「邪魔くせぇな!!」
足に絡みついた触手を切り落とすと次は左手に絡みつかれる。
特段、奴らも高い攻撃力を持っているわけでは無い。主な攻撃方法は体に触手を巻き付けて動きを阻害するか、尖った触手の先端を突き出してくるかだけだ。
尖ったと言っても人の肌を突き破るほど鋭利では無く、少し肌に傷がつくだけなのだがこれだけ数が居れば話は別だ。
防具で保護されていない箇所から血が滲みだしてくる。
「なんなんですの、この数!?」
ミラはお得意の華麗なステップを刻みながらクラゲの猛攻を凌いでいる。
「……………」
エルダは無言のまま、器用に杖を振り回しクラゲを近寄らせない。
戦闘中に一度大規模な魔法を使い、一帯を焼き払ったのだが次から次へと這い出てくるクラゲに対して焼け石に水と言った具合だった。
このままではじり貧だ。何か打開策を考えなければならない。
だが迫りくるクラゲの対処に手一杯だ。
石橋を戻る選択肢も進む選択肢もどれをとってもただでは済まないだろう。
『イカヅ…』
魔法を詠唱する途中で激しい立ち眩みが発生する。
魔力を使い過ぎた所為か、それとも単純に戦闘による疲労なのか分からないが、どちらにせよまずい状況であることには変わりない。
直ぐに立て直し再度クラゲに斬りかかる。
「ミラ!俺達が来た方向に壁張れる!?」
「分かりました!」
ミラは振るっていた剣を鞘に戻し両手をクラゲの波に向けて立つ。
『エフェーロ』
半透明な壁がクラゲの波を遮る。
「エルダさん!下がって前にいるクラゲ焼き払って!」
「了解。」
エルダはミラの側まで引いてから魔晶石の交換を始めた。その後は魔法を詠唱する為の時間が必要になる。
一方通行になったとはいえ、先程まで三人がかりで捌いていたクラゲを俺一人で相手にしなければならない。
「うっし!やるかぁ!!!」
気合いを入れなおし正面からクラゲの波を迎え撃つ。
筈だった。
「…は?」
先程まで群がっていたクラゲが一斉に川へと引き換えしていく。
異変に気が付いたミラとエルダも困惑している。
「なにが起こっているんですの?」
「…滝の音が。」
エルダの呟きで滝の方へと視線を向けると、先程までは確かに轟々と音を立てていた筈の滝から水が一滴も落ちてきてはいなかった。
何故かはわからないがクラゲを引かせることに成功したのだから今の内に石橋を渡るのが先決だろう。
考察するのはその後でいい。今起こった奇跡に感謝しよう。
「とりあえず今は進みましょうか。」
「そっすね。」
ミラが俺の考えを代弁してくれたのでその指示に従う。
「エルダさん?」
エルダも魔力を使い果たしたのだろうか、ミラの声に反応せずぼーっと突っ立っている。
「魔力泉。」
なんだかいつぞやの迷宮で聞いた事のある単語が出てきた。
「迷宮にあった地中から発生する魔力の出口でしょうか。」
「っつー事は滝の水が落ちてこないのも納得だわな。」
魔力はその辺に滞在している空気よりも軽い性質があった筈だ。魔力を含んだ水が上へ上昇するのは当たり前か。
だからと言ってエルダがぼーっとしている理由には薄いと思う。
魔力泉なら迷宮のそこら中にあるし、魔力を帯びた水ならいくらでも飲める。
「エルダさん?大丈夫?お~い……」
「ん……なに……?あ、ごめん。考え事してて……」
「気になる事でもあった?」
「…どんどん溢れてきてる。」
「魔力が?」
「そう。」
何だか嫌な予感がしてきた。
「とっとと抜けようこんな所。」
そう言って足を踏み出す。ぱしゃぱしゃと鳴る地面を蹴る足が妙に重い気がした。
ん?
「なんか水嵩増えてね?」
石橋を渡る前、クラゲとの戦闘中、それらにおいて川の水が石橋を覆った事は無い。
つまりそれはクラゲとの戦闘が終わった後に水嵩が増え、いつの間にか地面を覆う程の水量になっていたという事だ。
そして足元で跳ねる水の飛沫が、次第に足首辺りにまで上がってきている。
「ヤバくないですか、これ……」
魔力が湧いてくるなんて聞いてないし、そんな事言ったところで目の前の現象を否定する材料にはなり得ない。
「走って!!!」
エルダの大声にすかさず反応し走り出す。こんな声を出すのは迷宮で戦ったムカデ以来の大声だ。
異常事態であることは間違いない。
川の流れが下流では無く滝の方に向かって吸い寄せられていく。
魔力泉の辺りに到達した途端、流れの向きが急激に変わり。まるで川の本流がここにあるかのような光景だった。
それに伴いどんどんと引き寄せられる力が強くなっていくのか、先程まで靴底まで到達していた水位がいつの間にか足首辺りにまで上昇している。
「やべえってマジで!マジでヤバい!」
いつの間にか川に語彙力まで流されてしまったように、ひたすら同じ言葉を羅列しながら走る。
「きゃあっ!?」
後方からミラの悲鳴が上がる。
振り返るとミラが橋の上に倒れこんでいた。
「ミラ!」
咄嵯に手を差し伸べようと足を止める。
「駄目!」
俺の手を掴む前にミラは手を払った。
「はぁ!?」
「ここでわたくしを助けたら貴方を軽蔑しますっ!」
「なにっ…!訳わかんない事をっ!」
彼女の言いたいことは分かる。助けたところで二人ともあの水に呑まれてしまうのがオチだろう。それならば彼女は自分を犠牲にしてまで二人が助かる可能性に掛けようとしているのだ。
だから俺の手助けはいらないと、勿論その程度の言葉で狼狽するような男ではない事はミラも重々承知しているだろう。つまり彼女は敢えて突き放す事で、俺自身の行動を縛っているのだ。
知らんわそんな事。
確かに状況は切迫している。足に力を込めていないとすぐにでも流されてしまう程川の流れは強くなっていた。それでも彼女を見捨てるわけにはいかない。
ごめん正直逃げたい気持ちはかなりある。だがここで彼女を捨てた後、万が一彼女が生存していたら超気不味い雰囲気になる。命のやり取りをする場面で気にすることじゃ無いのかもしれんが、今この瞬間だけは自分の意思を優先しようと思う。
それに知り合いをこのまま見殺しにするなんて寝覚めが悪い事この上ない。気持ちよく寝てる枕元に立たれ散々講釈を垂れてくる光景など想像もしたくない。
四つん這いになりながらもミラの元へ駆け寄る。
「大丈夫!?」
「あぁっ……!来ないでと……言ったのにっ……!ばかっ……!もうっ……!本当に……!ばかっ……!ばかっ……!」
大丈夫そう。
「エルダさん!壁張れる!?」
エルダもミラを助ける気満々だったのだろう、すぐそばで杖を支えにして立っている彼女と目が合う。
彼女は頷くと地面に膝を下ろし詠唱を始める。
『ギダール』
するとどうだろう、川の底から土の壁がせり上がってくるのが見える。目の前に突き出された壁は僅かながらも水流を弱める。
それでも根本的な解決にはなっていない。弱くなった水流は壁の後ろに居る俺達の周りにしか適応されていない。
「長くは…!持たないっ!」
エルダも先程までクラゲとの戦闘に参加していたのだ、多少なりとも消耗はしている。
唐突に何かが壊されるような轟音が響き渡る。
「今度は何!?」
壁の向こう側を見やるとそこには今までの波とは比べものにならない程の津波が木々を巻き込みながら押し寄せてきていた。
「あぁ~…はっはっは!あれは流石に無理だろ。」
思わず笑みが零れ、この状況が楽観視できる物ではないと知りながらもどこか余裕を感じている自分が居た。
「ミラ、エルダさん。」
最期に二人の顔を見ておきたくて、振り返り二人の名前を呼ぶ。
「何だかんだで君らと冒険出来て良かったよ。」
「…縁起でもない事、言わないで。」
「エルの言う通りですわ。まだシロさんの呪いも解いていないのに。」
「ごめん。。でも本心だよ。」
轟音がだんだんと近づいている。もう間もなく飲み込まれるだろう。
「さてと、そんじゃまぁ。」
最期も俺らしく逝ってみるか。
「また来世でな。」
木々を伴った津波は土の壁など意に介さず、三人を飲み込んでいった。