焚火の光が反射しているのか無数の白い光が闇の中で蠢いている。あれは全て魔物の眼光である事を理解した。
「これ…不味くないですか?」
そう言いながらも剣を構え、全身に魔力を行き渡らせる。
「なら逃げるか?」
「出来れば全速力で逃げたいんですけどね…」
だが魔物は既にテントを取り囲むように包囲している。どう考えても突破する他ない。嫌だなぁ…怖いなぁ…
そうしている間にもジリジリと魔物が包囲網を縮めているのが分かる。何故直ぐに襲ってこないのだろうか、考えられることは二つ。
一つは生物としての本能である火を恐れているという可能性。それならば簡単である、頭から油を被って体に火を付けて突破するまでだ。ただしその後は確実に死んでしまうということが問題点か。
二つ目は魔物が何らかの作戦を立て、あるタイミングで一斉に攻撃を仕掛けようとしている可能性。もしそうだとしたら非常に厄介だ。
俺達の集中力が切れた隙を突く、あるいは増援を待っている。いずれにせよ最悪な状況には変わりない。
だからと言って魔法を無暗に使うことは出来ない、何がきっかけで群れが牙を剥いてくるか分からない。
八方塞がりか…
仮に一つ目の理由である火を恐れている可能性に掛け焚火から火を持ったとする。当たり前だが二つ目の理由であるならばそれをトリガーとして一斉攻撃を仕掛けられてしまうだろう。
二つ目の理由であったとしても俺達の集中力は永遠に続くわけでは無い。いずれ限界を迎えてしまう。そのタイミングで一気に攻め込まれてしまえば……考えるだけでゾッとする。
「悩んでいるな、アドバイスをやろうか?」
そうした状況であるにも関わらず、横目で見えたディゼルの顔は飄々としている。
剣を構えながらもその問いに答える。
「是非、お願いします。」
「殲滅だ、一匹残らずな。」
そう言い残しハルバードを担いだままディゼルは群れの中に突っ込んでいく。
…まぁ、なんとなく分かっていたけれども、分かってはいたが何故こうも簡単に突っ込んでいくのか。確かに冒険者である以上は自分の腕に自信を持つことは大事なのであろうが、流石にあの態度はどうかと思う。
幾ら名の馳せた冒険者であっても高い所から落ちれば死ぬだろうし、ゴブリンの攻撃であっても当たり所が悪ければ死に至る筈だ。
なのに…なんで…
「ふっ!!」
どうしてあんなにも自信満々に戦えるのだろうか。ディゼルが両断した死体の破片がこちらへ飛んでくる。
焚火の明かりに照らされ魔物の正体が分かる。
墨で染められたような黒い体毛、人間に酷似したシルエット。腕が異様に長い猿型の魔物。
「どうした!黙って見てても数は減らないぞ!」
ディゼルの声で我に帰る。何をやってんだ、俺。今更グチグチ言ったところでこの現状は何も変わらない。
だったらせめて少しでも自分に出来ることをしてディゼルの負担を減らしてやるしかない。でもこの状況で自分に出来る事など無に等しいと言える。
ディゼルに近寄れば大振りのハルバードに切り殺されるだろうし、距離を取れば今の俺ならば肉塊RTAが始まってしまう。
狙うは僅かな時間でも一対一の状況を造り出す事、それならば魔法を使って地道ながらも数を減らすことは可能だ。
そうと決まれば…とやろうとしてやれる状況ならば既にやっている。実際にその状況を造り出す手段が無いから困っているのだ。
「つか、何でディゼルの方ばっかりに行ってんの?こいつら。」
ディゼルはさっきから派手に魔物を蹴散らしてはいるが、それらは俺を襲わない理由にはならない筈だ。
確かに仲間をあれだけ派手に殺されたのだから報復したいという気持ちも分かる。実際、俺を警戒している素振りを見せている魔物もいるが距離を詰めて来ないのは別の理由があるとしか考えられない。
もしかして焚火を怖がってる説。
……有り得る。
俺は焚火に手を伸ばし、比較的先端が燃えている枝を掴みとり群れに左手を突き出す。
『イカヅチ』
左手から放出された電撃は群れの中に吸い込まれ、何者かの呻き声が聞こえた。
「っ!?」
その瞬間、ディゼルに向けられていた魔物達の視線が俺に向けられるも襲い掛かってくる様子は見られない。つまり焚火に火が灯っている間が俺の寿命という事だ。
無様に腰が引けていることを自覚しながらも右手に掴んだ松明を群れに向けて振るい続ける。
「おらぁぁぁ!!かかってくるならかかってこいコラァァァァァァ!!!」
もうヤケクソだ。こんな状況になってしまえば後は運否天賦に掛ける他無いだろう。
なにが面白いのかディゼルは俺の姿を見てゲラゲラと笑っている。それでも流石はディゼル、魔物を切り殺す姿に迷いは一切見られない。
このまま何も起きなければ俺達の勝利である事は間違いない。だがそう思えたのも束の間であった。
松明を振るい続ける俺に対し魔物は投石を繰り出してきた。勿論黙ってやられるわけにもいかない俺は投石を繰り返す魔物に対し魔法を放つも一向に数を減らしている様子は見受けられない。
それどころか魔物達は投石が有効であると認識し始めたのか、更に投石の数は増していく。その内一つが松明を握る右手に命中する。
痛みに耐えかね松明を落とした瞬間、群れは好機とばかりに距離を詰めてきた。
咄嗟に空いた右手で剣を取り出し、一番乗りで突っ込んできた一匹に対し剣を振るう。
その一撃は運良く首に命中し、不快な感触と共に鮮血を撒き散らす。
二体目、長い腕を更に伸ばし異常に鋭くなった爪が顔面に向かって突き出される。反射的に体を逸らす事で回避に成功したが左頬に一筋の傷が刻まれる。
一体目を殺した時に振るった剣は慣性で大きく逸れ、反撃に出ることは叶わない。
『イカヅチ』
既に次の行動を考えるほどの余裕は俺には無かったが、無意識的に左手が柄から離れ魔物の顔面を鷲掴みにし電流を流した。
三体目、速度を伴い腹部に衝突し俺の体ごと地面に倒れる。
顔の真横に迫った焚火にヒヤリとしつつも間髪入れずに焚火に手を突っ込み、燃え盛る松明を魔物の顔面に押し付ける。耳障りな悲鳴を上げながら魔物は俺の体から剥がれていくも、それで終わりでは無い。
四匹目、五匹目と次々と襲いかかる魔物の前に八等級にもなっていない俺の力が通用するわけも無く、次々に魔物は増えていく。
同時に俺の体にも生々しい傷跡が増えていく。
もうディゼルからは俺を認識出来ない程、群れは覆い被さり剣を振るう事もままならない。
死を覚悟した時、視界が晴れる。
「手こずっておるのぉ、これは荷物持ちじゃ足りなくなるな。」
「遅ぇんだよ、ジジィ!」
「ジジィ言うでないわ、馬鹿者が!!」
杖を突き出したキノコ爺は目の前で詠唱を開始する。
『ジャームラン』
発光するキノコが地面から無数に生え、焚火では照らしきれなかった戦場を明るく照らす。
「何で最初っから手伝ってくれなかったんだよ!」
「口より手を動かさんか!」
吹き飛ばされた魔物の群れに魔法を放つもやはり状況は変わらず、群れの数は減っているようには見えなかった。
このままでは時間の問題、そう思っているとやけに笑顔のディゼルが全身を血に濡らしながら俺達の元へ飛び込んでくる。
「ちょ、大丈夫すか!?」
「私の血液じゃない、気にするな。それよりもほら、見てみろ。」
ディゼルの指差す先を見つめると、今まで戦っていた魔物よりも一際図体がデカい魔物が群れを掻きわけながら姿を現した。
ただでさえ身長が高いディゼルの倍以上あるだろうか、巨大な牙を携え、鋭い眼光で睨むその姿はゴリラとかその次元だ。
四足で歩行していたゴリラはおもむろに立ち上がり、威嚇するように口を開く。
「っ!?耳を塞げ!」
初めて聞くディゼルの焦りが滲んだ声が響いた瞬間、ゴリラは強烈な雄叫びを上げる。
その轟音は木々を揺らし、俺の体を強制的に停止させた。一瞬にして群れが静寂に包まれる。
魔物の群れを含め、全てが静止した時間の中ディゼルだけがゴリラに向かって駆け出していく。
「シロ、雑魚共は任せておけ!ディゼルの援護をするんじゃ!!」
そこでようやく俺は時間を取り戻し、ディゼルの元へ駆けつけようとするも既に戦闘の火蓋は切って落とされていた。
ディゼルの振るうハルバードは先程迄まで切り裂いていた魔物の血液が軌道を描き、魔物を両断すべく横薙ぎを放つ。
ディゼルの剛腕から放たれるソレは並大抵の魔物であれば防御した腕ごと切り落とす程の衝撃を秘めているように思える。
だが対敵する魔物は俺達が想像する以上の化け物であった。
速度を伴った一撃を容易く腕で受け止め、口元から鋭い牙が覗く。
笑っている。
そう思えた次の瞬間にはディゼルの体が宙を舞った。だがいつの間にかディゼルの体の前にはハルバードが滑り込んでいる。
どうやら直撃は免れたようが、空中に放り出されたディゼルは反撃の機会を失った。
落ちてくるディゼルを迎え撃つかのように、ゴリラは丸太のように太くなった腕を上空に突き上げる。
回避も出来ない、反撃も出来ない。
重力に逆らうことが出来ないディゼルを見て俺は決着を悟るも、ディゼルはハルバードを自分の体に引き寄せゴリラの腕を切りつけながら落下する。
要するに俺も行っている受け流しを空中で行ったのだ。
決して少量ではない血液がゴリラの腕から流れ出すも、それを意に介さず着地したディゼルに向かって拳を放つ。
着地の衝撃で身動きが取れないディゼルは咄嵯にハルバードを盾代わりに構える事しか出来なかった。
振りかぶられたゴリラの一撃がハルバードに激突する。
「俺、この中に飛び込んでくの?」
正直ディゼルが何で対等にやりあえているのか分からない。
明らかに格が違うのに、あの爺は平気で俺に無茶な指示を出してくる。
魔法を放ち援護したいが却って邪魔になる可能性がある。だからと言ってあの中に飛び込んでいっても即死するのは目に見えている。
今の俺はただ二人の戦闘を傍観している一般人に過ぎなかった。
ディゼルは渾身の力を振り絞り、何とかゴリラの一撃を跳ね除けた。
その時、不意にディゼルと目があった気がした。
その目は俺を邪魔者扱いするような眼では無かった。
そして今、俺が立っている場所が二人にとっての唯一の活路である事を理解した。
ゴリラは既に俺を認知の外へと締め出しているようで、背後に居る俺の方を振り返る素ぶりすら見せていない。
ゆっくりと深呼吸をして息を整える。
俺の手に握られているのはエリーゼから託された一振りの剣。
今まで碌な手入れをしていないのに魔物を切り落とすその切れ味が衰えることは無かった。
対して防がれたディゼルのハルバードは装飾など一切施されていない廉価品の武器に見える。
「この武器なら…」
そう呟き、可能な限り息を潜めながらゴリラの背後へと向かう。
駆け出すことはしない、混とんとした戦場をあたかも自宅のような落ち着きで進んでいく。
途中でキノコ爺が相手をしている筈の猿とすれ違うも、意に介した様子は無くキノコ爺へと躍りかかっていく。
いつの間にかゴリラの背後まで辿り着く。
間近で見るゴリラは遠目で見るよりも遥かに大きく、思わず恐怖に足がすくむ。
ゴワゴワとした毛並みは鋼鉄の鎧を着込んだ騎士と対峙しているような錯覚に陥る。これならば多少の力が加わった刃物なんかでは傷一つつかないだろう。
ディゼルの一撃を受け止めた理由がここにきてようやく理解した。
切り落とすことは不可能。であれば最も力が加わる剣先を突き立てるのみ。
だが相変わらず激しい動きをする魔物の首元を狙うのは至難の業だ。そう思っていると再びディゼルと目が合う。
言葉を交わさずとも二人は首肯した。
今まで魔物の猛攻を回避していたディゼルは遂にその動きを止める。
魔物はその隙を見逃す筈もなく、立ち止まった獲物に対して渾身の一撃を放つ。
「ぐうぅぅッッ!!!」
ディゼルは迫りくる拳をハルバードで真正面から受け止めた。
当然その衝撃を殺し切ることは出来ず、地面を抉りながら後退するも踏み止まる。そして全力の一撃を放ったゴリラの動きが止まる。
その瞬間に俺の体は動き出す。
酷く傾斜が付いた魔物の背中を二本足で力強く駆け上がり、首元に剣先を突き立てる。
おそらくここまで一秒にも満たなかっただろう。自分の意外な身体能力に驚かされるも悦に浸っている暇は無い。
柄を握りながら全体重を剣先に乗せる。
「ギィイイッ!?」
剣先が肉を裂き、ゴリラの口から初めて悲鳴が漏れた。
ここで追い打ちを掛ける程俺達は愚かじゃない。
深く突き刺さった剣を引き抜く。
「やべっ!」
深く突き刺さった剣はどれだけ力を込めても引抜けず、焦りの感情が俺の思考を埋め尽くした。
ここで大人しく諦めて離れるべきだったのだが、焦った俺はそれでも引き抜こうと試みた。
「馬鹿っ!!!」
ディゼルの怒声が耳に入る。
えっ、とディゼルに視線を移すと目に入ったのはディゼルでは無く、眼前に迫りくる拳。
視界がグルリと反転する。
あぁ、新幹線の先頭にいるとこんな景色なんだなぁ…
そんなくだらない事を考えている程目まぐるしく高速で動く視界が俺に迫り来る死を実感させた。