異世界放浪記   作:isai

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ダンジョン

【シィィィィィィィィィィィィッッッッ!!!】

 

異音で目を覚ます。

ん?なんでこんな固いベッドで寝てんだ?

そう思っていると背中の強烈な痛みで意識は現実へと強制的に戻された。

 

「あれ!?今!?」

顔を上げるとムカデの足を切り落としたばかりのミラと、杖の先から炎を出したエルダーが見えた。

側に合った剣を手に取り戦場へと駆け出す。

「ごめんっ!気失ってた!」

「シロさんっ!」

「シロ…!」

「エルダーさん!氷お願いします!」

「わかった…!」

魔晶石を切り替え魔法を放つ。

 

『コンジェラント』

 

今度はムカデの頭部に近い胴体に氷の柱が立つ。

ギリギリ届く位置にムカデの頭部がある。

「ミラっ!」

「触覚ですわね!」

そう言って二人はムカデの頭部に走っていく。だが触覚を切り落としたところで到底死ぬとは思えない。

やるしかないか!

 

走っていく中、左手で刀身を握る。鋭い痛みと共に血が流れだすが気にしている余裕はない。

左手に魔力を込める。

 

『エンチャント』

 

すると刀身が淡く光り出す。正直どのような効果があるかは分からない。切れ味が増す保証もなければ、敵を殺せるだけの電流が流れているかもわからない。

それでもやるしかい。

ミラが触覚を切り落とすのを確認し剣を振り上げる。

 

「こんのぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

頭部に剣を振り下ろす。奇妙な感覚と共に剣が吸い込まれていくものの切断まではいかない。

左手に力を込め鋸の要領で剣を動かす。左手に強烈な痛みを感じながらも手を休めない。途中で名前を呼ばれるも気にしている暇はない。

 

やがてムカデはビクンと体を震わせ動かなくなった。

そこでようやく剣を引き抜く。

「ハァ……ハァ……」

「シロさんっ!」

ミラとエルダーが駆け寄ってくる。

「やったなぁ……」

「やりましたわね……」

「……うん」

三人は目を合わせ同時に笑い出した。

二人の姿を見てみる。

俺が気絶している間も戦っていたのだろうミラの装備は所々剥げていて、覗いた肌からは血が流れていた。

エルダーは白い肌に玉のような汗を掻き、ただでさえ色素の薄い唇が更に白くなっていた。

それからは特に傷が深い俺を優先にポーションを使用し治療が出来た。

後は帰るだけだ。

 

「ん?」

普通魔物を殺した時、死体は時間が経つと共に黒い液体へと変化し地面に沈み込んでいくのだが、ムカデの死体があった場所に何か落ちていた。

拾い上げてみるとそれは先程戦っていたムカデの部位の様であった。

「もしかしてこれ…」

「ドロップアイテムですわね」

「……ベンダルの顎」

「売れんのこれ?」

「………ベンダル自体あまり見かけない生物……一階層には普通出てこない」

ベンダルというのはムカデの名前であった。生息地域は4~5階層に出没するが稀にしか遭遇しない生物との事。

7等級以上のパーティーで戦闘を行うらしいのだが、足止めが出来る魔法を持っていれば格段に難易度が下がるのだとか。

一階層に出てきたことは無い事もないらしいが基本的に遭遇しない物だと思ってもいいくらい稀だという事だった。

「まぁエルダーが居なかったら間違いなく死んでたわ…」

「やはりわたくしの目に間違いはありませんでしたわ!」

そんな他愛も無い話をしながら帰路に着いた。

道中、

エルダーさんに耳打ちをする。

「そう言えばエルダーさん。戦ってる時、名前呼んでくれました?」

「!」

何故か歩くスピードを速める。

…確かに見た目は怖いけど結構人間っぽいところあるんだなぁ。もしかして俺と同じコミュ症だけなのでは?

俺も歩くスピードを速め横に着く。

「エルダーさん?」

「……聞こえてたの?」

「全然呼んでもらって結構ですよ。パーティーメンバーですし。」

「…………………………そう」

「これからよろしくね。エルダーさん。」

「……」

エルダーは無言で首を縦に振った。

「…………家族……からは……」

「はい?」

「………………エルって……呼ばれてる」

人生で培ってきた読解力を用いればこのような問題は容易い事だった。

「…じゃあエルダさんで。伸ばすよりは短くなる気がしますし…」

だが内なるコミュ症が発動し一文字削るのが精一杯だった。

「これからよろしくお願いしますわ!エルさん!」

その後は度々戦闘が発生するも何事も無く対応し、迷宮から脱出することが出来た。

 

「65シルバーとなります。」

「たっっっっっっか!」

場所は変わってギルドの換金所。

ここは迷宮で得たアイテムを換金できる場所であり、持ち帰ったベンダルの顎の査定をしてもらっていた。

「こちらの武器は60カッパーとなります。」

「それは分かるけど…」

だってムカデの口だよ、コレ。誰が欲しがるんだよこんなの。

「ベンダルのドロップアイテムは魔法への耐性が強く、装備に重宝されます。更にベンダルと遭遇すること自体が稀ですのでこのような査定になりました。」

文句があるわけでは無いんですが…

 

それよりも、やはり魔物のドロップアイテムは装備の素材になるのか。このまま売らないで装備に費やした方が良いのでは?ミラに訊ねてみる。

「そのまま売却しても良いと思いますわ。」

「ちなみに何で?」

「お金が欲しいのでしょう?」

ミラには呪いの事を話していないはずなのに、何故か心を見透かされたような気がした。

確かにミレーバルへ行く資金を集める為にフェーデルで仕事をしているので非常にありがたい話なのだが…

「何で分かるの?」

「今朝もそうでしたがシロさんは依頼内容よりも、報酬を重視して選別をしているようでしたので。さらに言えばお金に対するリアクションが大きいというか…」

「分かったからもう止めてください。」

まるで俺が守銭奴の様ではないか。実際そうなんですけど…

それでもコレとソレは違う。この顎はパーティーメンバーで稼いだものなのだ。対等に分配するのが筋だろう。

装備に使いたいのであれば売らないで加工した方が良いだろう。それであれば生存率や効率が上がり今後の収益にも期待できる。

「それでは装備を作成した方に偏ってしまうのでは?」

正論で返してきやがる。

「…エルダさんはどう思う?」

7等級の意見を聞くのが一番いいだろう。熟練の冒険者なら装備の作成に熱を入れる筈だ。そしたら多数決で俺の勝ち。正論は無に帰す。

「……シロはお金が欲しいの?」

「…まぁ、はい…」

嫌な予感がする。

「…じゃあ売却」

多数決で俺の負けが決定した。

 

その晩、やや膨らんだ財布袋を見ながら考えに耽る。

やはり迷宮は稼げる。たった一日で稼いだ金額は、一週間安全に依頼をこなした時とほとんど同じ金額だった。

たまたまドロップしたアイテムが高額だったこともあるが、一階層でもドロップアイテム目当てに弱い魔物を狩り続ければ安定した金額は稼げるだろう。

だが今回のようなイレギュラーは今後も度々発生するであろう。それはそれでステータスの伸びに繋がるか…

そんなことを考えている内に意識は闇へと落ちていった。

 

翌日

何故か俺達は二階層の入口まで来ていた。

「……二階層の魔物は一階層と変わらない。」

「では今日は四階層くらいまで行きますわよ!」

「昨日ムカデに殺されかけたばっかりじゃん?」

「経験は積めましたわ!」

さいですか。

だが事件は三階層で起きた。

「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

「こういうのも悪くありませんわねっ!!!」

「………………ふふっ」

いつの間にか大量の藁人形みたいな奴に追われていた。

元々は宝箱に目が眩み、迂闊にも藁人形集団のど真ん中に突っ込んでしまった俺が悪いんだけど…

ミラは笑いながら走ってるし、エルダに至っては今までに無いくらい上機嫌だった。

二人ともパーティーからあぶられ続けた結果、こういう状況が楽しくて仕方ないのだろうが俺からしてみればたまったもんじゃない。

「エルダさん魔法!魔法!」

「……倒して欲しい?」

「欲しいから早くっ!」

「………じゃあ頑張る」

エルダは足を止め藁人形を迎え撃つ。

 

『オーグン・ギダール』

 

杖から火球が放たれ地面に落ちると、炎の壁のような物が出現する。

やはり奴らは藁で出来ていたのだろうか。体に火を纏わせ次々と倒れていく。

「シロさんっ!」

「行けるよ!」

ミラと息を合わせ、炎の壁を通り抜けても進撃してくる藁人形を迎撃する。

「うぉっ、危ね!」

頭を飛ばした筈の藁人形が火に焼かれつつある腕をぶん回してくる。

無我夢中で藁人形の体を切り刻み、やがて動かなくなったことを確認してミラに目を向ける。

「ミラ!大丈夫!?」

「えぇ!問題ありませんわ!」

まるでダンスを踊っているかのような身のこなしのまま藁人形を切り刻んでいく。

大半はエルダの魔法で処理をしていた為、あっけなく戦闘は終わる。

いや、最初っからやれよ…

なぜか戦闘とは別の疲労感を感じながら剣を納める。

「やっぱり良いですわね……」

「何が?」

「仲間とこうして迷宮に潜るというのは。」

まぁ、確かに。今起こったことを棚に上げるとパーティでの行動は非常に有用であると言える。

俺一人だけだったら未だに採取依頼をこなしていただろうし、迷宮になんて来ていなかった。

仮に訪れていたとしても初日で間違いなく死んでいた。それを思えばミラとエルダとの出会いに感謝してもいいかもしれない。

「……ん」

「ん?」

エルダが控えめに肩を突いてくる。指で示す方向を見ると藁人形のドロップアイテムが落ちていた。

拾い上げてみると普通の木より弾力のある枝が落ちている。

「ボアメゴの枝ですわね。主に家具などに使用される素材ですわ。」

「はぇ~」

奴らはボアメゴという魔物らしい。ドロップアイテムである枝はそこまで貴重ではない物の汎用性が高く地上では重宝されるらしい。

アイテムを鞄に入れながら先程開けようとしていた宝箱の元へと戻る。

以前エルダに教わった通り鍵穴を覗いてみる。罠を掛けられている可能性があるからだ。

「うん、よく分からん!」

「…任せて」

鍵穴を覗いたエルダは、再び俺に鍵穴を覗くように促す。

「…中に糸が張ってあるの…見える?」

「…言われてみれば。」

ランタンを鍵穴に持っていってやっとその存在が分かった。

確かに糸が張ってある。どこに繋がっているかは分からないけど。

エルダは俺に宝箱から距離を取らせるよう促し、杖を器用に使って宝箱を開ける。

宝箱が開いた瞬間、形が不揃いの刃物が飛び出してくる。当たったら痛そうだ。

エルダに礼を言って宝箱の中を覗いてみる。中にはやや黄色味を帯びた石が入っていた。

「これ…魔晶石?」

「えぇ、大きさからして価値はそれなりにありそうですわ。」

ならばやることは一つ。

「エルダさん、試し打ちできます?」

「…杖に装着できるのは…杖用に加工された魔晶石のみ」

そうなのか。効果が分からない魔晶石に魔力を注ぐなんて真似は出来そうにないので、ギルドで換金することにした。

「やっぱり階層が下がる毎に宝箱の中身は良くなっていくんだね。」

「そうですわね。」

「……でもその分危険度も増していく」

宝箱から離れ四階層に向かおうとするも、帰りの事を考え三階層を探索することとなった。

迷宮は毎日その姿を変える。探索し終わったからと言ってその階層から宝箱が無くなる事は無い。

非常にランダム要素は強いものの、運さえ良ければ一階層でもお目当ての物をゲット出来るのだ。

「よし、じゃあ行こうか。」

 

三階層を歩き回る。三階層も一階層と大して変わり映えしない風景が広がっている。

「そう言えば六階層からどんな感じになるの?」

「…光る結晶が生えてる洞窟」

「ここの階層と違って、進むべき道が決まっているエリアですわ。」

「……マッピングは必須。」

なるほど、どちらかと言えば迷宮というよりダンジョンに近いのだろうか?

違いはよく分からないが、ダンジョンというのは行くべき先が決まっている通路が数多くある印象だ。

他愛も無い話をしていると不意にエルダが立ち止まる。

 

迷宮の端まで来たはずなのに何故か目の前に扉がある。

「なんすか?これ。」

「…インフォーマルダンジョン。」

「ギルドから認知されていないダンジョン。ランダムに発生するダンジョンと言えば良いのかしら?」

ミラがエルダに問いかける。

エルダは首肯しながら後に続けた。

 

インフォーマルダンジョン

迷宮内でランダムに発生する小規模なダンジョン。

内容はその階層に応じたレベルに、ある程度調整されているものの、一切情報が無いエリアでありイレギュラーも数多く発生する。

内部にある宝箱は、ダンジョンが生成された階層よりも稀少なアイテムが入っている可能性が高い。

最奥部にダンジョンボスが居る可能性もある。

一定期間が経過すると消滅するが、内部に生存者がいる場合存在し続ける。

 

エルダからの話を纏めるとこういった具合だった。

「三階層に調整されてるんだったら行けそうじゃない?」

俺の提案に二人は微妙な反応を示す。

どうやらこの三人で攻略するには少々厳しいらしい。

俺としては未探索のダンジョンを開拓していくというロマンがどうしても強かった為、何とか押し切ろうとする。

「まぁ、そこまで言うのでしたら…」

「……シロが行くなら」

「みんなも分かってるだろうけど、俺、引き際を見分けるのだけはトップクラスだから。」

「「確かに」」

いつの間にそんな声を合わせるくらい仲良くなったんですかね…

目の前の扉を開くと、暗闇が広がっていた。

鞄に入れておいたランタンに明かりを灯し先に進む。

 

数歩進んだところで急にランタンの明かりが消え、完全な闇の世界に陥る。

「うぉあっ!ビックリしたぁ!」

急いでランタンに魔力を籠め、明かりをつけるとそこは一本の通路の様であった。

そこで二人のリアクションが乏しい事に気付き振り返る。

「ミラ?エルダさ…」

言葉が途中で切れる。

振り向いた先に二人の姿は無く、通路と同じ古い遺跡のような壁があった。

「あ?」

 

こうしてインフォーマルダンジョンのソロ攻略が始まってしまった。


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