「おはよう」
目が覚めると目の前には美少女の顔があった。
「え?」
もしかしてやってしまった?ヤってしまった?それとも犯ってしまった?
目を閉じ自責の念に囚われていると「大丈夫よ。何もしてないから。」
安心した。しかし何故俺の考えていることが分かるんだ?
「顔に出てるわよ。」
「まじか」
「まじよ」
「なるほど……」
「なるほど?」
「いや、何でも無いです…すみません」
「敬語」
ッチ…忘れてなかったか。意識して敬語を外していると疲れるんだよなぁ
心の中で悪態を吐き寝返りを打って彼女から体ごと目を逸らし彼女からの反応を待つ。
「ねぇ」
「ん?」
「昨日は良く眠れたかしら?」
「うん。おかげさまで」
「良かった。」
「ありがとう。」
「いえいえ。」
「…」
どうやら一晩寝てもコミュ症は治らなかったみたいです。会話が途切れ地獄が再び訪れる。
しかし彼女の方から話を振ってくれた。
「これからの事なのだけれど……」
「ああ、そうだったね。」
「私の知り合いが王都にいるからそこに行くつもりなんだけれど一緒に来る?」
「よろしくお願いしてもいいd…かな?」
「うん。」
そう言って寝台から身を起こす少女に合わせ俺も体を起こす。
それにしても違和感を感じる。衣服が肌に張り付く嫌な感触だった。そういえば昨日風呂に入らずそのまま寝てしまったのだなと思い立った瞬間からの不快感はとてつもなく、
今すぐにでも風呂に入りたい気分だった。だがそんなことを言えるはずもなくただ黙ってしかめっ面をしていると少女は、
「どうかした?」
「いや…何でもないよ!」
元気に微笑みながら答える、表情で悟られるほど社会人は甘くねぇんだよ
「言って」
「いや…あの…」
「言って」
「お風呂ってぇ…ありまs…ある?」
「湯浴みの事?勿論。案内するわ。」
「ありがとう」
そう言い立ち上がる彼女と共に浴室へ向かう。
脱衣所に到着し服を脱ごうとし、ふとそういえば脱いだ服はどこに置こうかと考えていると彼女と目が合う。
「ん?」
「?」
「え?」
なるほどね。さすがの俺ももう慣れてきたから彼女が言わんとしていることくらい手に取るように分かってしまった。
人間は言葉で覚えるよりもミスをすると嫌が応でも同じ失敗はしないとその場で脳をフル回転し暫くは覚えようとするものだ。
何度も沈黙という名の地獄を潜り抜けてきた猛者である俺にとってこの程度のハテナマークなど取るに足らない事であるのは自明の理であった。
なので猛者である俺は先手を打つことにした。
「あっ、服ってどこに置くのかな?」
あぁ、と彼女は言いながら流れる動作で服の裾に手をかける。
…数多のゲームをプレイしたきた俺にとって3秒後に起こる現象など分かりきったことである。持ち前の反射神経をフル活用し声をかけた。
「ちょっと待って!どっどうしたの!?」
「?湯浴みをするんじゃないの?」
脳をフル回転させ手に取った情報はどうやら的外れだったことに気づく。
「えっと……一人で入るから大丈夫だよ?」
「そうなの?」
「うん。だから君は先に戻っていてくれない?」
「分かったわ。」
素直に従ってくれたことに安堵しながら服を適当なところに置き浴室の扉を開ける。
中は広々としていて大理石の様な白い石で出来た床の先には体の半分程度が浸かりそうな窪みがあり上から降り注ぐ水によって浴槽になっているのだと理解した。
横を見れば昨日死闘を繰り広げられていたであろう森が一面を覆っていた。まるで露天風呂のようだ。
風景に満足しながら窪みに入ると…
「冷たっ!」
勢いよく窪みから飛び出す。そりゃあ上から降ってくる水なんて適温でない事など少し考えれば分かることだったが、色々なことがあり気が抜けていたのであろう。
どうしよう…
少し考えてから再び汚れた肌でもう一度衣服に袖を通すくらいなら…と考え仕方なく冷たい水に体を預けた。
体は綺麗にはしたが次は体が冷え切っていた。ぶるぶると震えながら時間が解決するだろうと衣服を着て浴室から出る。そこには少女の姿は無く代わりに一枚の紙が置かれていた。
『朝食の準備が出来たので食堂に来てください』
と書かれている。
俺も腹が減っていたので早速向かうことにする。
部屋を出ると廊下に出た。来た道を戻り先ほどまで居た部屋に戻る。
部屋の扉を開けて中を見渡すとテーブルの上に料理が並べられている。
美味しそうだ。
椅子に座り手を合わせる。
「いただきます。」
まずはスープを一口飲む。優しい味だ。
次にパンを口に運ぶ。これも美味しい。
ここ10年程朝食を摂らなかった体を不安に思っていたことも忘れるくらい食事は美味しかった。
ここであることに気付く。
そういえばこの娘の名前聞いてなかったな。一度思ってしまった以上名前を聞きたい事実に脳のリソースを持っていかれる。今まで食べていた美味しい食事の味すら分からない程に。
だがコミュ症である。自身が王であると揶揄する程に。思えば朝食を摂っている最中は話を一切せず二人で黙々と食事を口に運んでいたから気にはならなかったが意識をしてしまうとこれまた地獄が蘇ってくる。
そんな地獄も時が経ち皿に盛りつけられていた食事がなくなると同時に言葉が出た。
さも今思い出したかのように
「そういえば名前聞いてなかったけど、名前…ある?」
馬鹿である。今すぐにでも喉を掻っ捌きたい気持ちになったが同時に勇気を振り絞れたという実感も手元にあった。
一度出てしまった言葉は元に戻す事は出来ないので言ったもん勝ちである、と脳内会議は称賛の嵐に包み込まれた。
すると少女はクスッと笑いこう答えた。
「私はルウ・ルーミリアよ。」
「俺は……」
「知ってるわよ」
「え?」
「太郎」
「そう…よろしく…」
「よろしく。」
死にたくなった。昨日カッコつけたいがために言ったクソダサい偽名は完全にルウの脳内にインプットされているようだった。
もしタイムリープの能力を持っているのであればガンジーと一緒に助走をつけて殴りに行っているところだった。
だが一度出てしまった言葉は元に戻す事は出来ないので言ったもん負けだ、と脳内会議では罵詈雑言の嵐に包み込まれた。
しかし俺が心の中で落ち込んでいると彼女はこう続けた。
「それにしても変わった名前ね。聞いたことないわ」
「そっか……あはは」
「変な人ね。本当に異世界から来たみたい。」
「え?」
「あ、なんでもないの。こっちの話だから。さて、もうすぐ時間だし準備して出発しましょうか。」
「あぁ、そうだn……え?」
俺の聞き間違いだろうか。
「今、出発するって?」
「?えぇ、行くんでしょ?王都。」
「そんな事も言ってたような…」
微かにそんなことを言っていたような言ってなかったような…最後らへんはほとんど集中していなかったので記憶が曖昧な部分が大半を占めており
朝のやり取りで偽名についての情報が記憶の7割程度を埋めていた俺は一瞬何を言われているのか理解できなかった。
「移動手段ってどうするの?馬車とか?」
「転移魔法を使うのよ。」
「……ん?」
「だから転移魔法よ。」
「……」
「どうしたの?大丈夫?」
「大丈夫…では無いかもしれない。」