異世界放浪記   作:isai

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不届き者

村に入ると真っ先に目に飛び込んでくるのは大量のポーションだった。

ひな壇の形に造られた木製の置棚には色とりどりのポーションが並んでいる。

中には光を帯びているポーションまで並んでおり、それを見るだけでテンションが上がってくる。

ゲーマーでオタクな人種には光っているというだけで気分が高揚するものだ。そういう習性なのだから仕方がない。

「なんで光ってんの?ゲーミングポーションかよ。」

「げーみん?とはなんですか?」

「なんでもないです。」

この世界の文化レベル的に考えて魔法で発光していると考えるのが自然だろう。

その方が納得もいくし、何より面白い。

「凄いなコレ。売ってたりするの?」

「…高いよ。」

側に置いてある値札を見ると25シルバーと書かれてあるのが見える。

アホくさ、こういうのは見てるだけでいいんだよ。

「…それよりも宿。」

「そうだった。俺は風呂があればどこでもいいかなぁ。」

「宿泊する最低基準がお風呂なのですわね…」

当たり前だろ。衣服が体に張り付く感覚はどうしてもなれることが出来ない。

もし風呂無しだというのであれば、水に濡らした布かなんかで体を洗う事も辞さない。

それに今回泊るのは宿屋だ。野宿を念頭に置いていた俺からしたら天国のような場所である。ならば風呂に入るという事も必然であろう。

三人で情報収集をしながら歩いていると一際、大きな建物が見えてくる。

木造三階建てで、かなりしっかりとした造りをしているようだ。

正面の扉を開けて中へ入る。

入口入って右側にはカウンターがあり受付の女性が立っている。

左側は食事処になっているようで、奥の方から肉の焼けるような匂いが漂ってくる。

俺達はそのまま直進し受付に向かう。

「いらっしゃいませ!ご宿泊でしょうか、日帰…」

「すみません。お風呂ってありますか?」

「え、えぇ…」

「決定だ。ミラ、エルダさんここに泊まろう。」

即断即決、思い立ったが吉日。

入浴できる機会なんてこれからそうはないのだ。なら少しでも良い所を探した方が良いだろう。

宿泊料は一泊3シルバーとフェーデルで寝泊まりしていた宿屋よりは高かったが問題は無い。

こういう時の為に冒険者稼業で稼いでいたのだ。今使わずしていつ使うというのか。

 

俺が財布を取り出し料金を支払っている間にミラとエルダさんが荷物を部屋へ運んでくれていた。

「ありがとう。それじゃあ日も暮れてきたし飯でも食べるかぁ。」

先程受付に向かう途中に見えた食事場に行き夕食を取った。

ここでもエールがあったので迷わず注文する。やはり頑張った後のエールは最高だ。

一人では食い切れない大きさの肉を三人がかりで食べ終え部屋に戻ってくる。

部屋に戻るとミラ達が置いてくれた三人分の荷物が眼に入る。

三人分?

「なんで、ミラ達の荷物が俺の部屋にあるの?」

「節約ですわ!」

「いや…え?俺がおかしいの?エルダさん?」

「……問題は無い。」

「…あぁ、そう…」

美女二人に囲まれながらの就寝か。最高かよ。

いや、最高か?……もうどうでもいいや。

「とりあえず風呂入ってくるわ…」

二人を置いて部屋を出る。

 

浴室は階段を上った二階にあり、脱衣所に入ると棚の上に体を拭く布と石鹸のようなものが並べて置かれてある。

さすが異世界、浴槽こそ無いものの湯を張れるスペースは十分にあった。

「……はぁ~気持ちいぃ。」

控えめに言って最高だった。

湯を張るスペースは屋外に設置されており露天風呂になっていた。

明かりが少ないこの村で見る夜空は綺麗に星を映し出しており、まるでプラネタリウムの中に居るみたいだった。

幸い他の客は入浴しておらず貸し切り状態となった風呂を堪能する。

残念ながらミラやエルダが風呂に入ってくるというラッキースケベ展開は無かったものの久し振りの露天風呂を十分に堪能した所で部屋に戻る。

 

「あ、おかえりなさい。」

「…おかえり。」

二人が出迎えてくれる。

「めっちゃ良かったよ。二人も入ってきたらどう?」

「そうですね。では……」

「うん、行ってらっしゃい。」

二人の後ろ姿を見送る。

「…さてと、次の目的は~と。」

鞄から地図を取り出しベッドの上に広げる。

現在地であるオグの村からは北西に進んだ先にはオグの村より大きい街が見える。次の目的地はそこだろう。

しかし、中間に青い地帯と共に水の流れているようなマークがある。マークの上部はうねうねと渦を巻いている形になっていた。

普通ならば水は重力に引かれ下に落ちていくのだからマークの下部に渦があるのではないだろうか。

そんな訳の分からない場所など通らなければ良いだけの話だが、青い地帯を避けて通るのはかなりの時間を要することになりそうだ。

青い地帯にはいくつかの緑や茶色に見える部分が描かれており、渡る手段が無いのであればわざわざ描くようなことでもないだろう。

つまりそういう事だ。

続いて目に入るのは青い地帯の上部に描かれている文字列だった。おそらくこの地帯の名称だろう。

 

『レベルソの滝』

 

どうやら湖とかではなく滝の名前のようだ。

レベルソというのは地名なのか人名なのかそれとも何かの単位なのだろうか。

疑問は尽きないが調べて分かるようなものでもない為、頭の隅に置いておくことにした。

「とりあえず横になるか…」

そう言ってベッドの前に立つも懸念点が一つ。

 

横並びに置かれている三つのベッド。俺はどこに寝ればいいのか。

真ん中は論外だ。女性陣に何を思われるかわかったもんじゃない。

いや、あの二人なら何も思わないか。違うそういう問題じゃねぇよ。

ベッドは三つ確認できているがそれぞれのベッドはピッタリとくっついており隙間が無い。

一応三人寝そべれるスペースがあるもんだから余計に悩んでしまう。

俺だけ端の方で寝れば解決する問題ではあるが、それでも二人のどちらかとは横になって寝るという事だ。

そんなくだらない事を考えている内に部屋の扉が開く。

「戻りましたわ。」

「…気持ち良かった。」

当たり前だが、風呂から上がった彼女たちは防具を付けていない。

普段、だぼっとしたローブを着ているエルダも体のラインがハッキリ浮き出る薄手の服を着ている為、スタイルの良さが強調させられていた。

うん、ナイスバディ。何がとは言わないけど。

「あら?どうされまして?」

「え?いや、何でも無いよ?」

「……?ならいいのですが。」

そうだ、この部屋から出よう。外の夜風に当たってくるとでも言って外出する。

帰ってきた後には俺の寝るスペースが確保されているという作戦だ。

「俺ちょっと外に散歩に行こっかな~なんて……」

「こんな時間にですか?」

「うん、まぁ、色々あって……」

「…分かった。」

ミラはともかくエルダさんは納得してくれたみたいだ。ああ見えてエルダさんは細かな部分にまで気が回る性格をしている。

言葉こそ足らない時も多々あるが、彼女が一言発するだけで場が和むことも少なくない。

「ありがとう、それじゃ。」

そう言って部屋を後にする。

 

村の中は閑散としていた。

当たり前か。ここはフェーデルのような都会では無いのだ。冒険者が滞在している訳でもない。

この村にいるのはポーションを販売する商人か、村人だけであろう。

ならばわざわざ夜中に出歩く必要はない。

そういった理由で俺は人気の全く無くなった村の中を徘徊し続ける。

これも当たり前だが昼間に見たポーションを飾っている棚は全て仕舞っている為、特に見るものも無い。

 

「あっ、すみません。」

ボケ―と星空を見上げながら歩いている内に誰かとぶつかってしまう。

反射で謝罪するも相手方の反応は無かった。

人にぶつかっておいて謝罪の一つもないとは余程、教養のない人物なのだろう。

特に何をするわけでもないが侮蔑の意味を込めて相手方を見ると、背丈は俺の半分くらいなのだが肝心の人物像が黒いローブによって隠されていた。

フードを目深に被っており、口元しか見ることができない。

その口元もマスクで覆っていた。

怪しい。怪しすぎる。こういう奴が一番厄介だ。

厄介事に絡まれる前に立ち去ろうとするも違和感に気付く。

 

「ちょっと待って!」

周りに人気が全く無い状態でぶつかるなど盲目でなければあり得ない事だ。

その事実に気付いた瞬間、金を入れているポーチに手を伸ばすも空気を掴むだけであった。

急いで呼び止めるも相手方は歩むスピードを上げどんどん距離を離される。

「待てって!」

全速力で追いかけるもその距離は縮まる事は無く、距離を離されていく。

明らかに村人や商人が堕する速度ではない。冒険者だ。

そう思い至った瞬間、走りながら左手を前に出す。

「死ぬんじゃねぇぞ!」

ある程度の実力を持つ冒険者ならば魔法に対して多少の耐性はあるだろう。以前、フェーデルにて昇格試験を受けた講師がまさにそれだった。

 

『イカヅチ』

 

腕から放たれた閃光が黒いローブに吸い込まれていく。

やがて足をもつれさせたように地面に倒れる。

こんな時に思うような事でもないが、久し振りに魔法の効果がある対象に向けて放つことができて嬉しく思ってしまった。

そんな考えを振り払い盗人の元へ駆け寄るも、あと少しの所で立ち上がり再度逃げ出そうとする。

「動くなっ!!!」

奴の背中に左腕を突き出し警告すると、盗人は観念したのだろうか両手を上にあげ立ち止まる。

 

『イカヅチ』

 

魔法を撃った理由は特にない。

財布を盗られた挙句、風呂に入ったというのに全力で走らせるコイツが悪いのだ。

倒れ込んだ盗人に近寄りローブを捲る。

「お、あった。」

 

そこには俺の懐を離れて寂しそうにしているポーチがあった。

「な、んで…」

「なにが?」

財布を取られた正当防衛としか言えないが、そういう事を聞いているわけでは無い事は分かる。

「降参…したのに…なんで、魔法…」

「別に警察に差し出すつもりは無いから、せめて仕返しと思って。」

この世界に警察なる物が居るかどうかわからない。もし居たとしても手続きやら何だのと面倒なのでそこまで事態を大きくするつもりは無い。

だからせめてもの仕返しで余分な魔法を撃ったのだ。決して久し振りに魔法が通じる相手だからという理由ではない。

「でも、もう一発行っとくか。」

「や、やめてっ!」

左手を背中に突き付けると盗人から声が上がった為、流石に俺も躊躇する。

俺は別にサイコパスというわけでは無いのだ。人の苦しんでいる顔を見て優越に浸る趣味は無い。

 

『イカヅチ』

 

でもやはり苛ついた分はお返しさせてもらおう。

再び閃光が盗人の体に吸い込まれる。

先程は黒いローブに向かって撃っていたが、今度は無防備に晒されている脇腹を狙って放った。

「あぁ……がっ……はっ……!」

「まぁ、こんぐらいにしといてやるか。」

いくら冒険者だと言っても、この魔法は魔力を持たない魔物に対しては即死する電力を有しているのだ。これ以上魔法を放つと生死に関わるだろう。

それにしてもこの冒険者は一つ見当違いな事を考えていた。

俺の魔法は冒険者に対して効果があるも、近接戦闘に関してはからっきしなのだ。

あれほどの脚力を持っているのであれば逃走では無く、戦闘を選んでいれば間違いなくあの財布は永遠に戻ってこなかっただろう。

 

「他の人から盗むのは良いけど、俺からはもう盗まないでね。」

他の人間に気を遣う程余裕はない。俺以外がどうなろうとも知った事ではない。

盗人には盗人なりの生き方があるのだろう。それを否定するつもりは一切無い。だがしかし、自分の物に手を出された以上黙っている訳にはいかないだけだ。

倒れている盗人を放置して宿屋に戻ろうとするも背後から声がかかる。

 

「ま、まって……」

「なに?まだなんか用でもあるの?」

頼むからもう絡むのは止めてくれよ。ただでさえ寝床を確保する為だけの散歩だったのに、何で追いかけっこする必要があったんだ。

そこで不意に気付く。

あれ?床で寝れば万事解決じゃね?

そうと決まれば早速宿屋に戻るとしたいところだが生憎、先程の盗人から待ったを掛けられている為そうはいかない。

「お、お金…、少し、頂けませんか?」

まるで俺に匹敵するかのような図々しさだった。

人から財布を盗んだ挙句、取り返されたと思ったら本人に金をせびるとは。

中々、やり手の様だ。

その胆力に賞賛し僅かばかりのカッパーを差し出す。

 

「これで良い?」

「あ、ありがとうございます。」

盗人はカッパーを受け取ると立ち上がりこちらを見据える。

困惑するのも当然だ。先程まで金を盗まれそうになっていた相手が一転して金を寄越してくるのだ。その意図が全く掴めないのであろう。

これは手切れ金だ、50カッパーという値は決して安いわけでは無い。その辺の屋台で販売している焼き鳥なんかは1.2本程度購入できる額ではあるが、ちゃんとした理由はある。

しかしそんな事情を奴が知る由も無いだろう。

そんな事を考えるよりも先に口を開く。

俺が今から放つ言葉はお前の今後の人生を大きく左右するものだ。せいぜい心して聞け。

いや、そんなに重要な言葉でもない。忘れられちゃ困るけど。

 

「これ以上、俺に関わらないでくれ。」

どこかに失くしてしまったローブを翻すように、勢いよく振り向き宿屋へと戻る。

盗人も呆気に取られているのか追って来る事は無かった。

これで良いのだ。俺と奴の関係は今日限りであり、二度と関わることは無い。

コイツがもし捕まえられるような事があっても俺には何の関係もない。知った事じゃない。

 

つか、なんで散歩しただけなのにこんな目に合ってるんだか。

こんな事ならばベッドの中心を陣取った方が疲労は最小限に抑えられたのではないだろうか。異世界に来てから碌でもないことに巻き込まれてるんだから、両手に花を持ったまま就寝するのは今までの俺をねぎらうという意味でも許されるんじゃないだろうか。決めた。部屋に戻ったら床では無く堂々とベッドにダイブしよう。二人の目線などもう知らん。

 

そうして宿泊先の宿に着く。


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