「いだだだだだだだだ!!!」
あまりの勢いに剣を抜く事すらままならない。
二人との距離が開くのを感じるも引き摺られた体はやがて動きを止める。
「あ、やばそう…」
直後、背中に強い衝撃を受ける。
目の前には巨大な樹木の幹と思しき物体が広がっている。
だが正確には樹木では無かった。
二本の腕に二本の足、頭部と思われる部分は膨らんでおり、顔のパーツこそ見当たらない物のソレが生物である事が一目でわかった。
何よりソイツはゆらゆらとその巨体を揺らしていた。
両手に蔓が巻き付かれる。
咄嗟に二人との会話を思い出す。
仮にコイツがホルトなのだとしたら、他の魔物より知性がある。
こちらに敵意がない事を示すために痛む全身を脱力する。
「ただ通りたかっただけなんです…」
言葉が理解できたのだろうか、奴は俺の顔をジっと見つめている。ような気がする。
暫く俺の顔を見つめたかと思うと満足したのか頭部を傾けながらゆっくりと離れて行った。
不意に服が捲られる感覚を覚える。腹部に目を向けると奴の腕と思わしき枝が服の下に潜り込んでいた。
胸の辺りで不意に腕が止まる。
「まって、それはヤバい。本当に。悪い事したなら謝ま…」
言葉が最後まで発せられることは無かった。
「がっあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
灼けるような痛みが胸部を襲う。
痛みと共に異物が胸の中を掻きまわしている感覚がした。
「う゛ぅぅぅぅぅ…!!!」
あまりの不快感に声にならない叫びを上げる。
痛みに意識が幾度となく飛びそうになるも背後から掛けられる声で覚醒する。
「シロさんっ!!!」
「シロ!!!」
ミラとエルダの声だった。
だがメキメキと木の擦れるような音と共に二人の声が途切れる。
なおも地獄は続く。
どれくらいの時間が経過したのだろうか、不意に胸部から腕が引き抜かれると同時に縛られていた体が自由になる。
そして地面に倒れこみ、荒い息で呼吸を整える。
すると奴は痛みでもがく俺の目の前に、腫れ物を触るかのような手つきで何かを置く。
「な゛に?それ…」
置かれたのは一つの小さな石だった。何の変哲も無いその石を何故、わざわざ俺に差し出すのか。
だが奴は俺の問いに答えることもなく立ち去っていく。
同時に背後から二人の声が聞こえてくる。
「シロさん、大丈夫ですか!?」
ミラが俺を見て慌てて駆け寄り鞄からポーションを取り出す。
防具を取り外しポーションを傷口に掛けると胸部の痛みが引いていく。エルダも駆け寄ってきたが、先ほどまでの表情とは打って変わり何やら思い詰めた様子で石を凝視している。
「…どこでこれを?」
エルダが深刻な面持ちを浮かべて問いかけてくるも全く身に覚えがない。
小振りとはいえ石を胸に埋め込まれれば流石に忘れるはずがない。
「分かんない…それ何?」
エルダが無言で俺にその石を手渡す。
手に取ってみると何とも言えない感触が伝わってくる。
見た目以上に軽いが握ってみても何か特徴がある訳では無い。
「…魔族の痕跡。シロは魔族と関係を持ったことある?」
俺は首を横に振る。
マジで身に覚えがない。異世界に来てから何度も死にかけてきたが魔族関係で何かあった記憶はない。
狼に襲われただろ?ゴブリンには殺されかけるし、逃げた先では…
そこまでいってようやく答えに辿り着いた。
「リリス…」
ゴブリンの洞窟を出た先、エリーゼに保護された後に逃げ出した森で出会ったサキュバス。
それだとしても胸に石を埋めこまれた覚えはない。
「サキュバスと…会いました。でも石を埋め込まれた記憶は無いです!」
「…魔力には個人を特定する痕跡が残る。」
そう言って再び俺の手元の石に視線を戻す。
人間に関わらず魔力という物は個人によって性質が変わる。
魔族は人類よりも魔力を感知する能力が長けている為、対象の内部に魔力を残す事で追跡することが可能だという。
でもなぜ?サキュバスにとってはその辺に幾らでもいる人間の内の一人ではないのか?
わざわざ俺を追っかけまわす必要は無い筈だ。
もしかして転生したことと関係がある?
まぁいいや。
「まぁ、サキュバスと会ったのはエルミナスでの事だから多分大丈夫ですよ。」
無駄にあれこれ詮索して気を張っていても疲れるだけだ。なにより海を渡ってきているしそこまで敏感になっても良い事が無い。
必要以上に気を張って重大な場面で集中力が途切れるなんて以ての外だろう。
ならばやることは一つ。話題を逸らして石に対しての興味を失わせる事だけだ。
再び村に歩みを進めながら他愛も無い話題を振る。
「そういえばさっきの奴がホルトっていう魔物?」
「そうですわ!森の支配者であり森に住む全ての生物の保護者でもある魔物ですわ!」
ミラがここぞとばかりに知識をひけらかしてくる。
エルダも最初は眉を顰めたがミラの後に続ける。
「…普段は滅多に姿を現さない。密猟者だったり森の動物に危害を及ぼそうとする生物にのみ敵対する筈…」
「じゃあ、なんで俺が襲われたんですかね?」
「助けてくれたんじゃないでしょうか。」
鞄に入れた石に目を向けるような素振りを見せミラは口を開く。
「どうやらその石は魔族がシロさんを追跡する為の物だったんでしょう?やり方は乱暴でしたが、体から取り除いてくれたという事はそういう事じゃないかしら。」
「確かに、でも失血死したら元も子も無くね?」
「…助けてくれたのですわ!」
あ、はい。
そんな話を続けている内に開放的な景色が眼に入る。
空はやや橙色に染まっており夕方だということが見て取れる。
辺りはまだ暗くなっていない為、敵対する者が居れば多少遠くに居ても発見は出来るだろう。
「もうすぐ村に着きますわ。」
「薬草がどうたらこうたらの村だったっけ?」
暫く歩いていない内に人工物が見えてくる。
「…オグ」
「じゃああれが?」
身長の三倍程度はあるだろうか丸太で作った柵が見えてくる。
「えぇ、あれがオグの村ですわ!」
どうやら初日は野宿にならずに済みそうだ。