地図を開く。
まずは…どこに行こうか。
行き先を決めずとりあえず北に向かって歩く。
まぁなんとかなるだろう。
そんな事を考えて歩いていると後ろから声が聞こえてくる。
「今はどこに向かっているのでしょうか。」
「ミレーバル。」
「…」
「冗談だって。」
地図をミラ達に見せ、前日と同様黒塗りの場所を指差す。
土地勘の無い俺よりもこの世界に通じている二人に聞くのが早いと思ったからだ。
決して面倒くさかった訳ではない。マジで。
ミラ達は俺の持つ地図を覗き込み、何かを考える素振りを見せた後、口を開いた。
「とりあえずオグの村を目標といたしましょうか。」
そう言ってミラはフェーデルから北東にある小さな集落のようなマークに指を差す。
ここから近いのだろうか。
続けてエルダが補足する。
どうやら、その村はフェーデルからそれほど遠くない位置に存在する村だそうだ。
村周辺ではポーションの材料となる薬草が群生している為、普段調達するポーションの原産地が大体ここであるのだという。
だが村への道中は緑一色に染まっている箇所を通り抜けなければならなかった。
「これ森?魔物とか出たりします?」
「…特段強い魔物は存在しない。…ホルトを除いて。」
「ホルト?」
「森の木々を操ることが出来る魔物ですわね。」
「…そう。魔物の中では高い知性を持ってる。」
そんな事を話している内に件の森まで到達する。
地図を開き広さを確認しようとすると森の中心部に文字が書いてある。よくよく見てみるとソレが森の名前であることが分かった。
「ホルトの森…」
出るの確定じゃん。名前付いてんだから。
でも知性があるという事は敵意を見せなければ見逃してくれる可能性もあるんじゃないの?
ただでさえこのパーティーは9等級のお荷物を抱えている状態なのだ。エルダが強いって言うくらいなんだから敵対することは避けたいところだ。
森の内部に入るとすぐに視界が緑色に染まっていく。
草木は鬱蒼と茂り、まるで俺たちの行く手を阻むかのように生えている。
森というよりは原生林に近い雰囲気だった。
日本では決して見る事の出来ないような不可思議な光景が広がっていた。
明らかに毒を持っているであろう色をした植物や、人間がすっぽり入りそうな食虫植物も見受けられる。
異様な形に曲がっている木々には特殊な見た目をしている動物も見える。
異常に肥大化した目玉を持つモモンガのような生物、体長の半分程度の大きさの牙を持つトカゲ、二本の長い触手を持つオウム。
見ていて飽きないな、なんて思っていたらエルダが警告を発する。
前方に敵を発見したようだ。
悪魔のような角を二本生やしている巨大な蟷螂が見える。
背中の羽には無数の棘が生えていて、腕である鎌には血糊のようなものが付いている。
その姿からは凶暴性が滲み出ていた。
「ホルト…じゃないよねアレ。」
「…レイギウス。」
レイギウスと呼ばれた虫は体勢を低くしこちらの様子を伺っていた。
「行きますっ!」
「うぉっ!」
ミラが弾かれたように飛び出す。ミラが居た場所からは土煙が上がり、地面が少し陥没していた。
そのまま勢いを殺すことなくレイギウスに接近していく。
エルダはその間に杖を取り出し詠唱を始めようとしていた。
バチィィィィ!!!!
エルダに目を向けている一瞬の間にミラはレイギウスと交戦状態に入っていた。
完全に置いてけぼりである。
流石に何もせず女性陣が戦っているのは心が痛むため、遅れて参戦しようとする。
「っ!上!」
遅れて飛び出したのが功を奏したのか樹木に張り付く二体目を発見した。
『オーグン』
背後から放たれた火球は頭上に居るレイギウスに命中する。
体を焼かれながら落下していくレイギウスにとどめを差すべく俺は走り出す。
剣を抜き、上段に構えて振り下ろそうとすると炎の中から鎌が的確に頭部を狙って突き出される。
間一髪で避けるも首にかすかな痛みを感じる。
それにビビった俺は走り出した体を急停止させ魔法を唱えようとするも、既に遅かった。
炎を纏った魔物は巨大な体躯を立ち上がらせる。
眼前に迫る巨大な体格は優に俺の身長を超える高さを誇っていた。
炎により体の表面を焼かれている筈なのにその動きは衰えることは無く、むしろ鋭さを増していた。
攻撃を何とか凌ぎつつ打開策を考える。
奴は腕が長い分、距離を詰めれば反撃のチャンスが生まれるかもしれない。
「危なっ!」
無理に詰めたせいで鎌が何本かの髪を切り飛ばされる。それでもこの間合いを変えるつもりは無い。
奴の無防備な胴体に剣を突き立てる。
嫌な感触が手に伝わるも構わず力を込めていく。
急に手応えが無くなる。
どうやら蟷螂は後ろに飛び退いたようだ。
「痛っ!」
剣に体重を掛けていた所為で前のめりに倒れてしまう。
頭上から鎌が降り注ぐも、それをギリギリで回避する。
そしてすぐさま立ち上がろうとするが、目の前にはすでに次の攻撃が迫ってきていた。
咄嗟の判断で先程まで蟷螂の胴体を貫いていた剣を正面に突き出すも、その衝撃は柔らげる事は叶わず成す術もなく俺の体は宙を舞う。
「う゛ぅっ!」
宙を舞った胴体はやがて背後の木に叩きつけられる。
だが意識を失う事は無い。
バルガが直前に改良してくれた防具のお陰で致命傷を避けることが出来た。
風を切る音が聞こえる。
俺の胴体を両断するべく飛んできた鎌が眼前に迫る。
慌てて姿勢を低くし寸での所で躱すと背後の木から聞き慣れない音が聞こえる。
前のめりになりながらも振り向くと大木に突き刺さったままの鎌が眼に入る。
チャンスだ。
振り返った勢いをそのままに奴の鎌を叩き切る。
「うらぁぁぁぁぁぁ!!!」
すると刀身は驚く程すんなりと奴の肉体へと沈み込んでいく。
そのまま力任せに振り抜き、胴体へと再度剣を振るうもその巨体からは考えられない程の瞬発力を持ってして後方に飛び退く。
致命傷は与えた。奴の主力武器も一つ奪うことに成功した。
今の俺ならば何が来ても勝てるという謎の全能感が体を支配する。
だがどんな状況であれ勝つという強い意志を持って挑む事が大事だと教えてくれたのは他でもないこの世界だ。
油断はしない。
再び剣を構え直し、相手の出方を窺う。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
突然、耳障りな音を立て始める。
奴の口元からは何か液体のようなものが流れ出ている。
それが地面に落ちた瞬間、草木がみるみると枯れていくのが見える。
「やっべ…怒らせちゃった?」
奴は腕をぐっと縮ませ顔の付近まで持っていく。
ようするにあれだ。ファイティングポーズっていう奴だ。
奴の脚部がパキパキという音を奏で膨張していく。
奴の足を支える大地が陥没していく。
空気が震え、周囲の音が消え去る感覚を覚える。
直後、爆ぜるような轟音が辺り一面に鳴り響く。
筈だった。
しかし奴の体は魂を失ったように弛緩していく。数秒後、まるで糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちる。
その後ろには、
「シロさん!お怪我はありませんか!?」
あぁ、マジで愛してる。
肩で息をしているミラの姿があった。
「ところで、俺のコートってどこにあるか知ってる?」
巨大蟷螂の戦闘を終え小休憩を取った後、村へと向かう道のりでふと気になった事を聞いてみる。
「その事なのですけれども…」
何となく答えは分かってしまった。
「…見つけたのはシロと剣だけ。」
エルダはバツの悪そうな表情を浮かべている。
「まぁ、生きてただけで儲けもんだよね。」
「申し訳ございませんわ…」
「…大切な物だったんじゃないの?」
そう言われればそうだ。
エリーゼが遺してくれた数少ない遺品?だったのだ。大切にしておきたい気持ちは確かにある。
だが所持している張本人がどこで失くしたか、どうやって失くしたのか覚えていない状況で第三者が見つけられなかった事を咎める権利は無い。
「確かに大切だったけど、剣だけでも無事で良かったよ。」
「でも……」
「いいから。そんなことより早く村に行こう。」
俺は話題を変えるため少し強めの口調で話し始める。
原生林の中を進み続けるも会話は無い。
正直、超気まずい。
コートが宿屋になかった時点で失くしたのは確定しているのに地雷をわざわざ踏み抜いてどうする。
何かないか話題。何かないか話題。何かないか話題。何かないか話題。
考えれば考えるほどに頭の中が真っ白になって何も思いつかなくなる。
「そ、そういえばさ!ミラとエルダさんて何歳?」
特に発展しなさそうな話題を選んでしまったがこちから出てしまっては仕方がない。
「私ですか?私は20歳です。」
「…19。」
ほう、皆俺より年下だったのか。
「エルダさんってまだ20歳じゃなかったんですね。てっきり…」
再び地雷を踏み潰してしまった。
第一に女性の年齢を聞くのすら失礼であるというのにエルダに問いかけて途中で切れたこの質問。
そう転んでもろくでもない結果になる事間違いなしだ。
あ!そういえば!と言って話題を変えるしか方法は無い。
「…てっきり?」
逃げ道を塞がれました。
「えーっと、ほら、エルダさんて大人っぽい雰囲気があるじゃないですか。だから俺よりもずっと年上なのかなって思ってたんですよ。はははは。」
「……おばぁちゃんみたいだって?」
「いや!ほら、よくよく見ると可愛いっていうより美人系だからさ!ねぇ?ミラ。」
「えぇ。本当に綺麗ですよね。」
「…そう。」
何とか危機を脱する事が出来たようだ。
余程安堵したのだろうか先の戦闘の疲れが出てしまい欠伸が出る。
「…おねむでちゅか?」
「…わざとやってます?」
「森からはもうすぐ出れると思いますわ。すぐ先には村がありますので一泊していきましょう。」
「「はーい」」
そう言って引き続き歩き始める。
すると足に違和感を感じ、振り払うように足を進めようとするも、
「おわっ!」
…何もない所で派手に転んでしまう。
「大丈夫ですかっ!」
「あ、へーきへー…」
足元に目を移すと蔓が絡まっているのが見える。
「あ?」
その瞬間、途轍もない力で蔓が引っ張られていく。