをすると壁に亀裂が入る。

「ぐうぅ…!」

ミラが苦しそうな声を上げる。ムカデはそのまま壁から距離を取り勢いを付けて衝突する。

「避けてぇぇっっ!!」

ミラが叫ぶと同時に俺達はその場から飛び退く。

寸での所で回避するもムカデが通り過ぎた後、突風に襲われる。

尻餅を着いた俺は臀部の痛みに顔を顰めながら状況を確認する。

周りに味方は居ない。見える壁が全て焦げ茶色になっており、明るいオレンジの装飾がしてある密室に閉じ込められていた。上を見てみるとムカデの顔があった。

どうやら俺を中心に蜷局を巻いているようだった。

 

「あっ……」

死を予感した。

俺の呟きに反応したかのようにムカデが口を開く。

【キシャァアアッッ!!!】

鼓膜が破れるかと思うほどの大音量の鳴き声が響き渡る。

剣を握る手を強める。外にはミラとエルダーがいるのだ。死ななければどうとでもなるはずだ。

「おらああああああ!!!!」

焦げ茶色の壁に剣を振るう。

「は?」

弾き返されはしない物の剣が入っていかない。頭上から空を裂く音が聞こえる。おそらくムカデが俺に食らいつこうとしているのだろう。

 

『ドルカダス・ラーム』

 

どこからともなく聞こえてきた言葉と同時に一帯は暗闇に包まれる。一切の情報を断たれた俺は茫然としていたがやがて何者かに引っ張られるような感覚を覚える。

何者かに引っ張られて一秒も経たないうちに明るい景色が広がった。

「痛っっ!」

地面に放り出され再び尻餅を着く。

「シロさん!」

「……大丈夫?」

心配そうな顔でこちらを見つめる二人の姿を見ると、さっきまで感じていた恐怖心が徐々に薄れていくのを感じる。

「うん、ありがとう。」

「良かったですわ……。」

「…………」

元居た場所を見てみると先程の暗闇が霧散しムカデの姿が露わになる。

「あいつ、めっちゃ堅かったけど!」

「……弱点は、足……腹…触覚」

「分かりやすいですわ!」

「……私が…止める…」

「一本ずつ切り取っていく!触覚優先で!」

根拠は無い。だが足を切り落とすより触覚の方がダメージが大きいだろ。

ムカデが動き出す。

 

『コンジェラント』

 

そこで初めて気付く。エルダーが魔法を使用する時、杖の先端にある魔晶石を素早く取り換えているのが見えた。黒からやや青みがかった色の魔晶石に切り替えている。

するとムカデの体は突如出現した氷の柱に制限される。目標は触覚だったが奴は出現した氷の柱に注意が向き届かない位置に頭部がある。

ならば一本一本足を切り落とすだけだ。

ミラと俺は左右別々の足を切り落す。

ムカデは迷宮内に響き渡る程の悲鳴を上げるも氷の柱が壊れる様子は無い。

「もう一本っっ!!!」

「あまり攻め過ぎないように!!」

ミラの声が聞こえるもあっちはあっちでもう一本切り落としているようだった。

ムカデは再び悲鳴を上げ体を唸り上がらせる。

氷の柱に罅が入る。

「エルダーさん!魔力はまだ…」

ありますか?そう聞こうとしたが最後まで続くことは無かった。

氷の柱から解放され大きくしなったムカデの胴体は反発力を伴い俺の体を襲う。

「がっっ!!!!」

咄嗟に腕でガードするも頼りない体は吹っ飛ばされ二階層の入口にある壁に叩きつけられる。


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